×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
18


 噂には聞いていたけれど、雷平原の景色はなかなか圧倒的だった。
 雷って、怖いけどちょっとかっこいいよね。たまに稲妻がはっきり見えると嬉しかったりしてさ。
 これだけ鳴りまくってるとありがたみも薄れるけれども。
 そうそう、稲妻って言葉もまた好きなんだよね、日本語の美学っていうか、擬人化っていうか。
 雷が稲に触れると子を孕む。豊作を祝う言葉だ。
 でもスピラにおいて、その稲妻が群生する平原は、ただの荒れ果てた広野だった。

 轟く音が近くなるにつれ、リュックはなんだか挙動不審になっていた。
「あ〜あ……来ちゃったよ……」
 そりゃー、北に向かってるんだから雷平原にも来ちゃうだろうね。
 と、すぐ近くに雷が落ちた。
「きゃあああっ!?」
「ちょ、リュックやめて痛い痛い痛い!!」
 轟音と同時にリュックは私の右手に力一杯しがみついてきた。

「どうやって進むんだ、ここ」
「あちこちに避雷塔が建ってるでしょう。雷はそこに落ちるってわけ」
「避雷塔から離れすぎず近づきすぎず、北へ進め、だな」
 そこの三人、のんびり話してないで私を助けてよ。
「きゃあぁぁあ〜〜!」
「折れるーー!!」
 リュック……か、雷、苦手なの?

 マカラーニャの森へ入るには雷平原を抜けるしか道がない。
 雷がそんなに苦手だとすると、リュックにとってここが最大の難所になるだろう。
「ちょ〜っとだけ、グアドサラム戻る?」
 うるうると上目遣いの提案を、アーロン様はばっさり切って捨てた。
「短い付き合いだったな」
 まあ、嫌がろうが怖かろうが進むしかないもんね。

「大丈夫だよリュック。雷は高く突き出たものに落ちやすいから、打たれるとしたらキマリかアーロン様かワッカだよ。特にワッカはツノがあるからヤバイ」
「ツノじゃねーよ」
 身長的にはキマリが一番危ないけどね。槍も持ってるし。
「あとルールーは金属のアクセサリーが多いからヤバイし、ティーダも剣を持ってるからヤバイ。つまり……」
「つ、つまり?」
「私とリュックとユウナ、若い女子は安全です!」
「そっか! 若い女子は大丈夫なんだ!」

 やっと表情を明るくしたリュックが私の背後を見て凍りつく。
 うん、なんか冷たい視線を感じます。
「メル、リュック、ちょっとこっち来なさい?」
「あ、でもルーの雷は若い女子にも漏れなく落ちます」
「それってヤバくない!?」
「ヤバイね! 逃げろー!」
「きゃーきゃー!」

 と勢いで雷平原へとリュックを誘き出したものの。
「なんだこの体勢……」
 やっぱりどうしても怖いらしいリュックに後ろから羽交い締めにされて歩いているわけです。
 彼女は私のうなじ辺りにデコをくっつけ、お腹に両手を回して、たまに何か念仏のようなものを唱えている。
 すこぶる歩きにくいし、なんか怖い。
「魔物が出ても身動きとれないんですけど」
 あと雷が落ちてきても機敏に避けられない。
 もそもそと歩く私にワッカの無情なツッコミ。
「お前はどうせ戦力にならないんだから、ちょうどいいだろ」
 なんという言い種だ。

 おんぶおばけのごときリュックを背中にくっつけて雷平原を歩く。
 リュックを背負う……ふふ、駄洒落みたいだな。
 道が狭くなってきたので、ところどころではあまり避雷塔と距離を置けない箇所も出てきた。
 またすぐそこに雷が落ちる。
「お〜、近い近い! うははははは!」
「楽しそうだね、ワッカ」
 リュックの腕が震えている……。

「へ、へへ、へへへへへ」
「ふおっ!?」
 耳元で気味の悪い声がしてピャッとなる。
「ひひひ、へへへへへ」
 どうしよう、リュックが壊れてしまった。あと耳がくすぐったすぎるから笑わないでほしい。
「どした?」
「何だよ、気持ち悪いな」
 笑い声を聞きつけて皆も立ち止まるけれどリュックは言語機能を失ったままだった。

 追い打ちをかけるように、行く手に落ちる雷。
「ひいいっいぃやぁああ〜っ!! やだ! もうやだぁ! そこで休んでこうよ、ね! ね!?」
 左腕を私のお腹に全力でめり込ませてしがみつき、リュックは右手で旅行公司を指している。
 待って力緩めてくれないと胃袋を吐きそう。
「ここの雷は止むことがない。急いで抜けた方がいい」
「知ってるけどさ〜! 理屈じゃないんだよ〜!」
 もはやリュックは完全に立ち止まってしまった。つまり私も動けない。

「……だってさ、どうする?」
 ティーダが尋ねると御一行は互いに目を合わせ、無言で相談し合う。
 そして情け容赦もなく歩き出した。
「頼むよ〜! 休もうよ、ね? お願い!」
「っていうか私も置いて行かれそうなんですけど」
「こんなにヤだって言ってるのにさあ……ヒドイ……ヒドイよ……」
「まあそうだよね。どうせ私は武器も持ってないし、持っててもどうせ弱いし」
「うっ、うっ……血も涙もないよ……」
「役立たずはこんなとこに置き去りにするっきゃないよね〜、ハイハイ分かりました〜」

 ネガティブ波状攻撃に耐え兼ねて一行は立ち止まる。
 特にワッカとルーとユウナは効果覿面だった。
 ティーダが「どうすんだよ」とアーロン様を窺う。
「いいんじゃない? 一気に抜けようとしたら集中力も切れちゃうだろ。一晩でも休んだ方が安全に進めるって」
「アーロンさん……」
「已むを得んな。うるさくて敵わん」
 斯くして旅行公司に一泊することになり、私もやっと背後霊リュックから解放されたのだ。

 公司に入るなり、ユウナはフラフラとカウンターに向かう。
「少し、疲れました……。お部屋はありますか?」
「あ、召喚士様ですね。どうぞあちらをお使いください」
 そのまま振り向きもせず部屋に引っ込んでしまった。
「おーい、ユウナ?」
「らしくないわね」
 いろいろあったから疲れが溜まってるんだろう。ユウナのためにも、公司に寄ったのはよかったかもしれない。

 屋根の下に入ってもなお雷にビビりまくるリュックを宥めていたら、奥からオーナーらしきアルベド族が出てきた。
「これはこれは皆さん、我が旅行公司にようこそ」
 しかもティーダたちと知り合いらしい。
 ワッカも彼がアルベドだと知ってるようで、あからさまに彼から目を逸らしている。まあ……噛みつかないだけ進歩かな。

「……おや?」
「し〜っ!」
 で、もちろんリュックとも知り合いなんだね。
 黙ってての合図を察して彼はリュックを知らないふりをする。
 そして視線は別の方向へ。

「もしや、アーロンさんでは? ご記憶にありますでしょうか。十年前……ブラスカ様のナギ節の初めのことです」
「ああ、世話になった」
「いえいえ、放っておける状態ではありませんでしたので」
 んー?
「翌朝あなたの姿が消えていたのには驚きました。常人ならば歩けないほどの傷でしたのに」
「悪いが……その話は止めてくれ」
「かしこまりました」
 ものっすごく気になる会話だったんだけど。なに今の。

 よくよく考えたらアーロン様って、何者なんだろう。いや伝説のガード様ってのは置いといて。
 ブラスカ様のナギ節が訪れて十年間、彼はどこにも姿を現さなかった。
 ティーダのザナルカンドにいたというなら誰も行方を知らなかったのは無理もないとは思う。
 でも彼は、どうやってそこに行ったの? とうのティーダですら帰り方が分からないのに。
 今の会話を聞く限り、ブラスカ様がシンを倒した時にアーロン様も重傷を負っていたようだし。

 十年前に何があったのか。
 どうして今、ティーダをシンの元へと導き、スピラに連れてきたのか。
「……」
 私の視線に気づいて、アーロン様はサングラスをかけ直した。
 異界でのこともある。知られたくないことなら、無理に聞くのは止しておこう……。

 それはさておき、部屋割りをどうしようかな。
 ユウナはもう休んでしまってるし、全員に個室をとってる余裕もないし。
「大部屋が一つ、二人部屋が三つ空いておりますよ」
「うーん。男女で一部屋ずつってのは、人数的にキツいなぁ」
 大部屋に男どもを詰め込んで、私とルー、ユウナとリュックで分ければいいか。
 リュックはユウナと話す機会が欲しいだろうし、私は……ルーに前向きになってもらうチャンスだからね。




|

back|menu|index