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緋色の美


 ポルト=キーリカに到着したのは昼過ぎのことだった。簡素な水上コテージで食事をとって鬱蒼とした森を抜け、キーリカ寺院が見えて来る頃には夕暮れが近づいていた。
 石段から島を見下ろせば海が燃えているかのような光景に目を奪われる。
 つい先日はシンの襲撃によって大きな被害を受けたと聞かされたばかりだから、快い感動というわけにもいかなかったけれど。
 それでも、そこに数多の悲しみが孕んでいるとしても、やっぱり美しいものは美しかった。

 キーリカ寺院の祈り子は炎の力を司っているらしい。この島は確かにルカの街より暖かい。
 マカラーニャ地方が祈り子の放つ冷気のお陰で雪に埋もれているのと同様に、ここでは炎のエネルギーが島の周りの空気を暖め、雨を降らせて豊かな自然を作り上げているんだろう。
 そんな話をしていたらイサールたちに博識だなんて感心されてしまった。博識……私の家族が聞いたら吹き出しそうだ。

「私はイサールが雨の仕組みを知らないことの方が意外だよ。召喚士って、そういう勉強はしないの?」
「僕らは召喚術を学ぶので精一杯だからね。精々が黒魔法なり白魔法なりの習得に努めるくらいだ」
「なるほど」
 身を守る術を会得することが最優先とされる世界では、知る必要のないことを知る余裕がない。



 キーリカ寺院の試練はジョゼにも増して簡単だった。南に行くほど仕掛けが単純になっているようなのは気のせいだろうか。
 壁を燃やしたり炎の海が広がったり、派手で豪快な演出が多いのでマローダとパッセが喜んでいた。

 復興の途上にあるポルト=キーリカには旅人を泊める場所がまだ足りていない。なので今夜は寺院で眠らせてもらい、船に乗るのは明日ということになった。
 パッセたちは一足先に休んでいるけれど、イサールと私は寺院の外で夕焼けを眺めている。
 どうして二人きりになったんだっけ。マローダにうまく誘導された気がする。彼は私がルカで掴んだチャンスを活かせなかったことに不満を抱いていた。

 何を話せばいいのやら。
「あ……ところで、マローダってキーリカ出身の人みたいだよね」
 兄や弟と違って健康的に日焼けしてるし、ベベルよりも開放的なキーリカの若者と雰囲気がよく似てる。といっても私はベベルの一般的な若者がどんな容姿と性格をしてるのかあまり知らないけれど。

 イサールが幼い頃から召喚士を志していたように、マローダも兄のガードになることを昔から決めていたらしい。目指すところの違いが外見を変えていったのかと思っていた。
 でもその想像はイサールの言葉によって覆される。
「祖父か曾祖父だったかは忘れたが、先祖の誰かがキーリカ出身だと母から聞いたことがあるよ」
「えっ? そうだったんだ」
 思ったより単純な理由だった。

 それにしても祖父母や曾祖父母を『先祖』と呼ぶのは、なんだか私には仰々しく感じてしまう。
 ザナルカンドでは曾爺さんがまだ生きてるという友人もいたんだ。お祖父ちゃんやお祖母ちゃんは身近な『家族』だった。
 でも兄弟姉妹や親だって一緒に生きられるのが珍しいスピラでは、二つ離れた世代も『遠い先祖』なんだ。

 港から寺院にのぼってくるまでに、シンの襲撃で家族を亡くした人をどれだけ見ただろう。
 親を亡くした子供、子を亡くした親、そして時々は祖父母を亡くした人たち、もっと稀なのは、孫を亡くしたお年寄りもいた。
 先祖代々、辛うじて繋いで来た絆がある日突然プツリと消える。それが当たり前の世界……。


 昼食の時に店のご主人から近所の青年との結婚話を持ちかけられて驚いたのを思い出した。
 もちろん断ったけれど、イサールもマローダも平然としていた。私に誘いがあるのは当然で、実はマローダにも似たような話がいくつかあったと聞いてまた驚いた。
 シンに襲われた後なら尚更、結婚して子供を作るというのは急務なんだろう。切実に、必要なことなんだ。
 熱心に数を増やし続けないとスピラの人間はうっかり滅びてしまいかねない。

「イサールは召喚士になる前に結婚しようと思わなかったの?」
「いや、考えたことがないよ」
「でも好きな人とかいたでしょう」
 一人もいなかったと首を振る彼に、安堵と不満の両方を感じた。
「召喚士となって皆が平和に生きられる世界を作るのが僕の役目。家庭を築くのはマローダやパッセに任せればいいと思っていたからね」
「えっと、いつからそんなこと考えてたの?」
「マローダが生まれてすぐだから……二十年前くらいか」
「それはまた、子供の時から老成してたんだね」
 思わず口にしてから失礼すぎると慌てたけれど、イサールは「言われ慣れてる」と笑った。

「自分が子供だという意識はなかったな。だが、弟がいるにしては幼い方だったと思うよ。うちは僕らが自立できる歳まで両親が健在だったからね」
「私も弟妹がいるけど、そんなしっかりしてなかった。上にもいるせいかな」
「ミトラは兄弟が多いんだな。それだけで君の故郷が素晴らしいところだと分かるよ」
「まあ、スピラとは家族の在り方がちょっと違うけど」
 もちろん家族に愛情はある。弟妹を可愛く思う。でも年長者だからって義務感のような庇護欲はなかった。

「もっとみんな自分のことだけ考えてた。余裕があったんだって、今は思うよ……」
「それはとてもいいことだ。そうだろう?」
 もちろん私も同感だ。だからこそ、イサールがそうではなかったことが切ない。

 なんだか無闇にしんみりしてしまったところで、イサールが小さく呟いた。
「ミトラも結婚してなかったんだな」
「うーん……。まさか私に既婚者疑惑があったとは」
「君くらいの歳なら将来を誓った相手がいるのはおかしなことじゃない」
 スピラではそうなんだろう。この世界における婚期はかなり早い。
 出会った当初、イサールは私をザナルカンドに帰すべく「ガードになってくれ」と持ちかけて来たんだ。故郷に私を待ってる人がいるとでも思われてたのかもしれない。
 それは彼の優しさを現していると同時に、私が異性としてまったく眼中にない証でもある。

 よく考えると私の話って今まであんまりしていないんじゃないだろうか。

 母がブリッツの選手だったというのはルカを観光してる時に話した。せっかくだから続きを聞いてもらうことにする。
「父はスタジアムの公式アナウンサーで、ふざけた実況で試合を盛り上げるので有名だったんだ」
「面白そうだな。ザナルカンドでは試合内容以外の部分も楽しめるのか」
「でもある日その実況がツボにハマった母が試合中に笑い転げてたせいでチームが大負けしてね」
「そ、それは……」
 さぞかし怒られただろうというイサールの言葉に首を振る。逆だったんだ。その後すぐに母はチームをやめて父と結婚した。

 東地区の海岸沿いで生まれた母は厳しい競争を勝ち抜いて強豪チームに所属していた。なのに「この人といる方が楽しそう」と即引退を決意して、山と森に囲まれた北A地区にある父の家に引っ越したんだ。
「娘から見るとそんなに魅力的な男の人にも見えないけど、当時のお母さんにはブリッツ人生を捨てるほどの価値があったみたい」
「当時に限らず今も魅力的なんだろう。ミトラを見ていれば、いい御両親に違いないと分かるよ」
「うん……。ありがと。……なんか照れるね」
 あんまり自分で誉めるのもなんだけれど、賑やかで仲が良くて、いい家族だったと思う。

 でも本題はそこじゃないんだ。物心ついてから数えるのも馬鹿らしくなるほど繰り返し聞かされた両親の馴れ初め話をイサールに教えたかったわけじゃない。

「お父さんがもしスピラの人だったら召喚士になったんじゃないかな。自分の行いで誰かが笑ってくれるのを喜ぶ人だから」
「かもしれない。僕ら召喚士も、いわば誰かの笑顔を守るために命を懸ける商売だ」
「……えっと、母はブリッツ選手で、父は召喚士的精神を持つ人で、私は母と同じブリッツ選手で、ついでに言えば母親似だとよく言われました」
 それはもう聞いたという顔でイサールは不思議そうにしていた。うん、見当違いの方向にボールを蹴飛ばしてるのは自分でもよく分かってる。
「あの、つまり、私もお母さんに似て召喚士みたいな人が好きで……っていうか、私は、あなたが、好きです……って意味です……」



 太陽がすっかり沈んで夜を越えてもう朝陽が昇って来るくらいの時間が経った気がしたけれど、幸いにもまだ夕陽は水平線から半分顔を出してこっちを見ていた。
 ようやく私の言葉を理解したイサールが目を瞠る。
「ええっ!?」
「……そんなに驚く?」
「い、いや、すまない、遠回しに何かを言おうとしてるのは分かったんだが」
「べつにいいです。私が回りくどすぎたので……」
 恋愛なんてもっと気楽で軽はずみなものだと思っていた。こんなにも真剣な感情を誰かに伝えようとした経験がないから、最初から最後まで失敗してる。


 混乱から立ち直ったイサールが何かを言おうとしていた。私は、まだ返事をしないでとそれを制した。
「死なないでとか旅をやめてとか言って困らせるつもりはないです。私自身まだどうしたいのかよく分からなくて、だから」
 今は私がイサールを好きだという事実だけ、知ってほしい。そう言ったら彼はいつも通りの真面目な顔で頷いてくれた。

「正直あまり実感がないけど、しばらくしたら冷静になるだろう。……君の気持ちはすごく嬉しい。僕も、それだけは伝えておきたい」
「は、はい」
 今は、とりあえず今は、それだけ。だってこれ以上は顔が熱くて何も言えそうにない。
 夕暮れ時で本当によかった。頬の赤さを見咎められても夕焼けのせいだって誤魔化せるもの。




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