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 スピラに正座の文化があるのを今ほど憎らしく思ったことはない。
 暗く湿ったマカラーニャの森で地べたに正座して足を痺れさせてる私、すごく可哀想。
「ワッカ……マジで説教長い……」
「当たり前だろーが! お前まだ反省してねえな!?」
「してますしてます! すっごく反省してますー!」

 魔物と化したシーモア老師を倒してベベルを脱出して、マカラーニャの森へと逃げ込んだ。
 その間ずっとワッカは私に怒り続けている。
 始めのうちこそ「持続力すごいなぁ」って感心してたけど、本当にもう勘弁してほしい。
 もう日も沈んで辺りも真っ暗で、疲れてるしお腹減ったし、今怒られたって内容は頭に入ってこないよ。

 休憩も食事も雷平原の公司で摂って以来だし、そろそろ辛い。
「あの、私も……お腹空いたなぁ〜……?」
 携帯食を頬張るルーとリュックの方をちらりと窺い見る。
 リンさんの計らいで旅行公司から密かに物資が届いているのだ。
 でも二人とも無情だった。
「自分たちだけ無茶しちゃってさ。メルとキマリは、ごはん抜きだよね」
「そうね。自業自得だもの」
 ヒドイ……今回、けっこう頑張ったのに……。

 ていうか結局は全員戻ってきちゃったんだから私たちだけ怒られる謂れはないよね。
 私たちというか私だけ怒られてるけど。
 ユウナは一人になりたいと言って泉の方で休んでいて、ティーダが後を追い、アーロン様とキマリが見張りについてる。
 結果、シーモア様を食い止めるために残った、ということへの集中砲火を私が浴びるはめになっていた。

「はぁ……お腹空いた。みんなのために頑張って、怒られて、ごはんもないし、どうしてこんな悲しい気持ちを味わわなきゃいけないのか」
「そりゃおめーが悪いからだろ」
 にべもないワッカの言葉にムッとして顔をあげる。
「じゃあワッカがもし私の立場だったら、キマリを置いて逃げたの?」
「う……そ、それはだなぁ……」
 大体ね、私も皆と同じ位置にいたなら、もしかしたら一緒に逃げたかもしれないよ。
 でも私はシーモア様を挟んで出口の反対側にいたんだから。そしてそれは私のせいじゃない。

「みんなが浄罪の路に送られたってのに一人だけなんでかお目こぼしされてさ、あの時、私がどんな気持ちだったか、リュックに分かる?」
「う!? う〜〜……」
「私だってユウナを守りたいよ。でもガードじゃないんだからそんな権利ないのかも。ね、ルー?」
「……分かったわよ。悪かったわ。あんたのこと、私は責められる立場じゃない。きっと同じことをしたと思う」
 頼りのルーが折れて形勢は逆転した。
「ルー、ずりぃぞ!」
「一人だけ謝っちゃわないでよ〜!」

 心配かけたことについては自覚している。でもそれは認めたし、謝った。
 正直言って、ここまでしつこく怒られることはないと思います。
「あーあ……お腹空いたなぁ……」
「ほ、ほらメル、あたしの半分あげるからさ! 元気出して!」
 こんなもので帳消しにされないんだからと思いつつ差し出された携帯食を受け取る。
 ワッカだけが和解の兆しを見せずにいた。

「…………」
 許すでしょ? もういいよね? という脅し、もといお願いをこめて見上げてみると。
「お……俺は、まだ許さねー!!」
 リュックがくれた携帯食を引ったくられてしまった。
「お〜、ワッカってばスゴイ! 頑固にも程があるよ!」
「いっそ尊敬するわ」
 しなくていいよ。

 んもー、ただでさえ説教が長いのに今回は本当に、本っ当にしつこいよワッカ。
「大体お前はなあ、いつもいっつも黙って無茶ばっかしやがって……ここでシメとかないとまた同じことやるだろーが!」
 それは状況に沿って動いてるんだから仕方ないじゃん。
 でも後々こんだけの説教を聞かされなきゃいけないって思うと、次は無茶するのも躊躇うかもしれない。
 じゃあ説教の効果あるじゃん。うーん、思う壺?

「ミヘン・セッションの時だってそうだ。俺に黙って勝手に討伐隊に入りやがって」
「え、さすがにもうそれはいいでしょ……いま関係ないし」
「あぁ?」
「なんでもないです」
 今回の件だけでもこんなにうるさいのに過去のことまで遡り出したら今日中に終わるのかな、この説教。

「でもワッカもベベルで見たでしょ。教えだってホントは機械なんか関係ないんだよ。だからミヘン・セッションのことは、」
「機械を使ってなくたって駄目に決まってんだろ! 黙って危ねえとこに行くなってんだ!」
「そっち?」
 まあ、確かにあの作戦に参加しようがしまいが、勝手に討伐隊に入っただけでも怒られた気はする。
 なんてったってワッカは、私がルカで就職を決めた時も怒ったからね。

 ちょうどワッカもその頃のことを思い出していたらしい。
「お前スタジアムで働き始める前に行ってた店、ああいう店で働くのはやめろよな」
「えぇ? 普通のカフェじゃん」
「制服の裾が短すぎんだよ」
 ……はあ?
「すっっっごいどうでもいい! 未だに怒るとこなの!?」
「どうでもよくねえ! 思い出したら腹立ったんだ!!」
「知らないよそんなの!!」
 口煩いお父さんかよ。ああ、うん、ワッカは大体そんな感じだった。

「やたらベタベタしてくる客の親父に絡まれてただろうが」
「え? あー……ってあいつ現行犯で捕まえて出禁にする予定だったのに、ワッカがキレて喧嘩になって逃がしちゃったんじゃん」
「だから、そういう囮みたいな真似をすんなってんだよ!」
「あの親父ゴワーズのサポーターだったんだよ。オーラカの悪口ばっか言って、ムカつくから牢にぶちこんでやろうと思ってたのに!」
「それこそどーでもいいだろ!」
「よくない!!」
 セクハラの方がどうでもいいよ。
 あの親父め二度とブリッツを見られなくしてやろうと思ったら、あれで現れなくなってしまったんだ。
 あーっ、あいつがまだどっかでオーラカを貶してるかと思うと私までムカついてきた!

「ルカって言やあ、こないだのトーナメントでも勝手に暴走したよな、メル」
「ええ? 暴走なんかしてないけど」
「一人でレフリーを糾弾しに行ったろ」
「あんなの暴走じゃないでしょ」
「誰がどこまで買収されてっかも分からんのに突っ走ったのが暴走じゃないってのか?」
「う……」
 それは……うん。元同僚が買収されてたら私も脅迫や不法侵入の容疑をかけられてたかもね?
 でもあいつそんなやつじゃないし、ちゃんとアルベドのために妥協もしたんだからむしろ褒めてほしいくらい。

「なんかさ、メルが無茶する理由って基本的にワッカのことなんだね」
 面白そうに聞いてたリュックが割り込んできたので私とワッカは揃って睨みつける。
「今そういう話じゃないから」
「俺を理由にすんのが余計だって言ってんだ」
 なんだと!?
「ちょっとワッカ、余計ってのは酷くない?」
「俺は無茶してくれなんて頼んでねえ」
「私だって頼まれたからやってるわけじゃありませんー」
 ルカでのこともミヘン・セッションもベベルでのことも、守りたい人を守るために自分で選んでやったこと。
 文句言われる筋合いはない!

「ワッカだって勝手すぎるよ。目を離したら心配だからついて来いって言ったのワッカじゃん。なのに無茶はするなって! 召喚士の旅についてって、私だけ安全でいられるわけないでしょ!」
「そ、それは……」
「無茶くらいするに決まってるよ! 私はワッカが……!」
 ワッカが好きだから、あなたを守るためなら、考える前に体が動いてしまう。
「わっ、ワッカが、思ってるのと同じくらい私だってユウナのこと守りたいんだよ!」

 危ないところだったと息を吐く私の横で、なぜかルーとリュックは白い目でこちらを見てくる。
「あーあ」
「意気地無し」
 なんだよー……、今のは仕方ないじゃん。口滑らせそうになっただけなんだから。

 それでも駄目だとワッカは首を振る。
 それでも私のやったことは認められないと。
「お前にまでなんかあったら、俺はもう駄目だからな」
「へあ?」
 スッと頭に血がのぼるのと肝が冷える感覚ってのは、正反対だけど似てるなと思った。
「え? え? 今のって、愛の告白だよね?」
 いやいやリュック、いやいやいや。何言ってるの。
「はあ? なんでそうなるんだよ」
「照れない照れなーい」
「弟亡くした後に妹まで亡くせるかっつー話だ」
「えっ、そっち……?」
 そうだね。そうだよね。そりゃそうだ。ああビックリした。
 リュックが変なこと言うから私まで誤解しそうになったよ。

「だ、だいじょぶ? メル……」
「げほっ、何が?」
 一瞬だけ死んでた気がする。言われたことが衝撃的すぎて体が混乱していた。
 息が変なところに入って咳が止まらない。
「ごめんちょっと噎せた」
「何やってんだよ」
 ムスッとしつつも背中を撫でてくれて、ワッカはやっぱり良くも悪くもワッカだなぁと思う。

 チャップを、もっと強く引き留めてれば、彼の意思を無視してでも強引に島へ連れ戻していれば。
 自分さえしっかりしていれば死なせずに済んだんじゃないか……。
 考えたくなくたってそんな風に思うことも、時々はある。
 私ですら思うんだからワッカは人知れずいつも後悔に悩まされているんだろう。
 無茶を許して、自分の手が届かないところで……また知らないうちに失うのが怖いから。

「私はワッカを置いて死んだりしないよ。でも、無茶しないとは約束できないけど」
「んなっ……」
「自分ができないことを人に押しつけないでよね。ワッカだっていろいろ危ないことしてるでしょ」
「俺が無茶すんのはいいけどお前は駄目だ」
「なにそれ横暴すぎ!」
「何とでも言え。お前だって俺やルーが無茶したら腹立つだろうが!」
「腹なんか立たないよ!」
「……へ?」

 もしベベルで、ワッカと私の立ってる場所が逆だったら。
 ルーと私の立ってる場所が逆だったら。
 きっと二人は、私と同じことをしただろう。
 でも私は怒らない。キマリに腹なんか立てなかったのと同じように。
 思い返せばユウナが召喚士になると言い出した時も、ショックだったしそんなの嫌だと思ったけど、怒りはなかった。
 だってそれは……。

「私のせいで無茶なんかされたら、愛されてるんだなって、嬉しいよ!」
「う……!?」
「でも、ただ守られるなんて嫌だから、その時は私も一緒に無茶するけど」
 ベベルで引き返してきた皆と同じように、私もそばに行って共に戦うだろう。
「だから……それで、いいじゃんか」

 空腹と疲労が限界なのに叫びまくって、ちょっと目眩がする。
 ワッカは渋々ながらリュックにもらった携帯食を返してくれた。
「わーったよ。でもな、なんかやる前に俺やルーに言え。無茶したいなら、せめて俺も混ぜろ。……一人で突っ走るな」
「……考えとく」
「あのなあ、それくらい約束しろよ頑固者!」
「どっちが!」

 結局ユウナたちが戻ってくるまで説教は終わらなかった。
 でも、お腹に食べ物を入れたら回復したし、私も負けじと言い返す。
 横でルーとリュックが「どっちもどっちだよね」と呟いてたのは聞こえなかった。




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