×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
昨日を糧に、明日へ


 私のすぐ目の前に雷が落ちて、岩が砕け飛んだ。雷に恐怖するという初めての体験にテンションが上がってくる。
「ミトラ、雷は平気なのか? 」
「ちょっと怖いけど、こういうのはドキドキして嫌いじゃないよ」
「豪胆だな。僕も見習わないと」
「う、うん」
 女性相手に豪胆ってあんまり誉め言葉にならないと思うけれど。気づいてないイサールの後ろでマローダが私を見て吹き出しそうになっている。

 恐ろしさが身に染みていないからこそ余裕をもって楽しんでいられる面もあるのだろう。
 ザナルカンドでは上空で嵐が発生しても街中に雷が落ちる心配はなかったし、稲妻も雷鳴も地上の光と音に負けてしまうくらいだから気に留めることなんてなかったんだ。
 シン、魔物、悪天候……スピラは危険に事欠かない。明日の命さえ確かではないから、今を懸命に生きようと思えるのか。

 越すに越されぬ雷平原なんて歌ができるほど、ここは危険な場所だったらしい。昔は旅の途中で命を落とす召喚士も多かったとか。
 平原の全域に点々と建っている避雷塔のお陰で随分と安全になったんだとイサールが教えてくれた。
「とはいえ魔物は健在だし、塔から離れすぎりゃ雷も落ちる。おめーら気ぃ抜くなよ」
「はーい!」
「了解」
 雷平原を越えた先ってどんなところかな。寒くないといいな。雨に濡れた後またマカラーニャみたいな寒さに晒されたら体の芯まで凍ってしまいそうだ。


 避雷塔の範囲外では頭上に注意しながら走り抜けるしかない。でもずっと空を見張っているわけにもいかなかった。
 雨に濡れて足元は不安だし、暗闇の中から魔物は飛び出してくるし。
 この平原の南側にも大きな森林が広がっているらしい。森と森の間に挟まれた雷平原は荒れ地ながらも幻光虫が豊富で、発生する魔物もみんな元気いっぱいだった。

 イサールとマローダが雷を警戒し、パッセと私が魔物の影に注意を払う。そうして歩き通して二日ほど経った。
 順調に進んでいる時にこそ気の緩みがやって来る。
 次の避雷塔を見つけてパッセが少しだけ突出した、その瞬間のことだった。小さな頭の真上で光が瞬くのを見て、考える間もなく体が動いていた。
「危ない!」
 痛みはなかった。ただ衝撃があっただけだ。目の前が真っ白になったと思ったらすぐに暗転して、次に気づいた時には……。

 私は、ザナルカンドの自宅で目を覚ました。

『ミトラ、やっと起きたのね。もう夕刻よ』
「……お母さん」
『寝惚けてるのか? チームが負けて落ち込んでるんじゃないだろうな』
 初戦敗退なんていつものことなんだから気にするな、また次に頑張ればいいじゃないかと、微妙に無神経なところまでいつも通りのお父さんが笑う。
 弟妹たちは中継モニターにかじりついていた。
『お姉ちゃん、スタジアム行かないの? 間に合わなくても知らないよ〜?』
「え?」
『エイブスとダグルスの試合!』
 午後の試合はもう始まっている。日暮れ前に出発しなくちゃ大一番を見損ねる、と追い立てられるように家を出た。

 急いでバイクに乗り込みハイウェイをかっ飛ばした。慣れ親しんだDJの声が聞こえて来る。
『……きっつい潰し合いを勝ち残ったのは、そう! 東A地区のエイブスと南C地区のダグルスだ! 伝説のヒーローを喪った悲しみも癒えないうちにジュニアまで海に取られて……――』
 ジュニアまで海に取られて。海に取られて……?

 一時間ほどで東地区の海上スタジアムに到着する。
 我らが栄光のブリッツスタジアムは、無事だった。あるべき場所に悠々と聳え立ち、期待に瞳を輝かせた観客が次々とドームの中に吸い込まれていく。
 シンに破壊し尽くされたのが夢だったみたいに、すべていつも通りだ。

 電光掲示板を流れるニュースを呆然と眺めた。「トーナメント直前の悲劇、ジェクトの息子が父と同じ海で行方不明」……気分が悪くなってきた。
 試合に参加していたはずのティーダが海で行方不明? つまり、事実が“修正”されているのか。
 シンの襲撃なんて起きなかったかのように街もスタジアムも元通りにして、ティーダを欠いたパラレルワールドが何食わぬ顔でここに存在している。
 でも誰がどうして、どうやってそんなことを?

 背筋が寒くなった。もしスピラに行くことがなければ、私も他のみんなと同じように記憶を書き換えられてシンのことを忘れていたんだろうか。
 だとしたら私がスピラにいる間、ザナルカンドはどうなっていたのか。私のいない日常がここにあったんだろうか。
 あのティーダみたいに、あるいはジェクトのように、私は不運な事故でいなくなったことになっていたのかもしれない。
 でなければ……私ではない私がずっと“ここにいた”のか……。


 人波の中に知った顔を見つけた。ベベルの牢屋で出会ったあの幽霊だ。
『君がそう信じるなら、君は今でもザナルカンドにいるよ』
「……こんな風に?」
 シンやスピラの存在を認識できていなければ、ただ夢でも見たかのように以前と同じ日常に戻されて“ここに生きているように見せかけられる”のか。
 現実感がない。自分が本当にザナルカンドに立ってるなんて信じられない。夢だというならこちら側こそ夢だろう。


 私が信じてきた日常って何だったのか。昨日から続く今日じゃない。今日が明日に続いてるとは限らない。
 もし過去にもシンに出会ったことがあったとして、私はそれを知らないんだ。とっくの昔に自分が死んでいたとしても、私たちはそれを知り得ないんだ。
 この街は一体、何なんだろう。
「あなたにそれができるなら、私をスピラに連れ戻して」
『……君がそう望むなら』
 雷に打たれたような光と衝撃。遠くで「ごめんね」と囁く少年の声が聞こえた。謝られても……困る。



 気づくと誰かが私の手を強く握っていた。
「……パッセ?」
「ミトラ姉ちゃん……、ごめんなさい!」
「え?」
 頭がはっきりしない。どうしてパッセが謝ってるんだろう。泣きそうな顔の弟を宥めるようにイサールが頭を撫でていた。
「僕が悪いんだ。魔物に気を取られて警戒を怠っていた」
「いや、俺も反応が遅かった。……悪ぃ」
 そうだ。雷はイサールとマローダの担当だった。私はポジションが違ったのに、勝手にパッセを庇って迂闊にも雷を一発食らったんだ。

 体を起こすとイサールが慌てて止めようとする。気を失ったせいでかなり心配させてしまったみたいだ。このくらい全然平気なのに。
「私こそ、出過ぎたことしてごめんね」
「おめーが悪いんじゃねえよ」
「ううん。フォーメーションを乱した私の責任です。油断しました。反省してます。二度は繰り返しません」
 強いてきっぱり言い切ると、イサールも意図を察して頷いた。
「そうだな。僕たちも次はもっと気をつける。自分の役割に専念しよう」

 兄に諭されて頷いたものの、パッセはまだちょっとだけ落ち込んでるようだった。
「パッセ、私ほんとに平気だよ? ブリッツやってたらタックルもらって気絶するくらい慣れっこなんだから」
「……うん」
 これは私も大いに反省しなければいけない。無駄にでしゃばってパッセを傷つけてしまった。

「えっと、私はどっちかって言うといつの間にか服を着替えてることの方が気になるかな」
「あー。そこんところの詳しい事情が知りてえなら、兄貴を問いつめて聞き出すこったな」
「マローダ、意味ありげな言い方をするな! ……その、僕がやったのではないよ。雨に濡れたままだと風邪を引くから公司の女性店員に頼んで、」
「あっ、でもカバンからミトラの服とかを出してくれたのは兄ちゃんだよ!」
「パッセ……そのフォローは逆に僕を追いつめてる」
「えっ? どーして!?」
 この感触からして下着も替えられているようだ。でも本気で焦ってるイサールを見てたら面白くて、どうでもよくなってしまった。



 さらに数日歩き通して雷がおさまり、森を抜けると視界が一気に開けた。
 雷鳴轟く荒野に暗い森を歩いて来たばかりだから尚更、この穏やかな静けさが心に染みる。

 シパーフという不可思議な生物の背に乗せられて幻光河を渡る。不規則な揺れが眠気を誘った。乗り場での待ち時間はしゃいでいたパッセも今は眠そうに目を擦っている。
 河の底には大昔に滅びたという都市が沈んでいた。橋の上に街を作ったら重さで崩れたんだとか。とんだ欠陥建築だ。
 何か話そうと思って振り向いたのだけれど、イサールは青白い顔で俯いていた。
「……」
「イサール?」
「ああ……大丈夫だよ」
 どう見ても大丈夫じゃない。どうやら乗り物酔いするタイプだったらしい。今は話しかけない方が良さそうだ。

 苛酷な旅の途中とは思えない、まったりした時間だった。陸地に降りて落ち着いた様子のイサールが北岸を見つめてぽつりと呟く。
「討伐隊の姿がなかったな」
 討伐隊……。かつて英雄ミヘンが作った組織を基盤とした、シンと戦う集団のことだ。覚えたての知識を頭の中で反芻する私の横でマローダが答える。
「何でも、じきにでっかい作戦があるんだってよ。今ごろジョゼ海岸に集まって、」
 その言葉を遮り、遠くで雷鳴のような音が響いた。

「今の、何だろう」
「南から聞こえてきたな。ジョゼ海岸の方から」
 低く地を這うような音だった。南の空は薄暗く、雨が降っているらしい。体の奥がゾワゾワする。
 空を睨みつけて、マローダがさっきの続きを口にした。
「ジョゼ海岸に集まって、シンを誘き寄せて倒す作戦……って話だが」
 じゃあ討伐隊とシンがぶつかり合う音だったんだろうか。戦闘音には聞こえなかったけれど。




|

back|menu|index