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22


 グアド族の人たちが踏み固めてはいるものの、マカラーニャ寺院まで人通りが少なく険しい雪道になっている。
 足を滑らせたら左手のクレバスに真っ逆さま。
 そのうえ寺院は未だ影も形もなく、前方には曲がりくねった道だけが延々と続いているのだから参る。
「寒いよー、遠いよー、足が痛いよー!」
「うるっせえなぁ」
 この辺、もうちょっとどうにかならないのか。
 丘を崩して道を広げるとか、崖っぷちに柵を立てるとか、それくらいしてほしいです。

 自分で歩き始めたからワッカは文句も言わず黙々と前に進んでいる。
 それに、ズーク様と旅した時にも通ったはずの道だから怖くはないんだろう。
 でも私は、あとどれくらい歩けば着くのかも分かんないし、あれこれ不安だ。
「つまんない意地張っちゃって。アーロン様が気にせず乗ってるんだから、一緒に乗せてもらえばよかったのに」
 魔物なんか出ないとは思うけど……もしも襲われたら私たちだけでなんとかしなきゃいけないんだ。
 ていうか主にワッカ一人で。
 ここは我慢して、仲間と行動すべきだったよね。

「……お前こそ、なんで乗らなかったんだよ」
「ワッカ一人だけ置いて行けるわけないじゃーん」
「ば〜〜か」
 そう言いつつちょっとの間だけ立ち止まってくれたので、ワッカの隣まで駆け寄った。
「どうせ、あれに乗ったら速すぎて風が強いし寒い、とかそんなこったろ」
「あははは。バレた? さすがよく分かってるよね」
「はぁ……」
 まあ他にもいろいろ理由はあるけどね。運転できないとか。

 よく考えたら二人きりの今は話をするチャンスなんだろうか、と思った。
 ……でも、仮に私が告白してフラれたとして、ルーはワッカとの未来を考えてくれるだろうけど私はどうするのか。
 ちらりと横目で窺えば、ワッカは仏頂面で前だけ見つめている。
 この性格からしてもフッた相手とまったく今まで通りに接してはくれないに違いない。
 それに私だって、フラれた直後に「じゃあ妹に戻ります!」なんて即座の切り替えはできない。
 どっちにしろ、しばらくは距離を置くことになる……のかな。

 なんかそれも嫌だなぁ。
 チャップがいなくなって、ワッカとルーが一緒になっても、全部が元通りになるわけではないんだ。
 こんなところは変わらなくていいのに。望んでもない変化ばかりが起きて、どんどん臆病になる気がする。
「ワッカ、そっちの端歩いてよ」
「落っこちるだろうが。狭いなら後ろを歩いてくればいいだろ」
「一人で歩くの怖いんだよ〜」
「……お前さては、そっちの理由のがデカいんだな」
 そりゃそうだ。こんなところ一人きりで歩くなんて想像しただけでゾッとする。

 ティーダたちの乗ったスノーモービルは、もう雪煙さえ残さず見えなくなっている。
「急がなくて大丈夫かな。追いつける?」
「どうせ寺院の外周は徒歩じゃないと行けねえ。アルベドの機械じゃ近寄れないようになってんだよ」
 つまりここより道が狭いってことか。……それ、徒歩でも通れるのかな、私。なんか怖そう。

 告白とかなんとかは置いとくとしても、寺院に着く前にワッカの言動はなんとかしたいなと思う。
 さすがに寺院で口喧嘩はしないだろうけど……、リュックとの言い争いを、ユウナには見せたくない。
「ねえ、リュックのこと嫌いになっちゃったの?」
 返事はなし、と。
「私だって教えに反する機械を使ったよ」
「べつにお前がアルベドになっちまったわけじゃねえだろ」
 だけど今でも怒ってる。同じことじゃないか。

「ワッカは、もし私がアルベドだったら嫌いになる?」
「あぁ?」
「私のお母さん実はアルベド族だったんだ。だから私も半分だけアルベドの血が流れてる。それで昔から機械に抵抗がなかったのかもしれない」
「…………」
 驚きのあまり立ち止まってしまったワッカは、愕然として私を見下ろしていた。
「まあ、それは嘘なんだけど」
「お、お前ってやつは……このタイミングでなんちゅー嘘つきやがるんだ!」
 この感じなら、たとえユウナが素性を打ち明けてもめちゃくちゃに怒ったりはしなさそうだな……。

「でも機械を使うのに抵抗がないのはホントだよ。ミヘン・セッションにも参加したし。ねえ、あの時に死んじゃった人のこと、ざまあみろって思う?」
「思わねえよ。でもな、機械なんて使わなけりゃ、あんなに大勢死なずに済んだんだ。教えに従ってれば」
「私の故郷の人たちも、キーリカの人たちも、教えに反してなんかいなかった。でも関係なく死んじゃったじゃない」
「ジョゼ海岸の有り様を見ただろ。機械を使ったやつらがどうなったのか。あれがお前の島やキーリカと同じだと思うのかよ?」
「だから、私も機械を使ったんだってば。それが罪の証なら、私もいつかバチが当たってあんな風に消し飛ばされて死ぬんだよ。ワッカはそうなって当然だと思うの?」
「馬鹿言うな!」
 さすがに怒ったようで、ワッカは私に背を向けてまた一人で歩き出した。

「何なんだ! あの時お前も死んでりゃ良かったって言わせたいのか!? 機械を使ってる限りアルベドと同じようにお前のことも嫌いだ、とでも……げぇっ!?」
 げぇっ、て何だろう。怒鳴りながら振り向いたワッカは、なぜだかこっちを見て硬直してる。
「作戦に参加するって決めた時に覚悟してたから、そのせいでワッカが私を……嫌いに、なったとしても……それはそれで……仕方ないって思うよ」
「そ、そんなこと言ってねえだろーが!」
 機械を使った私が死なずに済んだなら、ルッツや、チャップだって死ななくてよかったはずだ。
 教えが正しいのなら、チャップが死んじゃったんだから、本当なら私も……そうなるはずだった。

 生きてる私と死んでしまったみんなを隔てるものは何なの?
 機械を使ったとか教えに反したとか。それが関係あるなら、私が今ここに立ってるのは間違いだってことになる。

「……怒鳴って悪かったよ。泣くな」
「はあ? 泣いてないし」
「お前、自分の顔見てみろ……って無理か」
 心底から困ったような顔でワッカが手を伸ばし、指先で私の目元を拭った。
 なんか変な感触があって、思わず両手で頬を触る。
 濡れてた。
「うえっ!? えっ、いや、これは涙じゃないから! 汗だし!」
「この寒いのに汗かくやつがあるかよ」
「心の汗です!!」
 なんでだ。いつ出てきたんだ、この涙は。嫌いだって言われた時か……。
 げぇっ、てのはそれだったのか。

 まあ泣く子と地頭には勝てないと言いますか。
 変なタイミングで私が涙を流したせいで、ワッカの怒りも萎んでしまったらしい。
「そりゃお前は、なんかたまに異世界のワケ分からんことを信仰してるし、掟を破ることもあるし、機械だって平気で使うしよ。でもな、そんな簡単に、嫌いになるわけないだろ」
 疲れたように言うワッカは、たぶんそれが私だけに当てはまることではないと、ちゃんと分かってると思う。
「お前は何の考えもなく教えに逆らうやつじゃない。それくらい分かってる」
「……じゃあ、リュックのことも嫌わないでよ」
 頭では分かってる。心で受け入れるのに、時間が必要なだけだ。

「さっきの人、リュックのアニキだって言ってたよね。『親父に言いつけるぞ』って叫んでたし」
「お前アルベド語が分かんのかよ」
「ルカのスタジアムで働いてたんだからそれくらい分かるよ」
 世界中のひとが集まってくるんだから、それぞれの文化を知って尊重しなければならない。
 とはいっても、スタッフの大半は贔屓差別も甚だしくゴワーズのことしか考えてないけれど。
 ってそんなの今どうでもいいんだ。
「『私はユウナのガードになったから、皆で護るから大丈夫』ってリュック言ってた。家族と喧嘩別れしてまでガードになる決心したんだよ。本気だってことは、ワッカも見てたでしょ?」

 出会うアルベド族は大抵がリュックを知ってるし、きっと偉い人の娘なんだろう。
 召喚士を攫って保護しろという、一族の総意にとても近いところに彼女はいたんだと思う。
 にもかかわらず、ユウナの意思を尊重してガードになってくれた。

「ワッカ、ユウナが召喚士になるって言った時、猛反対したじゃん。ユウナが死んだらナギ節が来たって意味ないんだ、って」
「それは……」
「でも、ユウナの決意は変わらなくて、だから自分もガードになって守るって決めて」
「……」
「リュックも、ワッカと同じだよ」
 アルベドの人たちが召喚士を攫うのは、彼らを死なせたくないからだ。
 そしてリュックがガードになったのは、ユウナの気持ちを大切にしたいからだ。
 私が討伐隊に加わったのだって……ワッカを守りたかった。それだけだ。

「アルベドにもいろんな人がいるよ。ワッカの思ってるようなやつもいるだろうけど、リュックみたいな娘もいる。頭ごなしに否定するのは止めよう?」
「でもな、あいつらが教えに反してるのは事実だ。俺はそれが、どうしても許せねえ。俺たちエボンの民がどんなに教えを守ったって、アルベドみたいなのがいる限り、シンは復活し続ける。そのせいでユウナは旅をしなきゃならねえんだ」
「……アルベドだから、機械を使うからって言うなら、それは私に言ってるのと同じだよ。私みたいなのが生きてるから駄目なんだって」
「お前は違うってんだろーが!」
「じゃあ、リュックは?」

 随分と長い間、足元の雪を睨みつけていた。やがてワッカは絞り出すように呟いた。
「ちゃんとあいつ自身を見る。そんでいいんだろ……」
 ヤケクソ気味ではあるけれど、その一言で私の胸につかえていたものはとれた気がした。

 すぐ熱くなるからというルーの言葉を思い出す。
 確かに私は、この人に関することでは簡単に振り回されてしまうみたいだ。
「ワッカ」
「何だよ」
 ……私はあなたが大好きです。
「なんでもない」
 ルーには悪いけど、こんな時に言えないよね。
 ただでさえいっぱいいっぱいなのに、これ以上、余計なことで悩ませたくない。




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