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失えないから失わない


 旅をやめた身で寺院の世話になるわけにはいかないと言って、イサールはベベルの街にある生家に戻っていた。ガードをやめて行くところがない私も居候させてもらっている。
 家族水入らずのところに私が混じっていいのだろうかと少し不安に思う。
 イサールもマローダもパッセも、疑問を挟む余地もなく私を家族として迎え入れてくれたけれど……だからこそ余計に迷ってしまうんだ。
 やっぱり、話しておくべきだろうか。イサールだって究極召喚の代償を私に打ち明けてくれたのだから、私が消えることを黙っているのはフェアじゃない。

 ユウナさんの件がどう片づいたのかは分からないけれど、現状を見る限り寺院には彼女を追いかける余裕がなさそうだった。
 これまでエボン教を取り纏めてきた四老師が次々にいなくなったのでベベル宮は混乱に呑まれつつある。総老師は兵士を宥めるのに手を焼いていた。
 今のところイサールのもとに面倒が舞い込む事態には陥っていないけれど、時間の問題だろう。
 マローダは人手が足りない僧兵部隊の手伝いに出ている。パッセは近所の子供たちと遊んでいる。
 人には言えない話をするなら、二人きりで家にいる今が最後のチャンスだった。



 シンを復活させない方法が分かったと言うと、イサールは心なしか呆然としていた。
「でもそれを実行すると私は、なんていうか……私は消えちゃうんだ」
「え……?」
 自分では先を口にする気になれなかったのだけれど、イサールがどういう意味だと聞き返してくれたのでなんとか続けることができた。
 まずは究極召喚の真実を、そして祈り子から聞いたエボン=ジュの話、ザナルカンドとの関連性をなるべく率直に伝える。
 黙って私の言葉に耳を傾けていたイサールの顔色が悪くなっていく。

 始めは、私が究極召喚の祈り子になるならそれでも構わないと思った。
 マローダが命を捧げるのも、もちろんパッセが命を捧げるのもダメだ。二人とも生きててくれなければイサールが召喚士になった意味がない。だから私がやれば、それ自体は丸く収まると考えた。
 シンを倒すという彼の夢を一緒に果たせるなら死ぬのはそんなに怖くないと思った。
 でも、いつかシンになって自分の意思をなくして、マローダやパッセを殺してしまうかもれないなんて……イサールが守ったはずの世界を私が壊してしまうのは、嫌だ。
 だから結局のところ、ザナルカンドに行っても私たちは道を見失っていただろう。

 究極召喚では根本的な解決に到らない。エボン=ジュを倒すしかないんだ。
 目を塞がれていたから気づけなかっただけで、本当は始めからそうする以外に方法なんてなかったんだ。

「シンのいない世界……、それこそがスピラの民すべての願いだと思っていた」
「今だってそうだよ。そしてナギ節を実現するためには代償が必要になる。べつに何も変わってない。変える必要はない」
 召喚士の命で平和を購えば十年後には新しいシンが作り出される。夢の街を巻き添えにエボン=ジュを消し去れば、もうシンは蘇らない。
「召喚士の代わりに夢の住民を捧げて……、永遠分の代償を先払いするようなものだよ」
「……辛い話だな」
 今までとこれから先の未来で死んだかもしれない召喚士たちのことを思えば、どっちだって同じだ。

「僕ら召喚士は自分の死を受け入れ、覚悟を決めて旅に出る。だが君は……君の故郷の人たちは、何も知らないんだろう?」
「それは……まあ、うん」
 今も彼らはエボン=ジュが見る夢の中で生きている。あの夜の襲撃に巻き込まれていなければ私もそこにいたはずだ。存在ごと消え失せる瞬間まで、何も知らずに。

 自分の命を捨てる覚悟ならできる。でも故郷をまるごと生け贄に捧げるような真似……私には……。
「ううん、逆なんだよ。ザナルカンドを犠牲にしてスピラを救うんじゃなくて、スピラの人たちを犠牲にして私たちが生まれたんだから」
 預かっていた命を返すだけ。戦争に負けたザナルカンドが暴挙に走るよりも前の時代に、帰るだけ。
「私のザナルカンドも、シンも、元々は存在しなかったんだから。元に戻るだけだよ」
 我ながら情けないことに声が震える。イサールは何も言わずに私の手を痛いほど強く握ってくれた。

 血の通った体。現実と寸分違わぬ夢。楽しければ笑い、悲しければ涙が出る、ごく普通の人間だ。けれど私たちが存在しようとする限り、シンもまた永遠に蘇る。
 エボン=ジュが……永遠を夢に求めたなら、悲しいとか淋しいとか死ぬのが怖いとかそんな感情、私たちに与えなければよかったのに。



 日没を過ぎたベベルの街は美しい。聖ベベル宮の立派な鐘楼も宿屋の煙突もシルエットになってしまえば変わらないように見えるから。
 すべてが紅く染まり見分けのつかない影を落とす黄昏時。
 みんな一緒。いつもと同じ、変わらない日々。それはとても尊いものだ。
 何を犠牲に払っても手に入れたくなるくらい、大切なものなんだ。

 マローダとパッセが帰ってくるのを待ちながら、私はイサールが入れてくれたお茶を飲みつつぼんやりしていた。
 意外なようなそうでもないような、イサールは料理が下手だ。旅の間はマローダが食事の準備をしてくれていたから気づかなかった。
 本当に召喚士の修行だけに打ち込んで生きてきたんだろう。イサールはそれ以外のことを基本的に何もできない。
 でも、お茶を淹れるのだけは上手だ。従召喚士を目指す傍ら僧官としての作法も学んでいて、その時に教わったらしい。

「召喚士が廃業になっても僧官としてやっていけそう?」
「ああ……いや、僕はたぶん、また旅に出ると思うよ」
「え、そうなの?」
 それこそ意外だ。ベベルに引き返して以来、イサールは召喚士をやめて別の生き方をするつもりでいるように見えたのに。そう言ったら彼は困ったように微笑んだ。
「エボン=ジュのことを聞くまでは僧官になろうと思っていたよ」
「……私のせい?」
「ある意味では。ミトラが……ここにいないなら、また計画を練り直さなくてはいけない」
 それは申し訳ないと思うけれど、私がイサールの計画とやらに組み込まれているとは考えもしなかった。

 もしこのままでいられたら。私が消えずに存在し続けられるなら。イサールは僧官になり、私はマローダに弟子入りして将来はベベル宮の警備兵にでもなって……。
 できればイサールの奥さんになり、いずれ子供が生まれて、お父さんとお母さんみたいに賑やかな家庭を作ってみたかったな。

 じっと私を見つめてイサールが言った。
「やはり、ザナルカンドに行こうと思うんだ」
「えっ? 旅を再開するの?」
 私がエボン=ジュの話なんかしたせいかと焦ったけれど、彼は「すべてが終わったらの話だ」と首を振る。
「そこが本当はどんな場所なのか、曇りのない目で見ておきたくてね」
「……そっか。いいことだと思うよ」
 厳密には私の故郷ではないけれど、そこからすべてが生まれたんだ。夢が始まり、終わる場所。自分の目で見て知るのは大切なことだ。

 確かに、エボン=ジュがいなくなったらイサールにザナルカンドを見てほしいと私も思う。
 最果ての地にあるのは死者の悲しみだけではない。
 だってそこにいた人々が夢見たのは私のザナルカンドなのだから。

 音と光を際立たせるためにスタジアム周辺の照明が落とされて……期待を煽る。
 スポットライトに照らされながら幻光虫を溶かし込んだスフィア水が一気に溢れ、熱狂の舞台を形作っていく。
 夜の闇に浮かび上がる、あの幻想的なスフィアプール。乱反射する光の海を泳ぐ選手たちは色とりどりの熱帯魚みたい。
 目を閉じれば手触りまで思い出せそうなほど今でもはっきりと覚えている。

 かつてはその地に生きている人がいた。
 昨日を振り返ることなく今日を楽しみ、明日を待ち焦がれる人々が生きていた。
 ザナルカンドの本当の姿を誰かが覚えていてくれるなら、消え去って忘れられるだけの儚い夢ではなく、せめて思い出になれるだろう。




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