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 闇雲に走ってきたせいで迷子になってしまった。
 ここは倉庫だろうか。人も来なさそうなのでちょうどいいとその場に踞る。
 ベベルに着くまでに……一時間くらい頭を冷やしてから、皆のところに戻ればいいや。
 そう思っていたのに、数分後にはワッカが私を探しに来てしまった。
 今お説教は聞きたくないな……。

 うるさく言うんじゃないかって予想を裏切り、ワッカは黙って私の隣に座り込んだ。
 そして怒った様子もなく呑気に呟く。
「お前って執念深いよなぁ」
「……普通だもん。ていうか、ワッカこそもっと怒るべきだから」
 機械がどうの教えがどうのより、自分が卑劣な真似をされたことに怒るべきだ。
「ユウナの件はともかく、俺のはもういいだろ……。むしろお前に一番さっさと忘れてほしいぜ」
 カッコ悪ぃ姿をいつまでも覚えてんじゃねー、とワッカは不貞腐れていた。

「それより、その……大丈夫か?」
「なにが? まだ怒ってるけど」
「いや、そのことじゃなくてよ」
 ユウナの居場所が分かる前、スフィア波検索装置の話をしてた時のことだとワッカは言った。
 ん……? なんだっけ?
「久々にメルが何言ってんのか、分かんなかったからな」
 ああ、それか。ハイテク機器に混乱してた時のことね。
 シドへの怒りで墜落の恐怖なんか吹っ飛んじゃってたよ。
「ん。そっちはもう大丈夫」
 メルはスピラ生まれのスピラ育ち。必要な言葉をティーダがくれたので、ちゃんと心は落ち着いている。

 はーーーっ、と大きく息を吐いて、ワッカは壁に背中を預ける。
「あいつはお前の言ってること分かるんだよな。でも、お前の前世ってのはザナルカンドじゃないんだっけか?」
「そうだよ。スピラと繋がってない……すごく遠い世界」
 だけどなんとなくどこか似ていて、だから時々、あそこに生きていた人を“メル”の一部と錯覚してしまう。
 あれは私じゃない人の、もう終わった物語なんだから、しっかりしないとね。

「そっちこそ大丈夫? ボーッとしてるみたい」
 ワッカは、大丈夫とも大丈夫でないとも言える、と俯いた。
「まともに考えてる暇がねえんだよな……」
 グアドサラムでユウナがプロポーズされて、雷平原で彼女は結婚するって決めて。
 マカラーニャでリュックがアルベドだって知って、寺院ではシーモア老師を……手にかけて。
 シンの背中に乗り、砂漠に放り出され、グアド族がアルベド族に暴虐を振るう様を目の当たりにした。
 ……確かに、すべてが怒濤のようでいろんなことを落ち着いて考える時間がなかった。

「エボンの教えを蔑ろにするやつは相変わらず腹立つけどよ。なんか……なんつーかなぁ」
 教えだけを守っていれば善人というわけでもないんだ。
 シーモア老師やグアド族の姿を知り、リュックやアルベド族の姿を知り、ワッカの中にあった価値観が揺らいでいるらしい。
 エボンの教えって、どこまで信じていいのか。
 それに従うのが本当に正しいのか。

「あいつ……ティーダはいいやつだ。それは間違いねえよ。……あいつが、シンがいなかった時代のザナルカンドから来たとしてよ、そんな罰を受けなきゃいけない人間にゃ思えねえよな……」
「うん……」
 少なくともティーダは、機械を使って力を誇示して、戦争したがるような人じゃないものね。

 彼のザナルカンドと千年前のスピラにあったザナルカンドは別物かもしれない、でも……。
 その場所がティーダみたいな人間が育つ、真っ当な世界だったとしたら。
「昔の世界がそう悪くないもんだったとしたら、なんで……」
 なぜシンが生まれたのか、分からなくなる。

 教えを作ったのは昔のエボンの偉い人、シンと同じ時代を生きたであろう人々だ。
 だからきっと教えのすべてが嘘ではないと思う。
 でも、盲信してもいけない。
 公平な目で真実を見極めなくちゃいけないんだ。

 千年前の人々は、戦争を目の当たりにして、それを子孫に伝えるためにエボン教を作った。
「シンは人間への罰なんかじゃないのかも」
「……じゃあ、何だってんだ? 自然災害だとでも言う気か?」
「だとしたら打つ手がなくなっちゃうから困る」
「困るどころじゃねーだろうがよ」

 勿体振った教義で都合の悪いことを隠しつつ、嘘と事実の両面から真理が導き出される。
 宗教って、そういうものだ。
 エボンの教えには矛盾がある。すべて間違いじゃないにしても、どこかにきっと嘘がある。
 たとえばシンが“文明にあぐらをかいて慢心した人間への罰”というのが嘘だとしたら?
「罰じゃなくて、シンそのものが人間の罪とか」
 私の前世の言葉だけれど、“sin”は罰じゃなくて罪なんだよね。

「つまり、どういうことだ?」
「……うーん。自分でも分かんない」
「なんだそりゃ」
「でも、シンが何者なのかを知れば、永遠に復活させない方法も自ずと知れるはずだよ」
「そんな方法、本当にあると思うか?」
「なかったら作るしかないねー」
「無茶言うよなあ」
 変わろうとする意思さえ捨てなければ、きっと何者かにはなれるはずだよ。

 ずっと座ってたら腰が痛いとワッカが立ち上がる。
 おじさん臭いと笑いながら私も倣った。
 ……教えのこと、シンのことを考えてるうちに、いつの間にか怒りは去っていた。
「そろそろルーたちのとこに戻っとわ!?」
「うわっ、何!!」
 急に飛空艇が大きく揺れた。床が斜めになり、二人して壁に頭をぶつける。

 慌てて倉庫を出てみると、通路の向こうから魔物が走ってきた。
「えっ、ホームから紛れ込んできたのかな!?」
「くそっ! 片づけながら戻るぞ!」
 ルーたちの方は大丈夫だろうか。あと、大暴れされて飛空艇が落ちないかもすごく心配だ。
 特にキマリとアーロン様が節度を守って戦ってくれてるといいんだけど。




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