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哀しい歌は歌わないで


 召喚士は旅をする。スピラ各地にあるエボン教の寺院を巡って、そこにいる祈り子と心を通わせ、召喚獣を授けてもらうためだ。
 そして術を磨きながらザナルカンドを目指し、やがては北の最果てにある遺跡で究極召喚の秘術を会得する。
 究極召喚はシンを倒すための奇跡であり、人々に残された唯一の希望。シンは千年前の戦争以来スピラのあちこちに現れる天災のようなもの。機械の兵器に反応して街を襲う。
 イサールは今のところ従召喚士と呼ばれる見習いで、これから行う試練をクリアすれば正式な召喚士として旅に出ることが認められるそうだ。

「うーん……、大体は把握できたと思います」
「ほんと? ミトラってキオクリョクがいいね〜」
「つーか、そんなことさえ知らねえってのがそもそもおかしいだろ」
 呑気に感心してるのがパッセ、呆れてるのがマローダ。二人の弟を微笑ましそうに見守るイサールは長男というよりお父さんっぽい、と口に出して言わない程度の分別は私にもある。

 召喚士の試練を受けるために聖ベベル宮の奥にある祈り子の間を目指す。歩きながらイサールはスピラのことをあれこれ教えてくれた。
 必死で覚えようとする私を見て終始胡散臭そうにしていたのはマローダだ。彼は私がザナルカンドからやって来たということからして信じられないらしい。
 無理もないとは思う。私自身まだ半信半疑なくらいだから。
 もし「千年後にザナルカンドが滅びた世界からやって来ました」という人に出会ったとして、私だってすぐには信じなかっただろう。
 それでもマローダとパッセは、イサールと同じくらい親切だった。

 この弟たちも旅に同行するらしい。召喚士のガードが身内とは限らないそうだけれど、イサールが選んだのが弟でよかったと思う。
 お互いに気安い家族の中に混じっていると、まるで騒がしくて落ち着かない我が家に帰ったような暖かい気持ちになるんだ。
 ただ、三人兄弟の旅に部外者の私が割り込んで大丈夫なのかと悩んでしまう部分も少しある。


 大きな扉を開くと祈り子の御所へ続く“試練の間”が現れた。真っ暗闇が広がるばかりの空間にパイプが張り巡らされ、光の廊下が縦横無尽に伸びている。
「随分ややこしそうなシステムですね」
「ああ。ベベルの試練は最難関という話だから……」
「だからベベル出身の召喚士が少ないんじゃねーの」
「でも、迷路みたいでたのしそうだよ!」
 うんざり顔のマローダと、瞳を期待に輝かせるパッセ。この兄弟は三人それぞれ違ってるけれど、そうやってバランスをとってるんだなぁと感心する。

 祈り子に認めてもらうための試練、というから何か古代の儀式めいたものを想像していた。でも実際にはスフィア仕掛けのパズルを解くだけでいいらしい。
 パッセの言うように、これならゲーム感覚で楽しめそうだった。

 私たちの前には時代遅れのスフィアを動力源にした自動床が光を放っている。これに乗って廊下を進めということらしい。
 ここが私の本来いるべき時間から千年後にあたる世界だというなら、こんな旧時代の遺物が使われているのも妙な気がした。
「あ、そっか……シンは機械に反応して、文明を壊しに来るんだよね。新しい技術は生まれない。だからこんな古めかしい機械が未だに現役なんだ」
 何気なく呟いた私の言葉に、イサールとマローダが凍りついた。

 二人は困惑の表情で顔を見合わせ、失礼があったかと焦る私をパッセが不思議そうに見上げた。
「えっと、ザナルカンドではスフィアなんてもう細かいパーツにしか使ってなくて、こういう機械未満の古いシステムは珍しいな、って思っただけで、悪意はなかったんですが」
「こんな最先端の機械が使えるのはベベル宮とルカのスタジアムくらいのもんだぜ。それをお前、古めかしいって……」
 最先端? これが……スピラで一番精密な機械なのだろうか。

 私のいた場所では電化製品が主流だった。スフィアを大々的に使ってるのなんて伝統あるスタジアムのプールくらいだ。
 そもそも資源が限られてるザナルカンドでは幻光虫濃度の高い水をそんなに大量生産できない。だから他のエネルギーを使う方が手軽だし、効率的なんだ。
 けれどスピラはシンのせいで技術が発展しない。人が増えない。だから開拓も進まない。文明が破壊された分だけ自然が残ってて、幻光虫が豊富だからスフィア式の機械を利用してるんだろう。
 改めて“シン”がどんなに大きな影響を及ぼす存在なのか、実感した。 

 人が便利な機械に頼りすぎて、それで戦争が起きたから罰を与えるためにシンが生まれた。つまり私のような機械に慣れた人間のせいで、この時代に生きるスピラの人たちは不便な環境に苦しんでいる。
 私がどうして牢に入れられたのか、やっと少し納得できた気がする。
 ザナルカンドは召喚士の聖地であると共に、過去の罪を思い出させる忌むべき街でもあるんだ。

 ふと気づけばパッセが思いきり顔をしかめていた。難しくて分からないのに大人の話を理解してる風を装いたいんだ。歳の離れた弟を思い出して、つい笑ってしまいそうになる。
「まあ、そんなことより。パッセ隊長、早速この試練ってやつに突撃しますか」
「え? うん! いくぞ、ミトラ隊員!」
「いえっさー!」
「おいおい……遊びじゃねえっつーの」
 そう言いつつマローダたちも笑いながら後を追ってくる。
 パッセに笑っててもらうためにも、あまり考え込まないことにしよう。



 自動床に乗ってゴールを探す。あちこちの台座や壁にスフィアを嵌め込んだり外したりして道を作るという仕掛けらしい。
 それに行き止まりのダミー通路もいくつかあった。タイミングよく操作盤を踏んで自動床を正解のルートに誘導してやらなければいけない。
 本当にゲームみたい。なんとなく、この試練を考えたのは子供じゃないかという気がした。誰かも知らない相手に親近感が湧いてしまう。

 いくつかのダミーを越えて進んだ先で、イサールが通路に跳び移り損ねた。
「あっ!」
「兄ちゃん!」
 イサールを乗せた自動床がどんどん勝手に進んでしまう。焦る私たちを尻目に、ある地点でUターンして戻って来た。
 マローダが無言で兄の手を引いて無事に合流する。なんとなく気まずい。
「もしやイサールって運動苦手?」
「だからブリッツ選手じゃなく従召サマになったんだろ」
「マローダ! それはミトラに言わなくても……」
「そうなんだ。選手には向いてなさそうだもんね」
 でもほら運動がダメでもイサールは知性派だし、大丈夫だよ、うん。

 約一名だけが四苦八苦しながら、なんとか祈り子の間に辿り着いた。この先に行けるのは召喚士だけ、ガードは扉の前で留守番らしい。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「おう。しっかりな」
「がんばってね、兄ちゃん!」
「行ってらっしゃい」
 試合前の私を見送るお母さんたちはこんな気持ちだったのかなと不意に思う。私は今のイサールみたいな顔をしてただろうか。でも私がブリッツを始めた時には覚悟なんて必要なかった。

 次にイサールがこの扉を潜る時、もう彼は正式な召喚士になってるんだ。

 音を立てて扉が閉まる。落ち着かない気分になってそこから目を逸らした。
「……この歌、知ってる」
「そりゃそーだろ」
「僕もしってるよ!」
 祈り子様が歌ってるんだとパッセが教えてくれた。……ザナルカンドの子守唄。
 全然知らない世界に迷い込んでしまったわけじゃない。ブリッツとか、おまじないとか、この歌とか、私も同じものをちゃんと知ってる。
 スピラがザナルカンドと繋がってるなら……みんな壊れて滅びてしまったのかな。私の家族も故郷も、思い出も。

 この歌を聞くといつも心が穏やかになったはずなのに、硬質なボーイソプラノが不安を掻き立てる。
 ずっと幼い頃に親戚の葬儀で聞いた歌の一節を思い出した。主よ、我を憐れみ賜え。
 あまり長く聞いていたくなかった。イサールが早く出て来たらいいのにとそれだけを祈っていた。




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