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19


 南国生まれにマカラーニャの極寒地獄は耐えられない。寒すぎるよりは暑い方がまだマシだ。
 ……とは言ったものの、一番キツいのは温度差なんだよな。
 やっと寒さにも馴染んできたところをいきなり灼熱の砂漠に飛ばされちまうんだもんなあ。
 日射しがこんなに辛く感じたのは生まれて初めてだ。
 まあ、この辛さは前回の記憶で知ってたと言えば知ってたんだが……。
 所詮夢は夢だった。体験したつもりになってるのと現実で身に染みるのとじゃ全然違う。

 マカラーニャ湖の底で芯から冷えた体が凍ったまま焼かれてるような気がした。
 今回はメルも一緒だ。気を失っちゃいるが目立った怪我もない。
 流れ着いたのが前回と同じ場所であるよう願いつつ、メルを担いで記憶を頼りに日陰を探す。
 アルベドのやつらめ、こんな不便でややこしい場所にホームなんか作るなってんだ。
 つっても、こんな場所にしか作れなかったのはあいつらのせいじゃないしなあ。

 数時間後には跡形もなく破壊されるホームのことを考えようとしたら胸ん中がモヤモヤする。
 キーリカの時は、村を救っても代わりに違う誰かがシンに襲われるかもしれないってんで手出しできなかった。
 今回もやっぱりメルは助けるべきじゃないと言うだろうか。
 だが相手はシンじゃねえんだ。アルベドを襲い損ねたからってグアドが他を襲撃することもない。
 急いでホームに駆けつければ何人かは助けようもあるんじゃないか、って往生際の悪い考えが消えなかった。

 後になって思い返したら「余計なことすべきじゃなかった」って後悔するとしてもだ。
 目の前で惨劇が起きるのを黙って見過ごすのは難しい。

 考え込む俺の横に寝そべったまま、メルが何やら唸っている。
 俺もメルも暑さには強い方だが、さすがに砂漠の熱も平気ってわけにゃいかねえ。
 せめて中に着込んでる防寒着だけでも脱がせてやるかと思って襟元に手をかけた瞬間、メルが飛び起きたんで慌てて手を引っ込めた。

「ワッカ!」
「よ、よぉ、おはよう」
「おはよ……。今、脱がそうとしてなかった?」
「そっ、そりゃお前が暑くて唸ってたからであってだなぁ、変なことは考えてねえぞ!」
「あーうん、そうだよね」
 そうだよねって何だよ。なんかそれはそれで失礼だな、おい。

 いつもなら追い討ちみたいに軽口を叩くところだってのに、メルは深刻な顔で俯いてしまった。
「大丈夫か?」
「うーん。身体的には大丈夫」
「なんだその微妙な言い種は」
 かえって心配になるだろーが。身体的には大丈夫って、じゃあ精神的には大丈夫じゃないってか。
 ……ま、それも当然かもしれない。何が起きるのか充分すぎるくらい分かってた俺でさえ、老師を殺して逃げてる事実が堪えるんだ。

 マカラーニャでシーモア老師がメルを呼んだことが不安を煽っていた。
 老師とどんな話をしたのか、寺院で何があったのか。
 正直に言えば今すぐ聞き出したくて堪らないんだが、先手を打って「落ち着くまで待て」と言われちゃ黙って待つしかない。
 待ち兼ねて「早く話せ」なんてせっついたら、また干渉しすぎだとか過保護だとか怒られそうだ。

 しばらく砂を眺めてぼんやりしていたメルは、今やっと本当に目が覚めたみたいな顔で俺を見上げた。
「そういえば、ここはどこなの?」
「ビーカネルって島だ」
「じゃあ……サヌビア砂漠に流れ着いたんだ」
「ああ、ってお前、よく知ってんなあ」
「名前だけはね」
 思い返せばメルは昔から世界地図だのなんだのに興味を示してたっけな。
 そう、確か……ユウナとキマリがビサイドに来た頃からだ。
 俺を含めた大抵の島民が想像もしない、ビサイドの外にも世界が広がってるってことを、ずっと前から知ってたんだ。

 辺りを見回して仲間が誰もいないのに気づいたらしく、メルは真顔で呟いた。
「無人島、砂漠、二人きり、何も起きないはずがなく……」
「無人島じゃねえし、二人きりでもねえよ」
「なんだ〜、残念!」
 くだらない冗談を言える程度の元気は出てきたらしい。
「ここで待ってりゃ他のやつらも合流してくるはずだ。最後にリュックを探して……」
「うん。それから?」
 それから、アルベドのホームに向かうことになる。

 ちゃんと全部話すって約束だ、やっぱグアドの襲撃についてもメルに言っといた方がいいだろう。
 そっちに話を向けりゃ老師の話をする気になるかもしれないって打算もある。

「砂漠のどっかにアルベドのホームがあるんだ。ユウナはそこにいる」
「誘拐されちゃったのか。こりゃガードとしては大失態だね」
「耳が痛ぇな。んで、俺たちがそこに着いた時、グアドの襲撃を受けてホームは壊滅状態になってんだ」
「えっ? な、なんかさらっと爆弾発言……」
「助けに行くべきか、って聞きたいとこなんだが、生憎とホームがどっちの方角か覚えてねえんだなあ」

 メルはいつものごとく俺が言った以上のことまで考えてるようだ。
「ユウナがそこにいるなら、シーモア様の目当てはアルベド討伐じゃなくユウナ誘拐?」
「たぶん。そんでも、あの人が本当は何考えてたかなんて知らねえけどよ」
 直後に結婚式なんか挙げてるんだからユウナを攫いに行ったのは間違いない。
 だが、本当にそれだけならアルベドのホームをあそこまで徹底的に破壊する必要があったのか。

「ユウナを攫ってさっさと逃げりゃよかったんだ。なんでわざわざアルベドを虐殺すんのか、分からないし分かりたくもねえな」
 だがメルはその言葉に賛同できないらしい。
「受け入れたくはないけど、なんでアルベドを殺すのかは分かるよ」
「なんでだよ」
「もし被害が小さかったらアルベドはグアドに復讐したと思わない?」
「……」

 アルベドが古代の機械兵器をたんまり持ってるのはみんな知ってる。
 俺たちだってそのうちの一つである飛空艇で脱出してベベルに直行するんだ。
 もしホームの被害がもっと少なければすぐさま反撃に移るって手もあった。
 そうだな。確かに、受け入れたくねえが理解はできる。
 グアドのやつらはアルベドが追って来られないようにホームを破壊してから去ったんだ。

 しかしメルはいつもこうだなぁ。
 誰がどうして何のために、行動を起こした理由まで考えちまう。だから考えすぎて傷つくんだろうに。
 適当なところでやめとけよ、と思うんだが、言って変えられるもんでもねえよな。
 こいつはこういう性格なんだ。相手の気持ちを想像できない俺とは違う。
 そんなもん、どれだけ深く考えたって本当には分かんねえのによ。

「まあ、アルベドも全滅するわけじゃねえし。助からないやつは……それも運命ってことだ」
「ワッカはそれでいいの?」
「無理してアルベドを助けに行って俺やお前が死ぬ方が怖えな」
「……うん。そうだよね」
 そもそも、たったの二人で駆けつけたって大した助けになれると思えない。
 助けたいと口で言うだけなら簡単だが、実際にはどうしようもないだろ。
 言い訳染みてる自覚はあるが、結局のところそれが俺の本音だった。

 ティーダたちが合流してくるまでどれくらいかかるっけなぁ。
 辺りを彷徨いてみる余裕もなく、知らない場所で一人じっと待ってんのは精神的に辛かった。
 今回はメルがいるんで前回とは時間の流れも違う気がする。
 なんだかんだ話してる間にあいつらが探しに来てくれるだろう。

 メルは湿った防寒着を脱いで砂避けに頭からコートを被り、水分補給して一息ついた。
 それから深刻な顔で俺を見上げる。
「あのさ。マカラーニャ寺院でのことなんだけどね」
「んぁ? お、おう」
 もう話すのか、それ。
 他の仲間と合流したら内緒話なんかできなくなるが、だから飛空艇に乗ってからのつもりでいた。
 まさかこんなに早くメルが打ち明けようって気になるとは思わなかったぜ。

 腹を括ってしまうと、ため息でも吐き出すように軽くメルが言った。
「シーモア様、ワッカと同じみたい」
「……は?」
「ワッカと同じように“前回”のこと覚えてるんだよ」
 嘘つけ、と笑い飛ばしたいところだが、そんな冗談はあまりにもたちが悪すぎる。
「ついでに、ワッカが覚えてることも感づかれてるよ」
 メルの真剣な表情を見る限り間違いなく事実のようだった。

 ユウナやルールー、でなけりゃティーダが俺と同じ記憶を持っててくれりゃありがたいのに、と思ったことは何度もある。
 だが、よりにもよってシーモア老師かよ? 最悪なんてもんじゃねえ。
「勘弁してくれって感じだぜ……」
 あの方が先の展開を知ってて自分の都合がいいように物事を操作し始めたら、俺には太刀打ちできると思えねえ。

 頭が真っ白になりそうな俺の様子を窺いつつ、メルは更に続ける。
「悪いばっかりでもないよ。今回はシンにならなくても構わないらしいから」
「へ? ……老師がそう言ったのか」
「まあ条件付きでってことだけど」
「条件って何だよ」
「私が一緒にザナルカンドに行けば、シンになる筋書きは捨ててもいいって」
「あぁ!? んなもん反対に決まっ……ん? 待てよ、そりゃおかしいだろ」
「私もシーモア様の意図がよく分かんないんだよねー」
 呑気に言ってる場合じゃねえっての。

 こいつが召喚士だってのは老師にもバレてる。
 だからザナルカンドに同行しろってのはつまり、ユウナの身代わりになって究極召喚を手に入れろってことだ。
 シンになる野望を捨てるってのと矛盾してんじゃねえか。
 私欲のために究極召喚を利用する気がないなら、召喚士と一緒にザナルカンドへ行く必要もないはずだろう。

「大体、今までエボンの民をさんざ裏切ってきたやつの言うことなんか信じらんねえな」
「それは私だって同感だけどさ」
 けど……何だよ。まさかこいつ、この馬鹿げた話に乗り気なのか?

「でもよ、今まで老師はそんな気配ひとつも見せなかったじゃねえか。思い出したのは最近ってことか?」
「どうかなぁ。他に同じ境遇の人がいないか探ってただけかも」
「はあ〜〜……なんでシーモア老師なんだよ。なんでよりにもよってシーモア老師なんだ〜!」
「大事なことなので二回言いました?」
 大事どころか一大事だろうよ。

 ただでさえ腹芸は苦手だってのに、あの得体が知れないシーモア老師を出し抜けってのか? 無理だろ。ああぜってえ無理だ。
「もし仮に『シンにならなくてもいい』ってのがマジだとしたら、もっと厄介なこと思いついてんじゃないのか」
「あり得るねえ。あはは、どんな厄介事だろう?」
 だから呑気に言ってる場合じゃねえってんだよ。

 とにかく、メルがこのことをさっさと話してくれたのはよかった。
 予定通りに進めばメルはベベルでもシーモア老師と話す機会がある。
 俺の知らない間に丸め込まれちまうはめにならなくて、本っ当によかった。

「シーモア様は、世界を滅ぼす力が欲しくてシンになろうとしてたんだっけ?」
「ああ、そんなようなこと言ってたはずだ」
 老師が送ってきた人生に同情する気持ちがないわけじゃないが、どうやっても相容れないと思う原因がそれだった。
 死ねば苦しみも悲しみも感じずに済む、だからシンになってスピラを救ってやるってな。
 余計な世話だっつーんだよ。生きたくても生きられなかったやつらを嫌ってほど見送ってきたのに、誰が好き好んで死のうとするんだ。 しかしメルは別のことを考えてるようだった。
「死んでも次の人生をコンティニューできたら、それってつまり永遠を手に入れるってことじゃない?」
「……んん?」
 そういう風に考えたことはなかった。前回の俺は“その前”の記憶なんて持ってなかったんだからな。
 だがもし今回の俺が死んでまた“次”があるとしたら、永遠に終わりなんて来ないってことだ。
 そいつはシーモア老師が言うところの安らかな眠りと似ている。
 突然の出来事なんて起こらない、前回とまったく同じ、先が分かりきってる人生。そこには苦痛もないだろう。
 だから老師は何も変えようとしない、変える必要がないのかもしれない。

 ここに到るまでシーモア老師が前回の記憶を持ってるような様子はなかった。
 やり方を変えてユウナを味方につけようとするとか、標的を変えるとか、何もなしだ。
 未来を知ってることで安らぎを手に入れたからシンにならなくてもいい、ってんなら分かる。
 だが、そうすっと“なぜメルをザナルカンドに行かせたいのか”って疑問に戻る。

「老師の思惑なんか、考えたって理解できると思えねえけどな」
「私たちに出し抜かれるほど間抜けじゃないだろうし」
「ま、この際あっちが何を企んでるかはどうでもいい」
「じゃあ放置するの?」
 要するに、俺たちとしては前回の展開から“変えない”ようにすりゃいいわけだ。
 老師の目論見がなんであれエボン=ジュを倒してしまえば何もできない。

 やっぱり話し相手がいると時間が経つのも早かった。
 今後のことを話してる間にティーダたちがやって来て、リュックを見つけ、アルベドのホームに向かう。
 何もかも予定通り、襲撃を受けたホームが壊滅するところまで予定通り。
 分かりきってる結末ならそれが悲劇でも諦めがつく。……でも、なぁ。
 グアドのやつらは確かにやり過ぎた。だが、数年後に報いを受けるのはこの襲撃と何の関係もないグアド族だ。
 それも知ってしまってるから……嫌な気分だ。

 飛空艇に乗ってしばらくメルは地図を眺めてボーッとしていた。
 他に考えることが多すぎるせいか、今回は飛空艇が落ちたらどうしようって不安は少ないみたいだ。
 俺はとりあえず、メルをその場から連れ出すことにする。
「ブリッジには近づくなよ」
「え? うん、べつにいいけど」
 もうじきこいつはシドのおっさんに喧嘩ふっかける予定だからな。

「じゃあ船の中を探検しよっと」
「あ、いや、それもまずいっつーか……」
「なんで?」
 なんでってそりゃ、お前が今シーズン出場停止に追い込んだアルベド・サイクスのやつらが同じ船に乗ってるからだっての。

 また俺が何かを隠してると察したらしく、メルが目をつり上げる。
「だってお前、サイクスのやつらと顔合わせたら揉めるだろーが」
「ああ、なんだそれかぁ」
 もっと大事かと思ったと言ってメルは笑った。あんまり気に留めてない様子を意外に思う。
「サイクスと会っても大丈夫だよ。私だってワッカが誰かと喧嘩してるの見るのは嫌だもん。そういうことでしょ?」
「……おう」
 本当に納得してくれたんならありがたいんだが。
 普段なら滅多に他人と喧嘩しないやつだからこそ、揉めてるとこなんか見たくねえんだよ。

 そういや船内に魔物が入り込んでるんだったと思い出し、メルを連れて見回りに行くことにする。
 その途中で廊下に踞るドナを見つけてメルが声をかけた。
「ドナさん、マカラーニャの森でバルテロさんに会いました。湖の旅行公司にいるはずです」
「そう……」
 森の封鎖も解かれてる頃だし、ナギ平原で降ろしてやればすぐに合流できるだろう。

 居丈高なドナでもガードと引き離されて誘拐されるのは堪えたらしい。
 疲れた顔を隠す余裕もなくメルを見つめて呟く。
「あなたの周り、やっぱり変人が多いわよね」
「やっぱりって何ですか、やっぱりって」
「類は友を呼ぶって言うでしょう?」
 そりゃ俺も含まれんのか? メルが変わり者だってのは否定しねえけどよ。

 どうやらドナは、俺たちと同じく飛空艇内を探検してたティーダと会って話をしたようだ。
「旅をやめようかしらって言ったら、止められなかったわ」
「あー……そりゃティーダは止めないでしょうね」
 まして今はユウナの運命を知らされた直後だもんなぁ。
 言われて思い出したが、ドナとバルテロはこのままキーリカに帰ったんだっけか。

「あなたたちの意見は?」
「私はドナさんのしたいようにしたらいいと思う」
「いろいろ言われるかもしんねえけどな。言わせときゃいい」
「……ほんと、変わり者しかいないわ」
 失礼な言い種だぜ。

 ズーク先生もギリギリまで迷って決断した。それくらい、召喚士が旅をやめるってのは大変なことだ。
 やっぱりスピラのために死ぬのは嫌だと引き返してきた召喚士に世間は冷たい。
 送り出す時は泣く泣く覚悟を決めて送り出したくせに……いや、だからこそなのか。
 生きて戻ってきたってことは、また失う日が来るのに怯えなきゃなんねえってことでもある。
 死んでもいいって諦めるのは案外簡単だ。死なない決意こそ難しい。

「物語の主人公じゃあるまいし、召喚士が覚悟を決めるのは世界を救うためなんかじゃないんだよね」
「そう、スピラのために犠牲になるなんてつもりなかったわ。私はただ、」
 ただ大切なものを守りたいだけだと言ってドナは黙り込む。
 そして、疲れたから一人にしろと追い払われてしまった。

 俺たちがザナルカンドに行ってユウナレスカ様を倒せばドナが究極召喚を使って死ぬこともない。
 だからってわけでもないが、旅をやめたいと思うなら躊躇するこたねえんだ。

 侵入してる魔物を探すって当初の目的を思い出して船倉に向かう。
 不意にメルが足を止めた。
「変わらなくてもいいって思う?」
「ん?」
「チャップも助かったし、あとはティーダを救えたら他のことは変わらない方がいい?」
 そりゃ、その方がシーモア老師の思惑に振り回されずに済むし……。
「他のことまで頭が回らねえってのが正直なとこだけどな」
 やってみて失敗するより最初から諦めてる方が楽。そういう考えが染み込んでるんだ。

 未来がどうあるべきか、最初から分かってる。ならそれに従っちまうのは。
「かんたんだね」
「簡単って何が」
「んー……、何でもない」
 べつに根拠なんてない、ただの予感だが、メルはシーモア老師の話に乗ろうとしてる気がする。
 お前もドナやイサールたちと一緒にナギ平原で降りろ……なんつったら怒るんだろうなぁ。




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