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26


 正確にどれくらいの時間が経ったかは分からないけれど、まだ太陽の位置はそんなに変わっていない。
 どうやら干からびずに済んだみたいだ。
「みんな〜〜! こっちこっち!」
 リュックが飛び跳ねながら手を振れば、ティーダが応じて皆こちらにやって来る。
 ティーダに、ワッカ、ルールー……うーん、ガードが全員合流できただけでも奇跡かな。
「ねえ、ユウナは?」
「俺たちが通ったとこにはいなかった」
「最悪。ガード失格だわ」
 ルーが吐き捨てるように言うのを聞いて、リュックは私を振り返る。
 うん。ホームに行くべきだと思う。

「えっと……話したいことがあるんだけど、何も言わずに聞いてくれる?」
 恐る恐るといった感じでリュックが手を挙げると、ワッカは口を噤んだまま彼女を睨んだ。
「……」
 確かに何も言わずに聞こうとはしてるよね。でも……。
「睨むのも禁止!」
 そりゃそうだ。

「この砂漠はビーカネルって島にあんのね。で、近くにアルベド族のホームがあるんだ。ユウナは、たぶんそこにいるよ。仲間が見つけて助けたはずだから」
「助けたんじゃなくて、攫ったんだろ」
「ユウナが無事ならどっちでもいいだろ!」
 ティーダのツッコミに私もリュックもうんうんと頷いた。
「で、皆をホームに案内したいんだけど……、このことは内緒にしてほしいの」

 世間的にビーカネルは無人島だと思われている。砂漠しかない島だから誰も来ないんだ。
 なのにアルベド族がここに集落を作っていると知られたら、厄介事が起きる可能性がある。
「特にエボンの連中には秘密ってことで!」
「召喚士とガードをつかまえて『エボンの連中には』かよ」
「ワッカ、話が進まないよ。とりあえず聞いて」
「……」
 何も言わずに聞くっていうのは、早々にどっかいっちゃったらしい。

「あたしたち、寺院に嫌われてるからね。バレたら何されるか、分かんないんだよ」
「寺院が何をするってんだ。人聞きの悪いこと言うなよ」
「昔、そういうことが本当にあったんだよ……」
「そりゃアルベドが悪いからだ!」
「もう、ワッカ!」
「んだよ。理由もなく寺院がそんなことするとは思えねえんだ、しゃーねえだろ!」
 ビサイドやキーリカのような田舎の寺院ならね。でもベベルのお偉方なんかは……。
 エボンの反逆者を一掃して自分の地位を上げようって僧官が、いないとも限らないもの。

「あーっもう、今はさあ! どっちでもいいだろ!?」
 アルベドと寺院とどっちが正しいとかより、さっさとユウナを探しに行こうとティーダが叫ぶ。
 それに関してはもちろんワッカも異論はなく、黙り込んでしまう。
「この島のことは誰にも言わない。約束、してくれる?」
「なあ、ワッカ!」
「わーったよ。……案内、頼むわ」
 渋々ながらワッカが約束すると、リュックも安堵の笑みを見せた。
「まっかせといて!」

 ここはアルベド族の土地だ。彼らに頼らなければユウナと合流することはできない。
 ガードはいつでも召喚士の味方。ユウナを守るために、時には意志も曲げなくてはいけない。
 でも、仕方なくじゃなくてワッカが自分の意思でリュックに約束してくれて、嬉しかった。
「えらいえらい」
「やーめーれ、っつーの」
 このままアルベド族のホームに行っても、できる限り友好的でいてくれたらいいんだけど。

 ユウナのことに加えて自分の家に帰るのも嬉しいんだろう、先導するリュックはすごく楽しそうだった。
「こっちこっち!」
 リュックの後ろ姿が小高い砂丘をくだって向こう側に消えていく。
 もうホームは近そうだ。
「あああああ!?」
 と、リュックの悲鳴が響いた。

 慌てて私たちも砂丘を駆け上がると、遠くに建物群が見える。
 でもそれは……アルベド族のホームからは、煙があがっていた。
 煮炊きの煙じゃない。あれは、襲撃を受けている。
「ど、どうして!?」
「リュック!」
「あそこにユウナがいるってのか!?」
「仲間が行ったら……でしょう?」
 誰がとか、どうしてとか、いろいろ頭の中を巡ったけれど、まずは一も二もなく走って行ったリュックの後を追った。

 中に入ると、より一層ひどい有り様だった。建物は軒並み炎上し、ところどころ爆破でもされたように崩れている。
 ……魔法だけでこんなになるだろうか。
「ケヤック! トホッセチサオマガエ!?」
 通路の途中に倒れていた青年は、まだ辛うじて息があった。
 リュックが駆け寄り、彼の身を起こそうとする。
「グ……グア、ド……」
「ケヤック……!」
 でも……手遅れだった。

 ミヘン・セッションの敗北を思い出さざるを得ない光景だった。まるでシンの襲撃でも受けたみたいだ。
 ただ、アルベドの人たちがうまく避難したのか建物の規模と比べると遺体の数はやや少ない。
 ……少ないなんて、数字のうえのことでしかないけれど。
「グアド族が、なんでこんなこと……」
「まさかアルベドと戦争でもするつもりなの?」

 立ち尽くす私たちの背後から、厳つい男性が足音も荒く歩いてきた。
「グアドオメナミマ、ショウカンシガ」
「トタギ……」
 彼はケヤックと呼ばれていた青年の遺体に黙祷を捧げている。
「召喚士が狙いって、召喚士を攫いに来たってことですか? まさか殺すつもりでは……」
「何のつもりかなんて知るか! 今見えてるモンが全部だ!」
 ユウナだけか、あるいはここにいる召喚士全員が狙いか。
 誘拐された召喚士を救出に来たという風ではなかった。

「てめえらリュックのダチか? ちょうどいい、手ぇ貸せ! グアド族を叩き出すぞ!」
 スキンヘッドの男性は、そのままどこかへ歩き去ってしまった。
「リュックのお父さん?」
「うん。シド……アルベド族の親分」
 よりにもよって族長の娘だったのか。
 でも今はありがたがっておこう。ホームの構造も生存者の居場所も、リュックは知ってるはずだ。

 リュックを助け起こし、ティーダは力強く頷いた。
「行こう」
「うん。ユウナ、助けなくちゃ」
「ユウナだけじゃないだろ!」
「……うん!」
 ティーダ、やっぱりいい子だなぁ。

 建物の奥へ進むごとに、誰も何も言えなくなった。
 先導するリュックの後ろ姿がだんだんと霞んでしまいそうに見える。
 敵の狙いは召喚士だとシドさんは言っていた。
 仮に二度と誘拐などさせないためだとしても、こんなこと……。
「グアドの奴ら、やりすぎだろ、これ」
 一人残らず殺そうという執念を感じてゾッとする。
「シーモア様の件が、関係あるの……?」
「あったとしてもだ!」
「……そう、だね」

 シーモア老師の仇討ち、あるいは見せしめ。そういうことも考えた。
 それにしたって過剰すぎる。
 アルベド族の遺体は、数こそ少ないけれど、ほとんどが丸腰で息絶えていた。
 これは戦争ではなく……ただの虐殺だ。

 突然、通路にサイレンが響き渡る。
 わけも分からないまま焦る私たちの耳にスピーカーからの怒声が飛び込んできた。
『リューック! トヤネナコヒアシシデノ! ホームムザルマヌウ!!』
「うそぉ!?」
「なんか不穏な単語が聞こえた……」
 爆破? 爆破って言ったよね、今?
「おい、通訳!」
「とにかく地下に避難! 急いで!」
「ユウナはどこだ!?」
「たぶん召喚士の部屋だよ!」

 厚い扉を抜けて地下へと走る。この辺りは、まだしも争いの形跡が少なかった。
 それでも敵の手は確かにここまで伸びている。
 狙いは召喚士……、せめてその狙いが“殺害”ではなく“捕縛”であるように願う。

「ここは、もう……駄目だな……」
「そだね……駄目、だね……」
 リュックの表情は笑っているのに泣いてるみたいで、見るのが辛い。
 こんな時まで明るく振る舞おうとしなくていいと思うけれど、そうやってギリギリのところで自分を保ってるのかもしれないから何も言えない。

「アルベド族には故郷がなかったんだ。昔住んでた島は、シンにやられちゃったから。皆バラバラになってあちこちで暮らしてた」
 アルベドの歴史はあまり知られていない。エボンの民が知っているのは、漠然と彼等が“機械を使う”ということだけだった。
「オヤジが一族を集めたんだ。力を合わせて新しい故郷を作ろう、って。うまくいってたんだよ。みんな、頑張ってたんだよ。なのに、どうして……こんなんなっちゃうのかな……」
「リュック……」
 この島で、このホームで、命の営みを行っていた者たちの心根くらい、誰にでも感じ取れる。
 アルベドもグアドも、どんな人間でもその大切さは分かっているはずなのに。
「ちっ、好き放題暴れやがって。グアドは何がしてえんだ!?」

 地上階では断続的に爆発音が続いている。
 残っていたグアド族と彼らが連れてきた魔獣もほとんどが死ぬだろう。この作戦のせいで……。

 召喚士の部屋は最下層にあり、厳重に守られているらしい。
 ここへ来るまで召喚士の遺体はまったく見かけなかった。
 アルベド族の人たちは、誘拐した召喚士を守って戦ったようだ。
 召喚獣を呼び出せば少しは被害を食い止められただろうに。
 彼らに旅をさせない、シンと戦わせない、その想いが一族すべてに貫かれていた。

「ねえリュック、召喚士の部屋って?」
「アルベドは召喚士を保護してたの。……死なせたくないから」
「んで、攫ったってわけか」
「分かってもらえないかもしれないけど……」
「理屈は分かるけどよ」
 ワッカは、ユウナが召喚士になると宣言した時のことを思い出してるみたいだ。
 あの時はワッカもルーも今までにないくらい、怒っていた。

「俺はイマイチ分かんないんだよな。旅で死ぬかもしれないからって、誘拐までするのか? 召喚士の気持ちを無視してさ」
 やがて爆発音が止んだ。場違いなティーダの声が虚ろに響く。
「だって召喚士が旅しないと、シンは倒せないんだろ? 心配なのは分かるけど、ガードもついてるし。俺たちがしっかり守っとけば、召喚士は死なないって! なあ?」
 ガードはいつでも召喚士の味方。彼だけが、その言葉を純粋に信じていた。
「なあ!」
 でも他の皆は“ガードがしっかり守った結果”を痛いほど知ってる。
「静かになった。キマリは行く」

 誰も返事をしないまま避難所を後にする。
 取り残されたティーダは、助けを求めるように私を見つめた。
「なあ、メル……」
「ごめん。言わなきゃいけないことが、あるんだけど」
「メル。後にしろ」
 ユウナを探すのが先。ワッカに言われ、重たい気分でティーダの腕をとる。
「……とにかく、行こう」




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