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いつか報われると信じて


 雪原を数日歩き通して辿り着いたマカラーニャの森は、とても美しい場所だった。森の中心には幻光虫濃度が極端に高い泉があって、そこから流れ出る水を吸って育った木々も光輝いている。
 これだけ資源が豊富ならスフィアが多く利用されているのも道理だ。実際、ここの水を利用して作ったスフィアがスピラ各地に運ばれているらしい。

「スピラって幻光虫がいっぱいだね。ザナルカンドではこんなに見られないから新鮮な気がするよ」
「人が死ねば、それだけ幻光虫も増える」
 突き放すような声音に驚いて振り返ると、イサールは気まずそうに俯いた。自分でも自分の言葉に驚いてるみたいだ。
 人が死ねば幻光虫も増える……、そうか。シンがいるだけじゃなくて、魔物も多いんだもの。この幻想的な景色は散った命で作られている。そう考えると森の美しさも悲しく映る。

 マカラーニャ雪原で不思議に思ったことの答えに気づいた。魔物が少なかったのは、魔物化するほど人がいないからだ。
 そこで死ぬ人が多いほど魔物が増える。しかし自然は豊かになる……。
 この世界は、いろんな意味でザナルカンドと違っていた。

 マローダがパッセを連れてテントを張る場所を確保しに出かけた。泉の近くは便利だけれど幻光虫が多い分だけ強力な魔物が彷徨いてるから、少し離れた方がいいらしい。
 私はイサールに「二人きりで話しておきたいことがある」と言われて緊張しながら彼の言葉を待っていた。
 気軽に打ち明けられる内容ではないようで、彼は長いこと迷っている。

 泉のそばに大木がそびえていた。一体どれだけの年月を生きたのだろうとぼんやり見上げていたら、ついに決心したイサールが重々しく口を開いた。
「前にも言ったように、この旅の最終目的は僕が究極召喚を会得してシンを倒すことだ」
「うん」
「そして、究極召喚を使うと、召喚士は死ぬ」
 何か言おうとして口を開けたはずなのだけれど、言葉が何も出てこなかった。

 正直なところ、あまり驚きはしなかったと思う。
 十年前にシンを倒した大召喚士ブラスカ様。ベベル宮で、そしてマカラーニャ寺院でその御聖像を見た。スピラを救った奇跡の英雄、彼を称える言葉をいくつも聞いた。
 それは他の、何百年も前の時代を生きた大召喚士を語るのと同じ響きだった。偉大なる“大召喚士様”がもうこの世の人ではないってことはなんとなく感づいてたんだ。
 死という抗い難い暴力でスピラを支配しているシン……それを倒すためにはなにがしかの代償が必要になるだろう、とも。

「パッセには伝えていないんだ。君がそれを知らないなら、黙っておこうかとも思ったんだが……」
「うん。分かるよ」
 私が何も知らずに妙なことを口走ったら、うっかりした拍子にパッセが真実を知ってしまうかもしれない。だから先に知らせて釘をさしたかったんだろう。
 一人前のガードとして兄ちゃんを守るんだとはりきってるパッセに、旅を終えたらイサールは死ぬだなんて言えない。……隠したくなるのも無理はない。

 手頃な岩に腰かけて、二人でぼーっと泉を眺めた。
 始まりは最悪だった。でもベベルを発って一週間ほど、旅の間にスピラの美しい景色を見せてもらった。
 ザナルカンドの夜景とは違う仄かな光。あまりにも儚くて壊れやすい美しさ。
 きれいな世界だ。スピラを好きになりかけている自覚はある。これを無情にも破壊してしまうというシンを私だって倒したい。
 ブリッツのような娯楽ではなく守るために戦うという召喚士の行為は、かつて抱いた夢を思い出させる。
 でも、自分の命を捧げてまでそうしたいと思えるだろうか。ここは私が守るべき世界ではないのに。

「イサールはどうして召喚士になったの?」
「さあ、どうしてかな。子供の頃から漠然と、そうするべきだと決めていたんだ」
 彼の視線は泉に向けられているけれど、見てるのは目の前の景色じゃなくて過去の思い出だろう。その夢を抱いたきっかけを探してる。
 泉に映る自分の姿を見つめて静かに語り始めた。

「十年と二ヶ月前にパッセが生まれてね。両親はナギ節を待たずに死んでしまったが、パッセは生き延びた。僕たちは大召喚士様のお陰で今まで生きてこられたんだ」
 スピラでは兄弟が三人も揃って生きられることは奇跡に近いと彼は言う。家族が増えるよりも、減る方が早いから。
 もたもたしてたらシンがすべて壊してしまう。スピラの人はいつも生き急いでいる。心安らかに生きられるのはナギ節の間だけ。
「僕がシンを倒せば、弟たちにあと十年の自由を与えてやれる……」
 彼は、マローダが生まれた時に憧れを抱き、パッセが生まれた時に決意した。自分もスピラを救う召喚士になるのだと。


 水の湧き出す音が響いていた。
 離れたところでパッセが笑う声が聞こえる。マローダが何か怒ってる。日が落ちる前にキャンプできる場所を探さなきゃいけないのに遊んでるらしい。
 二人の声に耳をすましながらイサールは嬉しそうに微笑んだ。
 旅の終わりに命をなくしても彼は後悔なんてしないだろう。夢を叶え、自分の願いを全うしているんだから。

「私、ブリッツの選手じゃなくて、本当は他に夢があったんだ」
 無意識に溢れてしまった言葉に自分で慌てた。イサールは聞き逃してくれなかったようで、じっと私を見つめて続きを待っている。
 こんなこと話すつもりなかったのに……。

「えっと、似合わないんだけど、山岳警備隊になりたかったんだ」
「似合わないとは思わないよ。君の腕前なら活躍できただろう」
「うーん……でも、夢は叶わなかった。警察官の試験を受けたあとで、ブリッツの選手になっちゃったから」
「そうなのか。僕からすると、ブリッツの選手だってすごいと思うけどな」
「すごくないです。北A地区のチームなんて年中人手不足で、泳げるなら誰でも入れるんだもの」
 そして兄弟姉妹の中で泳げるのが私だけだった。だから両親は私が選手になることを期待した。

 北地区は海に面していない。お陰でブリッツはそこまで盛んではないんだ。選手を目指したところで練習場所も小さなプールしかないし。
 魔物が降りてこないように、災害の兆候を見逃さないように、山を見張っていつも変わりなく街の安全を守ることが私の夢だった。
 でも私は……自分の夢に責任を負うのが怖くなったんだ。だからなりたいものになろうとしなかった。
 お父さんもお母さんも私がブリッツ選手になることを望んでいた。誰かが望んでくれた道を行く方が楽だもの。
 夢を追わなければ、叶わなかった時に辛い気持ちを味わうこともない。

「なんか恥ずかしい。あなたと比べると自分が情けなくて」
「僕は……そんなに立派なものではないさ。他の召喚士については言えないが……少なくとも僕は、自分のやりたいことを好きなようにやっているだけだから」
「ううん。自分の望み通りにするって難しいことだよ。イサールは、すごい。マローダもパッセもきっと誇りに思ってる」
 あまりにも大きな責任と重圧が召喚士の肩にかかっている。スピラの誰もがそれを知っている。
 その重さを充分すぎるほど理解していながらイサールは、失敗を恐れずに自分の意思で挑戦してるんだ。

 心から尊敬する、そう改まって告げたらイサールはそっぽを向いてしまった。耳が赤い。そんなはずないのに「やっぱり森に入ると少し暑い」なんて言い始めた。
「ふーん。照れてるイサールって可愛いね」
「かわ……、それは、あまり嬉しくないな」
「じゃあ、すごく格好いいよ」
 ついには顔を覆って項垂れてしまった彼を見ながら、胸の奥が熱くなる。
 好きになりかけている自覚はある。たぶん、旅が終わる頃には自分の命を捧げてまでそうしたいと思っているはずだ。……自分の意思で選ぶなら、どんな結末になっても後悔はしないだろう。




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