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心地よい場所、君の隣


 ジョゼ寺院を出てしばらく、橋を渡っているところで背後から大きな音がして振り返る。ちょうど雷キノコ岩が開いているところだった。
 さっきの召喚士ユウナさんが祈り子と会っているんだろう。
 寺院から剥がれた岩は雷のエネルギーによって繋ぎ止められ、宙に浮かんでいる。
 祈り子が発する冷気でマカラーニャが極寒地帯となっているのと同じように、ジョゼ寺院では雷の気配が岩を引き付けてしまうのかもしれない。

 イサールが得た召喚獣の姿を想像してみる。きっと頑丈な鎧か鱗でも纏っていて、雷を帯びているのかな。どんな名前をつけたんだろう。そういえば……。
「マカラーニャ寺院で契約した召喚獣、まだ見せてくれないの?」
「え」
 顔を引き攣らせたイサールはどう誤魔化したものか必死で考えてるみたいだった。
 べつに見せたくないなら無理に召喚しろとは言わないけれど、どうしてそんなに隠したがるのかは少し気になる。

 兄の不審な言動を見たせいか、召喚獣の姿に然して興味を持っていなかったマローダとパッセも考え始める。
「兄貴のネーミングはド直球だからなあ。姿さえ見ちまえば一発なんだが」
「ベベルの召喚獣みたいに羽がはえてるのかな?」
「あんな感じなら私たちに隠す必要ないでしょう。マカラーニャの祈り子が女の人らしいから、召喚獣も人間の女性に似てるんじゃないかな」
「……そんなことより、早く行かないか? キノコ岩街道は長くて大変な道程になる。ぐずぐずしてる暇は、」
 誰もイサールの言うことを聞いてなかった。

「ヒトの形だったら、ツバサとかツメとかツノって名前じゃないよね〜」
「やっぱりオシリだったのでは……」
「おめーはその名前から離れろよ、ミトラ」
「女の人につけそうな名前ってなんだろー?」
「私に聞かれても。あ、そうか。女性名をつけたから呼びにくいってのはありそう、パッセ鋭いね」
「へへーん!」
「しっかし兄貴に女の知り合いなんかいねーぞ。それこそ母ちゃんくらいのもんだぜ」
「じゃあ“オカアサン”って名前にしちゃったとか?」
「そりゃ確かに呼ぶの恥ずかしいな」

 好き勝手に話し合う私たちに頭を抱えつつ、イサールは先に一人で歩き出してしまった。慌ててその後を追いかける。
 この先どこかで氷を苦手とする魔物が現れれば召喚することになるとは思う。でも、氷が苦手な魔物ってどんなところに出るんだろう?
 氷属性をものともしない魔物が極寒の雪原に多いのだから、その逆は単純に考えて極暑の砂漠か……。あんまり行きたくないかも。
 それはともかく、イサールに女性の知り合いなんていないというマローダの言葉を聞いて密かにホッとしてしまった。



 私たちの荷物は常に必要最低限に減らしているけれど、ここから海岸までは大きな手荷物が増えることになった。寺院で預かった補給物資だ。
 薬類はイサールが背負い、重たい担架はマローダが運んでくれる。二人の手が塞がっている分も私とパッセで魔物を警戒しなければいけない。
 ミヘン・セッションの直後には発見できなかった遺体も多く、何より大量の幻光虫につられて魔物が集まっているから、街道はいつも以上に危険だとの忠告を討伐隊から受けていた。

 私とマローダが先に立ち、イサールたちが後をついて来る。
 キノコ岩街道は物陰が多いのが難点だ。魔物が急に飛び出してくることのないように目を配っていたら、前を向いたままマローダがぽつりと言った。
「あのガードとなに話してたんだ?」
「ティーダのこと? ザナルカンドの知り合いだったから、ちょっとした思い出話をね」
「へっ?」
 あまりにも予想外だったらしく、思わず私を振り返ったマローダは慌てて前方の索敵に意識を向け直す。

 強いて疑っていたわけじゃないにしろ、私がザナルカンドからやって来たというのは彼らにとって今でも眉唾だったと思う。他にも同じ立場の人が現れて驚いたんだろう。
 ザナルカンドの知り合いと、スピラで会うなんてあり得ないことだった。マローダと同じくらい私だって驚いたんだ。
 私の故郷とスピラにおける千年前のザナルカンドは、時々……繋がってない気がしていた。
 もしかして単純に、シンの毒気にやられて夢を見ただけなのかもしれない。ザナルカンドなんて本当はなかったんだ。そう思ったこともあるのに、ティーダと再会してその仮説も崩れてしまった。

「あいつもザナルカンドから来たってーなら、もっと話したかったんじゃねえのか?」
「うーん。そこまで親しい人じゃないし。私はイサールのガードで、向こうはユウナさんのガードで、その仕事の方が大切だからね」
 ジェクトがシンだとかいう話も含め、お互いの知ってることを突き合わせて検討したい事柄がないとは言えないけれど。
 私もまだ結論を出せるほどの材料を持ってるわけじゃないから、現段階でティーダと長話をしたところで得られるものは少ないだろう。

 何かを言い淀むような顔をして、マローダはため息を吐いた。
「俺ぁまた、好みの男でも見つけたのかと思ってたぜ」
「私の好みはスポーツマンタイプじゃないです」
「あー……生真面目で頑固なやつが好きって?」
「それと、誰かの笑顔を大切にしてる人」
 人にはそれぞれ自分に合う居場所がある。今の私は、ザナルカンドよりも居たい場所があるんだ。


 イサールはその辺り鈍感だけれど、マローダはたぶん私の気持ちに感づいている。そして複雑な心境でいるようだった。
 きっと私の想いに気づいたらイサールの重荷になると考えてるんだろう。何でも背負い込んでしまう人だし、弟としてマローダはそれをよく知っているから。
 究極召喚を得る旅こそが召喚士の責務であり最優先すべき使命。それは分かるけれど、他のすべては個人の自由であるはずだとも思う。
 仮にイサールが誰かと恋愛したところで使命の邪魔にはならないだろう。
「もうすぐ死ぬから人を好きになっちゃいけない、ってことはないでしょ?」

 割り込むように魔物が現れたので会話を中断し、戦闘に集中する。
 パッセにねだられてイサールがジョゼの召喚獣を呼んだ。巨大な角を備えた勇壮な馬の姿。鎧こそ纏っていないものの筋骨隆々で頼もしい召喚獣だ。
 角から雷撃を放ちつつキノコ岩街道を駆け抜け、そこらにいた魔物を一掃してくれた。
 やっぱり召喚獣は強い。人間の戦士が地道に鍛練をするよりずっと強い。人知を超えた暴力の権化、シンを倒すには、絶対に召喚士の力が必要なのだと思わされる。

 はしゃぐパッセに微笑みかけるイサールを一瞥し、マローダは再度ため息を吐いた。あまり似てない兄弟だと思っていたけれど、こうしてみると何でも背負い込みがちな真面目さはよく似てる。
「ミトラを遺して逝くことになったら、兄貴だって辛いんじゃねえの」
「今だってマローダとパッセを遺していかなきゃいけないんだから辛いのは同じだよ」
「そりゃまあ……そうだな」
「別れる時のことだけ考えて想いを封じ込めるなんて、人生損するよ」
「はは! 兄貴が人生損してるってなぁ同感だぜ」

 それで未来に希望が見出だせるなら都合のいいことだけに目を向けるのも悪くはない。
 遺していくのが辛いからと誰も愛さないでいるよりも、そこにある愛を全うする方が、ずっと素敵なことだ。
 そしてイサールの想いが私に向けられたならとても嬉しく思う。それだけのことだ。

「あのな、勝手なこと言っていいか?」
「どうぞ」
「もし兄貴がミトラに惚れても、ぜってぇ自分からは言い出さねえと思う。つーかそれに気づけるほど器用じゃねーし。だから、お前から言ってやってくれよ」
「うーん」
 ちょっとハードル高いな。でも私だって、遠慮して黙ったままイサールがいなくなるのを待っている気はない。人間らしく報われたいって欲があるもの。
「頑張ってみます」
「頼りにしてんぜ」
 イサールはスピラに希望をもたらすために召喚士になった。死に向かう旅の中で、私が彼の安らぎになれたとしたら、どんなに幸せだろう。そこには悲しみや後悔の付け入る隙なんて始めから無いんだ。




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