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 あれから何日経ったんだろう。太陽の光が見えない牢獄では時間の感覚もなくなってしまう。
 でも食事が運ばれて来ることはなかったから、彼らが私を餓死させるつもりだったのでもない限り、ひょっとすると一日も経ってないのかもしれない。
 暗い牢にひとりぼっちで寝そべって、とりとめない考え事ばかり繰り返して。一秒が永遠にも思える。あの夜からもう一週間は過ぎたような気がしていた。

 変化が訪れたのは突然だった。私を捕まえたのと同じ装備に身を包んだ人たちが今度は檻を開け放って私を促した。
「出ろ」
 やっとザナルカンドと連絡がついたんだろうか、私の身元が保証されたんだろうか。……家に帰れるかもしれない、なんて淡い期待を抱く気にはなれなかった。
 当たり前の日常が脆くも崩れ去ったあの瞬間から、なすすべなく坂道を転がり落ちていくような感じが続いている。
 こういう事態に陥った時、めったなことでは元の場所に戻れないものなんだ。

 暗くて汚い牢屋のイメージしかなかったけれど、外に出てみると意外に綺麗で立派な建物だということが分かった。私が閉じ込められていたのは単なる留置所ではなさそうだ。
 後ろから銃を突きつけられたまま、長い廊下を延々と歩かされる。
 スタジアムのオーナーが東地区に建てた大豪邸だってこんなに広くはなかったと思う。きっとスピラで一番偉い人か、一番お金持ちな人の家なんだろう。
 どうして牢から出してもらえたのか、期待するよりは不安の方が大きかった。

 二人の男が私の前を歩いて先導している。とはいえ私を案内しているなんて意識はかけらもないようで、さっきから自分たちの会話に夢中だ。
 話の内容の半分も理解できないけれど一応は耳を傾けておくことにする。
「物好きな野郎がいたもんだ」
「ベベルからの召喚士は半年ぶりだからな、お上に期待されてはりきってるんだろうよ」
「期待ね。そうでもないようだぜ。聞いたろ? ブラスカ様の御息女が……」
 嘲るような笑いが気に障った。

 ブラスカ様。その名前は投獄された時にも聞いた覚えがある。確か、ブラスカ様のなんとかが終わってどうのこうの……駄目だ、思い出せないや。
「まだ従召なんだろう?」
「大召喚士様の娘が失敗などするものか」
「ブラスカ様の娘に、ジェクト様を模倣する女、か。出来すぎてるよな」
「だから出し抜いてガードにしちまおうってわけさ」
「なるほどねえ」
 私に関係ある話題なのかどうかも分からないけれど、彼らが誰かを馬鹿にしてるのだけは間違いない。……なんだか、すごく居心地が悪かった。

 結局、どうして捕まったのかもどうして釈放されたのかも説明がないまま別の部屋に放り込まれる。
 彼らの態度は問答無用で私を投獄した時とまるっきり同じ。だからここも牢獄には変わりないんだろう。内装が良くなっただけマシだと思おうか。
 人の良さそうな男性がソファーに腰かけていた。私が部屋に入ると出迎えるように立ち上がる。……この人は、閉じ込められてるわけじゃなさそうだ。
 彼は私を連れて来た失礼な男たちに案内のお礼を言って会釈をした。対する男たちは彼に曖昧な笑みを返してさっさと来た道を戻っていった。

 無愛想に閉ざされた部屋の扉に苦笑し、彼は私の方に向き直る。
「不躾に呼び立ててしまってすまない。驚いただろう」
「いえ、大丈夫です」
 あの男たちの態度に緊張と警戒心が限界まで高まっていたところなので、いきなり丁寧な言葉をかけられて困惑した。
「僕は従召喚士のイサール。君は?」
「ざ……じゃなくて、その、ミトラです」
「ミトラ、よろしく」
「はい」
 よろしくって言われても、どうよろしくすればいいんだろう?

 私のことをどんな風に聞いているのか、なぜ私を呼んだのか、情報がなさすぎてイサールにどういう印象を抱けばいいのかもよく分からなかった。
 彼に促されて向かい側のソファーに座る。私が警戒心たっぷりなのはイサールも察してるみたいだ。

「ザナルカンドから来た、と言っていたそうだね」
「……はい」
 迷いつつも頷いた。既に伝わってるなら隠しても意味がない。
 てっきりスタジアムの爆発について問い質されると思っていたら、イサールは予想もしなかったことを言い出した。
「僕はこれからザナルカンドに行くんだ。ガードとして僕の旅について来てくれないだろうか」
「あの事故……、事件かな。爆発の調査に向かう、ってことですか?」
「え?」
 その言葉を聞いたイサールは、私以上に困惑していた。

「ザナルカンドで事故が?」
「はい。私はそれに巻き込まれて気を失って、意識が戻ったらここにいたんですけど」
 あの男たちが説明してなかったのか、でなければそもそも私が言ったことを彼らが聞いてなかったか。きっと後者だ。
 爆発の件が伝わっていないならどうして私をザナルカンドに連れて行こうとしているのか謎だった。
 少し悩むそぶりを見せてから、意を決したようにイサールが顔を上げる。
「君の身に起きたことを、詳しく話してもらえないか」

 私を連れて来たやつらの態度から考えて、イサールの地位はあまり高くなさそうだ。
 彼が自分の権力をもって私を牢から解放してくれたのではなく、単に私という厄介事をまるごと押しつけられたんじゃないかと予想する。
 でも少なくともイサールはさっきの男たちと違って私の話を聞こうとしてくれている。頭から疑ったりしない。だから、私は彼にぜんぶ話してみる。
 ブリッツの試合を観戦していたこと、何かがスタジアムを襲ったこと、崩壊の中で気絶して、目が覚めたら知らない場所にいたこと。
 大して長くもない話を聞き終えると、イサールは眉を寄せて考え込んでいた。

 嘘をつくなとか不敬な輩だとか小突き回されて牢に入れられたりしない。それだけで安心してしまう。
 彼の人柄なんて全然分かってないのに、ただ普通の扱いをしてくれるというだけで好意を抱きそうになってる自分を慌てて押し留めた。
 でもイサールは、他の人たちが決してしなかったことをしてくれた。私が置かれている状況を説明する、ということを。
 
「まず……ここはスピラにあるベベルという都市だ。君はエボン教の総本山で、聖地ザナルカンドを貶める発言をした廉で捕縛されていた」
「せ、聖地ザナルカンド? エボン教?」
 言ってることのほぼすべてがちんぷんかんぷんだった。でもそのあとに続く言葉の方がずっと衝撃的で、ベベルってどこ? なんて疑問は吹き飛んでしまう。
「ザナルカンドは、スピラの最北端にある遺跡……千年前に戦争で滅びた機械都市の名前だよ」

 戦争ってどういう意味だ。一体どこの誰がザナルカンドを攻撃するというんだろう。
 でも現実にスタジアムは破壊された。そしてイサールが言う「千年前の都市」は確かに私の知ってるザナルカンドとそっくりだった。
「君の話を聞く限り、スタジアムを襲った巨大な影はシンじゃないかと思う」
「シンって?」
「人間に与えられた罰……。シンは戦争を終わらせるために現れ、ザナルカンドの街を破壊したと言われている。もし君が見たものがシンだとすれば……」
「じゃあ私は、」
 千年前の世界からタイムスリップして来たとでも。ううん、それより……私の故郷が、あの瞬間に滅びたって、こと?

 血の気が引いていく気がした。蒼白になっているであろう私を見つめてイサールは困ったように首を傾げ、話題を変えた。

 十年前にも「ザナルカンドから来た」と言う男がいたらしい。彼は私と同様、このベベルの牢獄に捕らえられた。
「そして大召喚士ブラスカ様がジェクト様を牢から連れ出し、自らのガードとして共にザナルカンドへ赴いたんだ」
「……私のいたところでも、ちょうど十年前、ジェクトという名前のブリッツ選手が行方不明になったんです」
 海に出たまま帰って来なかった。あのジェクトが海で死ぬわけがない。事故死の宣告が出されても私たちは誰も信じなかった。
 異世界に飛ばされていたというなら、見つからなかったのも納得だ。

「ブラスカ様のナギ節が訪れて以来、ジェクト様を見かけた者はいない。彼は故郷に帰ったんだと言う人もいたが……」
「いいえ。帰って来ることはありませんでした」
 私がそう言ったら、イサールは悲しそうな顔で俯いた。
「それじゃあ君は、僕について来たとしても元いた場所には帰れない可能性が高いな」
 その言葉はなんだかとても不思議な気がした。

 もし私の見たものが本当に千年前に起きた出来事で“今”のザナルカンドが遺跡になってしまっているなら、確かに帰るのは難しい。でもそれを彼が気にする必要はないはずだ。
「私を家に帰すために、ザナルカンドに連れて行こうとしてくれたの?」
「いや、それだけじゃない。正直なところ他の思惑もあったよ」
 だけど“それだけじゃない”なら家に帰してやろうという気持ちも確かにあったってことだ。

 廊下を歩いてる時に聞いた感じの悪い会話を思い出した。ブラスカ様の娘とジェクト様を模倣する女。ジェクト様を模倣、っていうのはたぶん私のことだ。
 だとしたらイサールはブラスカ様の真似をして、ジェクトと同じ立場にある私をガードとやらにしようとしているのかもしれない。
 大召喚士ブラスカ様……、さっきイサールは従召喚士だとか言ってたし。ガードというのは召喚士の護衛みたいなものなんだろう。
 そして召喚士とガードは、ザナルカンドに旅をする。

 まだよく分からないことばかりだけれど、イサールの誠実さは私にも伝わってきた。
「私、ガードっていうのになります。うちに帰れなかったとしても、ここにいるよりあなたについて行く方がいい」
 まともに相手の話を聞く気のない人たちのそばにいて、また牢に戻されるなんて絶対に嫌だもの。
 私に選択肢がないと思ってるせいかイサールは少しだけ申し訳なさそうにしていたけれど、それでも「歓迎するよ」と笑ってくれた。

 もしかしたらザナルカンドには帰れないかもしれない。故郷の滅亡を思い知るだけなのかもしれない。
 それでもいい。帰れないと分かったら分かったで、先のことを考えられる。
 とにかく今はあの時なにが起こったのか、本当のことを知りたいと思う。




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