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今日も変わらず鐘は鳴る


 ようやくスピラも落ち着いて来た……と、何度も同じことを考えている時点で、実のところ何も落ち着いてなどいないのだろうか。
 ユウナ君がシンを倒してから二年が過ぎた。その短い間にさえ多くの出来事が世界を惑わせた。
 今回の事態は解決したばかりだが、ひととき落ち着いたように見えてもいつまで平穏が続くかは分からない。
 一年二年、あるいは十年先に、またきっと何かしら起こるのだろう。それが良いことにせよ悪いことにせよ。

 人生はそういうものなのかもしれない。波瀾と平穏が螺旋のように繰り返され、そうやって生きていくんだ。

 身も蓋もないことを言えばスピラはシンがいた頃と何も変わっていないようだった。
 時に冷たすぎるほど客観的に現実を切り捨てる彼女がこの場にいたら、素っ気なく「変わらなくて当然だ」とでも言ったんじゃないかな。
 ザナルカンドが滅び、夢の街が作り出される以前……シンが生まれる前、スピラはこんな風だったかもしれない。
 元に戻るだけだと彼女は言っていた。千年もの時が経っても人はそう変わらない。簡単に“自分”を変えてしまえるわけがない。

 このところ、スピラは躍起になって変わろうとしていた気がする。ずっと信じて来たエボンの信仰が脆くも崩れ去ったせいだろう。
 拠り所がなくなってしまったら同じところに立ち続けることはできない。だから代わりの何かを探さなければいけないんだ。
 その拠り所が心に深く根差していたならば、もはや以前と同じ人間ではいられない。それ自体はもちろん理解できるのだが。

 しかし過去を忘れずに積み重ねてゆかなければ前に進めはしない。変わることと同じくらい、変わらないことも大切だと思うんだ。
 ザナルカンドから帰ってすぐにそんな話をしていたら、マローダには「なんか言い訳くせーな」と一笑に付されてしまった。
 逃げているのだと言われれば否定はしないが、やはり僕は相変わらずで構わないと思う。

 シンが居ようと居まいと、世界がどんな姿を見せようと、その人生の価値を定めるのは自分自身の意思だ。
 自分が変わるために世界を変えようとしてはいけない。過去を受け入れ成長すれば、自然と世界の見え方も変わってくるのだろうから。
 願わくば、無理をして変わるのではなく一歩ずつでも成長していきたいものだな。



 昼下がりに一息入れようとグレート=ブリッジまで出てきたところ、どうして居場所が分かったのかマローダがやって来た。あちらもちょうど昼の休憩時間らしい。
 深刻な顔で「話がある」と言われて思わず身構えたが、聞いてみるとありがたいことに喜ばしい話だった。
「あのさ。俺……、結婚しようかと思ってんだわ」
「そういう話はもっと嬉しそうに言ってくれ。何を言われるのかと思ったぞ。……いや、とにかく、おめでとう」
「あー、うん」
 めでたい話だというのにどうしてそう不機嫌なんだろう?

 それにしても、マローダが結婚か。歳を考えれば遅すぎるくらいだが、この日が来るということを予期していなかったから妙な気がする。
「いつの間に結婚するような相手ができたんだ?」
「へ? いや、それは……その……べつに新しく相手見つけたんじゃねーよ」
 二年前、僕と旅をしている間は恋人を作る余裕などなかった。旅を終えてしばらくは幼馴染みの娘と仲良くしていたが、マローダが青年同盟に入ってまた疎遠になっていたはずだ。

「もしかしたら、例の彼女と復縁したのか?」
「……まあな」
「それはよかった」
 本を正せば僕のガードになったせいでマローダと彼女は恋仲になれなかった。今になって丸くおさまったのなら嬉しいことだ。
「よかったっつーか、押し切られただけって気もするけどな。この際だからはっきりさせときたいってよ」
「じゃあ、向こうから申し込んでくれたのか」
「そーゆーこと」
 なるほど。どうやら不機嫌なのではなく気恥ずかしいだけらしい。

 僕の記憶が確かなら彼女の家は代々熱心なエボン教徒だった。祖父の代ではベベルの僧官長補佐まで勤めたという話も聞いた。
 新エボン党には属していなかったようだが、きっと彼女は両親や祖父母のように聖ベベル宮で式を挙げたいと思っているだろう。
「で、結婚式はいつだ?」
「俺はそんなのやらなくていいっつってんだけどな」
「それはいけない。女性にとっては大切なことなのだから」
「兄貴に女心なんざ説かれたくねーよ」
 その言い種は心外だな。

 従召喚士の修行を始める少し前から彼女とは会っていない。久しぶりに顔を見るのが、まさかマローダの結婚式になるとは思いもしなかった。
 二年前なら、僕がシンを倒してマローダがベベルに戻ったら彼女と一緒になってくれればいいと願っていた。
 しっかり者で気が強くてマローダともよく喧嘩していたが、彼女がこの弟を大切に想ってくれているのは分かっていたから。
「彼女の心が変わっていなくてよかったよ」
 二人の結婚式を自分の目で見届けられるのは、やはり嬉しいものだな。

 だが、マローダは僕の言葉を別の意味で受け取ったらしい。
「変わらなくていいもんがあるなら、変わった方がいいこともあるだろ」
「分かったよ。美点と思えとは言わないさ。だが、僕は僕自身でいることをやめるつもりはない」
「そういう意味じゃねーっての……」
 自分らしく好きなように生きてくれ。彼女は最後にそう言った。
 とはいえその言葉に縛られているわけじゃない。僕はずっと変わっていない。自分のやりたいことを好きなようにやって来た。これからも、そうするだけだ。

「なあ兄貴、もう二年になるんだぜ。気がかりなのは分かるが、そろそろ……」
「そろそろ他の誰かを好きにならなければいけない、と言うつもりなら、それは他の誰かに失礼だ」
「……そうは言ってねーよ。ただ、独り身の兄貴を差し置いて先に結婚する弟の身にもなれよな」
「ああ、それは悪かった。だが……誰かをミトラの埋め合わせにするのは嫌なんだ。いつか自然に時が来るまで、僕は変わらないよ」
 本当に“相変わらず”頑固だと悪態をつきながら、彼なりに兄を心配しているらしいのは伝わった。



 そんなにうちひしがれているように見えるのだろうか。悲しみが癒えたわけではないが、自分では彼女の不在を受け入れつつ歩みを止めてはいないつもりだ。
 召喚士ではない自分というものを堪能してもいる。
「結構、楽しくやってたんだけどな」
「あれで、か? ありゃあヤケクソっつーんだ」
 どうもマローダは僕がザナルカンドでやっていた仕事を良く思っていないらしい。
「ガイドの仕事は面白かったよ」
「ほんとかねえ」
 少なくとも召喚士でいる頃より人の喜ぶ顔が間近に見えて、充実感は大きかった。

 それに、あの場所の歴史を人々が知るのはいいことだと思えたんだ。
 機械戦争、シン、エボンの教え、究極召喚、歴代の大召喚士たち。スピラには目を背けずに真っ直ぐ見つめるべき過去が多くある。
 僕たちはザナルカンドを知らねばならない。今を作り出したのは過去なのだから。

 何よりも……戦争が起きる前には、かの地で無辜の民が我々と同じように暮らしていたのだということを皆に伝えたかったんだが。
 残念ながらザナルカンド遺跡は今や人が足を踏み入れるのも難しい有り様だ。歴史を伝えるには別の方法を考えなくてはいけないだろう。



 本当は自分が結婚することを伝えるよりも僕に少しは変われと言いたくて来たのだろう。
 一頻り「結婚はいいものだ」と年寄りのようなことを捲し立てる背後で鐘楼の鐘が鳴り響き、マローダは慌て始めた。
「やっべ、交代の時間過ぎてら……兄貴、また後でな!」
「ああ、ご苦労様」
 後半の話をほとんど聞いていなかったことがバレたらまた怒られそうだ。

 あいつが臨時の手伝いではなく正式な僧兵になると決意したのは意外だったが、結婚するためだったんだな。
 役職を持たない方が気楽でいい。しかしいずれ家族を養うことになるかもしれないと考えるなら僕も真っ当な職に就いておくべきだろうか。肝腎の相手が見つからないのはさておき。
「結婚か……」
 死を覚悟している身で誰かに愛情を抱くのは間違っていると思っていた。旅を中断して未来について考えるようになった時、最初に思い浮かんだのはミトラの姿だった。
 しかしすぐに彼女はいなくなるのだと知らされた。

 一人でも人生を謳歌することはできる。結婚や新しい恋だけが幸せの形ではないはずだ。
 もちろん、いつかはその考えが変わる可能性もあるけれど。
 シンに破壊され新エボン党が作り直したベベル宮の鐘は、二年前と同じ音色を響かせている。違って聞こえるとすればそれは聞く者の方が変わったということだろう。
 世界がどう変わろうと変わるまいと、斯く在りたいと願えば人はいつでも自分の責任でそれを叶えられるんだ。
 僕は過去を抱えて生きていく。この胸の中に彼女がいる。永遠に変わらぬ思い出が確かな幸せをもたらしてくれるからこそ、未来を恐れずに歩いて行ける。




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