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貴方に尽くします


 イサールがビサイドの祈り子との交信を終えた時、まだ夕暮れまで間があったのでそのまま連絡船でキーリカに引き返そうと決めた。休憩する暇もなく。
 言い訳したくはないけれど、自分を責めたら他の仲間も責めることになってしまうから認めよう。私たちはみんな疲れていた。
 視界から不意にパッセの姿が消えたのを認識した時にはもう遅かったんだ。

 次の瞬間、意識を失ったパッセを抱えた男が私たちの前に現れる。
 ゴーグルで顔は分からない。でもマローダが口の中で「アルベド族」と呟いた。
 その男は私たちによく見えるように、ぐったりしているパッセの喉元にナイフを突きつけた。

「アネキセロキテエザ、ミフヨソムチテ」
「くそっ、どういうつもりだてめぇら!?」
 突然現れた不埒者に噛みつきそうな勢いのマローダをイサールが引き留める。
「落ち着け。眠ってるだけだ、怪我はない」
「今そうだとしたって悠長なこと言ってられねーだろ!」
 私はと言えば、敵の要求を理解するためにアルベド語辞書を必死でめくっているところだった。ミヘン街道で押し売りにあったのだけれど、こうなると買っておいてよかった。

「えっと、パッセを返してほしかったら指示に従えって言ってるみたい」
「んなもん翻訳しなくたってあれ見りゃ分かる!」
「確かに……ごめん」
「マローダ、ミトラに当たるんじゃない」
 人質をとるくらいだから何か要求があるのだ、それを聞く前からいきなり危害を加えたりしないとイサールが言う。
 彼の冷静な声を聞いて、マローダも私も落ち着きを取り戻した。

 よく見ればイサールの言う通り、パッセは眠っているだけらしい。場違いなほど穏やかな寝息が聞こえて来る。
「抵抗はしない、指示に従うよ。……だから、パッセを返してくれないか」
 再び辞書に目を向けて、イサールの言葉を誘拐犯に伝える。
『我々、抵抗しない。子供、返して』
 片言ながらもアルベド語で話したのがよかったのだろう、誘拐犯の腕から緊張が消えた。それでもまだナイフが光っている。

『乱暴な真似はしたくない。俺たちの船に乗ってくれ。仲間と合流したら、この子は無事に返す』
 思いの外やさしい声音だった。少なくとも彼自身はパッセに怪我をさせたくないと思っているようだ。
「船に乗ったら、無事に返してくれるって」
 もちろん私たちが従わなければ彼に辛い決断をさせてしまうかもしれないけれど。

 自分の得物、私が腰に提げた剣、イサールの錫杖、そして熟睡しているパッセを順に見やって、マローダが唸った。
「あちらさんは一人だろ。さっと仕留めりゃどうにか……」
「ダメだ、危険すぎる」
「私も大人しく従った方がいいと思う」
 見えないところに別動隊が隠れてる可能性もある。ここからではビサイド村に助けを求めても声は届かないだろう。
 もし戦闘中に新手が現れて対処に手間取り、パッセに何かあったら。あるいは分断されてイサールだけ誘拐されたら、それこそ最悪だ。

 無理に抵抗するのは得策じゃない。
「ガードごと攫ってくれるというなら、その方がまだマシだろう。彼と一緒に行こう」
「くそっ! ……分かったよ」
 そして私たちは、武器をその場に残してアルベド族の後をついて行くしかなかった。



 高速艇が動き出したところでアルベド族は約束通りパッセを返してくれた。
 あちこちで召喚士を誘拐している犯人が彼らだと判明したわけだけれど、危害を加える意図があってのことでもなさそうだ。
 パッセはイサールの膝にもたれて眠っている。弟が戻って来たのでマローダの怒りも静まった。

「ガードが三人もいるってのに、まさか俺らを狙って来るとは思わなかったぜ」
 自嘲気味に笑うマローダをイサールが慰める。
「前向きに考えよう。ビサイドより南に連れて行かれることはないはずだ。祈り子との対面はもう済んでいるし、どこに連れて行かれるとしても北に戻るのと然して変わらない」
「前向きっつーより楽観的なんじゃねーの、それ」
 怒り終わって今度は困惑中のマローダはともかくとして、パッセが人質にとられた時よりも蒼白な顔をしているイサールが心配だった。
 手元の辞書で「船酔いに効く薬をください」はアルベド語で何というのか調べておくことにする。

 今日は波も静かだったのに船体の揺れがやけに激しい。かなりのスピードで目的地に向かって疾走してるみたいだ。
 さっきアルベド族の一人が『すぐ陸地に着く』と伝えに来た。強引な手段を取ったわりに彼らは平然としている。これが悪質な誘拐だって自覚がないのかもしれない。
 パッセにナイフを突きつけた青年以外、船に乗ってる人たちにはまるで罪悪感がないんだもの。


 数十分ほどでパッセが目を覚ました。
「ん〜……あれ? ……ぼくたち船に乗ってる? リキ号じゃないの?」
「アルベド族の船だ。彼らが送ってくれるらしい」
「ふぅ〜ん?」
 不思議そうにしつつも眠いせいかパッセは深く考えずに納得した。そして頭がはっきりしてくると探検と称して船室から飛び出してゆく。
 甲板に出なければ好きなところに行っていいとアルベド族が許可してくれたので、私もその辺を散策することにする。

 まだ空が夕焼けに染まる前、アルベドの高速艇はどこかの島に到着した。白い砂浜から離れるとその延長みたいに砂漠が広がっている。
 あまりに雄大すぎる光景を前にして、すぐには帰してもらえないのだと嫌でも悟った。


 しばらく歩いたところで地鳴りに足を止める。アルベド族が慌てて武器を構えて辺りを見回した。
『くそっ、海岸線まで出てきやがったのか』
『警戒しろ! 召喚士を守れ!』
 地面が盛り上がり、砂が滝のように零れ落ちる。そのあとに姿を現したものを見て肌が総毛立った。
「巨大ミミズ……」
 グロテスクだ。正直アルベド族に気を許しつつあったのだけれど、あれを見ると「酷い場所に連れて来られた!」という怒りが芽生えた。

 スピラでは禁じられた機械、といってもザナルカンド育ちの私から見れば旧時代的な銃でアルベド族が応戦する。残念なことにぶよぶよの体は弾を寄せつけなかった。
「兄ちゃん、召喚しないの?」
「でっけえ魔物には氷属性ってのがセオリーだよな」
 弟二人の視線に耐えかねたイサールは、なぜか私をちらっと窺ってから緊張の面持ちで召喚獣を呼び出した。
 ついに一度も呼ぼうとしなかった、マカラーニャの召喚獣を。

 氷の女王といった雰囲気の彼女を「召喚獣」と呼ぶのはなんだか気が引けた。文字通り雪のような白い肌の彼女は魔物の巨体を一息で凍りつかせ、打ち砕く。
「おぉ〜……」
 私たちガードとアルベド族それぞれの口から感嘆が漏れた。
 強いうえに、とても優美だ。イサールはどうして彼女を呼びたがらなかったんだろう?

「ねえねえ、なんて名前つけたの?」
 その強さに興奮気味のパッセが袖を引いて尋ねると、イサールは諦めの息を吐いて小さく答える。
「ミトラ」
「はい?」
 急に呼ばれて返事をしたら、彼は困り顔で見つめ返してきた。
「身近に女性がいなかったから、他に思いつかなかったんだ」
 それはつまり……今の召喚獣に「ミトラ」って名前をつけたという。あの強くて優美でセクシーなお姉さんに。

「あー。だから召喚すんの渋ってたのかよ」
「あんまりミトラと似てないね」
「パッセ!」
「ごめんね、私もあんな悩殺スタイルならよかったのに」
「そ、そういう意味で名づけたわけじゃない!」
 ともあれ、砂漠の魔物にとっては脅威である氷属性の召喚獣が解禁されたのでそこからの道中は安全だった。


 誘拐犯の目的地は島の真ん中にあった。ザナルカンド郊外にありそうなボロアパートが密集している、アルベド族の隠れ家だ。その地下の一室に連れて行かれる。
 部屋の中では攫われた他の召喚士たちが心許なげに私たちを見ていた。
 アルベド族が部屋を出て行くと、マローダが途方に暮れたように呟く。
「こりゃ、まずいことになっちまったな」
 彼らが召喚士を集めている意図は私にもなんとなく分かった。それで彼らは罪悪感を抱いていなかったんだ。自分のやってることは人助けであり正義であると思い込んでいたから。

「こんなに召喚士がいれば召喚獣と黒魔法で建物を破壊して脱出できるんじゃない?」
「あまり気が進まない。彼らの意図を理解すると余計にね……」
「それに、こっから出たところでどうやって海を渡るんだよ。俺らもアルベドを人質にして船を操縦させるか?」
「さっき乗って来た船なら私が動かせるよ」
 どうせ“エボンの民”には見られても平気だと高を括っていたのだろう。
 生憎と私も誘拐犯に「私はザナルカンド出身で機械の扱いに慣れてます」なんて教えてあげるほど馬鹿ではないから、黙って彼らが操縦するのを観察していた。

 ここを出て旅に戻ることもできる。でもイサールは頷かなかった。
「僕らが脱出しても次は別の召喚士が攫われるだろう。もう少し様子を見て、できれば彼らに考えを改めてもらいたい」
「まあ、俺は兄貴の判断に任せるよ」
「そっか……そうだね」
 向こうが先に召喚士の意思を無視して行動したのだから報いを受けても仕方ないと思う。けれど私にとって大切なのはイサールが好きなように歩いていくこと。
 彼がアルベドとの話し合いを望むならガードはそれを手伝うだけだ。




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