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02


 ポルト=キーリカで夜を明かして、翌朝最初の連絡船でビサイド島に渡る。
 幸いシンや魔物に遭遇もせず無事に帰ってくることができた。
 まあ、帰ると言っても私はビサイドの出身じゃないのだけれど。
 生まれ育った島がなくなった時、僅か数人の生き残りはビサイドやキーリカに移り住むことになった。
 私がここに来たのは七歳の時だ。私の人格を形成したのはビサイドでの生活だから、ここが故郷という意識が強い。
 ……そういえば、ビサイドに来た当時のユウナも同じく七歳だったな。
 そんな事情もあって彼女に特別な想いを寄せてしまうのかもしれない。

 ルッツと並んで甲板に立って、リキ号が桟橋に近づいていくのをぼーっと眺める。
 浜辺ではオーラカの面々がいつも通りの練習に励んでいた。
 私たちに気づいて手を挙げるワッカに私も手を振り返すと、ルッツはニヤニヤしながら「嬉しそうだな」と囁いた。
 うるさいです。

 船が桟橋に着くと、ワッカは練習を中断して私たちを迎えに来てくれた。
「ルッツにメル。お前らも帰ってきたのか」
「ああ。ユウナちゃんに挨拶しておこうと思ってな」
「そりゃ間に合ってよかった。明日には寺院に入るってよ」
 じゃあギリギリ間に合ってしまったわけだ。仕方ない、これも運命ってやつかな。
「ただいま」
「おかえり」
 桟橋に飛び降り、駆け寄った私の頭をワッカが思い切り撫でまくる。
 頭がぐわんぐわんするからやめてほしい。

「お前もユウナに挨拶か?」
「いんや。ビサイド・オーラカの必勝祈願ですよ、キャプテン」
「えっ……そ、そうか」
 なぜ目を逸らすかなー。
 今回が本当の最後になるっていうのに、ワッカのことだから「勝っても負けても最後までやり遂げられたら満足」なんて思ってるんだろう。
 背伸びしてワッカの肩越しに浜辺を見れば、オーラカの皆は練習を続けている。
 パス、キャッチ、走り込み、シュート……。
「てーか未だに基礎練習とかしてて大丈夫なの?」
「だ、ダイジョーブ! 今年こそ初戦は勝つ!」
「いやそこは優勝を狙おうよ」
 気合いからして負けてるんだよね。能力でも負けてるけど。

 ユウナは明日、召喚士の試練に挑む。見事にクリアすれば、キマリはもちろんのことルールーもガードになって旅に同行する。
「……初戦敗退したらガードになるのやめてまた次に懸ける、とか、どう?」
「それはない。勝っても負けても、これが最後だ」
 ワッカは次の試合で本当に引退する。そしてブリッツのことは吹っ切って、ユウナのガードに専念するんだ。

 前回ルーとワッカが同行したズークという召喚士様は、途中で旅を断念してくれた。二人はビサイドに帰ってきた。
 でもユウナは何が起きても諦めないだろう。旅立てば、きっともう帰ってこない。
 いろんな想いが渦巻くけれど、とりあえずそこら辺のもやもやを全部つめこんで力一杯にワッカの背中をブッ叩く。
「いってえ!」
「最後の試合なら、なおのこと勝ってよね!」
「お、おう……」
 任せとけ、くらい言えっての。

 近況を報告し合っているワッカとルッツは置き去りにして、一人さっさと村に向かう。
 入り口のところに見慣れた人影を見つけてしまった。
「ユウナ……」
「メル! おかえりー!」
 ぶんぶんと無邪気に手を振られて、苦笑しながら歩いていく。
 ユウナの隣で背中を向けていたのはルールーだった。私を振り返り、微笑んで迎えてくれる。
「なんとか間に合ったわね」
「んー」
 私が帰ってきた時には、ユウナはもう祈り子様と対面中。……って方が、諦めがついたのになぁ。

「最後の挨拶的なものはしたくないんだけど」
「でも、従召喚士でいるうちに顔を見ておきたかったから。よかった、帰ってきてくれて」
 そんな笑顔で言われたら何も言えない。

 むうと唸る私の顔を覗き込んで、ユウナは困ったように眉を下げた。
「やっぱり、反対?」
 反対に決まってる。本音を言えば島の誰だってそのはずだ。
 ユウナが立派な召喚士になってナギ節をもたらしてくれることを願ってるけど、誰一人として彼女の死を望みはしないのだから。
 旅をやめて、ここにいて、生きて笑っててほしい。シンを倒すだけが召喚士の仕事じゃないでしょう。
 ……言えるわけがない。
「ユウナが決めたことだから反対はしないよ。……でも、すっごく嫌だけどね!」

 数年前ならまだ、私たちが嫌だやめろと言えば彼女は迷う素振りを見せた。
 でも今は違った。
「メル、ごめんね。ありがとう……。嫌だって言ってくれること、すごく嬉しいよ」
 だからこそ、彼女の死を望まない者がいるからこそ、召喚士として戦いたいのだとユウナは言う。
 心に迷いはない。私たちには止められない。
「……ユウナ、今日はあんまり動き回っちゃ駄目よ」
「そだね。明日のためにゆっくりしてて」
「うん、そうするね。二人とも、ありがとう」
 一日寺院で瞑想でもするんだろう、村の奥に向かって駆けていくユウナの背中を見送って、ルールーがため息を吐いた。

「ずっと先だと思ってたのに、もう明日なのね」
「ブラスカ様が大召喚士なんかにならなければ、ユウナも召喚士を目指したりしなかったのに」
「そうしたら私たち、ユウナと出会えなかったけどね」
「むむむ……」
 確かに、ユウナがずっとベベルにいたら私は彼女と出会う機会なんて一生なかったかもしれない。
 それは……そんな“もしも”は望んでないけど。でも、でも、やっぱりユウナの旅立ちを祝福することは、私にはできそうにない。

 村の入り口で唸り続ける私の背中をルールーがぽんと叩く。
「とりあえず、あんたも家に寄ったら?」
「はい」
 まあ、ここで唸ってたって容赦なく時間は過ぎていくんだ。
 ユウナの決意が揺らがないのなら、私も私のやるべきことをやらなくちゃいけない。

 就職して以来、私の家はルカにある。でも幼い頃を過ごしたビサイドの自宅も、まだそのままだ。
 お隣の誼でルールーが管理してくれているから、私もたまに里帰りができる。

 自宅に向かう私と並んで歩きながら、ルールーが不意に鋭い質問を投げてきた。
「ねえ、あんた本当はどうして帰ってきたの?」
「オーラカの必勝祈願と、ユウナが従召喚士のうちに挨拶しようと思って」
 本当はって何、本当はって。
 すぐに討伐隊宿舎が視界に入る。ルカの支部とは違ってひっそりと佇むそれを睨みながらルールーがまた呟いた。
「討伐隊が大きな作戦を控えてるって聞いたけど」
「あー、ルッツとガッタも帰ってきてるもんね」
「……」
「……ナ、ナニカ?」
 いつ核心に触れられるのかと冷や汗が背中を伝った。

「メル、ユウナのガードにならない? 信頼できる人は一人でも多い方が……」
「やーでも私、戦闘はいまひとつだし足手まといになっちゃうよ」
「そうよね。あんた戦いには向いてないもんね。特に、シンとの戦いになんて」
「う、うん」
 何かをものすごーく訴えかけられている!
 ルッツと一緒に帰ってきたのはまずかったかもしれない。ワッカは全然平気だったけど、ルールーにはやっぱり隠しきれなそうだ。
 でも……私がユウナを止められないみたいに、ルーだって私を止めることはできない。

 作戦が成功すれば大切なものを失わずに済むんだ。
 何を言われても聞く気はない。反対されても決意は揺らがない。
 その想いの固さを自分で理解してるからこそ、ユウナを止める言葉も出てこないのだけれど。




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