心の奥の小さな芽
ブリッツボールは確かに好きだ。でもそれは単純に趣味として好きなだけで、人生を懸けるほどの思い入れがあるわけじゃない。
学校に通い始める頃には周囲の友人たちはほとんどブリッツに傾倒していたし、特に自分の意思もなく流されるまま私もそのスポーツを楽しむようになっていた。
もちろん母親も選手だったからという愛着はあるけれど、大抵の人が父なり母なり兄弟なりに選手の経験があったから、それは何も特別なことではなかった。
ごく平凡かつ楽観的に、ザナルカンドに生まれた身として当然と言える程度に、ブリッツボールが好きなんだ。
山岳警備隊になりたいと思ったのは自分の意思だった。
ブリッツ選手に“なりたくなかった”わけでもないけれど、私はそれよりも手応えのある仕事がしたいと感じていた。
若者が抱く願いとしてはありふれていたと思う。自分が誰かの役に立っている、何らかの使命を果たしているっていう実感が欲しかったんだ。
私がジェクトのようなヒーローになれないのは分かりきっていたし、北A地区出身の選手なんてチーム存続の数合わせに過ぎなかったんだもの。
でも私は、その夢を諦めて曖昧な気持ちのままブリッツの世界に身を投じた。
とにかく私はブリッツが好きだったけれど、選手であることを誇りに思うほどではなかった。少なくともザナルカンドにいる間はそうだった。
ここスピラにおけるブリッツボールはその存在の重さからしてザナルカンドとは違っていた。観客の熱狂ぶりは同じようなのに、もっと切迫した情熱がある。
シンが容易く日常を壊していってしまうこの世界では絶望を忘れて夢中になれる時間が本当に尊いんだ。
初めてルカの街に足を踏み入れて、それを実感していた。ベベルからここまでこんなにも明るく賑わっている場所はどこにもなかった。
開幕トーナメントが終わってリーグ戦が行われている。私の目に留まったのは、船着き場でやる気のないトレーニングをしていたとあるチームだった。
「メンバー不足で試合に出られないんだって」
二十三年連続初戦敗退から強豪を破ってまさかのトーナメント優勝を果たしたという、いろいろな意味で奇跡のチーム。大会の規定人数を満たせずリーグ戦では休場を余儀なくされている。
「一試合だけ……出てもいいかな。でも時間ないよね?」
おずおずと見上げた私にイサールはいつものごとく寛大かつ優しい微笑で言う。
「構わないよ。僕も、ミトラがブリッツをしているところを見てみたい」
かくして私は約三週間ぶりにスフィアプールに入った。
相手はロンゾ・ファングといっただろうか。タフな選手ばかりでボールを奪えず苦労したけれど、機敏さではこちらが勝っていた。
とにかく先手を取って細かくパスを回すことで切り抜け、結果は三対二で辛うじてビサイド・オーラカの勝ち。
つい先日は念願の優勝を果たしたところだというのに、今日生まれて初めて試合に勝てたかのような彼らの喜びっぷりに私まで嬉しくなってしまう。
主要選手が抜けても勝ちを掴めたので、まぐれ当たりと思われていたオーラカの実力はある程度認められた。
臨時キャプテンをつとめているジャッシュも、これで追加メンバーを誘えば入ってくれるやつが出て来そうだと言っていた。
私もホッとしていた。いくら負けるのに慣れてる弱小チームでも、人数を満たせずに出場断念というのは心の底から無念なものだ。……それは身に覚えのある悔しさだったから。
パッセから熱烈で真っ直ぐな称賛を、マローダからは素直じゃなく遠回しなお祝いをもらい、イサールはいつもより少し熱の籠った声で誉めてくれた。
「ミトラ、格好よかったよ」
「そ、そう? ありがとう……」
ザナルカンドにいる時は練習も試合も気分の上で違いはなかった。そこまで熱心に取り組んでいたわけではなかったから勝っても負けても平静だった。
でもどういう経緯で始めたかは問題じゃなくて、充実感を得られるかどうかは自分の心持ち次第なんだ。
勝利を捧げたいと思える相手がいれば試合に傾ける情熱も高まった。彼らに喜んでもらえるなら本気でブリッツ選手をやるのも悪くないと思えてくる。
ふと思い立ったようにマローダが弟の頭を撫でた。
「パッセ、店回るか。せっかくルカに来たんだ、なんか欲しいもん買ってやるぜ」
「ほんと!? わ〜い!」
船の時間も気にせず走っていく二人をイサールは不思議そうに見送った。
「珍しいな。マローダはいつもお金にうるさいのに。パッセを気遣ってるのか」
「そ、そうかもね」
あれはどっちかというとパッセじゃなく私に気遣ってくれてるんだと思う。背中を押していると言った方が正しいか。
あくまでも自然な成り行きで私たちも二人で街を観光することになった。……デートみたいだとか、下手に指摘して否定されたくないから黙っていよう。
遊んでる場合じゃないのは分かってる。でも、イサールが常に急いでいるのは気になっていた。ジョゼ寺院を出てからは特にそうだ。
二週間くらいかかると見ていたキノコ岩からミヘン街道を十日で抜けて来たんだもの。他の召喚士と出会ったことが彼を焦らせているんだろうか。
ユウナさんはスピラ南端のビサイド島から真っ直ぐザナルカンドを目指して北上する効率的な旅をしている。ベベルから一旦南下してまた北に戻らなければいけない分、イサールの旅は時間に余裕がない。
ブリッツ選手のように激しいライバル意識を見せはしないけれど、彼の中には間違いなくユウナさんへの対抗心があった。
物心ついてからずっと召喚士になるための修行漬けで、娯楽に耽った経験なんてなかったという。
イサールは始めルカの街をどう楽しんでいいかよく分からない様子だったけれど、そのうち土産物屋を覗いたりシアターで面白げなスフィアを物色したりとリラックスし始めた。
この街は召喚士稼業とは無縁なんだと不意に思う。今のうちに、好きなだけ楽しんでくれるといいな。
スフィアモニターにスタジアムで行われているリーグ戦の様子が映っている。
さっき私も出場した試合の模様はもうすぐ記録スフィアに登録されて購入できるようになるらしい。そしてイサールはそれを買うつもりでいるようだ。
なんだか、ちょっとどころじゃなく恥ずかしい。お母さんが私の出た試合すべてをきっちり録画して自前で編集した永久保存版を作っていたのを思い出した。もちろん負けた試合も全部だ。
記録として手元に残されるなら、さっきの試合、ちゃんと勝てて本当によかった。
「ミトラがブリッツをしてる姿は、なんだか新鮮だったな」
「大して才能なかったってことが明るみになってしまいました」
「僕はそう思わなかったよ」
ベベルでも試合の中継を見たことがあるけれど、こんなに熱心に応援したのは初めてだ、とてもいい試合だったと念を押すように言われて頬が熱くなる。
気恥ずかしくなって目を逸らすと、開幕トーナメントのダイジェスト映像を見つけた。そこには私の前に所属していたビサイド・オーラカの選手が映っている。
ジャッシュによると、今は二人とも召喚士のガードをしているということだった。私もガードをやってると伝えて「すごい偶然だ」とみんなで笑ったのだけれど。
日に焼けた赤毛の元キャプテンに、ルカ・ゴワーズとの試合で鮮烈な活躍を見せた金髪の少年。……どっちもユウナさんのガードだった。
それどころじゃない、今シーズン急遽オーラカのメンバー入りをしたストライカーとは、あろうことかあのティーダだった。
私……エイブスのエースと同じチームにいたってこと……?
試合前にその話をしてなくてよかった。事前に教えられてたら緊張で動けなかったと思う。
新しい混乱に見舞われて、またしても目を逸らす。カウンターに並ぶ商品を眺めて心を落ち着けようと試みた。
各チームのファンに向けたPRスフィアには購入特典としてチームのロゴ缶バッチがついて来るらしい。
そこで変なことに気がついた。
「スピラって、いろんなチームがあるよね。私が戦ったのは、ロンゾ族のチームだっけ」
「ああ。シーズンが近づくと、彼らがベベルを通ってルカに向かうところを見かけるんだ。霊峰ガガゼトにはブリッツの練習をする設備もないし、試合のために遠くから来るのも大変だろうな」
「そう……遠くから……そうだよね。ブリッツの大会なんだから」
ルカ・ゴワーズはその名の通りこの街をホームとしている。キーリカとビサイドはこれから私たちが向かう島。アルベド・サイクスとグアド・グローリーも同じように普段は彼らの拠点に住んでいるはずだ。
遠くから、いろんなチームがやって来る。
違和感が一気に膨れ上がる。その根源が分からなくて奇妙な焦りが募る。
「おかしいな。ザナルカンドには他所から来たチームなんてひとつもなかった」
「だが、大会があるなら他のチームと試合をしていたんだろう?」
「東A地区エイブスとか、南C地区ダグルスとか。居住区ごとにチームがあるの。それが集まってトーナメントやリーグ戦が年中開催されてる」
「ザナルカンドのチームだけでトーナメントができるなんて、すごいな……」
しかし何が不思議なのかとイサールが顔を覗き込むのに、私は返事ができなかった。
ザナルカンドのチームだけでトーナメントができる。他所から来たチームなんてひとつもない。
私、ザナルカンドの外がどうなってるのか全然知らないんだ……。知らないことを変だと思わなかった。それがとても不自然に感じて仕方なかった。
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