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 こんなにも広く何もない場所は他にない。……と思ったけれど、サヌビア砂漠があったっけ。
 あちらは見渡す限り灼熱の黄色い砂漠が広がっていて、こちらは爽やかな風が吹き抜ける草の海。
 自分の小ささを実感して、かえってスカッとした気分になるという点では似ている。

 ナギ平原は召喚士にとってあるひとつの終着点だ。
 究極召喚を得た歴代の召喚士が最後にシンと戦う土地。
 それでいて、この地で旅を諦める召喚士も多いと聞く。
 まるで世界のすべてを見通しているかのような錯覚さえ起きる大平原……。
 今までに通ってきた道、これから行くべき道、いろいろなことを考えて迷ってしまう気持ちも、なんとなく分かる。

 シンの爪痕による影響か他の土地より魔物も強力だ。
 しかも見晴らしが良すぎるので途中にテントを張って休むというのは難しい。
 迂闊にそんなことをすれば凶悪な魔物が喜んで集まってくるだろう。
 休めない。戦い続けなければならない。歩き続けなければならない。
 そんな単純な理由で、べつに険しい道もない単なる平原なのに、ナギ平原はかなりの難所となっている。

 それでも平原の中ほどには旅行公司があった。
 他と違って移動式の大きなテントで、魔物の縄張りに合わせて月毎に公司の場所も変わるらしい。
 チョコボのレンタルも行っていて、旅人にとってはとてもありがたい施設だ。
 でも……この平原を旅するのは召喚士とガードだけ。そして彼らの多くは帰らぬ人となる。
 だから、アルベド族が行っているこの尊い事業について、世間の人は何も知らなかった。

 大所帯なので全員分のチョコボを借りる余裕はないけれど、公司で休んだので残りの行程は楽になる。
 テントを出て伸びをしていたら、こちらに向かって歩いてくる人を見てルーが声をあげた。
「ズーク先生!」
「久しぶりだな」
 ……元召喚士のズーク様。

 なぜこんなところにと訝る私たちをよそに、彼はユウナに視線を向けた。
「君がユウナさんだね? ……ふむ。キノック老師を殺害した凶悪犯には、とてもじゃないが見えないな」
「何すかそれは!?」
「マイカ総老師からのお達しがあってね。召喚士ユウナとそのガードがキノック老師を暗殺して逃亡中、発見次第誅殺せよ……、処刑宣告だ」
「ええ!? 濡れ衣だよ〜!」
「そのようだ」
 さすがにもう「罪は罪として裁きは受けなければ」とも思えなくなっていた。
 少なくとも、私たちを裁くのはマイカ様の役目ではない。
 寺院にとって都合のいい罪を着せられてしまうくらいなら、そこからユウナを逃がすだけだ。

「他にベベルの状況は?」
「表向きは静かなものだが、水面下では混乱している。キノック老師が亡くなったうえに、ケルク=ロンゾ老師が辞任した」
「好都合だな。エボンが混乱すれば動きやすくなる」
 アーロン様は無関心にそう呟いた。でも……。
「あの……シーモア老師については?」
「ああ。四老師が半分減って、今やシーモア老師が全権を握っているようなものだ」
 つまり、まだ大人しく眠ってはいない、ということか。

「用心したまえ。君らは既にエボンの敵だ。寺院にも近づかない方が賢明だね」
「ご忠告、ありがとうございます」
 ……それはまあ、そうなんだけど、ズーク様だって寺院の人なのに……。
「寺院を巡り終えてたのがせめてもの幸い、だな」
 ワッカの言葉に染々と頷いた。
 寺院を敵に回してもユウナが祈り子様との対話を必要としていることに変わりはない。
 いくつもの寺院に押し入らずに済んで、本当によかった。

 用は済んだと踵を返しかけた彼を、ルーが呼び止める。
「先生、それだけを伝えるために?」
 総老師直々のお達しを受けて、何もせずに帰っていいのだろうか。
 彼はルーとワッカを見遣り、穏やかに微笑んだ。
「君たちがガードを務める召喚士が、どんな人なのか……些か興味があった」
 彼の低い声を聞いていると心がざわめく。
「ルールー、今度は最後まで行けるといいね。何よりも君自身のためだ」
「……はい。先生」

 今度こそ本当に、ズーク様は背中を向けた。
「では、私はこれで。無事を祈るよ」
 私は以前、ワッカたちを連れていってしまった彼に、理不尽な怒りをぶつけたことがある。
 べつに償う気なんてないけれど、黙って見送ることもできず、つい声をかけた。
「あ、あの……ズーク様も、お気をつけてください」
 旅をやめた召喚士の寺院での立場は微妙だ。
 にもかかわらず、彼はユウナに忠告するためだけに私たちを探してくれた。
 ……今の形振り構わないシーモア様に、目をつけられないことを願う。
「ありがとう」
 昔のことを覚えていたらしく、彼は私に向かって静かに微笑みかけてから去っていった。

「お前も大人になったなぁ」
「うるさいよワッカ」
 頭をグリグリするんじゃない!

 ズーク様の姿が遠ざかったところで、ティーダが振り返る。
「今の誰だったんだ?」
「半年前まで召喚士だった人。私とワッカは先生のガードだった」
「ま、短い旅だったけどな」
 二度と帰ってこなかったらどうしよう、と怯える日々は、私にとっては長かった。

「先生は、この平原で旅をやめたのよ。今はベベル寺院で僧官を務めていらっしゃるわ」
 そんな感じには見えなかったとティーダは素直に漏らす。いい人そう、という意味だろう。
「私のガードとしての旅はこれで三度目。ズーク先生は二度目の旅だった。初めての時は……。二回とも、この平原で挫折した。私、ここを越えたことないのよ」
 ルーの目は過去に向いている。
 ナギ平原を越えることが彼女にとって本当にいいことなのか、私にはよく分からなかった。

 断崖に架かる橋の手前で、グアド族が二人、私たちを迎えた。
 なんだか見慣れた光景になりつつある。
 最初にグアドサラムに招かれた時とは、あまりにも違ってしまったけれど。
「止まれ。シーモア様がお呼びだ。共に来てもらおう」
「シーモア老師と話すことはありません」
「ちゅーわけだ。どけよ」
 ティーダはいつも戦う気満々だね……。

「トワメル様、このままでいいんですか? 大切な主が死人として迷っているのに」
「口出しは無用。グアドの問題はグアドが解決いたします」
「シーモア様はヒトでもあるじゃないですか。あなた方が……」
 拒絶するようなこと言わないでよ。
 彼はあくまでもグアド族だという言動。きっとそれは、彼や彼の母君を傷つけてきたのではないか。

 今回は魔物ではなくゴーレムのような機械兵士が呼び出された。
 思考を切り替える。シーモア老師を歪めてしまった過去は気になるけれど、彼はもう、死者なんだ。
 あまり思い患ってはいけない。
「シーモア様は死体でも構わぬと仰せだ」
 彼がユウナを害するなら、私たちは彼の敵だ。

 かなりパワフルかつ意外と素早いゴーレムに多少は苦戦したものの、なんとか撃退に成功する。
 次々と新手を繰り出されたら嫌だなと思っていたらトワメル様たちが素直に撤退してくれてよかった。
 ……でも、また来るのかな。
 シーモア様は未だにユウナを追い求めている。




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