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濁った空を越えて


 骨身に染みるような寒さとはこういうことを言うんだろう。
「寒い……こんなの聞いてないよ……」
「寒いのは言っといたし、ちゃんと準備もしてやったろーが」
 悪態つきながらマローダが自分のマフラーを外して私の頭から被せてくれた。気遣いはありがたいけれども冷たい空気が勢いよく襟から入って来て死ぬかと思った。

 雪だるまみたいに着膨れたまま震える私を見つめてイサールが笑う。
「まだ序の口だ。寺院に近づくほど寒さは厳しくなるよ」
「うぅ。聞きたくなかった」
 ベベルで旅の準備をする時、マローダの忠告を受けて防寒着をたくさん買い込んだ。だから寒いところに行くんだとは分かってた。
 でもここまで激しい極寒地獄だなんて想定外だ。覚悟が足りなかったと認めざるを得ない。

 足首が埋もれるほどの積雪、色彩のない風景を見つめていると息が詰まりそうになった。そして空からは今も雪がちらついている。
 冷凍庫の中で氷を抱いてるような、絶望的な気分だった。
 マカラーニャには大きな湖があるけれど、その水は千年前に凍りついたきり一度も溶けたことがないらしい。恐ろしい話だ。
 寒いのが特に苦手なわけではない私でもこれは辛い。せっかく買ってもらった防寒着も大きな効果は見込めなかった。

 マカラーニャに来るのは初めてだとはしゃぎながらパッセがそこら中を駆け回っている。元気いっぱいの犬みたいでとても可愛い。
 この辺りは寺院に参る人でもなければ用事がない辺鄙な場所だけれど、イサールは魔法修行と旅の予行演習を兼ねて以前にも訪れたことがあるという。
 余裕のある時はマカラーニャ地方南部にある森まで足を伸ばしたと言っていた。寺院に寄ったあと、私たちも向かう場所だ。
 その森がせめてもう少し暖かければいいのになと思う。

「マローダもこの辺は慣れてるの?」
「俺は兄貴と違って剣術修行だからな、行くのはもっぱらナギ平原だ。こんな寒いとこ誰が好き好んで来るかっつーの」
「あ、やっぱり寒いんだ」
 平気そうな顔をしているからマローダも慣れっこなのかと思っていたら、違うらしい。
「寒いのは着込めば耐えられるけどよ、動きにくいだろ? 暑い方がまだマシだぁな」
 確かにマローダも私も、それにパッセも防寒着をしこたま着込んでいるから動きが鈍い。ガードとしてはダメだろう。
 イサールほどの使い手になるのは無理にしても、動けない時のために少しは魔法を習得しておいた方がいいかもしれない。


 防寒着と一緒にベベルで買ってもらった剣を眺めていたら、それに気づいたパッセが何の気なしに呟いた。
「ミトラ姉ちゃんって、バトルうまいよね」
「え? そうかな」
「意外なことに、な。見た感じ戦闘慣れしてなさそうなのになぁ」
 珍しいことを言われたと思ったらマローダも同意して、イサールまで頷いているから困惑する。戦闘の腕前を誉められたのは初めてだ。

「ザナルカンドにも魔物は多かったのか?」
「ううん。幻光虫が少ないくらいだから、魔物もほとんど見かけないよ。田舎の方にはよく出るけど」
「ってことは、ミトラは田舎の出身ってわけだ」
「……ま、まあ、ザナルカンドの中心とは言えないかな」
 ふと、警備兵のパトロールが必要だったベベル周辺に比べると雪原に入ってからあまり魔物と遭遇していないことに気づく。
 ザナルカンドでは人里離れた場所ほど危険だったけれど、スピラでは逆なんだろうか。旅人の姿も見かけない辺境なのに、マカラーニャには魔物が少ない……。


 寺院に着くまで大した危険に遭うこともなく、召喚士の旅も意外と気楽なものかもしれないと思う。ただ、雪に足を取られてかなり疲れた。
 体力のないイサールは私よりもっと疲れているようだけれど、休憩する暇もなく試練の間に直行する根性が素晴らしい。
 幸いにもマカラーニャ寺院の試練はベベルほど難解ではなかった。迷路にもなっていないし、よりシンプルなパズルといった感じだ。
 でも重い台座をあっちへこっちへ何度も移動させなくちゃいけないのが難点だった。
 知力だけでも体力だけでもダメ。だから召喚士はガードを連れて行くんだろう。

 せっかくだから一晩くらい泊めてもらえると期待していたら、試練を終えたイサールはその足で寺院を出てしまった。
 マローダも、パッセでさえ何も言わないのに私が口を挟もうとは思わない。疲れてるのは事実だけれどまだ歩けるし。でも、どうしてこんなに急ぐのか不思議だった。
 そりゃあ今もどこかでシンが破壊を繰り返しているかもしれないんだから、早く究極召喚を手に入れたいのは分かるけれど……追い立てられるように旅をするなんて少し変だ。

 ガードを追い越して先頭を歩いているイサールの隣に並ぶ。
「今度はどんな召喚獣だったの?」
「えっ?」
「見てみたいな」
 私がそう言ったら彼はなぜか大袈裟に驚いた。やっぱり変だ。ベベルを出た時は得たばかりの召喚獣をすぐに見せてくれたのに。

「この辺りは冷気に強い魔物ばかりだし、相性が悪いんだ。召喚するならもっと別の場所に移動してからにしよう」
「そっか……」
 変だな。すごく変だよ。
「じゃあどんな名前つけたのかだけでも教えて?」
 ものすごくいい笑顔でイサールは答えた。
「先を急ごうか」

 呆気にとられる私を置いて、イサールは更に歩調を早めた。パッセが慌ててあとを追っていく。
「どうしちゃったんだろう」
「そうさな。マカラーニャ寺院の祈り子サマは色っぽい姉ちゃんらしいぜ」
「え? ああ……なるほど」
 イサールはベベルの召喚獣にツルギという名前をつけていた。召喚して見せてもらったところ、まさしく見たままの名前だった。ということはマカラーニャの召喚獣の名前は。
「“オシリ”とか“オッパイ”とかつけちゃったのかもしれない」
「お前のネーミングセンスどうなってんだよ……」
 でもきっと人前で呼ぶには恥ずかしい名前なんだ。そういう事情なら、そっとしておいてあげよう。

 納得して歩き出した私と並び、マローダが妙な視線を向けてくる。
「どうしたの?」
「……ミトラは、色っぽくはねえよなぁ」
 なんだか失礼なことを言われた。
 勝手な想像でしかないけれど、もし私が色っぽい姉ちゃんだったらイサールはガードにしようと思わなかったんじゃないかな。だって、パッセの教育に悪いもの。




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