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 私とワッカが寺院に着くと、皆はなぜか僧官の間に集まっていた。
「ユウナは?」
「祈り子様のところに……」
 ルールーの瞳が困惑に揺れている。
 奥を覗き込んでみると皆はなにやらスフィアの映像を見ているらしい。
「何があったんだ?」
「ユウナが持ってた、ジスカル様のスフィアよ」
 映像は終わりに差し掛かっていた。
『これを見る者よ、シーモアを止めてくれ。息子を……頼む……』
 死人と化しつつあったジスカル様が持っていたスフィア……ユウナを悩ませていたものだ。

「ユウナ、大丈夫かな」
「ここまでの大事とはな」
「なに、どういう内容だったの?」
 しゃがみ込んでスフィアを見ていたティーダが立ち上がり、試練の間へ続く扉を睨みつける。
「ジスカルを殺したのはシーモアだ」
「え?」
「だから、異界送りされても……縛られていたのね」

 アーロン様が部屋を出て行くと、ティーダもその後に続こうとする。
「ど、どこへ?」
「ユウナはシーモアと一緒にいるんだ。あいつはヤバイって分かったろ!」
「おい、相手はエボンの老師だぞ」
「んああああ! じゃあワッカはここにいろよ!」
 ブチキレたようにティーダはアーロン様の後を追っていった。
 そしてルールーも、私たちの背中を押す。
「行こう、話を聞いてみよう」
「……くそっ、何がどうなっちまってんだよ」

 混乱しながら寺院の奥に進むと、試練の間の前でアーロン様が待っていた。
「相手の出方次第では……やる。覚悟しておけ」
 ……警告というか、忠告のために残ってくれていたみたいだ。
 ティーダたちはすでに扉の奥。
「や、やるって、相手は魔物じゃなくて人間ですよ?」
「老師に非があれば……仕方ない」
「ルーまで!」
 迷いなく扉の向こうに行ってしまった二人を見送り、呆然としてワッカと顔を見合わせる。
「ははは……頭ん中、真っ白だぜ……」
 私たち、ユウナとシーモア様の結婚を見届けに来たはずではなかったんだろうか。

 ちょうど、祈り子様との対面を終えてユウナが出てきたところだった。
「ユウナ! ジスカルのスフィア、見たぞ!」
 傍らにはシーモア様が立っている。
 その姿は、妻となる召喚士を助け支える、頼り甲斐のある御方にしか見えないのに。
「……殺したな」
「それが何か? もしやユウナ殿も、既に御存知でしたか」
 ユウナが頷くと、シーモア様は意図の分からない薄い笑みを浮かべた。
「ならば、なぜ私のもとへ?」

 状況について行けない。
 私の頭は、この期に及んで“シーモア様に説得してもらいユウナの旅を止めさせる”ということを考えていた。
「私はあなたを止めに来ました」
「なるほど。あなたは私を裁きに来たのか」
 シーモア様が差し出した手を、ユウナは拒絶した。
「残念です」
 ここは寺院の中だというのに、殺気が満ちる。
 ティーダか、アーロン様か、キマリか、……シーモア様か。
 誰が一番最初に武器を手にしただろうか。

「ちょっ、と待ってよ。戦うんじゃなくて止めるために来たんでしょ? シーモア様! 総老師に委ねましょう、きっと温情判決があるはず……」
 心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
「父親殺したやつとまだユウナを結婚させたいのかよ、メル!」
「事情も聞かずにどっちが悪いのかなんて分かんないじゃん!」
 前に出た私を、アーロン様が引き留めた。
「事情を話す気があると思うか。そいつの目的はユウナを……召喚士を手中に収めることだけだ」
「シーモア様……」

 ユウナがこちら側に駆け戻ってくると、シーモア様の目から隠すようにキマリとティーダが立ちはだかった。
「命を捨てても召喚士を守る、誇り高きガードの魂。見事なものです。……よろしい。ならばその命、捨てていただこう」
「シーモア老師。ガードは私の大切な同志です。彼らに死ねとおっしゃるのなら、私もあなたと戦います」
「おっし!」
 大きな圧力をもって時間の波が押し寄せてくるようだ。私たちは、抗うこともできずに流されていくだけ。
「シーモア老師!」
「覚悟を決めなさい」
 他ならぬ彼に言われてしまえば、対決から逃げることなどできなかった。

「老師様が相手でも、私……戦います!」
「結構。ならば私の闇を知るがいい」
 シーモア様が呼んだ、あの召喚獣。以前ルカでも見た。聖なるとは程遠い、禍々しい瞳が私たちを見下ろした。
 どこの寺院にいらっしゃるのか、誰も知らない祈り子様……。
 その力は圧倒的ではあったけれど、ガードが六人もいるこちらに分があった。
 そしてここはマカラーニャ寺院、吹雪の領域だ。
「祈り子様。力をお貸しください」
 この地の幻光虫を支配下におさめるシヴァは、ユウナに手を貸した。

 地に伏して、命尽きようとしているシーモア様のそばにユウナが跪いた。
「今さら……私を憐れむのですか」
 ユウナは確かに「結婚する」と言ったんだ。
 それが彼を止めるためだとしても、殺すつもりなんてなかったのに。
 彼と協力し、手を取り合って生きてもいいと、思っていただろうに。
 どうしてこんなことになったのか……。
 シーモア様は、彼女の腕の中で息を引き取った。

「おお、シーモア様!? い、いったい何が!」
 もしかしたら私たちを迎えに出ていたのかもしれない。
 トワメル様たちが最悪のタイミングで戻ってきてしまった。
 青白い顔をして横たわる主の姿を見て、彼らも同じくらいに青褪める。
「お、俺は……」
「ワッカ、気にすんな。先に手ぇ出したのはシーモアだ」
「なんと! あなた方が!」
 驚愕が怒りに変わり、グアド族の人たちに敵意が広がっていく。
 ここでこれ以上の戦いは避けたい。

「……ユウナ、送ってやれ」
 杖を手に立ち上がろうとした彼女をトワメル様が突き飛ばした。
「おやめなさい! 反逆者の手など借りません!」
 そして彼らは、シーモア様の遺体を丁重に運び出していった。
 ドナ様はアルベドに攫われている。イサール様は近くにいらっしゃるだろうか。
 誰かシーモア様を送ってくださる召喚士が、この辺りにいるだろうか……。
 旅をする召喚士がいなくなったら誰が死者を弔うのかと、そんなことを考えていた。

「反逆者……」
「もう……終わりだ……」
 ユウナもワッカも、さすがのルールーも自分が老師を手にかけた事実に呆然としている。
 憤る気力があるのはティーダだけだ。
「ちょっと待てよ! 悪いのはシーモアだろ。それを説明すれば皆、分かってくれるって!」
「そうじゃないよ。私たちとシーモア様、どっちの方がスピラに必要とされていたか、って話」
「なんだよそれ!?」
 彼がジスカル様を殺していたことなんて、もはや問題ではないんだ。
 シーモア様はスピラに必要な方だった。私たちは彼を殺したんだ。味方はいないと思った方がいい。
「とにかく、ここを出るぞ」
 それでも歩みを止めないアーロン様の意思に引っ張られる形で、なんとかその場を後にする。

 すでに騒ぎは広がっていたらしく、僧官たちの姿はない。
 寺院の出口を固めるようにグアド族の人たちが待っていた。
「申し開きの機会をくれ」
「必要ありませぬ。他の老師方へは私が報告しておきましょう」
「と、言うと?」
「シーモア様はエボンの老師である前に、グアドの族長であらせられます」
 彼らは一斉に武器を構えた。
「やる……ってことッスか」
「ま、待ってよ〜! ほら、あのスフィアを見れば分かってくれるって!」

 リュックの叫びに眉をひそめ、トワメル様は懐からスフィアを取り出した。
「こちらのことですかな?」
 そしてそれを床に叩きつけて破壊する。
 ティーダもリュックも唖然としていた。
「……駄目だよ。だって、これはシーモア様の仇討ちなんだ。聞いてもらえないよ」
「左様。あなた方をここから無事に帰しては、シーモア様が報われますまい」
 シーモア様が報われない。そう聞いて、胸の奥が痺れるように痛んだ。
 私たちは彼を殺したんだ。殺したんだ。その事実ばかりが頭を占める。

「退け!」
 キマリが槍で薙ぎ払い、強引に突破口を切り開く。
 私たちは何も考える余裕がないまま走り出した。
 寺院の外は断崖、空から注ぐ清浄な光が、あの細い道を照らしている。
「待った。あんな道走って逃げ切れるわけない」
「じゃあ捕まれってのかよ!?」
「ユウナ、ヴァルファーレを呼んで」
「う、うん!」
 ガードが時間を稼ぐ隙にユウナが舞う。
 彼女がビサイドからずっと絆を紡いできた召喚獣は、呼び声にすぐさま応じてくれた。

 私たちを乗せてヴァルファーレは猛スピードで空を駆ける。
 寺院の出口からはグアド族の追っ手が、細い道を身軽に駆けてくるのが見えた。
「ちょっ、これ大丈夫ッスか!?」
「重量オーバーだって〜〜!」
「せめて雪原まで、お願いします……」

 いかに強大な力を持つとはいえど、ユウナだけではなく私とルーとリュックにティーダ、大柄なワッカやキマリやアーロン様まで乗せては耐えられない。
 それでもヴァルファーレは、寺院を出てクレバスを越えて、森に近い雪原まで私たちを運んでくれた。
「祈り子様、ごめんなさい!」
「で、でも、こんだけ引き離したらもう、」
 力尽きたヴァルファーレが幻光虫に還ると同時、丘の向こうから巨大な魔物が飛び出してきた。
「なんじゃありゃ!?」

 あれは野生ではない。グアド族の装具を身につけてる。
「ちっ、追っ手か」
「形振り構わないって感じですね……」
 私たちを殺しさえすれば、それでいい。そんな意思を感じた。
 魔物はこちらに応戦する隙さえ与えず、棍棒のような腕を雪原に降り下ろした。
 ここは氷が張ってできた地面だったらしい。
「地面が、割れ……!」
 舞い上がった雪が空を覆い隠し、私たちは地の底に呑み込まれていった。




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