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 尋常でなく張り詰めた空気のなかで、人質の命と引き換えに婚礼の儀式が進んでゆく。
「皆、おかしいと思わないんですか。ユウナは私たちエボンの民を救うために召喚士になったのに。その彼女に、こんな結婚式をさせてあなた方は平気なの?」
 僧兵の何人かは表情を変えた。でも武器を降ろしはしない。
 マイカ様にシーモア様、キノック様とお偉方の揃うこの場で、私の言葉に価値を見出だす者などいなかった。

 互いに誓いの言葉はない。シーモア老師はただ黙ってユウナに口づけた。
 そしてこちらに向き直り……。
「殺せ」
 かつてミヘン・セッションで皆に言葉をかけてくれた時と同じ顔で、死を命じた。

「悪いな。エボンの秩序のためだ」
 無感動にキノック様がそう言うと、アーロン様は僧兵たちの武器を示して片眉を上げた。
「教えに反する武器のようだが?」
「時と場合によるのだよ」
 都合のいい“教え”だ。
 皆がこちらに気を取られた隙に、ユウナはシーモア老師の手を振り払って聖堂の奥へと逃げた。
「武器を捨ててください。さもなくば……」
 ここから飛び降りる……と。

 ユウナを見つめたまま、シーモア老師が合図を送る。
 キノック老師は忌々しげに武器を下げさせた。
「みんな、今のうちに逃げて!」
「一緒にだろ!」
「大丈夫、私も逃げるから!」
 更に一歩、ユウナが後退る。
「やめなさい。落ちて助かる高さではない」
 私たちをまっすぐに見つめ、ユウナは囁いた。
「……信じて」

 錫杖は召喚獣を使役するにあたって召喚士の魔力を増幅させるための補助器具だ。
 でも、ベベル宮を除くすべての寺院を巡ってきた今のユウナなら、杖がなくても召喚獣くらい呼べる。
 ましてや彼女が最初に絆を結んだ祈り子様との繋がりがあれば……。
「リュック」
 目配せをする。リュックは力強く頷いた。同時にユウナが宮殿から飛び降りる。
「みんな、『投げるよ』!」
 何かの攻撃を仕掛けるとでも思ったのだろう。
 私たちを取り囲んでいた僧兵たちは“しっかりと目を見開いてこちらを注視した”……。

 離れたところにいた兵には目眩ましも効果がない。
 だけど、目を押さえて踞った僧兵が防波堤代わりになってくれる。
 私たちはその場を脱し、ベベル宮の奥へとひた走った。
「降ろせよキマリ! シーモアの野郎、ブッ倒してやる!」
「降ろさない。ユウナは逃げろと言った」
「あの子と合流するのが先よ」
 暴れるティーダをキマリが担いでいく。行く先にいた僧兵は、アーロン様が薙ぎ払った。

 召喚士が試練に挑むための通路じゃないのでちょっと迷ったけれど、なんとか試練の間に続く道を見つけた。
 やっぱり結婚式の警備に人手を割いていたのだろう、宮殿内部には兵士が見当たらなかった。
「戦いまくりながら進むことにならなくてよかったね」
「それにしても静かすぎるわ……。罠かしら」
「罠でも関係ない、ユウナが待ってんだ!」
 そうそう。
 ここにいるのはバハムートだ。ユウナと合流さえしてしまえば、全部ブッ飛ばしながら脱出するのは簡単だって。
 ……ま、ちょっと自暴自棄だけどね。

 僧官通路の奥は長い長い螺旋階段だった。
 ベベル宮に務めると、毎日こんなところを昇り降りしなきゃいけないのか。
 なんて同情していたら、リュックが何かの操作盤を見つける。
「お? これ動かせそうだよ」
 ピピピッとボタンを押したところで、なんと螺旋階段が動き始めた。エスカレーターになってるんだ。
 ベベル宮に務める僧官の皆様、私の同情を返してください。

 これ幸いと乗り込んだものの、ワッカは不服そうだ。
「さっきの武器といい、なんで寺院に機械があんだよ……?」
「だって、便利だし」
「そういう問題じゃねえ! 教えはどうなってんだ、教えは!」
「あたしに言われても困るよ〜!」
「歩かずに済んでよかったじゃん」
 こんな階段をちんたら歩いてたら追っ手が来てしまう。

 だけど階段を抜けた先、試練の間に続く扉も飛空艇並みに精密な機械仕掛けの扉だった。
「まぁた機械かよ」
「これがエボンの本質だ。自らの教えを影で裏切っている」
「くそっ! 人をコケにしやがって……」
 今さらエボンの教えに夢を見るわけじゃないけど、ここまであからさまだとワッカでなくてもさすがにちょっとムカつくね。
 シンに目をつけられない機械がどれか分かってるなら、問題なくて便利なものを庶民に解放してくれればいいのに。
 ……まあ、ワッカが怒ってるのはそこじゃないだろうけど。

 結局、宮殿内では一度も兵士の姿を見ないまま祈り子の間までやって来た。
「ユウナは?」
「たぶん、この中だ」
 ワッカが扉を指差すと、ティーダはそこに駆け寄った。
「たぶんじゃなくて、確かめろよ!」
「お、おい……」
「今さら掟もないだろ!?」
 キマリもティーダに続き、二人は力ずくで扉を開け放つとそのまま中に入ってしまった。
 アーロン様も後に続く。

「え、いや、掟っていうか、邪魔してユウナは大丈夫なの?」
 祈り子様との交信には精神集中が欠かせない。途中で気が散ったら……危険なのでは?
 焦る私たちの傍ら、ルーは「入ってしまったものは仕方ない」とため息を吐く。
「きっと祈り子様がお守りくださるわ」
「さて、果たして反逆者を守ってくださるものやら?」
 冷ややかな声にドキリとして振り返る。

「キノック老師……」
 僧兵の皆様もお揃いで。
「泳がされていた、というわけね」
 それは……当然といえば当然か。私たちの行き先なんて祈り子様のもと以外にないんだ。
 わざわざ追い回さなくたって、落ち着いて出口を封鎖すれば事足りる。
 前衛を務められるアーロン様もキマリもティーダも扉の向こう。
 私たちだけで目の前の敵をぶっ飛ばすのは……さすがに無理だ。

 ガタンと音がして扉が開く。
「待って! まだ出てきちゃ駄目!」
 リュックが叫ぶも間に合わず、祈り子様との交信を終えたばかりで気を失っているユウナを抱え、ティーダたちが出てきてしまった。
 せめて時間を稼げていれば、バハムートを呼んで脱出も可能だったかもしれない。
 けどもう無理だ。
「一網打尽だな。……お前たちには裁判を受けてもらう」
「構いません。もとよりそのつもりで来ました」
 こうなったら開き直っていくしかない。
「公平な裁きを期待したいものだ」
「なら、今のうちに祈れ」
 どうか、総老師様が道理を以て耳を貸してくださるように。




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