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先に見るもの


 他の召喚士を知らない私には何とも言い難いことではあるけれど、イサールは才能がある方だと思う。
 ベベルでもマカラーニャでも祈り子との交信はごく短時間で終わった。寺院の僧官たちが驚いていたから凄いことなんだろう。
 人によっては祈り子と心を通じ合わせるのに一日近くかかったりするらしい。きっとイサールは気遣い屋だから他者の心に寄り添うのが得意なんだ。
 本人いわく異界送りは苦手なのだとか。召喚士の基礎スキルであるそれをなかなか習得できなかったせいで、従召喚士になるのに時間をかけてしまったと前に言っていた。


 マカラーニャ寺院が凍った湖の中にあったのも驚いたけれど、ジョゼ寺院はさらに異質な雰囲気だ。
 岩肌に貼りつくように建っていて、建物自体にも大きな岩がくっついている。あれは雷キノコ岩というものらしい。見た感じ雷要素がどこにあるのかは分からなかった。
「あの岩は召喚士と祈り子様が対話をしている間だけ開くんだ」
「へぇ。じゃあ私たちは見られないね」
 祈り子が心を開けば岩も開くということだろうか。ここの召喚獣は岩の性質を持っているのかと考える。

 なぜか私をじっと見つめていたイサールが、思いもしない提案をした。
「パッセとミトラは、外で待ってるかい?」
「えっ」
 寺院の屋根を熱心に凝視していたせいで雷キノコ岩が開くところを見たがってるんだと思ったらしい。
 マローダは「どーせ俺は試練の間までついて行かされるんだろ」って顔をしていた。パッセが期待に満ちた目で見上げてくるのに気が咎めるけれど……。
「私は召喚士イサールのガードだもの。試練の間までついて行くよ」
「あっ、ぼくも!」
 私の言葉にパッセが急いで同意すると、イサールは嬉しそうに「ありがとう」と言って笑った。

 寺院の中は慌ただしい雰囲気だ。偉い僧官から下っ端の女官まで全員が緊急の仕事に追われている。回復薬が到底足りない、という悲痛な叫びが耳に飛び込んで来てヒヤリとした。
 お決まりの案内をしてくれる人が現れないため勝手に奥へ進んでいいか迷っていたら、慌ててやって来た僧官長に「召喚士様を丁重に迎えられず申し訳ない」だなんて謝られてしまった。
 このまま突っ立っていて邪魔するのも悪いので、さっさと試練の間に向かうことにする。


 祈り子の性質なのかそれとも寺院を建てた人の性格なのか、場所によって試練の内容に個性があるのは面白い。
 ジョゼの試練は、バッテリーを嵌め込んで電気を流し、手順通りに機械を作動していくような印象を受ける。合理的なパズルだ。面白さはないけれどクリアすると一仕事終えた達成感があった。
 雪と氷を利用したマカラーニャの試練とはかなり違っている。あちらは牧歌的な雰囲気を感じた。
 外から見ると岩の印象が強かったのに、中に入ってみてここの祈り子は雷の性質を持っているようだと思い直す。

 今回もイサールは祈り子との対話に時間をかけず、すぐに部屋を出て来た。もう用事はないのになんとなく試練の間を離れたくない。
「優秀すぎんのも困りモンだよな」
「……すまない」
「べつに責めてんじゃねーけどよ」
「はやくおわったのに、ダメなの?」
「寺院に来るたんびに兄貴がすぐ出て来るから、観光してる暇がねえっつー話だ」
「兄ちゃん、サイノウがあるもんね!」
 無邪気に喜ぶパッセの笑顔が救いだった。誰も口にしないけれど、たぶん私と同じことを考えてる。忙しなく働いている寺院の人たちに「南で何があったんですか」と聞きたくないんだ。

 それでもずっと居座っているわけにはいかないので試練の間を後にする。
 広間に戻るとさっき以上に騒がしくなっていた。
 僧兵や討伐隊らしき人たちが物資を抱えて寺院を飛び出し、入れ替わるように怪我人が運び込まれて来る。
 どうやら間違いないようだ。海岸で展開されたという作戦で多くの死傷者が出た……。
 彼らの深刻な表情を見る限り“多大な犠牲は払ったがシンを倒せた”なんて救いのあるニュースは聞けそうにない。


 担架を担いで来た討伐隊の人にマローダが詳しい話を聞いている。イサールは怪我人の治療を手伝うと僧官に申し出ようとして、広間にいた一団を見て立ち止まった。
 その視線を無意識に追いかけて愕然とする。
「あっ……!」
「ミトラ?」
 思わず仰け反った私に不審そうな視線が集まった。
「いや、な、なんでもないです」
 あの中に知ってる人がいる。そんなはずないのに。そんなことはあり得ないのに。でも……本当に“あり得ない”のかな?

 手短に情報を仕入れたマローダが戻って来た。
「大方、予想通りだってよ。討伐隊とアルベドが手を組んで、禁じられた機械でシンを攻撃した」
「被害状況は?」
「見ての通り……だな」
 機械の近くにいたアルベド族にはほとんど生き残りもいなかったらしい。
 現時点でジョゼ寺院に辿り着いているのは見込みのある軽傷者だけ。つまり、これからこの場所に死体と死体未満の重傷者がどんどん運び込まれて来るわけだ。

 そんな話をしている間に、“彼”のいる一団がこっちへ近づいて来た。
 試練の間に向かおうとしているということはあの中の誰かが召喚士なんだ。おそらく中心にいる杖を持った女の子が。

 イサールが彼女に声をかける。
「失礼だが、お名前を聞かせてもらえないか?」
「はい。ビサイド島から参りました。ユウナと申します」
「やはりブラスカ様のご息女か。お父上の面影がある」
「父の……お知り合いですか?」
 なんとなく、本当にただなんとなく、小さな違和感があった。イサールの雰囲気が変な感じだ。討伐隊の悲劇について知らされたばかりだからかもしれないけれど……。やけに緊張してるみたい。

「直接お会いしたことはなかったよ。しかし御聖像をいつも見上げていたからね。……ああ失礼、僕はイサール。君と同じ召喚士だ」
「パッセです。よろしくおねがいします」
「俺はマローダ。見りゃ分かるだろうが、兄貴のガードだ」
「ミトラです」
 名乗りながら、ついユウナという召喚士よりも彼の方を気にしてしまう。
 そして、目が合った。
「あ? あんた、もしかして……」
 覚えてるのかな。意外だ。



 召喚士同士の話に花を咲かせるイサールから少し離れ、寺院の隅で息をつく。内心かなり混乱している私をよそに彼が追いかけて来た。
 ジェクトの息子にしてエイブス期待の新星、あの夜に死んだと思っていた、ティーダが。

「なあ、あんた北A地区のチームに入ってなかった?」
「ザナルカンド・エピオス。うちみたいな弱小チーム、よく覚えてたね」
「そりゃそーッスよ。エイブスと当たったこともあるだろ」
「ボロ負けしましたけど……」
「でも楽しかったよな!」
 それはまあ、それなりに。エイブスは万に一つも勝てるわけがない相手だったけれど、彼は強さを鼻にかけたりしない人だから嫌いではなかった。

 べつに思い出話がしたいわけじゃない。彼と私が何をどこまで共有してるのかと疑って、当たり障りのない会話をしてしまう。
 探るような視線を見ると彼の方でも私に腹を割っていいのか迷っていた。
 妙な話だけれど、お互いがお互いに疑惑を抱いていることを知って私たちは緊張を解いたんだ。

「ミトラは、いつスピラに来たんだ?」
「あの試合の夜。エイブスとダグルスの試合であなたがシュートを決めようとした時……シンに襲われて気を失って、目が覚めたらベベルにいて、兵士に事情を話したら牢屋に入れられた」
「そっちも大変だったな。んで、イサールのガードになったのか」
「私、あなたは死んだと思ってた。ザナルカンドではそういうことになってたから」
「え? 待てよ、あの後でザナルカンドに帰れたのか!?」
 思わぬ大声に驚き、慌ててティーダの口を塞いだ。幸い誰にも聞かれずに済んだようだ。

「帰ったわけじゃない。きっと夢だったんだ。ただの夢だよ」
 家族がいてスタジアムは壊れてなくて街はいつも通りで、ティーダはジェクトと同じ海で死んだことになっていた。
 私の記憶と決して重ならないザナルカンド……。あんなの、夢に決まってる。

 故郷の知人に会えて嬉しいけれど、それよりも寺院内でザナルカンドがどうとかいう話なんかしてイサールに迷惑をかけたくない気持ちの方が大きい。
「今は雑談する時じゃないと思うよ」
「ああ、でも……一個だけ! ……俺の親父、知ってるだろ? こっちでのことも聞いたか?」
「うん。ブラスカ様のガードになったんでしょう。あ、そういえば私、ベベルからビサイドに向かってジェクトと同じ道を旅してるんだ。変な感じ」
 故郷にいた頃は“みんなのヒーロー・ジェクト様”なんて胡散臭いと思ってたのに、とはさすがに息子さんの前で言えないけれど。
 ガードとして、ザナルカンドからの来訪者としては、偉大な先達だと素直に感じていた。私も彼のように自分の召喚士を守り通したいと思う。

 ジェクトがスピラに来ていたと知ってティーダは父親を探しているんだろう。居場所を知らないか、噂は流れてないかと聞かれると思い込んでいた。だから私はその返事を用意したのに。
「親父がシンなのかもしれないって言ったら、あんた信じるか?」
「え……」
 ティーダの言葉は、まったくの予想外だった。


 不意にマカラーニャの森でイサールに打ち明けられたことが脳裏を過る。究極召喚を使うと召喚士は死ぬ。……じゃあ、ガードはどうなるんだろう。
 シンは召喚士に倒される。およそ十年でシンは復活する。召喚士は戻らない。そして、ガードも。
 召喚士は死んで、ガードはシンになる。唐突に浮かんだその言葉はきれいに当てはまる気がした。台座をそれに相応しい場所へと嵌め込んでいくジョゼ寺院の試練みたいに機械的な解答だ。
 そうしてスイッチが入る。エネルギーが供給され、物事が動き始める。


 かつてブラスカ様のガードだったジェクトがシンだというのは、あり得なくはないと思う。
 そう言おうとしたところでイサールの視線を感じて口を噤んだ。向こうの話は終わったみたいだ。
「おーい、行くぞ!」
 仲間の呼ぶ声に弾かれたように顔を上げ、ティーダは私に背を向けた。
「ごめん。やっぱさっきのは忘れて!」
「ああうん、そっちも頑張ってね」
 無茶言わないでほしいよ。あんな爆弾発言どうやっても忘れられない。




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