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 ベベルを脱出する時にシーモア老師は襲って来なかった。
 その代わりにグレート=ブリッジで待っていたのはメルだった。
 なんでここにいるんだとか話してる暇があるわけもなく、僧兵が集まってくる前にマカラーニャの森に逃げ込む。
 そして森が完全に封鎖されてしまう前に出発し、ナギ平原に着いたところでようやく一息ついた。

 結婚式でも裁判の最中でもシーモア老師に変わったところは見当たらなかったんだよな。
 べつに俺の観察眼なんてもん信用してるわけじゃねえけど、老師の言動は何もかも怪しく思える。
 前回の通り、ユウナを利用して自分が次のシンになって、スピラを滅ぼそうと企んでるようにしか見えなかった。
 だが……、浄罪の路を脱出した時に立ちはだかってこなかったのも事実だ。
 その変化の理由をメルは知ってるんだろう。

「シーモア老師と話したのか?」
「……うん」
 一応は気が咎める部分もあるのか、メルはちょっと目を逸らしつつ頷いた。

「ワッカ、怒ってる?」
 ナギ平原で降りろ、ベベルには来るなと言ったのは俺だ。それはメルとシーモア老師を会わせないためだった。
「怒ってないとは言えねえが、まあ……予想はしてたしな」
 俺が何を言ったって、どうせ追いかけてくるのも分かってたんだ。
 逆の立場だとしてたぶん俺も追っかけただろうしな。
 無茶したことは怒ってる。でも仕方ないとも思う。そんなところだった。

 前回ナギ平原に着いた時は自棄に近い気分だったのを覚えてる。
 ザナルカンドに行きたくないのと、終わるなら早く終わらせちまいたいのと、真逆の気持ちに挟まれて嫌なもんだった。
 今回の俺は、もうあんまり迷ってない。進むべき道は見えてる気がした。
 逆にメルは今回こそ迷いに迷ってるようだ。

 ベベルでどんな話をしたのか、老師の思惑は分かったのか?
 聞きたいことは多いんだが、仲間の目を避けるにはもう少し待たなきゃならない。
 とりあえず旅行公司に行くまでは必死こいて歩くだけだ。

 メルは自分だけ置き去りにされたことでまだ不機嫌だが、ムッとした顔のままそれでも俺の隣を歩いている。
 こっちに気づいた魔物に牽制の黒魔法をぶつけて追い払いながら、ふと思いついたように顔を上げた。
「さっきユウナから聞いたんだけど、ベベルでイサールさんと戦ったって?」
「へ? そうなのか?」
「って、なんでワッカが知らないの」
「俺は戦ってねえぞ」
 水路の出口で魔物が立ち塞がってたように、浄罪の路にも刺客が待ち構えてたってところか。

 つーか、召喚士イサールだと? あの兄弟はベベルに戻ってたのかよ。
 あっちの動向なんて気にしてなかったから油断したぜ。
 じゃあメルは一人でベベルに来たわけじゃなかったんだな。その点については、安心した。

「旅、やめた方がいいよって言ったんだけど。真面目そうな人だから難しいよね」
「あの性格じゃなあ。だが近々寺院に頼まれてベベルに残ることになるはずだし、大丈夫だろ」
「そっか……うーん、だけどそれもどうなの? 尻拭い押しつけられてんじゃん」
 そりゃ楽しくはねえだろうが、ザナルカンドに行くよりマシだろう。
 万が一にも俺たちより先に着いちまったらあの兄弟には悲劇しか待ってねえんだ。

 俺はあんまり関わりがなかったが、ユウナとは同じ元召喚士の誼で末長くいい友人だった。
 今回ちょっとでも縁ができたならメルも仲良くなるかもな。
 俺としては、ゴワーズのやつらと親しくなるよりイサールの方がずっといいんだが。

 でかくて厄介な魔物をやり過ごしたり逃げたりしながらようやく旅行公司に着いた。
 ルーとティーダとリュックの意味ありげな視線をかわしつつ俺とメルで一部屋とることにする。
 あいつらに勘違いされようと、ガガゼトに着く前にシーモア老師について話し合っておかなくちゃならん。

 部屋に入るとメルはなぜか緊張しきった顔でキョロキョロしていた。
 今さらアルベドの経営してる店だから云々ってわけはねえよなぁ。

「んで、老師はなんつってたんだ?」
「ええーっ!」
「な、なんだよ」
 いきなり大声出すんじゃねえ。しかもなんでそんな非難がましい目を向けられなきゃならないんだ?
「それが聞きたかっただけなの?」
「へ? あ……ったり前だろーが、バカ!」
 他に何の理由があってメルと同じ部屋に泊まるってんだ。

 なんつーか、俺がメルを大人として対等に扱ってないってしょっちゅう怒ってるけどよ。
 こいつの方こそ状況を分かってない気がしてんだよな。俺の自制心が鋼でできてるとでも思ってんのかよ。
 結婚生活がどんなもんか、しっかり覚えてるのに今は手ぇ出せない俺の身にもなってほしいぜ……。

 不貞腐れつつ、寝台に腰かけたメルは素直にベベルでのことを話してくれた。
「今回シンになる気がないってのは本当みたいだよ。少なくとも私は、それが嘘だとは思わなかった」
 シンも結局は滅びの運命から逃れられない。俺たちがエボン=ジュを倒せばおしまいだ。
 だから前回のことを覚えてるシーモア老師が、その野望を引っ込めるのは当然だとメルは言う。
 それは……確かにそうかもな。倒し方が分かってるもんになったってあんまり意味があると思えねえ。

「でもよ、だったらお前をザナルカンドに連れてく必要もないだろ?」
 前回ユウナがダメだったからメルを代わりにする……老師の目的が変わったなら尚更、召喚士を求める理由が分からないんだが。
「まあ途中までは前と同じかな。シーモア様、シンじゃなくて祈り子になりたいんだってさ」
「は? そ、そりゃつまり……」
 究極召喚の祈り子になって、そこで止めとけば俺たちには倒せない。
 エボン=ジュを倒したって老師自身が眠りにつかなけりゃ関係ないんだ。
 簡単に永遠の命が手に入るって寸法か。

 腹黒いなんてもんじゃない野望を抱えたあの人が、シンになるのと、祈り子になるのと。
 どっちの方がより厄介なんだ……?
 俺に分かるのは、どっちも御免だってことくらいだな。

「ユウナレスカ様と戦うまでに、まだシーモア様と話す機会あるんだよね」
「話すっつーか、戦う機会、だな。ガガゼトの山頂でまた襲ってくるんだ」
 それ以前にナギ平原でも迎えと称した刺客を送りつけて来やがるし、シンの中でもまた戦うはめになる。
 俺がそう答えたらメルは真顔で「しつこい人だね」と言った。
 言葉のわりに悪意は感じられない。だからメルが次に何を言うのか、予想がついちまった。
「私、この提案に乗ろうと思う」
 ……やっぱり、とは言いたくねえな。

「何しようとしてるか、ちゃんと理解して言ってんのかねえ」
「じゃあそういうワッカはどうなの?」
 シーモア老師の提案に乗る。それがどんな意味を持つのか。
「俺も正直よく分からんが、あの人に永遠の命なんてもん与えていいとは思えねえ」
 シンになんかならなくたってシーモア老師は、ジスカル様を殺しアルベドを虐殺して、もう少しすりゃロンゾまで襲うんだぜ。
 倒す方法が分かってるだけシンになっちまう方がマシじゃねえかって気さえする。

 更に聞けばシーモア老師は前回シンに取り込まれたことでエボン=ジュの記憶を共有してるんだそうだ。
 だから今の老師は、自分からシンにならなくても“シンを作り出す方法”を知っている。
 祈り子となり永遠の命を手に入れて、自分の都合でシンを作ろうとしているんだ。
「シンになるのをやめて、ユウナレスカ様か……エボン=ジュの代わりにでもなろうってかよ」
「でもシーモア様はシーモア様なりに、本当にスピラを守ろうとしてるんだと思うよ」
 ただそれが常識的に受け入れられるやり方ではないだけだとメルは言う。
 常識的に受け入れられないってことは、非常識だってことだろーがよ。

「祈り子になって千年待つんだって。それでスピラが必要としたら、シーモア様が新しいシンを作り出すつもりなんだ」
「意味分かんねえな」
「私は少し、分かるよ……」

 シンのいない世界はスピラに生きる全員の悲願だ。まあ、たまに老師みたいな例外がいるにしても。
 身近なやつらが唐突にいなくなっちまう。大切なものが跡形もなく壊される。
 明日を無事に迎えられるかも分からない、そんな不安が常に付き纏う世界を誰が望むって?
「お前の家族も、ガッタも、死んじまったんだぞ。それでどうしてシンが必要だなんて思えるんだよ」
「シンを倒さなきゃいけないって思う。でも私の中には、別の気持ちもある」
 それは例の前世ってやつだ。その記憶がメルの“個人的な気持ち”と“客観的な視点”を隔ててるんだと。

「私の前世はシンのいない世界だった」
 だがメルが持ってる前世の記憶では、その世界を……あまり好いてなかった。
 いや、嫌ってた、疎んでたと言ってもいいだろう。
 そいつは生きることを楽しんでいなかったと聞いた覚えがある。
 どうしてなのか聞く気にはなれないが、楽しむ余裕を持てない、苦痛に満ちた人生だったんだ。
「次があるなら人生やり直したいって、思ってた。私は今それをやり直してる最中なんだよ」
 俺が前回の記憶をもとにチャップを助けようとしたのと同じ……。
 メルにとってはシンのいない世界がバッドエンドで、今この人生こそが修正されたハッピーエンドへの道なんだ。

 メルの前世はスピラの千年前とは違う。
 だが、こいつはシンのいない世界で幸せじゃなかった。
 そしてスピラに生まれて初めて幸せを感じられた。幸せになりたいと思えるようになった。
 誰かを、何かを愛しく想う気持ちを理解できるようになった。
 俺はシンが必要だなんて逆立ちしても納得できねえが、メルにとっては生まれた時からシンが存在してるこの世界こそが愛しいという。
 だったら……試してみりゃ、いいだろう。

「分かった」
「えっ?」
 俺はどうしてもあの人を信用できねえ。だがメルがそうした方がいいと思って行動するなら、それは信じられる。

 心外なことに、メルは不思議そうな顔して俺を見つめている。
「分かったってまさか、シーモア様に協力してもいい、ってこと?」
 まさかとは何だ、まさかとは。俺だってなあ、ちっとは成長してんだ。メルの行動を縛るなってな。
「お前はそうしたいんだろ。だったら好きなようにやってみろよ。結果どうなったって、そん時はそん時だ」
 無理やり止めたってメルは自分のやりたいようにやるんだ。
 そうと分かってるなら、俺がそれを認めて応援してやる方が、たぶんメルも嬉しいだろうしよ。

「でもな……、頼むから、死ぬような無茶だけは絶対すんじゃねえぞ」
 俺は前回、結局折れてチャップを送り出した。あいつの好きなようにさせた。そしてたった一人の弟を失ったんだ。
 今回もしメルを自由にさせて結果こいつを亡くすはめにでもなったら。
 ……何度目の人生を歩むことになっても、二度と立ち直れやしねえだろう。
 メルはまるで夢ん中にでもいるような顔で、それでも俺を真っ直ぐ見つめて頷いた。

 一晩休んで外に出ると、召喚士以外は誰も来るはずがないナギ平原の旅行公司に来客があった。
「ズーク先生!」
「久しぶりだな」
 そういや、ズーク先生が追っ手として寺院から差し向けられてきたんだったな。
 あっさり見逃してくれたもんだから完全に忘れてたぜ。

 正式な処刑宣告を受けて顔を強張らせるユウナをよそに、ティーダが肘で俺をつついてきた。
「なあ、誰?」
「元召喚士様だ。ルーと俺……じゃなかった、メルは、前に先生のガードをやっててな」
「へぇ〜。……ルールーとメルはガードやって、チャップとワッカは留守番ッスか」
「うっせえ。いろいろ事情があったんだよ」
 俺の代わりにメルが行くと言い出した時には大反対したが、お陰であいつを泣かせずに済んだのはよかったと思う。

「元召喚士って、あの人は旅やめたんだな」
「ああ。今はベベル寺院で僧官を務めて……る、らしい」
「ワッカ、さっきからなんか歯切れ悪いッスね」
 それは俺が先生と面識ないってのを忘れてうっかり変なこと言いそうだからだ。

 ティーダは妙な目でズーク先生を眺めていた。
 もしかすると「召喚士が旅やめてもいいんじゃないか」とでも思ってんのか?
「あの人を引き合いに出してもユウナは説得できねえぞ。元召喚士ってのは……それはそれで辛いもんだからな」
「うーん。ダメなのかぁ」
 やっぱそのこと考えてたのかよ。

 思い返してみるとこいつは、ユウナを死なせないとは言うけど旅を無理やり止めさせるようなことはしなかったな。
 俺は前回の記憶があるから安心してユウナのガードをやってられるが、こいつは違うんだ。
 シンを倒してユウナも死なない、そんな方法が本当にあるのかも分かんねえのに真っ向から信じて突き進んで行ける。

 なんでそんなに強いんだろうな。
 この芯の強さを見てきたからこそ、ティーダが“夢の住民”だとか言われても信じらんねえ。
 祈り子が夢を見るのをやめたくらいで儚く消えちまうやつじゃないだろ。
 無限の可能性ってやつを信じて、為し遂げたんだ。
 今度はティーダが成りたいものに成る番じゃねーか。

 改めて見るとやっぱりチャップに似てる横顔をぼけっと眺めてたら、俺の視線に気づいたティーダが振り向いて不審そうに首を傾げた。
「何だよ」
「いんや、べつに?」
 他のことより、もっと自分の行く末について考えとけよな。
 ユウナを死なせたくないと思うんだから、こいつだって同じ未来を生きていきたいだろうに。
 いっそのこと話しちまうか?
 俺よりメルより、もしかしたらエボン=ジュよりも、夢のザナルカンドを知ってるのはティーダ自身だ。
 どうやったら消えずに済むのか、本人が考えるのが一番いいのかもしれない。

 たまにテントを張って休憩しつつ、数日でガガゼトの麓に辿り着いた。
 登山道に続く崖の手前でグアド族が行く手を遮る。
「止まれ。シーモア様がお呼びだ。共に来てもらおう」
「シーモア老師と話すことはありません」
「ちゅーわけだ。どけよ」
 ベベルでは襲ってこなかったが、敵対しないでくれるわけでもねえんだな。
 ちらっとメルの方に目をやると、なにやら俺に目配せをして頷いている。
 伝わってるつもりでいるのかもしれんが、俺はさっぱり分かってないぞ。

 臨戦態勢に入るティーダたちを見つめ、グアドの追っ手は冷笑を浮かべた。
「シーモア様は死体でも構わないと仰せだ」
 だがここで現れるはずの護法戦機を呼ぶ気配はない。
 代わりにグアドはユウナから目を逸らし、メルに視線を向けた。
「あるいは……メル殿」
「分かりました」
 事も無げに頷いたメルを振り返り、ユウナたちは目を丸くした。

「メル……?」
「私が同行すればここは手を引く。ってことで、いいですよね」
「あんた、何言ってるの!?」
「そんなのダメに決まってんだろ!」
 内心じゃ俺もルーとティーダに同感だが、好きにしろと言った手前、二人を引き留める。
 呆気にとられる仲間たちをよそにメルは少しばかり嬉しそうだった。
「それじゃ、行ってくるよ」
「おう。気ぃつけて行ってこい」

 そのままガガゼトに行くのかと思ったが、グアドのやつらはメルを連れてナギ平原に引き返していった。
 どうやってかは知らないが山頂に先回りされてたし、老師は抜け道を知ってるのかもな。
 メルがついてるならロンゾ族を殺して押し通ることもさせないだろう。

 あいつらの姿が見えなくなると、仲間の視線が俺に集中した。
 ユウナはなんとなく察してるみてぇだが、ルーの目が冷え込んでて怖いぜ。
「まあ、なんだ、その……。ベベルでシーモア老師と話をしたらしくてよ」
「それでメルを差し出したの? 大した判断力よね」
「まずくないッスか? 死人ってのになってんだろ、シーモア」
 何かあっても倒して解決ってわけにゃいかねえ。そういう懸念は確かにある。
「そんでも、大丈夫って自信があるから行ったんだろ、あいつは」

 俺だってそうしたくてメルを行かせたわけじゃねえんだ。責められる筋合いはねえよな。
 言い訳があるなら戻ってきてからあいつが自分ですりゃいいだろ。
 追っ手も消えたし、さっさと先に進もうと促したら、更に食ってかかろうとするティーダをユウナが止めた。
「これはメルが決めたことなんですね、ワッカさん」
「ああ。お前の身代わりになるとか、そんなんじゃない。あいつが自分でやるって決めたんだ」
「……分かりました。私もメルを信じます」
 行こうとユウナが言えばもう誰も止められない。
 そうだな。今はただ、あいつを信じて俺たちも進むだけだ。




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