24
雪原から落ちた先には寂しげな遺跡群が広がっていた。
落下する際に固まっていたお陰で、誰もはぐれず全員揃っている。
ただし、ユウナは気を失っているようだった。それでも無事なのは幸いだ。
ワッカは座り込んで宙を見つめている。
怒ったり嘆いたりする余裕さえなくて、ただ呆然としてるって感じ。
ワッカがあんな様だから、私がしっかりしなければいけない。
そう思うのに、私もなんだか頭に靄がかかったようで、まともなことを考えられそうになかった。
「ここ……湖の下ね。ほらあれ」
ルーが空を指差し、ティーダがつられて顔を上げる。
「寺院の底ッスか?」
変なの。空高くに地面の裏側が見えてるんだ。
氷柱に支えられたマカラーニャ寺院からは、光と共に祈りの歌が降り注いでいる。
なんて静謐で美しい空気だろう。
「ずいぶん落ちたわね」
本当に、皆よく無事だったものだと思う。
それなりにショックはあるのだろうけれど、ティーダは元気だ。
脱出の手掛かりがないかと辺りを探索しつつ、皆の様子を見て回っている。
ユウナのそばにしゃがんで見守っていたリュックも立ち上がった。
「大丈夫だよ、ちゃんと息してる。ルールーとメルとワッカはどう?」
「んー。ワッカは見た通りキツそうッスね。メルもちょっと気分悪そう。ルールーは……いつもと一緒」
でも、かなり落ち込んでるよ。ルーはそれを表に出さないだけなんだ。
「なんか、かっこいいよねルールーって。オトナって感じ。ま、あたしもあと五年か六年くらいしたら〜」
「なあキマリ、どうやってここから出たらいいと思う?」
「こらー! 話を逸らすなぁ!」
コントみたいな二人のやり取りを聞いて、唇の端だけでも笑うことができた。
ティーダに話を振られたキマリはと言えば、真面目な顔で遺跡群を見上げる。
「よじ登るしかない」
「キマリも無視するなー!」
膨れっ面してるリュックに、キマリはますます真面目な顔で言った。
「なりたい者になれるのは、なろうとした者だけだ」
……はー、信玄公みたいなことを。
為せば成る、為さねば成らぬ。成る業を成らぬと捨つる人の儚さ。
希望を捨てなければ、前に進み続ければ、いつかなんとかなるのだろうか。
「要するにさ、ルールーみたいになりたかったら、努力せい! ってことだろ?」
「おっ! がんばるよ!」
「リュックはリュックのままでいい」
「え〜? あっ、無駄な努力するなってこと!? キマリ〜!」
「あはははは!」
「お前ら……、こんな時によく笑ってられんな!」
いつまでも続く馬鹿話にワッカも怒る気力が出てきたみたいだ。
「まあ、ルーがリュックくらいの歳にはもうサイズがいろいろ違ってたけどね」
「メルまで! ヒドイ……」
キャーキャー騒いだお陰か、ユウナが目を覚ました。
「起きて大丈夫?」
「うん……」
落ち込んでいるものの、怪我はなさそうでホッとする。
寺院の底を見上げて、ユウナはぽつりぽつりと結婚の理由を語り出した。
「シーモア老師に、ジスカル様のことを聞こうと思ったの。そして寺院の裁きを受けてもらいたかった」
「結婚はその引き換え?」
「必要なら、そうしようと。……でも、答えてもらえなかった。私のやったことって、何だったんだろう。こんなことなら、最初から皆に相談していたら……」
ユウナが俯いてしまうと、アーロン様が無愛想に答えた。
「もういい。しなかったことの話など時間の無駄だ」
「そんな言い方しなくてもいいのに!」
「ならばユウナの後悔を聞けば満足するのか」
「そんな言い方、しなくてもいいのに……」
このままだとリュックが消沈してアーロン様の株が下がってしまいそうなので、勝手に付け足しておく。
「つまり『過ぎたことは気にするな。何もできなかったのは俺たちも同じだ』って言いたいんですよね」
アーロン様は返事をせずにそっぽを向いた。まあ、野暮は許してくださいよ。
「メルって、前向きだね」
「何でも好意的に解釈した方が楽しく生きられるでしょ?」
「おお〜……」
とにかく、とアーロン様が話を戻す。
「決めるべきは今後の身の処し方だ。旅は続けるんだな」
「はい。……でも、寺院の許可が得られるでしょうか」
「召喚士を育てるのは寺院の許可や教えではない。祈り子との接触だ」
ビサイドからここまで、ユウナはほとんどすべての寺院を訪れている。
旅は……もうすぐ終点なんだ。
「残ってるのは聖ベベル宮のバハムートだけですね」
「ああ。強引に押し入るとしても一ヶ所だけだ。ユウナ。お前に覚悟があるのなら、俺は寺院と敵対しても構わんぞ」
「おわっ!」
「すっごいこと言うなあ〜」
ティーダとリュックは嬉しそうだけれど、私たちは思わず眉をひそめた。
「アーロンさん、言葉が過ぎます!」
珍しく血相変えて怒るルールーに、ワッカと私も加勢する。
「俺は反対だ」
「私も」
「えっ、メルも?」
なんで意外な顔してるの?
「俺たちは犯した罪を償わなくちゃならねえ。確かに、シーモア老師のことは……あまり好きじゃなかった。ああ、ずっと気に入らねえと思ってたし、殺されそうにもなった。けどなあ!」
「それでもやはり、罪は罪。私たちも裁きは受けるべきです」
「……やったことは覆せないけど、だからこそ、暴力を振るった責任は取らないと」
老師様を殺しておいて罪を認めず逃げ回るなんてことだけは、ユウナにさせたくない。
瞳に強い意思を取り戻して、ユウナが顔を上げる。
「やっぱり、ベベルに行こう。聖ベベル宮のマイカ総老師に事情を説明する」
「俺も、そのつもりだ」
ワッカとルールーが頷き、ティーダは不安そうに尋ねた。
「もし、許してもらえなかったら?」
「それでも……それしか、ないと思う」
どっちにしろ、このあとはベベルに行く予定だったんだ。
ちょっと気分はアレだけど……やるべきことは変わらない。
「話はついたようだ」
「アーロンさん、一緒に来てくれますか?」
「事を荒立てたのは俺だからな」
「そうそう! 大抵アーロンが話をややこしくすんだよな」
「キマリがガーッて吠えて、おっちゃんが突っ走ってね!」
「ついて来いと言った覚えはない」
ここぞとばかりにはりきるティーダとリュックに、アーロン様は多少ムッとしていたけれど。
「仲間が行ったら、ほっとけるかっつうの! な?」
……ブリッツのチームメイトとか、同じ目的に向かって突き進む同志とか。
そういう意味でティーダはその言葉を使い慣れているのだろう。
するりと自然に出てきた“仲間”という響きが、私たちの心を強く打った。
「……ありがとう」
「は?」
特に何かを言った自覚もなくユウナにお礼を言われ、ティーダは戸惑っている。
「仲間、かぁ〜」
「え? へ、へへ……」
そう。どんな困難に遭っても、私たちが何よりも考えて守るべきは、ユウナの意思だ。
ガードが取り乱していたら、召喚士はどうする……だよね。
「ったく、この非常時に呑気だなぁ、おい。単純っちゅうか、図太いっちゅうか」
「あんたはカリカリしすぎ。メルを見習って、歌でも聞いて気を静めたら」
私はべつに歌を聞いてるわけじゃないんだけど……。
ただずっと座りっぱなしだから、大人しく落ち着いてるように見えたのかもしれない。
実のところ、さっきから立ち上がることすらできないだけだったりする。
私の様子がおかしいのに気づいて、ワッカがしゃがんで顔を覗き込む。
「メル? 大丈夫かよ」
「ん〜……」
さっきから違和感はあったんだけどね。
「なんか……気持ち悪く、ない?」
この湖底に落ちた時からずっと……いつかどこかで触れた気分の悪さが体の中で渦巻いている。
遠い記憶が蘇る。そして、つい先日も同じ感覚を味わったと思う。
急に、耳がキンと痛んだ。
「あれ?」
「歌が……終わったみたいね」
決して鳴り止まないはずの祈りの歌が途切れる。
静寂がうるさい。耳で聴く音ではなく、何かが知覚に訴えかけてくる。
「おわっ、なになに、ちょっとなんか揺れてるよ!」
「じ、地震ッスか?」
「何かいるんじゃねえか!?」
はじめは七つのときに。そしてキーリカで。ミヘン・セッションで。
何度か感じたあの頭痛、目眩、嘔吐感が押し寄せる……。
「下だ!」
「シン……!」
人間には耐えられないほど濃密な幻光虫が無数の想いを頭の中に押し込んでくる。
幻覚が揺らめく視界の中で、誰の記憶か、小さな男の子とブリッツボールを見たような気がした。
……あーあ。
ワッカはもう、二度とブリッツやんないのかなぁ……。
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