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 “彼”は生に飽いていた。生きるのがひたすら苦痛で、いつか訪れる死だけが彼の希望だった。
 でも私は違う。スピラに生まれスピラで育った“メル”は、明日を生きることに希望を持っている。
 生きることで、ユウナを死なせない道を探せる。
 生きていけば、大事な人を守れる。
 生きてさえいれば、すべては未来に繋がっていくんだ。
 死を求め続けた彼の記憶、遠い異世界で絶望に生きた彼の証だって、今この世界で私を生かす役に立っている。
 
「生き死になど、そんなに重要でしょうか?」
「当たり前です」
 シーモア老師がなぜ死に救いを求めたのかなんて私には分からない。
 でも……今の彼が重大な思い違いをしているってことだけは自信をもって言える。
「確かに死は絶対的なものです。時には理不尽に残酷に、人の命を奪い、不幸にする……でも、だからこそ生きていく意志が尊い」
 いつ消えてしまうとも分からない命だから今が大事なんだ。
 いつ死んでしまうとも分からない生だから、せめて後悔を残さず終われるよう懸命になれる。
 生も死も、終わりがあるからこそ輝く。

 全然知らなかったけれど、シーモア老師は、馬鹿だ。
 この人をこのまま放っておいてはいけない。
 もう死んでしまってるのにとは思うけど、それでも放っておけない。
「……死人って、悪いものだと思ってたけど、総老師様ですら死人なんですよね。だったら……シーモア様、私たちと一緒にシンと戦いませんか?」
「は……?」
 あのいつも冷静な老師様に真顔で「は?」とか言われてしまってちょっとへこんだ。

「せっかくこの世に留まったなら思う存分やりましょう。永遠のナギ節を迎えて死人としてハッピーな死後ライフを満喫! シーモア様の協力があれば究極召喚以外の方法なんか楽勝で見つかる気がする」
 ぐっと拳を握り締めて力説すれば、シーモア老師は薄笑いも消え去り唖然としていた。
「籠絡するつもりが、まさか逆に勧誘を受けることになるとは」
 眉間にシワを寄せ、頭痛に耐えるような顔をしている。
 そんな彼はまるで生きてるみたいだった。

 話に夢中で気づかなかったけれど、いつの間にか浄罪の路の出口に到着していた。
「あ、全員脱出してる」
 ユウナもガードも皆ちゃんと揃ってる。
 こちらを振り向いたティーダが、私とその横に立つシーモア老師を目にして剣を抜いた。
「メル!」
 ああどうしよう。一触即発だ……。

「シーモア老師……」
 いま謝ったらなんとかして私が取り成しますよ。
 そう視線で訴えかけたものの、彼の表情は死人のそれに戻っていた。
「私は生に執着がないもので、ご期待に添えず申し訳ない」
 そんな頑固なこと言わずに。思考の柔軟さがあなたのいいところだったじゃないか。

 キノック老師の御遺体が無造作に転がされる。それを見遣り、皆も殺気立つ。
「シーモア、てめえ!」
「何か? 私は彼を救ったのだ。つまらぬ権力に執着し、安らぎのない日々に終止符を打った。もはや思い悩むことはない。彼は安息を手に入れたのだから」
 陶酔し、歌うように彼は囁く。
「死は甘き眠り。ありとあらゆる苦しみを拭い去り……癒す。ならばすべての命が滅びれば、すべての苦痛もまた癒える。そうは思わないか」
 そして彼は凍てついた瞳でユウナを見つめた。
「あなたが必要なのだ、ユウナ殿。さあ、共にザナルカンドへ。最果てに待つ死者の都へ参ろう」
 死の力を以てスピラを救う、そのために。

 この馬鹿は、本気で馬鹿だ。
「あなたの力と命を借りて、私は新たなシンとなり、スピラを滅ぼし、そして救おう」
 スピラを守るために捧げたその命で、スピラを破壊して、そんなことが……本当に、救済だと信じているんだ。
 彼の魂が死によって救われたのだとしたら私もそれを否定はしない。
 でも、やはりシーモア老師は思い違いをしている。

 彼が何か呪文を唱えると、背後に控えていた僧兵たちが音もなく地に伏した。
 彼らの体は融けて幻光虫となり、シーモア老師の中へと還ってゆく。
 執着が死人の肉体を人間たらしめる。もはや彼は、その執着さえ捨てて変貌し始めていた。
 ……変わらないことがエボンの真実ではなかったのか。
 シーモア老師。あなたは、やっぱりどう足掻いても間違ってる。

 魔物のように姿を変えゆくシーモア老師に向かって、咆哮をあげながらキマリが飛びかかる。
 胸に槍を受けてもなお、シーモア老師は平然としていた。
 得体の知れない闇が集まる。キマリは振り向かずに叫んだ。
「走れ! ユウナを守れ!」
 ユウナたちの足は動かない。アーロン様がティーダの眼前に剣を突きつけた。
「行け」
「な……、おっさん、ふざけんな……っ!」
「行けと言っている!」
 太刀を振り払い、彼らの体を突き飛ばす。

 苦痛に顔を歪めながらもティーダは、立ち尽くしているユウナの手を取った。
「くっ、そおおおおお!!」
 そして彼女を引き摺るように走り出す。
 私はそんな光景を……シーモア様を挟んだ向かい側で見ていた。
 だからまあ、他に方法がなかったとか、何とでも言い訳はできる。

 ティーダたちの後を追おうとしつつ、ワッカとルーは私を待っているようだった。
「メル!」
「何やってるの、早く!」
 ルーこそ、走るの遅いんだから早く行かないと。
 ああほら半ば魔物になりつつあるシーモア様が、歪な腕を振り上げる。
 私は左腕で狙いを定め、今にもワッカたちを消し飛ばそうとしている彼の手にフラガラッハを撃ち込んだ。
「教えに反する武器だけど、時と場合によるらしいから使ってもいいですよね」
 シーモア様……あなたも認めてくださった、私たちが選んだ道ですから。

「止めろメル! いいから早くこっち来い!!」
「もー、うるさいな。ガードなんだからやるべきこと分かってるでしょ?」
 まるでユウナが従召喚士になった時みたいな顔してるよ、二人とも。
「この……っ、馬鹿! あとで説教してやっからな!! 今までで一番長いから覚悟しとけ!!」
 ほんと、やめてほしい。勝手に死亡フラグみたくしないでよね。
 私は死ぬ気なんかないんだから。

 遠ざかっていく仲間を見送ることもせず、私とキマリは挟み撃ちでシーモア様を抑え込む。
「私たちは生きていたい。生きるために戦う。あなたの気持ちとどっちが強いか、勝負です」
「……ならばお前たちにも安息をくれてやろう」
「安息を得た死者なら眠りについている。……あなたは死人になってまでこの世に執着してるじゃないですか。生きていたかったんじゃないですか。矛盾してるよ」

 シーモア様を挟んでキマリが踏ん張っている、そのまた向こうに何かの影がちらりと過る。
 六人分の足音がバラバラと駆け戻ってくるのが聞こえた。
「……あの召喚士様御一行は、ホントにもう」
「仕方がない。ユウナと、ユウナが選んだガードだ」
 力を緩めていいならため息でも吐きたそうなキマリの言葉に笑ってしまう。
「キマリ今日はすごくかっこいいね!」
 ジロッとこっちを睨むキマリの表情は、「今日はってのはどういう意味だ」と不貞腐れているようだった。




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