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 旅行公司を出てもユウナの様子はおかしかった。
 自分から言い出すのを待っていたけれど、その時は意外と早く訪れる。
 雷平原の出口も目前というところでユウナが立ち止まり、話があるという。
 近くの避雷塔に立ち寄って皆で聞くことにした。

「私……シーモア老師と、結婚する」
「やっぱり……」
 そう言うと思ってた、って感じだけど、ティーダたちには予想外だったみたい。
「そう来たッスか」
「な、どうしてだ? 気ぃ変わったのか?」
「スピラのために……、エボンのために、そうするのが一番いいと思いました」
「説明になっていない」
「……」

 少なくとも、邸でプロポーズを受けた時のユウナは結婚について前向きに検討していた。
 なのに今はやたらと悲愴な顔をしている。
 意思に反することを、使命のために無理して自分を納得させてるって感じに。
 何があったのかと考えていたルールーがふと思いつく。
「もしかして、ジスカル様のことが関係してるの?」
「あ! あのスフィア!」
 どのスフィア?

 なんでも、異界から這い出てきたジスカル様が消え去り様にスフィアをドロップしていったらしい。
 私はそれを見ていなかった。なぜか死にそうになってるアーロン様に気を取られてたから。
「そのスフィアを見せろ」
「できません。まず、シーモア老師と話さなくてはなりません。……ごめんなさい。これは、個人的な問題です」
 えーと、ユウナはスピラのために結婚を決めたんじゃないの? なのに個人的な問題で悩んでいるとはどういうことだ。

 シーモア様との結婚に関わる個人的な問題……。
 もしかして、ジスカル様のスフィアの内容、息子の性癖について語られていたとか?
 ……あっ。今すごく不信心なこと考えちゃった。

 でも結婚するか否かなんてユウナが自分で決めることだから。
 いくらアーロン様たちが反対したって仕方がない。
「だが、今一度聞かせろ」
「旅は止めません」
「……ならばよかろう。好きにしろ」
 その返答にキレたのはティーダだ。
「ちょっと待てよ、アーロン! 旅さえしてれば後はどーでもいいってのか!?」
「シンと戦う覚悟さえ捨てなければ何をしようと召喚士の自由だ。その自由は、覚悟と引き換えに与えられた召喚士の権利だ」
「でも、なんか……こんなのって……」
 分かるけれど、こんなのってないよね。

 邸にいた時は私もシーモア様との結婚がユウナにとっていいことだと思えたんだ。
 でも今は、そんな風に見えない。その結婚がユウナの選んだ自由だと思えない。
 覚悟と引き換えにしてまで、手に入れるべきものだとは……。

 重苦しい空気の中でワッカが口を開いた。
「ユウナ、いっこだけ質問がある。シーモア老師と、話すだけじゃ駄目なのか? 結婚しねえとまずいってか?」
「……分からない。でも、覚悟は必要なんだと思う」
「そう……か」
 結婚した方がいいんじゃなくて、しなきゃいけない。
 なんでそんなことになったんだろう。

「ユウナ……」
 堪えきれなくなってリュックが歩み出る。と、からかうように雷鳴が轟いた。
「うるさいっ!!」
 空を一喝し、足を踏ん張ってリュックがユウナの肩に触れる。
「覚悟ばっかりさせて……、ごめんね」
「いいの。大丈夫」
 大丈夫には、見えないんだよなぁ。

 グアドサラムに招かれた時は、こんな空気じゃなかった。
「ひとまずはマカラーニャ寺院を目指す。そこでシーモアと会い、好きなだけ話し合え。俺たちガードはその結論を待ち、以降の旅の計画を考える」
「はい……」
 マカラーニャの僧官長であるシーモア様も先にそちらへ行っていると聞いた。
 なんにせよ、今は進むしかない。

 森の奥に向かうにつれて木々が生い茂り、辺りの景色と同じくらい気分も暗くなってくる。
 本来ならこの風景を見て「まあ、ロマンチックね!」って感じだったろうに、今や陰惨な雰囲気しかない。
「メル、どう思うよ」
 隣を歩いていたワッカがどんよりと聞いてきた。
「なんか『私たち結婚します!』って感じじゃなくなっちゃったね」
「だよなぁ……」
 お通夜みたいだ。

「ユウナが普通の人みたいに結婚できるって、すごく嬉しかったのに」
 召喚士はその性質上、旅の途中で結婚するってことは、まずほとんどない。
 既婚者で召喚士の試練に挑んだのでもない限り、独身で一生を終えるんだ。
 ユウナが家庭を築けるなんてハッピーな話のはずなのになぁ。
「……普通の人みたいではないだろ」
「でもシーモア様ならきっとユウナを支えて、いい旦那様になってくださるはずだよ」
 同じ召喚士だからこそユウナの覚悟も気持ちも本音も、根っこから理解してくださるだろうし。

「いい旦那様ねぇ……」
 なんだかトゲのある言い方に思わずワッカの顔を見る。
 ユウナの結婚に乗り気じゃなかったのは兄代わりとしての意地かと思ってたけど。
「まさかシーモア様のこと嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃねえけどよ」
「……あの方がミヘン・セッションに賛同してたから?」
 そうとも違うとも言わず、ムスッとしたままワッカは歩調を速めた。
「俺だって、偉大な御方だとは思ってる。グアド族にエボン教を広めたジスカル様の御子息だしな」
 それにヒトとグアドの混血で苦労してきただろうから、そういう意味でもユウナの気持ちを分かってくれると思う。

「あ、そっか」
「んぁ?」
 老師でありながらシーモア様が機械を受け入れられるのは、あの方の思考が柔軟だから。
 ふたつの種族の間に立っている方だから。
「もしかしたら、アルベド族にもエボン教を広めようとして、ミヘン・セッションに賛同したのかな」
「はあ? ……それで機械を認めてちゃ意味ねえだろ!」
「自分を受け入れてもらいたいならまず相手を受け入れないと。こっちがアルベド族の主義に関心を向ければ、あっちだってエボンの教えをちゃんと知ろうとしてくれるんじゃない?」
「けっ! アルベドにそんな誠実さがありゃいいけどな」

 ワッカが足早にどんどん行ってしまうので距離があく。
 姿が見えなくなりそうになったところで、私が立ち止まってるのに気づいて振り向いた。
「おい、どうした?」
「んー……べつに」
 重度の機械嫌いもミヘン・セッションにまだ怒ってるのも分かってるつもりだった。
 でも、まさかそれでシーモア様にまで悪印象を抱いてるとは思わなかったな。

 しばらく森を進んだところで、前方から誰かが走ってくる。
 あれは……ジョゼ寺院で見かけた召喚士様のガード、かな。
 彼は私たちに気づいて慌ただしく駆け寄ってきた。
「あんたたち、ドナを見なかったか」
「ドナ様ですか。見てませんけど」
「どうしたんだ?」
「森に入ったところで、はぐれて……。くそっ! どこに消えちまったんだ!?」
 こんなところではぐれたとは大変だ。
 探し回るより、森を出て寺院に行くかシパーフ乗り場まで戻った方がいいのでは?

 声を聞きつけて他の皆も集まってきた。アーロン様が混乱しきりの彼を宥める。
「落ち着け。無駄口を叩いても解決にはならん。今は召喚士の無事を信じて全力で探すことだな」
「でも! あいつに、もしものことがあったら……」
「ガードが取り乱していたら、召喚士はどうする」
 どっしりとしたアーロン様の言葉を聞いて、彼も少し平静さを取り戻したようだ。
「そう……ですね……」
「手伝いが必要か?」
「いえ、一人で大丈夫です! アーロンさん、ありがとうございます!」
 無愛想で他人に無関心なばかりかと思いきや、優しいところもあるなあ、アーロン様。

「あの、もしドナ様と会えたらマカラーニャ寺院まで一緒に行くよ。でなくても手がかりを見つけたら、旅行公司にでも伝言を残しておくから」
「ありがとう。あんたらも気をつけろよ」
 もうちょっと森を探してみると言って彼は来た道を戻っていった。
 その背中を追おうとして、リュックが躊躇ったように立ち止まる。
「どーした?」
「あ、元気出してって、言おうと思っただけ」
 ……ああそうか。ドナ様はアルベド族に攫われたのか。

 きっとリュックは居場所を知っているんだろう。罪悪感に押し潰されそうな顔をしていて胸が痛む。
 アルベド族の強引すぎるやり方に賛同はできないけれど、究極召喚以外の希望が見つかるまで彼らを止めることもできそうにない。
「誰も犠牲にしないで、誰の気持ちも踏みにじらない方法、きっとどこかにあるよ」
「! ……うん。そうだよね」
 リュックには笑っててほしいな。賑やか担当なんだから。

 人影がないか注意を払いつつ、マカラーニャ寺院を目指して森を進む。
 そういえばシーモア様は、ユウナレスカとゼイオンの映像を見ながらユウナにプロポーズしたんだよね。
 史上初めてシンを倒したのは、永遠に変わらぬ愛の絆。
 ……彼女の名を継ぐユウナを、ゼイオンのごとくシーモア様が支えてくださるなら。
 前人未到の奇跡を見つけ出した二人のように新たな方法を選び取れはしないだろうか。ユウナが死なずに済む方法。
 ジスカル様のスフィアにどんな秘密があるか知らないけど、案外シーモア様との結婚も悪いものじゃないかもしれない。




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