27
扉の前にグアド族とアルベド族の遺体が密集している。
ここが……最後の一線だったようだ。
召喚士はこの中に集められ、アルベド族がここを死守して、グアド族は扉を開けられなかった。
「お願いユウナ、ここにいて!」
リュックが解錠キーを入力して大扉が開く。
真っ先にキマリが駆け込んだ。部屋の外から煙が流れ込んで、中の様子がよく見えない。
「ユウナ!」
でも……返事はなかった。
「ここにはいないわ」
「ドナ様……」
召喚士は全員無事のようだ。
アルベド族が守ろうとしたものは、無事。それだけでも少しは救われる。
「久しぶりね。だけど話は異界送りが終わるまで待って」
見れば部屋の奥でも幾人かの召喚士が異界送りを舞っている。
倒れて動かないのはアルベド族だけだった。
「彼らは……僕たちを守って犠牲になった。せめて僕らの手で送らねば申し訳ない」
やはりイサール様も攫われていたようだ。こちらは、ガードの二人も一緒だった。
「ねえ、イケニエって何? 召喚士はイケニエだって、アルベドの人が言ってたんだ。だから旅をやめなきゃいけないんだって」
イサール様の弟、パッセ君が困惑した顔で見上げてくる。
「兄ちゃんも、イケニエなの?」
部屋の中に戦いの形跡はない。幼い子がいることを考慮したのだろうか。
この中で息絶えたのは、扉の外で重傷を負い、戦えなくなった者たちだ。
それでも万が一大扉が突破された時には召喚士を守るため、武器だけは決して手離さずに……亡くなっている。
彼らが守った召喚士たちの舞で、アルベドの人たちは幻光虫へと還っていった。
その光景を見ながら絞り出すような声でティーダが呟く。
「召喚士のことはガードに任せろよ。無理やり旅をやめさせて、こんなこと……」
「やめさせなきゃ駄目なんだよ!」
……きっと、ここで亡くなっている人たちの顔も名前も、リュックは知ってるんだろうな。
「このまま旅を続けて、シンをやっつけても、その時ユウナは……、ユウナ、死んじゃうんだよ!?」
つい数時間前まで彼らがどんな風に笑っていたのか、彼女はよく知ってるんだ。
そして、その笑顔を二度と見られないことも。
「キミ知ってるよね? 召喚士は究極召喚を求めて旅してるって! 究極召喚ならシンに勝てるよ? だけど……だけど! あれ使ったら、召喚士は死んじゃうんだよ! シンを倒しても、ユウナも一緒に死んじゃうんだよ!!」
そう広くもない部屋に絶叫が響き渡る。
ティーダは私たちを振り向いて、信じられない、という顔をした。
「知らなかったの……俺だけか?」
信じたくない、の方が正しかったかもしれない。
「知らなかったの俺だけかよ! 俺だけか! なんで隠してたんだ!」
「隠してたんじゃねえ」
「言葉にするのが……怖かったのよ」
さっきまで爆発音がモヤモヤごと吹き飛ばしてくれてたのになぁ。
おさまってしまうと、余計に静けさが苦しい。
「ルールー、ユウナのこと妹みたいに思ってたんじゃないのかよ! ワッカだって! ……どうして止めないんだ!!」
「止めなかったと思うの!?」
「あいつは、みんな承知の上で召喚士の道を選んだんだ。シンと戦って死ぬ道をよ!」
「そんなのおかしいよ! みんなの幸せのために、召喚士だけが犠牲になるなんて……」
水を打ったような静けさに、イサール様が口を開いた。
「犠牲とは心外だな」
扉の外で亡くなったグアド族とアルベド族が魔物へと姿を変えていく。
よほど無念だったのだろう、変貌が早すぎて異界送りが追いつかないんだ。
「パッセ君、こっちに退って」
他の召喚士が異界送りを続け、イサール様とドナ様は杖を手に召喚獣を呼ぶ。
「あなただってシンの恐怖は知ってるでしょう?」
「シンのいない世界。それこそが、すべてのエボンの民の夢だ。この命を引き換えにしても、迷いはしないさ」
間に合わず魔物になってしまったひとたちも彼らに倒され、幻光虫となり、共に送られていく。
知ってたって、止められないんだ。ティーダの叫びはここにいる誰もが等しく抱えている。
異界送りを必要としない、短くても尊い時代のために、彼らは召喚士の道を選んだ。
邪魔なんてできない。
「俺……、俺、ユウナに言っちゃったぞ。早くザナルカンドに行こうって。シンを倒そう……、倒した後のこともいっぱい、いっぱい!! あいつの気持ちもなんも知らないでさあ!」
力なく崩れ落ち、床に拳を叩きつけて泣くティーダを、ヴァルファーレが見下ろしていた。
召喚獣に表情なんてないと思っていたけれど……。
「なのに……あいつ、笑ってた……」
彼を見つめる彼女の視線は、なんだか……母親のような慈愛に満ちていた。
ユウナが召喚士になると言った時、猛烈に怒って大反対したワッカとルーの後ろで、私は……。
私は、じゃあ私も一緒に召喚士を目指そうかな、なんて考えていた。
私が先に召喚士になって、ザナルカンドに行って、シンを倒せば、ユウナは死なずに済む。
でもそうしたら……そんなことをしてしまったら、ユウナにも同じ気持ちを味わわせてしまうから、やめた。
大切なものを守るために自分の命を懸けてもいいと決めた彼女に、この惨たらしいまでの激情を抱かせるのは嫌だった。
……だから私は、究極召喚以外の道を探すことにした。
「ユウナ、笑ってるよね。ティーダのお陰だよ。何も知らない君が未来のことを話してくれたから、ユウナは旅に希望をもらえたんだ。誰かを悲しませないためじゃなくて、君のお陰で、笑いたくて笑えてるんだよ」
魂ごと抜け落ちてしまったみたいな顔をしたティーダが、私に目を向ける。
「メル……お前はさ、どうして……」
どうして……ユウナを止めなかったのか?
どうしてティーダに教えなかったのか?
それとも、どうしてミヘン・セッションに参加したのか、だろうか。
私はガードじゃない。ユウナが召喚士である限り、ガードにはならない。
ワッカたちが彼女をしっかり守ってくれているから、私はその間に違う道を探すんだ。
「絶望するシーンじゃないよ。ユウナは、まだザナルカンドに着いてない。究極召喚も得てないし、シンを倒してない。まだ生きてて……グアド族に攫われてどっかにいる」
まだ何も諦めたつもりはなかった。
「……俺、ユウナに、謝らなきゃ」
「そうだね」
彼女を探し出して、彼女を守りながら、誰も犠牲になんてならない道を見つけ出すんだ。
「あいつを助けよう!」
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