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19


 止まない雨はないというけれど、鳴り止まない雷はこの平原にある。
 雷平原の周囲、特にマカラーニャの森辺りではほとんど毎日のように雨が降っている。
 その影響なのか、雷平原では雨もないのにずっと雷鳴が轟き続けているんだ。
 たまにリュックの悲鳴が聞こえてくる。
 ユウナと同室にしたのはまずかったかなぁ。ゆっくり休めないかもしれない。

 まあ、とにかくこっちはこっちの話だ。
「ねえルールー」
 ベッドに座ったままルーを呼ぶ。
「何?」
「そろそろティーダに言わなくていいのかな、究極召喚のこと」
 今だってわりと、際どいところまで行っている。
 ユウナは明らかにティーダを意識してるし、ティーダの方でも「可愛い」が「好き」に変わりつつあるようだ。
「最後の最後になって本当のこと知ったら傷つくんじゃない?」
 彼は、究極召喚を使ったら召喚士が……犠牲になるってことを、まだ知らないのだ。

 ルールーは疲れたようにため息を吐いて首を振った。
「知らないことで救われている心もあるのよ」
「ユウナは救われてるかもしれないけど、それでティーダを騙してるみたいになってるのもなんかなぁ」
「騙してない。聞かれないから言わないだけ」
「ルー、それずるいよ」
 何も知らないティーダが無邪気に“旅が終わった後”の話をする。
 それでユウナは、ひとときの夢を見る。
 でも真実を知った時、そんな言葉の一つ一つは彼に酷い後悔をもたらすだろう。

「卑怯なことをしてるって、分かってるわよ。教えたいならそうしなさい。あんただって、どうして私にそれを相談するの?」
「う、それは……」
 ティーダに教えた方がいい、と……自分以外の誰かに決断してほしかったから。
「ごめん、甘えました」
「……分かればいい」
 言う通りだ。そうすべきだと思うなら私の判断で教えてやればいいんだ。
 なのに言葉にする勇気がないから、ルーの同意を求めている。
 ちょっと卑怯だった。

「仮にユウナのことを好きになってしまったとしても、それは仕方ないわ。いくら私たちが止めたって本人の自由だもの」
「……まあ、そうなんだけどね」
 いっそのことユウナをザナルカンドに連れ去ってくれないかなぁ。

「せっかく恋をするなら、幸せな結末であってほしいよね」
「そうね」
「ルールーも」
「……私?」
 ほら、あれです。異界で言ってたでしょう。そろそろ人生を前向きに考えないと、って。
 チャップのことを忘れるんじゃなく、ただ思い出にこだわらず、新しい道を探し出してさ。
「ワッカと付き合うと、かぁっ!」
「しつこい」
 ふとももを抓られた……。

 なんでそんなに怒るかな。考えてみるくらい、いいじゃないか。
 ワッカとはどうせ今までもずっと家族みたいなものだったんだし、お互いのいいとこも悪いとこもよく知ってるし。
 仲がいいのはティーダにも分かるくらい。
 今は友情でしかなかったとしても、好意が根差してるならそれを恋愛に変えるのは簡単だと思うんだ!
 ということを、怒られると怖いので心の中で熱弁していたら、ルーに睨まれた。
 やっぱり読心術が使えるんじゃないだろうか。

「そういうメルはどうなの?」
「へ?」
「どうして、私とワッカなんてことになるのよ。あんたワッカを好きだったはずでしょ?」
「え!?」
「大きくなったらワッカのお嫁さんになる、なんて言ってたのに」
「うわああ! い、いつの話だー!」
「そんなに昔の話じゃなかったと思うけど。……チャップが死んでから、少し変わったよね」
 そういうのは言葉の綾っていうか子供の戯言っていうか。
 恋とは違うよ。ワッカは私を妹としか見てないし、だから私も……。

 ていうか、なぜ矛先が私に向いてるんだろう。
 ルーは私の隣に腰かけて、なおも話を続けてくる。
「今でも好きなんでしょう?」
 攻撃こそ最大の防御ということだろうか。
「えっと、まあ好きっちゃあ好きだよ、そりゃ」
「メルはワッカのこととなるとすぐ熱くなるものね」
「私そんなにあからさまな感じだったかな」
「そうね。よほど鈍感でなければ気づくと思うわ」
「よかった、じゃあワッカにはバレてないね!」
「……確かにあの人は気づいてないだろうけど、その信頼もどうなの」
 本人にバレてなければとりあえずどうでもいいよ。

 私がビサイドにやって来たのは十一年前のこと。
 その一年後にユウナも加わって、私たちの面倒を見てくれたのは主にワッカだった。
 ルーは当時ビサイドの外に興味を示していて……しばらくすると召喚士ギンネム様の旅について行ってしまった。
 拠り所がなくて落ち着かない私たちを、宥めて励ましてくれたのはワッカだった。
 やがてルーも戻ってきて、皆でビサイドにいる時間が私の“家族との思い出”だ。

 本当の兄みたいなものだった。いつから、とか明確な出来事はないけれど、私は確かにワッカのことが好きだ。

「だからこそ……私は、ワッカとルールーに一緒になってほしいんだよ」
「あのね、」
「チャップのことがなくても! 私はワッカもルーも大好きだから、この先もし二人が誰かを好きになるなら……二人で一緒になってくれたら嬉しいなって、思うんだ」
 当たり前のようにルーはチャップと結婚すると思っていたけれど、その夢が夢だったと知らされた時から。
 チャップがいないのに、ルーを他の人に渡したくない。そしてそれはもちろん、ワッカにも言えることだった。

 ルーになら安心してワッカを任せられる。ワッカになら安心してルーを任せられる。
 どっちも大事な二人だからこそ、二人揃って幸せになってほしい。
 だから私はワッカが好きだけど、結ばれたいとは思わないんだ。

「ルーだって、二度と恋しない、なんて言わないよね。今すぐには無理でも、いつかまた誰かを好きになって結ばれて家庭を築いて、幸せになろうとするでしょ?」
「だとしても、相手はビサイドの外で探したいわね。ましてワッカとだなんて……私も、あの人も……どうしても思い出しちゃうもの」
「それって悪いこと? 忘れられないなら忘れなくてもいいじゃん。大体、ワッカ以外じゃなきゃダメなんてそれもう意識してるのと同じ……」
「勝手なこと言わないの。そんな単純な問題じゃないのよ」
「でもワッカとなら、チャップのことを忘れずに……忘れないままで、大切に抱えて悲しみだけ乗り越えて、幸せになれるんじゃないかな」

 絆は既にある。もう充分すぎるくらいに。あとは何か、きっかけさえあればよかった。
 ティーダがなぜかチャップに似ていたのは幸運だった。
 彼が現れたお陰で、ワッカもルーもチャップの死を受け入れられそうなんだ。
 そしていずれは新しい関係に踏み出せる。

 じっと見つめていたら、ルーは根負けしたように俯いた。
「いいわ。じゃあ、こうしましょ。メルがワッカに想いを打ち明けて、断られたら私も自分のことを考えてみる」
「え、意味分かんないんですが」
「すごく分かりやすく言ったつもりだけど。万が一あんたがワッカにフラれるようなことでもあれば、私がいつか恋するかもしれない誰かの中にワッカを加えてみてもいいかもしれない、ってこと」
 かもしれないが多いな。
「ってだから私は違うんだって! ていうか私のこととルーがワッカをどう想うかは関係ないでしょ?」
「そうね。私があの人をどう想うかと、メルがワッカに恋してるかどうかも関係ないわよね」
「うっ……」
 それとこれとは問題が違うような……いや同じなのかな? うーん、私ごときがルールーに口で勝つのは厳しい。

「ひとには『幸せになれ』なんて言っておいて、自分の恋は傷つく前に捨ててしまおうなんて虫が良すぎると思うわよ」
「そ、それは……」
 結局のところ私は、ワッカが好きだという気持ちもルールーが好きだという気持ちも両方捨てたくないだけだ。
 二人がくっついてしまえば今の関係のままどっちも失わずにいられる。
 そんなのは二人の気持ちを考えてない我が儘、だったかもね。

「ごめん……。ルー、怒ってる?」
「怒ってないけど、呆れてる」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだ。二人に、チャップがいた時みたいに戻ってほしくて……そのことしか、考えてなくて」
「……そうね。でも私だって、メルの気持ちをなかったことにしてワッカを好きになるのは無理よ」
「私の気持ちってのはホントにそんなんじゃないんだけどなぁ」
 燻ってはいるけれど、初恋みたいなものだ。友情に昇華してしまうのは簡単だと思う。
 べつに私がワッカに告白する必要性なんてまったくないんだよ。結ばれたいとか望んでないんだから。

 でも私はやっぱり、ルールーには勝てない。
「とにかく、さっき言った条件は呑んでもらうから。どうしても私とワッカをくっつけたいなら、フラれることを願いなさいね」
「フラれる自信はあるけど」
「……あるんだ」
 だって私たちはもう、ずっと一緒に居すぎて兄妹みたいなものだ。……その関係を打破したくてビサイドを出たけれど、あまり意味もなかったし。
 それでもフラれたらやっぱり多少へこむので、無駄に傷つきたくないなぁとは思う。
 まあ、私が「付き合って」と言ったところでワッカが頷くわけはないんだし、いいか。
 最終的に二人が大団円を迎えてくれればそれでいいんだ。

 納得する私を一瞥して、ルーは眉をひそめた。
「あんたと同じこと、私も考えてるかもしれない……とは思わないの?」
「え」
「義兄になるはずだったのよ。幸せになってほしいに決まってるじゃない。メルなら、あの人の悪いところもいいところもちゃんと分かってて、道を踏み外しそうになったら引っ張ってくれるだろうし」
「……」
 どっちかっていうと私はパートナーになるよりサポーターでいたいなぁ。

 それにしても……。
 私はワッカが好きだからルーと一緒になってほしい。ルーはワッカが好きだから私と一緒になってほしい。
 おかしい。好きな人をお互いに押しつけ合ってる。なんだこの状況?
「難儀なものよね」
「まったくです」
 とりあえず、自分をそっちのけでこんな駆け引きをされてるワッカが可哀想だな、と他人事のように思う。




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