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 飛空艇が一心不乱にベベルめがけて飛ぶ間に、私たちは戦闘の準備をしておくことにした。
 旅行公司のオーナー、リンさんも船に乗っていた。
 彼が物資を提供してくれるというので私も念のため機械式の短剣とシールドを買っておく。
 ……お金、しっかりとる辺りがすごい。商人魂だ。

 コックピットに戻るとアーロン様がシドさんに突っかかっていた。
 うぅ、ワッカが喧嘩せずに頑張ってると思ったら、あなたがやっちゃいますか。
「ユウナを救い出してその後はどうする。お前の望みはユウナの身の安全だろう。旅をやめさせる気か」
「ったりめえよ! 旅を続けりゃユウナは死ぬ。そんなふざけた話があるか!」
 船を飛ばしてもらってるんだからなるべく穏便に、とアーロン様を止めるため二人のそばに近寄る。
「定めだかなんだか知らねえが、黙って姪っ子を死なせられっかよ。ユウナを助けたら召喚士なんざ即廃業させたる」
 は? なにそれ……。

「ユウナの意志に反しても、か」
「死んじまうよりゃマシだ! 文句のある奴ァ前に出ろ、叩き出したるわ!」
「出ろって言うなら出てあげますよ!」
 揉めたら止めるつもりだったこに、そうまで言われたら私も黙っていられない。
 アーロン様を押し退けて私がシドさんの前に立ちはだかると、ワッカとリュックが慌てて駆け寄ってきた。
「お、おい、メル何やってんだ馬鹿!」
「ちょっとオヤジ! まさかメルを叩き出すつもりじゃないよね!?」
「う……」

 誰も本気で出てくるとは思ってなかったんだろう。シドは気まずそうにしつつ、私に向き直った。
「おい嬢ちゃん、お前はユウナのダチか? そんなにあいつを死なせたいのか」
「そういうあんたはユウナの何よ」
「俺はな、」
「今までずっと何してたの? 姪っ子だから死なせたくないとか、言えるだけのことしてないじゃないか!」
 ユウナのお母様の話、私はざっくりとしか聞かされていないけれど……。
 十年前にブラスカ様のナギ節が来るまで、ユウナを迎えに来たアルベド族はいなかった。
「ブラスカ様がいなくなってから今までユウナを見守って育ててきたのは、ここにいるキマリやルーやワッカや、ビサイドの人たちだよ」
 彼女をベベルから連れ出したのは、伯父であるシドじゃなくてロンゾ族のキマリだった。

 ユウナが召喚士になると決めた時、ルーとワッカがどんなに烈火のごとく怒ったか。
 何も言わなかったけどキマリだって……いろんな想いが渦巻いてたに違いないんだ。
 それでも皆、ユウナの意志を尊重してここにいるのに。
 死ぬよりマシ? 召喚士を廃業させる? ……そんなこと……。

 ユウナがビサイドに住み始めてすぐの頃、一度だけベベルから僧官がやって来たのを覚えている。
 彼はビサイドの寺院でじい様たちと話をして、名残惜しげにしつつも大人しく帰っていった。
 あの時は何も分からなかった。でも彼がユウナをベベルに連れ戻していたらどうなっていたのか、今は分かる。
 じい様たちがユウナをビサイドに留め置いてくれなかったら、どうなっていたのか。
 ユウナは、ブラスカ様の娘だという、ただそれだけの理由で召喚士になっていただろう。
 自分の意志に関わらず……。

 キマリがどんな想いでユウナを連れて旅をしたのか。
 ワッカとルールーがどんな想いでユウナの決意に触れたのか。
 私たちが、どんな想いで彼女を守ってきたのか。
 ……こんなやつ、ユウナのことを何も知らないくせに!

「皆と、ユウナ本人が、一番辛いのに! それでも覚悟を決めてんのに、傍観してただけの他人が今さらしゃしゃり出てきて偉そうな口叩かないでよ!!」
 召喚士を守りたいというアルベド族の想いがどれほどのものかはホームで目の当たりにした。
 でも、それでも……。
「リュックだってユウナに会って話をして、ガードになったんだよ。なのに、あんたどこで何してたの!?」
 命だけ守って、心は無視していいなんて、絶対に思わない。
「自分の妹も引き留められなかったくせに腹いせにユウナの気持ちを踏みにじってんなよ! あんたがやってんのはユウナのためでもなんでもない、ただの自己満足だ!!」

 息が乱れ、勢い余って思わず前のめりになる。見下ろした自分の手が小刻みに震えていた。
 なんだか分からないけれど、急にスッと頭が冷えた。
 この人はシド。アルベド族のリーダーで、召喚士誘拐の指示を出した張本人だ。
「つーか、ユウナ誘拐の首謀者ってことは、要するにあんたがルカでワッカに暴力を振るった卑劣漢どもの親玉なんだよね」
 腰に引っかけていた短剣を手に取って握り締める。
「叩き出す? 上等だよ。返り討ちにしてやる」
 新しい武器を馴らすのにちょうどいい。

 柄の方を向けて思いっきり振りかぶる。シドは避けずにまっすぐ立っていた。
 その心意気や良し。
「って無理に決まってんだろーが馬鹿メル! 武器しまえ!」
「ええい、離せワッカぁ! あのハゲの毛根を皆殺しにしてやるんだから!」
「暴れるなっちゅーの! 今はユウナを助ける方が大事だろ!」

 私を見つめ、私を羽交い締めにしているワッカを見つめ、シドは目を細めた。
「あのブリッツの試合か」
 そうだ。忘れたくても忘れられない、目に焼きついて離れないあの時の光景。
 痣だらけで意識を失っていたワッカの姿。
 こんなやつ、人に痛みを与えることを何とも思わないやつに、ユウナの意志を踏みにじらせて堪るか。

 シドは私の前に立ち、言った。
「一発殴れ」
 ワッカの腕を振りほどいて、その勢いを拳に乗せてシドの左肩辺りをぶん殴った。
 ……かたい、右手がめちゃ痛い。
「お、おまっ、躊躇なく……!」
「頭に届かない!!」
「届かんでいいっつーの!」
 再びワッカに首根っこ掴まれてシドから引き離された。
 まだ全然、殴り足りないのに!

「残りはツケといてくれや。あのガキどもはルカにいる。こいつにゃ乗ってないんでな」
「へえ、じゃあ非を認めるんだ」
「ユウナを連れて行こうとしたのは俺の指示だ。だが他のことは全面的にこっちが悪い。あいつらにも落とし前はつけさせる」
「ワッカのことだけじゃない。あんたがユウナの気持ちを無視してるのも許せない!」
「それに関しての文句は聞かねえ! 何と言われようとなあ! ……俺は……あいつには死んでほしくねえ」
「…………」
 そんなの、そんなこと、思ってるのは、あんただけじゃないんだから。
「……ユウナを助け出したあとでもう一回ぶん殴る」
「好きにしな」

 顔を突き合わせたまま冷静でいられる自信がなかったから、コックピットから飛び出した。
 通路には何人かの召喚士が休んでいる。ドナ様も、イサール様もいる。
 アルベド族が攫っていなければ、彼らのうち誰かが既にザナルカンドに着いていたかもしれない。
 パッセ君やそのお兄さん、マカラーニャの森で会ったドナ様のガードの顔が頭に浮かんでは消えた。

 誰だって、死んでほしくないに決まってる。
 でも私たちがそれを願うのと同じだけの強さで、彼らは召喚士であることにすべてを懸けているんだ。
 ブラスカ様を亡くしたユウナが、どんな気持ちで召喚士になったのか。
 私たちのために死なないでなんて……簡単に言えない……。




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