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18


 私とユウナはトワメル様に連れられて一足早くマカラーニャ寺院を訪れた。
 徒歩でもチョコボでもなく、グアドが操る魔物の背中に乗せられて。

 寺院に足を踏み入れてもまだ地面が揺れているような錯覚が起きた。
 チョコボならまだしも魔物に跨がって雪道を爆走するのは恐怖そのものだ。
 だって顔を横に向ければ巨大な亀裂が口を開けてるんだもん。落ちたら一巻の終わりだよ。
 緊張しまくってたせいか乗り物酔いしちゃった。

 シーモア様は祈り子の間で待っているそうなので、早速試練に挑むことにした。
 手順を知ってるのでスフィアを動かしてさくさく進む。横から見ていたユウナがやたらと感心している。
「メル、ここも覚えてるんだ」
「うん。前にズーク様と来たし」
「でも半年前だよ? 記憶力がいいんだね」
 いや、ズーク様と通った後にも一人でもう一回通ったお陰で予習復習バッチリなだけですよ。
 あんまり誉められたら逆に恥ずかしくなってくる。

「にしても寒いっ。いくら試練の間っても内装くらい暖かそうにしてほしいもんだ」
「この氷は祈り子様の性質を反映してるんだよね」
「そうらしいよ。なんで氷の性質なんか持っちゃったんだか」
「生前から寒さに強い方だったのかも。祈り子様は、マカラーニャかベベルのご出身なのかな」
「どうだろうね〜」
 もしベベル出身なら親近感が湧くなあ、なんて呑気に言ってるユウナに気まずくなった。
 祈り子様はたぶんザナルカンドの出身だ。だから寒さに強いってのは合ってるかもしれないけれど。

 マカラーニャ寺院の試練は二つの階層を何度も往復しなきゃいけないから面倒だ。
 つくづく、ビサイドの試練は簡単だったなと思う。それに暖かいから動くのも楽だったし!

「メルは服に黒魔法を仕込まないの?」
「あれはルーの専売特許だよ」
「そっかぁ」
 ユウナは残念そうに真っ白な息を吐いた。自分も黒魔法を覚えてルーを真似ようと思ってたらしい。
 いくらベベル生まれでもやっぱマカラーニャの寒さはキツいよね。

 ルーはまさしく天才だ。先天的な才能があったせいで魔法の論理とか自分でも理解してない。
 そんな彼女に黒魔法を教わるのも大変だった。
 黒魔法をただ使うだけなら、根気よく訓練すれば誰でもいつかは習得できる。
 けどルールーの境地に達するには努力を重ねただけじゃ届かないんだ。
 魔法を防具に定着させて効果を永続させるなんて芸当、大ベテランの黒魔道士でも普通できないと思うよ。

 気を取り直してユウナが顔を上げた。
「それじゃあ、もうひとつの訓練はどんな調子?」
「えっ」
 もうひとつっていうか、いつの間にか脱線しただけで本当は料理の訓練が本命だったんですけど。
 それでもまあ黒魔法が料理の練習に役立ってるのは事実だ。
 無害化したファイアやウォータを使えば前世で慣れ親しんだキッチンと似た環境に少しだけ近づけるんだよね。

「うーん。一応、食べられる程度のモノは作れるようになったかな。オーラカのやつらも渋々食べてくれるし」
 私がそう言ったらユウナは目を見開いた。
「ワッカさん以外も食べられるようになったなんて、メルにしてはすごい進歩だよ!」
 え、ちょっと失礼すぎない?

「あーでも旅に出てから料理してないし、また鈍ってるかも」
「そっか。今はワッカさんやアーロンさんが用意してくれるもんね」
 そうなのだ。ワッカはもちろん、旅の経験豊富なアーロンさんも料理全般そこそこできる。
 役割分担が多少変わってもごはんの支度をするのはルーやキマリで、未だ修行中の身である私が出る幕はないのです。

 やろうと思えば私が料理を担当することもできなくはないんだけどさ。
「ユウナだったら、私が作ったごはんとワッカが作ったごはんどっち食べたい?」
「え…………」
 その困惑が答えだった。
「一応食べられる、じゃなくて、積極的に食べたい、と思えるモノ作れなきゃ意味ないよねぇ」
 辛うじて最低ラインを越えただけだもん。まだまだ「料理がうまくなった」とは言えない。

 だけど、少しずつ上達し始めたお陰で新しい目標もできた。
 どうせなら私の手料理を食べてくれる人に、というか主にワッカに、美味しいと喜んでもらえるモノを作りたい。
 以前はなかったそんな欲求がモチベーションを高めてる。
 目標があれば特訓するのも楽しいんだよね、単純に。

 雑談しながら試練の間を進む。ユウナの表情には陰りが見えた。
 祈り子の間はすぐそこだ。シーモア様との対面が近いから、こんな無駄話で気を紛らせてるんだろう。
 老師と対決するのが怖い、みんな助けて、って頼ってくれたらいいのにと思う。
 でも……ユウナ、一人で背負い込んじゃうタイプだもんね。性格なんてそう簡単には変えられない。

 最後の道を開くスフィアを手に、私はユウナと見つめ合った。
「ね、実を言うと私も召喚士になったんだ」
「え?」
「ここの祈り子様とも半年前に契約してる。黙っててごめん」
 あえて軽く言ったらユウナはしばらくの間ぽかんと口を開けっ放しにしていた。

「……どうして?」
「こないだワッカに打ち明けたし、ユウナにも言っておこうと思って」
「そうじゃなくて……どうしてメルが、召喚士に?」
 どうして、かぁ。

「一番の理由は選択の幅を広げるためかな」
「選択の幅って?」
「ユウナの意思は尊重する。でも『やっぱ旅やめる』って選択肢がないのは、フェアじゃないでしょ」
「メルが代わりにやってくれるから平気……? 私、そんなの嫌だよ」
「分かってる。心配しなくても、仮に私がシンを倒すとしても死ぬつもりないから」

 最初はユウナが召喚士にならなかった時の交代要員っていうつもりだった。
 でも旅を続けるうちに、いろんなものをなくしたり手に入れたりして私の気持ちも変わっていった。
 誰も誰かの代わりにはなれない。それはきっと正しいけれど、正しすぎて突き放される。
 代えのきかないものを失って弱ってる時には正しさなんて何の救いにも支えにもならないじゃない。

 ティーダが消えてしまってから、ユウナはずっと一人だったってワッカが言ってた。
 空洞をそのまま抱えて生きなきゃいけなかったんだって。
 誰も彼の代わりにはなれなかった。なくしてしまったらそれで終わり。もう救いはない。……そんなの辛い。

 代わりにしたっていいんじゃないかな。
 誰かに寄りかかって傷を癒して、それでもう一度、前を向けるなら。
 私はティーダを消したくない。ユウナを一人にしたくない。ワッカの願いを叶えたい。
 そのためには、前回と違う道を……代わりの未来を選ぶ必要があるはずだ。
 私が召喚術を使えることで見えてくる別の選択もあるだろう。

「ユウナがやめたくなったら私が代わりにシンを倒すよ。でもその時は、究極召喚以外の方法探すの手伝ってもらうけどね」
「メル……」
「本当に自分のやりたいことをしてよ。私がどんな未来でも探してあげるから」


 祈り子の間へと続く大広間。グアドのガードに守られてシーモア様がユウナを待っていた。
「ユウナ殿、お迎えにあがれず申し訳ない。外は少々、騒がしいもので」
 静かなところで会いたかったのだと言って彼は優しく微笑んだ。

 確かに今日のマカラーニャ寺院は少々どころじゃなくうるさかった。
 前に来た時の厳粛で静かな印象とはうって変わって、ビサイドのお祭りみたいに無節操な宴会が開かれてるんだ。
 可愛い後輩であり我が子のような立場でもあるシーモア老師の結婚に、僧官様方は受かれまくっている。

「なんかもう結婚するのが決まったような騒ぎですよね」
 半年前に訪ねた時は、威厳がありつつも近寄りにくい人たちだと思ってた。
 そんなマカラーニャの僧官様も酔っ払ったらビサイドのじい様と同じ普通のおじさんだ。
 それはべつにいいけれど、周りから固めるようなやり方でユウナを追いつめられるのは気に入らない。

 私の嫌味にシーモア様は軽く肩を竦めて答えた。
「それも重ねてお詫びします。まだ返事は受け取っていないと言ってあるのですが、みな早とちりしているようで」
 まったく悪びれずに謝るシーモア様をユウナは不審そうに見つめていた。
 邸でプロポーズされた時にはまんざらでもない感じだったのに、嫌われたもんだ。

 ユウナは結婚に関する私的なことをシーモア様に聞こうとしてる。
 呼ばれたからついて来たものの、私がここにいていいものかと彼女の顔を覗き込む。
「あれだったら私、外に出てようか?」
「ううん、大丈夫」
「そっか……。んじゃ、頑張って」
 聞いても構わないなら後ろで見守っていようかな。

 明らかに緊張で体を強張らせながらもユウナはシーモア様の方へ歩いていく。
 そしてまっすぐに彼を見つめ、言った。
「私、結婚しても旅を続けたいんです。……召喚士の使命を、果たしたいと思っています」
「もちろん構いませんとも。もとより私もそのつもりです」
 ユウナと結婚しようって立場なんだから彼女が命を投げ出そうとするのを止めてほしいなぁ。
 本当に、自分がシンになるためにユウナを利用したいだけなんだとガッカリする。

 ユウナはシーモア様の真意をはかるみたいにじっと彼を見つめていた。
 黙りこくって微笑を貼りつけている彼に焦れたのか、また口を開く。
「何か……私に、打ち明けることはありませんか?」
 たとえばジスカル様を殺した理由とか?
 そんなこと今さら聞いても意味がない。なのに聞きたがるのはつまり……。
 シーモア様さえ意思を変えてくれるなら彼を受け入れようとする気持ちがあったんだ。少なくとも、今この時までは。

「夫婦となれば話をする時間はいくらでもありましょう」
「結婚を承諾しなければ真実を話す気はない、ということですか?」

 何も答えてくれそうにないシーモア様にユウナは落胆の息を吐く。このままじゃ埒が明かない。
「とりあえず祈り子様に会ってきたら?」
「……そう、だね」
 御付きのグアド族が扉を開けてくれた。肩を落としつつ、ユウナは祈り子の間へ姿を消した。

 ここで戦いになり、私たちは老師を殺した反逆者として追われる立場になる。って、ワッカが言ってた。
 ユウナが祈り子様と話してる間に何かできないだろうか。
 もし私がシーモア様を説得できたら。
 シンになりたいっていう彼の願いを別の何かに変えられたら、彼は心強い味方になると思うんだけど。

「ユウナ殿はお変わりないようですね」
「え? あ、はい」
 彼女が入っていった扉を眺めて考え込んでたら、急に声をかけられて驚いた。
 ユウナが変わってないって……どういう意味だろう? なんか意味深。

 私が振り向くとシーモア様もまた私を見つめ返してくる。
 その視線は私を観察してるようでとても居心地が悪い。

「貴女がズーク殿に従ってこの地を訪れた時、そのままザナルカンドへ行くものだと思っていました」
「あー、ズーク様はナギ平原で旅をおやめになりましたから」
 シーモア様は私が召喚士だって気づいてたし、私一人でもザナルカンドを目指すと思ったのかな。
 本当に究極召喚を求めてる人ならそうしたのかもしれない。
 だとしたら、あっさり諦めて帰った臆病者に見られてるだろう。

 でも続くシーモア様の言葉は予想外だった。
「私はガガゼトの麓で待っていたのですが」
「は?」
 あ、老師様に「は?」とか言ったらまずいよね。どうしよう。
 ていうか、待ってたって何? 私を? シーモア様が? ……なんで?


 呆気にとられてる私を前に、シーモア様はいつもの怖い微笑を浮かべた。
「召喚士になったのは未来を変えるためなのだろう、と。しかしメル殿、貴女自身は前回のことを覚えているわけではないらしい」
「なっ、」
「おそらくはあのビサイドから来た青年でしょう。私に対する態度も行動も、前回とは違っていました」
 背筋が粟立った。シーモア老師も、ワッカと同じ記憶を持ってる……?

 彼も“前回”のことを覚えてる?
 もうじき自分が私たちに殺されるってことも?
 そっか、ユウナは変わらないって、前回の記憶を持ってるのは彼女じゃなさそうだな、って意味だったのか。

「えっとぉ……」
 何を言うべきか思いつかなくて軽いパニック。
 既に確信を抱いてるなら誤魔化しても無駄だろう。この腹黒い人を相手に腹の探り合いも難しい。
 だったら、素直に降参して相手の意図を聞くしかないか。

 目を閉じて深呼吸、シーモア様は私が落ち着くのを待っててくれた。
「私を呼んだのは、私が前回の記憶を持ってると思ったからですか?」
「そうですね……いえ、貴女ではないことは分かっていました。御呼び立てしたのは込み入った話をする機会が欲しかったからです」
 うっわ嫌な予感。
「私に協力していただけませんか、メル殿。ユウナ殿の代わりに」
 やっぱり……。

 ちょっと頭の中を整理しよう。
 シーモア様がユウナとの結婚を目論んだのは、ユウナが召喚士だから。
 彼女をザナルカンドに行かせて自分は祈り子となり、最終的には次のシンになるのが彼の願い。
 で、前回の記憶を持ってる彼はユウナがその野望に協力してくれないことを知っている。
 そして自分と同じく未来を変えようとしてるっぽい私をユウナの代わりにしようって?

「すみません、私はシーモア様と結婚する気まったくないです」
 ワッカにフラれてたら考えなくもないけどその予定は今のところないし。
 あとシーモア様はあんまり私好みじゃない。だってこの人、絶対インドア派だもん。
 ってそんなことはどうでもよくて!

 にべもなく断る私にシーモア様は余裕の笑み。
「結婚する必要はありません。ただ理解があればよいのです」
「いや〜……理解とか言われても。私は死にたくないのであなたをシンにすることもできません」
 元から召喚士を犠牲にする方法に疑問を感じてはいたけれど、それが無駄死にでしかないと分かってる今、そんな方法をとるわけがない。

「失敗するのが分かってるんだから、むしろシーモア様こそ諦めて私たちの仲間になりませんか?」
 ジスカル様を殺しちゃったことも、ちゃんとベベルで裁きを受けてからならユウナは許してくれると思うんだ。
 結婚してくれるかは何とも言えないけれど、殺されて全部が水の泡になるよりは別の道を歩いてみる方がマシでしょ。

 駄目元で切り出してみた勧誘だけれど、シーモア様は意外にも考えるそぶりを見せた。
「覚えておられぬでしょうが、貴女は前回も死人となった私に『仲間になれ』と仰ったのです」
「私が言いそうなことですね」
「とても驚きました。しかし、今生の私はそれも良いかと思っています」
「え!!」
 マジですか。正直なところ仲間になったらなったで怖そうな人だけれど、敵対するよりはずっといい、と思う。

「そ、それじゃあ、」
「どうか私と共に最果ての地へ。貴女が私の望む役を演じてくださるのならば、シンになるという筋書きは捨てましょう」
「……ん?」
「しかし貴女が私を拒むのであれば、私は前回と同じ舞台に立ち続けます」

 どうやら仲間になるのを承諾してくれたわけでもないらしい。
「ちょ、待ってください。シンにならなくてもいいって本気ですか? だったら何のために……」
「仲間でもない方にすべてを打ち明けるつもりはありません」
「うぐっ」
 召喚士である私をユウナの代わりにしてザナルカンドに行きたい、でもシンになるつもりはない……?

 一体どういうつもりなのかさっぱりだ。でもシーモア様はこの場で説明する気がないらしい。
 いや、というより、詳しい話が聞きたければまず私が折れろってことなのか。

「何かを変えたいと思うのなら、貴女は私の手を取るべきです」
 でもそれで何がどう変わるのかは分からない。
「ユウナレスカを殺すまでには御決断を」
 もし手を取らなければ、シーモア様は“前回”と同じ道を行くってこと。
「メル殿。貴女は死の甘さを知っている。きっと私の願いを叶えてくれると信じています」
 叶えられる願いかどうか、聞いてみなきゃ分かんないってのに。

 そこから先、ワッカに確認してる時間はなかったけれど、たぶん前回と同じ展開だった。
 アルベドから奪ったスノーバイクで追っかけてきたらしいティーダたちが入ってきて……シーモア様と戦闘になった。
 こっちが戦いたくないと思っても彼の方から仕掛けてきた。
 死んでも現世にしがみつく自信があるからだろう、文字通り命を賭して前回をなぞるつもりなんだ。
 私に変わる気がないのなら、シーモア様は“未来を変えさせない”ってわけ。随分な脅し文句だった。

 めでたく反逆者となって呆けているユウナを珍しくワッカが叱咤する。
「ユウナ、ヴァルファーレを呼べ! 乗って逃げるぞ!」
「は、はいっ」
 なるほど、あの細い氷の道をちんたら走っては逃げきれないもんね。
 それなら私も……えーとヴァルファーレはダメだしイフリートも氷が溶けて危ないから、ここは逃げ足速そうなイクシオンでいこう。

 体が軽いユウナとリュックとティーダに身軽なキマリはヴァルファーレに乗ってもらう。
「ルーとアーロンさんは重いからこっち来て! あ、重いってのは装飾品の話です」
「メル? どうして召喚獣を……」
「説明すっから後にしろ、ルー」
「あんた知ってたの!?」
 鬼の形相で私とワッカを睨むルールーを、アーロンさんが無言で抱えてイクシオンに乗せる。
 それでとりあえずルーは黙ってくれた。あくまでも、とりあえず、ね。

「……私の代わりに怒られてね、ワッカ」
「なんで俺が怒られなきゃなんねえんだ!」
「知ってて黙ってたんだから同罪だよ」
「お前まさか、俺に打ち明けたのはそのためかよ」
「ソ、ソンナンジャナイヨ?」

 なんて遊んでる間に二体の召喚獣は雪原を駆け抜け、旅行公司が見えてきたところで力尽きる。
 グアドの追っ手は撒いたみたいだけれど、彼らが放った魔物の追撃は避けられなかった。
 氷が割れて湖の底へ真っ逆さま。……仲間になれって言う相手にする仕打ちじゃないよね、ほんと。

 湖底から見上げると、祈り子様の歌と一緒に清らかな光が降り注いでくる。
 毒気に当たったみたいに頭がぐるぐるだ。

 ふと気づいたら、ワッカが物言いたげな顔で私を見てる。シーモア様と何を話したか聞きたいんだと思う。
「ごめん。混乱してて、今うまく説明できない。ちょっと待ってて」
「……分かった。待ってるから、お前もちっとは休憩しろ」
 そっと頭を撫でられて、なんでか涙が出そうになった。自分で思ってるよりずっと気が急いてるみたいだ。

 本当のところを言えば、こっちこそ「前回の私はシーモア様と何かあったの?」ってワッカに聞きたい。
 あの人と何を話したんだろう。どういう経緯で「仲間になれ」って言ったんだろう。
 答えは出なかった。だって前回のメルは“私”とは違うんだもの。何を考えてたのかなんて知らない。
 だからこそ……ワッカには前回の私に関することを聞けなかった。
 もう違う道に足を踏み入れてる。今の“私”はどうしたってワッカの知る“前回のメル”になれないんだ。
 もしかして、シーモア様にならそんなことも聞けるのかな。

「この後またシンに襲われてバラバラになっちまうんだ。お前はたぶんリュックと同じとこに流れ着くはずなんだが」
「うん」
「なんつーか、その……離れんなよ」
「分かった」

 聞きたいことはたくさんあるのになぁ。
 ねえ、本当に私と結婚したいの? だってワッカはもう全部を知ってるんでしょ。
 生涯を夢に見たなら本当はもう叶えたい願いも満たされちゃって、私の入る隙なんて残ってないんじゃないの?
 ……ワッカの覚えてる前回のメルと今ここにいる私が別人だとしたら……ワッカは、その人をなくしてしまったんだよ。
 私は代わりにしかなれないんだよ……。




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