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夢を見るのは悪いこと?


 ナギ平原に降り立った召喚士の行動は様々だった。
 自分のガードを探すために引き返す者、一人で平原を北進する者、旅行公司で休む者、誘拐を転機に旅をやめると決めた者。
 そしてイサールは、グアド族の行いについて寺院を問い質すためベベルに戻る決断をした。
 知らん顔して旅を続けてしまえばいいのにそうはできないのがイサールらしさ。本当に、生真面目すぎて不器用な人だ。

 ベベルの街はいつも通り、聖ベベル宮はドームの一部が破損しているのを見ないふりすれば穏やかなものだった。
「それにしても、やけに静かだね」
「アルベドの人たち来なかったのかな〜?」
「穏便に話し合いが済んだならいいんだが」
「んなわけねーって。あの血気盛んなやつらが事を穏便に終わらせるもんかよ」
 仮にユウナさんを取り戻せたなら今頃は慌ただしく兵士が行き交っているはずだ。この静けさは、話し合いがティーダたちよりも寺院にとって望ましい結果に終わった証拠かもしれない。

「僕はマイカ総老師に事情を聞いて来る。その間、街で待っててくれ」
 平然と言われてマローダが憤慨した。パッセもよく分からないまま眉を吊り上げる。私は……、どうしよう。

 アルベド族を襲撃したのがシーモア老師の独断なのか、それとも寺院の合意を得てのことなのか、私たちには知り得ない。
 ただ今こうしてベベルが落ち着き払っている以上、グアド族が処罰を受ける流れになったとは思えないんだ。
 危険が待ち構えているであろう場所にイサール一人で行かせるのは避けたかった。でも彼はあくまでも一人で行くと言い張る。

「最悪の場合は僕もユウナ君と同じ道を行くかもしれない」
「総老師の出方によっては、反逆者になるかもしれないってこと?」
「ああ。覚悟はしているよ」
 それはあんまりお勧めできないな。

 襲撃の裏にある真実がどんなものであれ、すでに反逆者の烙印を押されているらしいユウナさんとイサールでは事情が違う。
「馬鹿真面目な優等生が無理して反抗したって、いい結果になりません」
「ば、馬鹿真面目……?」
「ミトラ……俺でさえ遠慮したってのに、面と向かって言うか?」
「だって事実だもの。イサールには反逆者なんて似合わない」
 それにベベルは彼ら兄弟の故郷なんだから、下手を打った時に失うものが多すぎる。

 ガードの猛反対を受けてもイサールの意見は変わらなかった。誠実で正直で真面目で、そのうえ頑固なのが彼なんだ。
「その場で何かを決断するつもりはないよ。ただ、何が起きても迅速に動けるように、待っていてほしいんだ」
「……石頭」
「手厳しいな、ミトラは」
「まあ……、兄貴なら頭に血がのぼって総老師に喧嘩をふっかけたりしねーだろうし、大丈夫だろ?」
 マローダが牽制すると、イサールは「穏便にやるよ」と笑う。くれぐれも勝手に無茶するなと互いに念を押して、私たちは渋々ながら引き下がった。


 一人で聖ベベル宮の奥へ向かう背中を見送り、私たちは街に降りることにする。
「ユウナさんはどうなったと思う?」
「さあな。反逆者ってのがマジなら、良くて追放、悪けりゃ投獄ってとこか」
 彼女の人柄はよく知らないけれど、少なくともティーダなら牢を破って脱走くらいするだろう。
「仮に彼女たちが逃げ出したら……」
 寺院は追跡と討伐を求めるに違いない。たとえば、お人好しで頼まれると断れない召喚士とかに命じて。

 偶然にもマローダと私は同時に大きなため息を吐いた。たぶん考えてることはまったく同じだ。
「大罪人が入れられんのは、おめーが入ってた牢とは違う“浄罪の路”ってとこなんだよな」
「ふぅん。もちろん逃げるのは難しいんだろうね?」
「ああ。それに万が一脱走者が出ても捕まえやすいように、地上に通じる出口は一つっきりだ」
 ナギ平原に向かって伸びるグレート=ブリッジの近くを指してマローダが言った。なるほど。そこからだったら、たとえ脱走者がベベルを逃れてしまってもナギ平原にしか行けない。

「出発前はじっくり見て回れなかったし、せっかくだから私はベベル宮を観光して行くよ」
「あー、そうだな。俺らは一旦うちに帰っとく」
 ぼくも行くと言おうとしたパッセの口を塞ぎ、マローダは弟を引き摺るように街へと降りて行った。
 仮に総老師が“何か”を依頼したとして、イサールは断れないだろう。そしてその件を決してパッセには知らせたくないだろう。
 兄と弟のためにマローダが身動きとれないのなら、イサールを守るのは私の役目だ。



 召喚士ユウナは無罪放免で旅に戻りました。アルベドとグアドの騒動は単に種族間の対立であり寺院は関与しません。……なんて拍子抜けする結果でも、私はいっこうに構わないのに。
 グレート=ブリッジの欄干にもたれてイサールが戻って来るのをじっと待つ。
 でも彼より先に別の人影が姿を現した。

 フードを目深に被った少年。聞き覚えのある硬質な声が響く。
『僕のこと、覚えてる?』
「……ベベルの牢にいた。私が雷平原で意識を飛ばした時も……」
 まだ他にもあった気がする。この少年をよく知ってる。
「もしかして、ツルギ?」
 そう尋ねたら、少年は唇を引き結んだまま頷いた。
 ベベル宮の地下で聞いた不安を掻き立てるボーイソプラノ。華奢で小柄な体つきは全然似ていないのに、少年の気配はイサールが呼び出す召喚獣ツルギとそっくりだ。

 外見の年齢にそぐわない妙な雰囲気も祈り子だというなら納得できる。私が一時ザナルカンドの夢を見た時、雑踏の中にその姿を見たことも。
『祈り子は夢見る者。だから夢の世界にも行くことができる』
「夢の世界……」
 それは私の故郷を言い表すのにピッタリな言葉だと思えた。
 スピラに立って思い浮かべるザナルカンドはまるで緻密に書き込まれた夢物語のようで……、記憶のすべてに現実感がない。

「ねえ、祈り子なら分かるでしょう、ジェクトがシンっていうのは事実?」
『今代のシンは、確かに彼だよ。召喚士と絆を結んだガードは命を差し出して究極召喚の祈り子になるんだ。召喚士はかつてのガードを召喚して古いシンと戦う』
「……なるほど。そしてその究極召喚獣が十年かけて新しいシンになるわけだ」
 なんとも酷い仕組みだけれど、それでシンが十年ごとに復活する理由は分かった。

 考えてみれば、祈り子を尋問すれば答えなんて簡単に得られたんだ。彼らはシンが生まれた時代をその目で見ているのだから。
「私の故郷と大昔スピラにあったザナルカンドとは別物?」
『そう。君のザナルカンドは夢。君も、あの子も、ジェクトも……みんなエボン=ジュが作り出した夢なんだ』
 それについては淡々と、ああそうか、と思っただけだった。

「そのエボン=ジュっていうのは何?」
『エボン=ジュはザナルカンドの召喚士だった。今も変わらない。ただ召喚を続けているだけの存在。悪意も敵意もなく、永遠の夢を願うだけの存在』
 シンはエボン=ジュを守る鎧であり、究極召喚獣の肉体を奪って新たなシンに作り替えている真犯人こそがエボン=ジュだと祈り子は言う。
 あとひとつ、もう予想はついてるけれど一応は聞いておくべきことがある。
「エボン=ジュが召喚しているものとは?」
『……ザナルカンド』
 私の故郷。エボン=ジュが召喚している夢の街か……。

 なぜそんなことになったのか。どうして街を召喚しようなんて途方もない夢を抱いたのか。聞こうと思ったけれど、興味が失せた。
 私は自分が“誰かの夢”なのだと理解した。すんなり納得してしまったから、他のことはどうでもいい。
「じゃあ、エボン=ジュを倒せば新しいシンは作られないんだ。究極召喚を使って召喚士とガードが死ぬこともない」
 こうしてみると馬鹿みたいに単純な話だったんだ。

 シンを倒してもイサールが死ぬことはない。ましてやマローダやパッセが次のシンになる必要もない。
 それならいい。召喚主であるエボン=ジュがいなくなり、私たちの故郷が消え失せるとしても。
 私自身がいなくなるとしても……。
 始めから“私”なんてものは存在しなかったのだとしても。

 ただひとつ腹の虫がおさまらないのは、なぜ真実がもっと早く明らかにされなかったのかということだ。
 祈り子はシンの正体も倒し方も知っていた。なのに自分たちの夢を捨てきれず、スピラの人々を犠牲にし続けて来た。
「どうして今になって私に秘密を明かしたの?」
『僕たちは……、もう夢を見るのに疲れたんだ』
「へえ、それはそれは、ご苦労様でした」
 発する言葉の一音ごとに毒を含ませても祈り子は表情すら変えずに聞いていた。
 千年の間、召喚士はずっとシンを倒すことだけを志して祈り子に会いに来た。いつだって彼らに真実を教えてあげられたのに。

「私はあなた達を憎みます。憎しみごと消し飛ばされてしまうかもしれないけど、身勝手な感傷のために世界を一つ作り出して飽きたら滅ぼそうとするあなた達を、絶対に許さないから」
 故郷に残して来た家族や友人知人の顔が頭に浮かぶ。消えたくないし、彼らを消したくない。でも夢のザナルカンドを存続させるほど、スピラには死の影が色濃く落ちるんだ。
「私の憎悪をすべての祈り子に伝えて。そしてみんなで後悔を分かち合って、願わくば苦しみ悶えながら死んでください」
 神妙に頷くと少年の姿をしたそれは景色に滲むように消え去った。軽はずみな謝罪の言葉を口にしなかったことだけ評価する。

 でも、彼らはとっくに死んでいるのだったか。それならお望み通り夢も見ずに消えてしまえばいいんだ。
 何も知らない、自分が本当は“生きていない”ことさえ知らずに消えてゆくザナルカンドの人たちと共に。




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