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01


 次に来るのが今日の最終便だ。出立の準備はとっくに終わってたのに、なんやかんやと理由をつけて先延ばしにしていたらこんなに遅くなってしまった。
 桟橋に立ってウイノ号が来るのを待ってるところ。
 時間も時間だし、今からポルト=キーリカに向かおうという乗客は私の他にいないようだった。

 水平線で昼と夜が混じり合う。別たれた二つの世界がそこで繋がって、ひとつに重なっていく。
 茜と藍の中間のような曖昧な色が海を染めていた。
 昼と夜、空と海、現実と夢、過去と現在。
 私の中にも二つの世界が内在している。そのせいか、こんな黄昏時になると“もうひとつの世界”を思い出した。

 前世の記憶……それが蘇ったのは七歳の誕生日の少し前。
 ビサイド島の近くにあった私の故郷、集落をひとつ抱えただけの小さな島がシンの襲撃によって崩壊した日のことだった。
 私は意味不明な言葉をたくさん吐いたものだけれど、それは“シンの毒気”による影響として片づけられた。
 実際のところ、何が本当なのかは私にも分からない。両親の死と共に蘇ったものが前世の記憶なのか、それともただの夢なのか。
 胡蝶の夢、だっけ。
 この肉体はスピラで生まれて育ったのに、魂はどこか別の場所で見た夢を覚えている。
 どっちが真実だとしても同じようなものだと思う。

 ふと背後から足音が響いてきた。船着き場の作業員かと思って振り向いたら、知った顔があった。
「メルか?」
「おー」
 ひらひらと手を振ると、簡素な荷物を肩に引っかけてルッツが歩いてくる。
 今からキーリカに用事があるはずもなし。
「ルッツもビサイドに帰るの?」
「ああ。作戦の前に、峠にも寄っておきたいからな」
 荷物が少ないから、お祈りのためにちょっと帰るだけなのだろう。そしてまたルカによって荷物を引き取り、キノコ岩街道へ向かう。
 たぶんルッツは私と同じような計画で動いている。

 なんにせよ、知り合いが乗ってるなら一人淋しい船旅にならずに済む。
「俺も、ってことはメルも一旦帰るのか。ワッカに怒られるぞ」
「まあそれはしゃーないっすよ」
 言わなきゃバレないだろうきっと。
 もしバレたって、ルッツやガッタに怒りが分散されるだろうから平気だ。
「そういやガッタは?」
「あいつは先に帰って引き継ぎの準備をしてるんだが……」
「んー? できれば置いて帰りたいって顔に書いてますねー」
 私が顔を覗き込むと、ルッツは困ったように水平線の方へ視線を逸らした。
「自分で決めたことだ。俺には口出しできない」
「……そうだね」
 ガッタはミヘン・セッションに参加する。ルッツの影響だろうけれど、それが彼自身の望みなら他人には止める権利がない。
 自分で覚悟を決めて選んだ道を、誰にも邪魔できないんだ。

 水平線にシルエットが浮かび上がる。連絡船ウイノ号がやって来た。
「ユウナちゃんの試練もそろそろだったな」
「そうなんだよね。寺院に入る前に会えたらいいけど」
「だったらもう少し早く帰ればよかったのに……ああ、顔を合わせないためにギリギリを狙ったのか」
「言わないでよ、野暮だな」
「そいつはすまん」

 まだ従召喚士のうちに会えたらいいけど、会ったら「召喚士になんてならないで」と言ってしまいたくなる。
 私がビサイドに着いたら、もう試練が終わっていれば……なんて思いもなくはない。
「自分で決めたことだから、私にも口出しできないよね」
「俺たちの作戦が成功すれば、ユウナちゃんの旅も必要なくなるさ」
「そうありたいものだねー」

 七歳の時、蘇った“前世の記憶”は三十余年分。私の人生を支配し得るだけの容量を占めている。
 でも私は、今の私は、このスピラに生まれ育ったメルという人間だ。
 影響されはしても前世のために生きたりはしない。
 日が沈み、やがて夜が世界を染め上げる。でも明日になればまた朝がやって来る。
 私が生きているのは、こっちの現実だ。




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