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 私たち、何をしにベベルまでやって来たんだっけ。
 シーモア様を手にかけた罪を裁かれ、総老師の導きを得て……。
 そして、未だ生きている者たちのために、彼らに希望をもたらすために旅を続けるはずだった。
 現実はどうだろう。
 シーモア老師は死人としてここに留まっている。
 ユウナたちは、死罪人として浄罪の路へ送られた。
 ……私はなぜか、シーモア老師に引き連れられてベベル宮の廊下を歩いている。

 結婚式から一転、ユウナの処刑が決まったというのに聖ベベル宮は静まり返っていた。
 この建物ごと死んでいるみたいだ。
 マイカ総老師に、シーモア老師に……ここには死者しかいないのか。
 それに、後ろからついてくるあの御方も。

「あの、シーモア様、キノック老師は一体……?」
「お疲れなのでしょう。そっとしておいて差し上げなさい」
 僧兵にぶら下がるようにして支えられながら歩いて……というか、引き摺られているキノック老師。
 御遺体にしか見えない……。つい先程までは生きて話して、私たちを捕らえた張本人なのに。
 彼もシーモア老師が殺したのだろうか。
 どうしてそんなにも簡単に命を奪えるんだろう。

「あのう……なんで私だけ牢獄行きじゃないんでしょうか」
「あなたはガードではないとのことなので。式の参列客を捕縛するわけにもいきますまい」
 そんな屁理屈が通っちゃうんだ……。
「じゃあ、どこに向かってるんですか?」
「浄罪の路の出口へ」
 なるほど、私はユウナたちが出てきた場合の人質ってわけですね。

 浄罪の路は罪を犯した貴人が送られる迷宮だ。
 ほぼ脱出不可能とされているけれど、一応それは処刑と異なる扱いだった。
 そこを歩みきった者は便宜上、罪を赦されたことになる。
 ……皆ならきっと出てくるだろう。

 シーモア老師は私を振り向いて、薄く笑った。
「抵抗なさらないのですね」
「私一人でシーモア様に逆らっても勝ち目ないし、皆と合流した方が勝率は高いかと」
 また笑う。何なんだろう。
「その性格は嫌いではない」
「そうですか。私もシーモア様のことは結構好きでした。ユウナとの結婚があんな感じになって残念です」
「ほう? それは意外なことで」
「また会えてお話を聞けて、嬉しいです。でも今のシーモア様は、なんだか怖い」
 もはやあなたとユウナの結婚を祝福することはできない。

「……で、真面目な話どうして私は浄罪の路送りじゃないんですか?」
 一緒に行っていたら皆の足を引っ張っていたとは思うけれど、一人きりでいるのはすごく怖い。
 正直この状況を「助かった」なんて思うのは無理だった。

 シーモア老師は少し身を屈めて、僧兵に聞こえないよう私の耳に囁いた。
「我らグアドは異界の香りに敏感なもので。……あなたの魂からは死の気配がします」
「私は正真正銘の生者ですよ?」
「そうでしょうか」
 死人臭いなんて人聞き悪い。
 彼が嗅ぎ取っているのは遠い前世の記憶だろう。私の匂いじゃない。
「……でも、死が救済だの希望だのって話は、分からなくはないかな」

 その人は、死を望んでいた。

 あえて他人行儀に呼ぶなら、“彼”は生に飽いていた。
 巡り合わせの悪すぎる人生だった。
 明日を生きたいと思えるほどの喜びが、ひとつもない人生だった。
 毎夜この眠りが永遠であれと願い、それでも義務感だけで三十余年を生きてきた。
 ようやく解放されるその時、彼は初めて希望を得たんだ。
 ……やっと、終わるのだと。

「生きることに喜びを見出だせないほど不幸な人生を歩んできたら……きっと死に救いを求めるんでしょうね」
 この人もそうなのだろうかとシーモア老師を見上げる。
 相変わらずの薄笑いが貼りついていた。これはもう一種の無表情だ。
「ならば私に協力しては頂けませんか」
「あなたと一緒になれば、ユウナは死なずに済みますか?」
「いいえ。召喚士はシンを倒さなければならない。その使命に変わりはありません」
「……シンを倒すことはできないって、言ったくせに」

 恨みがましく呟いて、不敬にも睨みつける私にシーモア老師はますます笑みを深くする。
「しかし、私と共に行くのならばユウナ殿のガードは救われましょう」
「へ?」
 それはまあ、彼ほどの人が仲間になれば旅の安全性は格段に向上するだろうけれど。
 なぜ急にガードの話になるのかと首を傾げる。
 シーモア老師は、幼児に言って聞かせるようにゆっくりとその意図を話してくださった。

「究極召喚に相当する祈り子像はない……それを作り上げるのは強い絆。ガードに命を預ける召喚士の心、召喚士のため命を捨てるガードの心、長きに渡る旅で紡ぎあげた絆こそが究極召喚を生むのです」
 ……祈り子像が、ない……?
 えっ? ちょっと待って、何の話をしてるんだ。
「遥かザナルカンドの地で求められるのは、召喚士の覚悟とガードの命。おそらくはビサイドの若者二人、あるいはロンゾの青年が志願するでしょう。彼らが命を落とすのは、あなたも不本意なのでは?」
「祈り子像がなくて、ガードは死ぬ……? もしかして、ガードが……究極召喚の……祈り子になるってこと?」
「理解がお早い」
 褒められてる気がしない。

 シンを倒せば召喚士は死ぬ。それはこの世界の常識だ。でもガードのことは知られていない。
 確かに今まで大召喚士様のガードも主と同時に命を落としてきた。
 でもそれは旅が過酷だから、シンとの対決が苛烈を極めるから、生き残ることが困難だったのだと思っていた。
 ……それが、違った?
 究極召喚は、召喚士だけではなくガードの命も必要とする……。
 言われてみれば史上どれほどの腕前であっても、一人でシンを倒した大召喚士様は、いなかった。

 ユウナは……ユウナは、自分だけじゃない、仲間の命も捧げる決断をするだろうか?
 ……きっとできるだろう。
 だってブラスカ様も、旅の終わりにそれを選んだのだから。
 キマリもワッカもルーも、ティーダやリュックだって、自分が祈り子になって構わないって言うだろう。
 でも、何かが引っかかる。
『シンはジェクトだ』
 あの時は何を世迷い言をと無視していたけれど、アーロン様の、あの言葉は。

「ガードが究極召喚の祈り子になって……シンを倒したら、究極召喚獣は……」
 なんだ知ってたのか、と言いたげなシーモア老師の表情は、なぜだかとても無邪気に見えた。
「シンは……ジェクト様なんですね……。シンを倒した究極召喚獣が、十年後に新たなシンとして蘇る」
「私がユウナ殿の隣にあれば、お仲間の犠牲は避けられましょう」
「嫌だそんなの」
 考える前に、するりと口から言葉が零れていた。ショックが大きすぎて心が無防備になっている。
 でも、だから、それはありのままの本音だ。
「ユウナが死んじゃうだけでも嫌なのに、ワッカたちまで死ぬかもしれないって、そんなの絶対やだ! だからって代わりにシーモア様に押しつけるなんて、もっとやだ!」
 そんな馬鹿な選択をして、それからの人生どんな顔して生きていけるっていうんだ。

「シンを倒すために命を捧げた人が、新しいシンになるなんて、そんなの……!」
「それこそ、スピラが囚われた死の螺旋」
 だったらあなたは次のシンになって平気なのか。
 スピラを守るために捧げたその命で、スピラを破壊して、そんなことに耐えられるのか。
「今のあなたは……そりゃ、なんか前とは違うし、怖いけど……」
「ならば構いますまい?」
「死人になったからって自分の命を軽視しないでください! 生きることが最善であればこそ、死が最後の救いになるんだから……!」




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