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手を繋いでそっぽを向いて


 モニターの光を反射してミトラの顔は青白く光っている。不健康そのものだ。
 水中の様子を遠景で撮っていた画面が暗転して切り替わり、大写しになったボールを誰かの足が弾く。
 ブリッツボールの試合が行われている。ルカのスタジアムからスフィアを通じて送られてくるような、中継の映像だ。
 しかし実際のところ、これは本物の試合ではなかった。模擬試合でもない。過去に行われた試合の再現でもない。画面の中に生きた人間はいないのだ。

 ミトラが手元のコントローラを触ると、画面上に表示された選手が縦横無尽にプールを動き回る。敵のボールを奪い、攻撃を巧みに避け、ゴールへと突き進む。
 いわゆる“シミュレーションゲーム”というものだった。そこにあるスタジアムも水もボールも、選手や沸き起こる歓声でさえ、何もかもが作られた偽物だ。
「気分のいいものではないな」
「そう? 生身の人間よりスムーズに指示が通るからストレスなくて面白いよ」
「……まさにそれが嫌なんだ」
 作られた駒の出来が精巧すぎて、生身の人間を意のままに操っているような錯覚に陥る。

 勝てば設定された通りの“喜び”を、負ければ設定された通りの“悔しさ”を表現してみせる。
 想定された通りに事が進み、既定の結末に辿り着くようになっている。予想外の出来事は決して起こらない。良いことも、悪いことも。
 本物と寸分違わぬ姿でありながらそこにあるのは紛れもなく機械によって作られた存在だった。
 彼らは反抗する心も持たない。他者が決めたルールに唯々諾々と従うだけの機械だ。

 僧兵時代には部下を率いて魔物退治に出たこともある。
 人間を動かす難しさを体感したからこそ、まるで人間にしか見えないものを機械のごとく扱う“ゲーム”に気味の悪さを感じてしまうのだろう。
 そんなことをミトラに言えば「考えすぎだ」と一笑に付され、俺も確かにそう思うのだが、それでも不快なものは不快だった。

 試合が終わり、このトーナメントで獲得したトロフィーが画面上に並ぶ。快勝をおさめたはずのミトラはなぜか苦笑を溢した。
「期待の新人君も司令塔としてはダメダメだね」
「あいつと対戦していたのか?」
「うん」
 ティーダは予てから入りたがっていたチームと契約を交わし、将来のエースストライカーと目されている。
 しかしこのゲームではミトラから一点も取れずに大敗を喫していた。今頃は自宅で悔しがっているだろう。

「バランス考えずにステ極振りなんだもんなー。現実の自分がスピードファイターだからそうしちゃうのかもね」
 見ればミトラの作ったチームは攻撃に特化した者や防御に長けた者、ステータスは平凡だが多様な技術を習得できる者と多彩な選手が揃っている。
 協調性の高い者をリーダーに据え、トレーニング用の施設にも金をかけるなどあらゆる点に細かく気を配っていた。
 ティーダは、まだ作戦立案に関わる立場にないのでチーム全体の動かし方は分からないのだろう。
 自分の能力が高いだけに、突出した才能を持つ一人の力で勝利を掴めるという自負もある。俺も若い頃は似たようなことを考えていたな。

 このゲームはブリッツボールのファンのみならず選手やコーチにも参考になるということで人気らしい。現実と大差ないほどの作り込みを見ればそれも納得だ。
「しかし画面の中でやって楽しいものか?」
「楽しいよ。現実じゃできないこともゲームの中でなら体験できる」
 ならば現実で体験できることにゲームなど必要ないじゃないか。ミトラもどうせなら画面の外でチームの運営にでも携われば、もっと人生を楽しめるだろうに。

 また俺が余計なことを言いそうになったのを察したのか、ミトラが振り返ってコントローラを差し出してきた。
「アーロンも対戦する?」
「いや、いい。目が疲れる」
「年寄りみたいなこと言っちゃって」
 たまにミトラの相手をすることもあるが、このゲームを長くやると目に痛みを感じる。人工的な光には未だに慣れない。

 スピラでは、聖ベベル宮やルカの町ですら夜になれば明かりが落ちて静かになる。しかしザナルカンドは文字通り眠らない町だった。
 部屋の中にあっては昼のように明るく、町に繰り出してみても星が見えないほど無数の光が地上を埋め尽くしている。
「ザナルカンドはどこもかしこも明るすぎるな」
「まあ、夜は特にビカビカしてるもんねえ」
 ミトラに外の空気を吸わせたいとは思いつつ夜の外出を避けるのはそれが理由だった。あまりに強い光は体に毒だ。

 ティーダにメッセージを送り、ミトラはゲームの電源を落とした。
「アーロン、サングラスでも買う?」
「昼はあまり外に出ない。不要だろう」
「それが問題なのよ」
「……昼に外出しないことが、か?」
「そう!」
 なぜそんなにはりきってるんだ。

 ザナルカンドの生活にも少しずつ慣れてきた。しかしまだ“慣れてきた”段階だ。俺の風体はザナルカンドに馴染んでいない。
 だから外出する時は人目を避けやすい夜を選んでいるのだが……。
 品がいいとは世辞にも言えない俺の容姿で夜更けに人を避けて歩いていると、余計に怪しいのだとミトラは言う。
 かなり失礼な言い様だが、職務質問とやらを受けたことがある身としては反論できんな。
 あの時はミトラを呼び出して迎えに来させるはめになった。いろいろな意味で、あれを二度とは繰り返したくない。

 サングラスか。本来はビサイドやキーリカのような南国で、昼の日射しを遮るための器具だ。夜にそんなものをかけて出歩けば怪しさが更に増すのではないか?
「機械の明かりが苦手なんでしょ? 部屋の中でも使えると思うよ。それに、その傷どうにかした方がいいってずっと気になってたから」
「……俺の人相が悪いと言いたいのか」
「うん、とても」
 死の際に負った傷は塞がっているが、死人となった以上この右目が癒えることは決してない。
 ザナルカンドは平和な町だ。物騒な傷跡を晒して歩けば無意味に人を怯えさせる。
 面倒を避けるために隠しておけというのも一理あるかもしれんな。

 俺が承諾するよりも早くミトラはノートパソコンを使ってサングラスを扱う店を探した。そして俺にスフィアカメラを向けてくる。
 スフィアで全身を撮影して店に送れば、丈を合わせたものを集めて商品見本が返ってくる。その中から欲しい品を選んで購入手続きをすると、遅くとも翌日にはポストに商品が届くという仕組みだ。
 何かを買うのにわざわざ店まで出向く必要はない。便利なシステムだが、そのお陰でミトラがますます家に引きこもるのかと思えば腹立たしい。
 ……単純に、俺が未だ機械を受け入れかねているだけかもしれんが。

「あんまり若々しいデザインは似合わないね。あ、これとかどう? ブルーのライン入って爽やかだし犯罪者っぽさがマシになるかも」
 使い勝手が良ければデザインはどうでもいい。それよりも……。
「店まで出かけて、実物を見てから購入したい」
「んー。実際かけた感じが知りたいなら、こっちの店は触感つきのVR試着があるよ?」
「そういう意味ではなくてだな」
 体質とは無関係に根っから出不精のミトラは、案の定煩わしそうにため息を吐いた。

 彼女は遠からず訪れるであろう死をしっかりと受け止めている。
 与えられた時間を有意義に、自分のやりたいように使って生きている。
 退屈で不幸な日々を送っているわけではない。
 しかし……、死人である俺はどうしても、彼女に未来があるうちに生きている人間とたくさん触れ合ってほしいと願ってしまう。

「たまには出かけたいと思わないのか? いかに機械が便利だろうと、自分の足で外へ出なければ見られない景色もあるだろうが」
「景色が見たければスフィアカメラの配信映像で雲の向こうでも海の底でも好きなだけ見られるし、空調を設定すれば草原の風だって部屋にいたまま感じられるよ」
「それは単なる疑似体験だ。出かけたことにならん」
「私にとっては同じだもの。嘘と本当に境目なんか無い」
 何を求めてどこで満足するかはその人間次第だと言ってミトラは、絶対に出かけないという意思のもと不貞腐れて寝転がった。頑固者め。

 本音を言えばサングラスなど無理に買わなくても構わない。俺はただ、買い物を口実にミトラを家の外へ連れ出したいだけなんだ。
 ゲームでティーダと対戦するくらいならば現実にあいつの出ている試合を観戦しに行けばいいじゃないか。その……俺と、共に。
「俺は自分の足で歩くのが好きだ。そして感じる物事をお前と共有したい。それでも外へ出るのが嫌か?」
「うっ……アーロンって、たまに平気で恥ずかしいこと言うよね……」
 彼女は自分の暮らしを乱されることを嫌う。だが下手に出られると弱いことも最近は分かってきた。

 しばし赤面したまま自分の腕に顔を埋めて伏せていたミトラだが、やがて起き上がると何事もなかったかのように身支度をして「一番近い店でいいでしょ」と言った。
「スピラの文化は未だによく分からん。店選びも品選びもミトラに任せる」
「私だって流行りとか知らないし。ましてアーロンみたいな歳の男がどんな格好したら不自然じゃないのかなんて……、まあいいや、てきとーに選ぶから!」

 ふと思い出した。
 旅の途中、雷平原で荷物を駄目にして、幻光河の畔で着替えを探したんだ。
 ブラスカ様は勧められるまま妙な服を買わされそうになり、ジェクトが慌てて選び直したのだった。
 あいつの選ぶ装備など宛にならんと思ったが、意外にも真っ当な服を買ったので驚いたのを覚えている。
 そのジェクトにセンスがなさすぎると詰られ、ブラスカ様は流行りには疎いものだからと笑いながら謝っていた。

 家の外と関わらずに生きてきたミトラも流行りに疎い。人と顔を合わせてそれがバレるのが嫌で、彼女は出かけたがらないのだろうか。
 ずぼらに見えて、彼女なりに女としてのプライドも持っているらしい。微笑ましいことだな。


 一番近い店という宣言に従い、ミトラが俺を連れてきたのは彼女の自宅から数分歩いたところにある通りの店だった。
「現金で買い物するの久々すぎてなんか緊張する……」
「繊細というよりは小心だな」
「うるさい! で、色とか形とか、どういうのが好きなの?」
「何でもいい」
「一番困る回答ありがとう」
 スピラにいた頃はわざわざ視界を狭くする小物を身につけようと考えたこともない。見目を良くするために着飾るなど論外だった。
 頭の大きさに合っていて邪魔にならず光を遮る用を成せればどんなものでも構わない。

 いくつか手に取って見比べたあと、ミトラはその中から気に入ったらしいサングラスを俺に差し出した。
 促されるままそれを掛ければ彼女は「げっ」と顔をしかめて仰け反る。……自分で選んでおいてその態度は何だ。
「なんか余計にガラ悪くなった。十人くらい殺してそう」
「人聞きの悪い……」
「まあでも、似合うのは似合ってるね。かっこいいよ」
「!?」
 思いがけず笑顔でそんなことを言われて動揺してしまった。

 適当に選ぶと言いつつ数時間もあれこれと悩んだ結果、ミトラは最初に選んだサングラスを購入した。
 流行りに疎いならば、これは単純に彼女が俺に似合うと感じたものを選んだということなのか。
 一番かっこいいと、思うものを。
 気恥ずかしさに耐えかねて帰路はミトラを引きずるように早足で歩く。
 どうもそれが悪かったらしく、一人歩きでないのにもかかわらず職務質問に遭ってしまった。

「この人、本当にあなたの恋人? 脅迫されてるわけじゃないんだね?」
「ええはい恋人兼ボディーガードなんです。昔ちょっとヤンチャしてたんで、こういう見た目ですけど犯罪には手を染めてませんから大丈夫ですよ」
「………………まあ、何かあったらすぐに通報するか、周りの人に助けを求めるんだよ」
「はーい。お仕事ご苦労様です〜」
 警備兵は疑念を隠そうともせず俺を睨み、何度もミトラを振り返りながら渋々と去っていった。

 ようやっとその姿が見えなくなったところで息を吐く。俺を見上げてミトラはニヤニヤと笑っている。
「そんじゃ帰りますか、誘拐犯さん」
「うるさい」
 どうやら目の傷を隠してもあまり効果はないらしいな……。顔が怖いとはよく言われたが、ザナルカンドに来てから悪化している。
「ああもう、その考え事してる渋面が駄目なんだってば」
「こういう顔なんだ!」
「ほら手を繋いで、愛想よくして」
 恋人らしく楽しそうに笑っていれば誰も怪しみはしないからとミトラはいつの間にか上機嫌になっていてまた動揺する。

 恋人らしく……手を繋いで……。そういえば、先程の店には俺たち以外にも買い物に来ている男女の姿があったな。
 珍しく遠慮がちに手を握られ、力を入れすぎないよう注意して握り返す。今さら自分の本音に気づいてしまった。
 どうやら俺はミトラがゲームにかまけているのが気に入らなかっただけらしい。コントローラを握ってモニターに向かうよりも、こうして二人で手を繋ぎ出かける方がいい。
 ……なるほど。こうしてみるとサングラスは便利だ。みっともなく頬が緩んでもバレずに済む。

「言うのを忘れていた」
「うん?」
「その……、サングラスを、ありがとう」
 妙なものでも見るように凝視され、内心浮かれているのが見破られはしないかと慌ててそっぽを向く。
「どういたしまして。ま、派手な傷跡のある不審者から単なるガラの悪い男くらいにはランクアップしたかな」
「マシになっているのか微妙だな、それは」
「私、ガラ悪いのとか嫌いじゃないから」
「……」
 この町はどこもかしこも明るすぎる。昼夜の区別もつかないなど異常だ。だから……夜にサングラスを外さなくても、誰も文句は言わんだろうな。




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