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- ナノ -
17


 森が途切れて雪原が見える頃になると、さすがに防寒具を着込まなきゃ耐えられなくなってきた。
 この寒さも記憶の中では経験済みだが、やっぱ慣れるもんじゃないな。
 寒いもんは寒い。

 前回、ユウナの旅が終わった後にシーモア老師の所業が広まると、グアド族の地位は失墜した。
 それからまるでアルベドの代わりにグアドを排斥するみたいに悪質な噂が飛び交ったのを覚えてる。
 グアド族に僧官長の地位が与えられたなんて異例もいいとこだが、実は辺境のマカラーニャ寺院を体よく押しつけただけとかって話もあった。
 まあ、ベベルとは逆方向にあるマカラーニャが辺境だってのは確かだ。

 グアドサラムに近いってだけならジョゼ寺院でもよかった。
 しかしルカとベベルの間にあるジョゼ寺院は権威目当ての僧官長候補に人気がある。
 立場の弱いジスカル様に、ヒトは誰も僧官長になりたがらない田舎寺院を押しつけたってのも……たぶん事実ではあるんだろう。

 どうにもスッキリしねえ話だ。
 エボンの真実が暴露された後、すべての過去は寺院やグアド族を責める言葉で掻き消された。
 始めにあったはずの信仰はどこにいっちまったのか俺にも分からなかった。
 祈り子様に縋って、今まで助けられてきたのは間違いないのに、そんなことはすぐに忘れられちまう。
 シーモア老師を批難する声に押し潰されて、湖底に沈んだマカラーニャ寺院を引き揚げようって動きも立ち消えになったし……。

 考え事しながら歩いてたらいつの間にかメルが隣にいて、俺の腕を引っ張ってくる。
「うん?」
「ボーッとしてるから、どうしたのかなって」
「ああ……大丈夫だ」
 この後はアルベドの機械にシーモア老師、グアドが放った魔物と戦闘が続く。
 気を引き締めないとな。

 ふと見たらメルの防寒着は襟が少しはだけていた。もうすぐ雪原に出るってのに。
「首冷えたら風邪引くだろーが」
 立ち止まって首元まできっちり閉じてやると、されるがままになりつつメルがため息を吐く。
「ワッカの過保護はいつ治るんだろうね」
「あ? 治すつもりなんかねえぞ」
「ええっ、開き直らないでよ!」
 んなこと言っても、メルが無茶するのが仕方ないなら俺が心配すんのも仕方ないだろ。

 特訓してもルールーほどうまく魔力を制御できないらしく、メルは服に魔法を仕込んでいない。
 だから魔法が使えない俺たちと同じように、防寒着をしこたま重ね着してモコモコになっている。
 まあ雪の上でも薄着で涼しい顔してるルーの方が変なんだけどよ。
 あれ、見てる方が寒いからやめてほしいぜ。

 俺もメルも寒さには弱い。ルーだって魔法がなけりゃ寒いのは嫌がる。
 ティーダとリュックもマカラーニャみたいに極端な寒さは苦手らしい。
 キマリはもちろんのことベベル生まれのユウナやアーロンさんは平気そうだが、数としては寒い派が優勢だった。
 やっぱよ、寒いよりは暑い方がマシだよなあ。と思うのは俺がビサイド出身だからかもしれんが。

 メルが白い息を吐きながらぽつっと呟く。
「寒い……あったかいお風呂が恋しい……」
 風呂か。そういえば、旅が終わって二年後くらいにガガゼト洞窟で温泉が見つかったんだよな。
 こいつは行きたがってたけど、あんまり遠すぎるんで行く機会はなかった。
 ガガゼト洞窟じゃ飛空艇借りても意味ないもんなあ。
 つーか、こんな寒いとこで風呂入ったら出る時に余計寒くなるんじゃないかって気がする。

 隣を歩いてたメルは何を思ったか俺の後ろに回り、抱きついてくる。
 抱きつくというか……風避けにしてないか? べつにいいけど。
 風が強くなってくると、もう森の出口が近いって実感する。
「しがみつくなよ、歩きにくいだろ」
「こうするとあったかいんだもん」
「お前なぁ」
 祈り子様が健在の間、マカラーニャは寒すぎる。だから妙に人肌恋しくなるんだろうか。
 前回も寒さにへこたれたメルが酒飲んで、こんな風に……あー、思い出したらまずいことまで思い出しちまった。

 話を変えよう。
「メル」
「んー?」
「雪原に入ったら老師の使者がユウナを迎えに来る。そん時にまたアルベドが襲ってくるけど、あんま怒るなよ」
 俺の言葉を聞いて、しがみついてくるメルの腕に力が籠った。
「理不尽な理由で襲われて怒るなって言われても困る」
「そりゃまあ、そうなんだけどよ」
 根に持つなって話だ。

「俺はずっと、アルベドのやつらを毛嫌いしてたんだ」
「うん。教えに反してるからでしょ?」
「それだけじゃねえ。……チャップが、機械の武器使って死んじまったからな」
 八つ当たりだってのは分かってた。分かっててもどうにもならなかった。
「いろいろ酷いことも言ったし、リュックと大喧嘩もした」
「……そうなんだ」
 ここに来るとアルベドを嫌ってた頃の気持ちを思い出す。そして自分が嫌になる。

 メルは抱きついてた腕をほどいて、また俺の隣から顔を覗き込んできた。
「今のワッカはべつにアルベドを嫌ってないし、何も不誠実なことしてないじゃん」
「まあな。でも、覚えてっからキツいんだよ」
 確かに今回の俺はアルベドを嫌ってないし、暴言も吐いてない。
 だからリュックも自分の素性を隠してないし、前みたいな喧嘩にはならないだろう。
 気になるのはメルのことだった。
 幻光河でも、さっき森の入り口でドナのガードに会った時も、今回のメルはなんでかアルベドに当たりがキツいんだ。

 メルが俺みたいな言い争いをすると思ってるわけじゃないが……。
 思い返せば、雪原を歩きながらメルが俺を説得してきた時もこんな気持ちだったんだろうか。
 アルベドがどうとか機械がどうとかじゃなく、単純に大事なやつが誰かと険悪になってるのを見たくないんだよな。

 噛み締めるように考えてからメルは口を開いた。
「ワッカにはアルベドに辛く当たってた記憶があるから気が咎めるのかもしれないけど、他の人は……私は、そんな過去知らないんだよ」
 だから俺がいきなりアルベド贔屓になったようで違和感があるらしい。
「そういうつもりじゃねえんだが」
 でも端から見ればそう思えても仕方ない。三年前までは俺も寺院贔屓のアルベド嫌いだったんだしな。
 だからこそ、メルには俺みたいになってほしくないってのがある。

 足元を睨みつけながらメルが続ける。
「それに……リュックにだけ理由もなく優しいみたいで、なんか……やだ」
 あー、そういうことは考えてなかったな。
「……なにその顔」
「べつに。喜びを噛み締めてただけだ」
「喜ぶとこじゃないってば!」
 いや〜、これを喜ぶなってのは無理な話だろ。

「お前が嫉妬するとか、分かんねえもんだよなあ」
「だって今までちっとも女っ気なかったんだよ。急に仲良い女の子ができたら……なんか嫌なんだもん!」
 だからって、俺もリュックもどう見たってそんな気ないのにな。
「前回の私だって誰かに妬いたことくらいあるでしょ?」
「俺に浮気するような相手いると思うかよ」
「思う」
「おいおい……」
 酷くないか、それ。信用ないにも程があるだろ。

「妬かれるようなことした記憶はねえし、実際に妬かれたこともねえよ」
「……」
「疑いの目を向けんなっての」
「絶対、自分で気づいてないだけだと思う」
 いや冷静に考えてもメルが妬いてた記憶なんてないぞ。

 そもそも前回は嫉妬どころか俺とルールーを結婚させたがったりしてたんだ。
 だがそれはチャップがいなくなっちまってからのことだった。あいつが生きてる今は、前と同じにはならない。
 浮気なんかするわけねえし、相手だっていねえっつーの。

 しかしまあ、この調子ならリュックと険悪になる心配はしなくていいかもな。
 問題はサイクスの連中とシドのおっさんに無用な喧嘩をふっかけないか……。
 飛空艇に乗るようになってからが不安だ。

 雪原の旅行公司で一休みしてから寺院を目指す。
 記憶通りシーモア老師の使者がユウナを迎えに来たが、そこから少し妙な展開になった。
「メル様はどちらに?」
「私です」
 使者の視線が、おずおずと手を挙げたメルの方に移される。嫌な予感がした。

「貴女様もお連れするよう言われております。ご足労願えますかな」
「ちょっと待てよ、なんでこいつが?」
「シーモア様の御命ですので」
「え、えっと、花嫁付添人みたいなやつでしょうか」
「御友人が一緒であればユウナ様もお心強いでしょう」
「でも……私がついて行っていいなら皆も一緒でいいのでは?」
「グアドのしきたりにございますれば。メル様は特例でございます」

 困惑した顔のメルが俺を振り返る。
 だが、俺もどうしていいやら分からない。前はこんなことなかったんだ。
 結局メルはユウナと目配せをしてから、使者に向かって頷いた。
「……分かりました。私も行きます」
「おお、ご承諾いただきありがとうございます」
 正直言ってまったく行かせたくないんだが、メルだけ引き留めたらユウナは連れてっていいみたいになっちまうのが困るところだな。

 老師が手のひら返して襲ってくるのは俺たちが寺院に到着した後だ。
 だからユウナ一人でもメルがついてっても危害を加えられる心配はない、が……。
 なんでメルを呼ぶのか、老師の思惑が分からないのが気になった。
 やっぱルカで関わっちまったせいか。ユウナだけに飽き足らずメルにまで目つけたんじゃねえだろうな。

 もたもたしてる間にリュックの兄貴が襲ってきた。
 機械の弱点は分かってるんで、メルとユウナも戦列に加わり難なく撃退する。
 アルベド族が逃げ去ると、放り出されたスノーバイクを睨みつけてメルが吐き捨てた。
「あいつらは召喚士を連れ去りたいの? 殺したいの?」
「いや〜……あはは」
 困ったように笑うのはリュックだ。

 アルベド語で何言ってんだかよく分からなかったが、確かここで「ユウナのガードになった」って宣言したんだよな。
 立場をひっくり返してみりゃ、俺がビサイドの年寄り連中に「アルベドの仲間になる」って言うようなもんだ。
 よっぽどの勇気が必要だったに違いない。なのに前回の俺は、リュックがアルベド族だってことで彼女を拒絶した。
 やっぱり怒ってるらしいメルを見るのがキツかった。前回の俺が感じてた怒りとかやるせなさとか、そんなのが全部蘇ってくる。

「ごめんね。あれうちのアニキ、必死すぎて見境なくなっちゃってるけど、悪気はないんだよ」
「悪気がなければ人にレーザー撃って殺そうとしても許されるんだ?」
「う〜……そこ突っ込まれると弱いなあ」
「アルベドの皆さんはきっと、旅さえやめさせられたらガードや召喚士がどんなに傷ついたって平気なんだろうね」
「おい、メル」

 もうやめろと俺が言うより早く、メルは消沈するリュックの顔を見てばつが悪そうに俯いた。
「ごめん。リュックに当たるのは筋違いだった」
「……ううん。あたしはいいんだ」
「でも、無理やり誘拐しようってアルベドのやり方は賛成できないよ」
「そう……、だよね」
 メルは俺とは違う。アルベドのことをちゃんと理解してる。だからこそ……もっと根が深くて厄介なんだ。

 メルもアルベドが召喚士を攫う理由には気づいてる。あいつもユウナに旅なんかしてほしくないと思ってるからな。
 たぶんユウナが少しでも旅をやめたそうな素振りを見せたら喜んで村に帰らせるだろう。
 そして自分が代わりにエボン=ジュと戦うつもりなんだ。
 引き留めたい気持ちを抑えて大人しくガードをやってんのは、ユウナの意思を第一に考えてるからだった。
 ユウナ本人が、シンを倒すことを願ってる。メルにとって一番大事なのはそれなんだ。

 アルベドは確かに召喚士を助けようとしてる。
 だがそれは、ただ命を助けたいだけだ。召喚士やガードの気持ちなんか考えてない。
 無理矢理にでもチャップを討伐隊から引き離せればいいと思ってた頃の俺みたいに。
 召喚士のために“そうするのが正しい”って、勝手に決めつけてるんだな。

 チャップにも警告されてたことがなんとなく分かりかけてる。
 俺だっていつもメルのためを思って行動してるつもりだった。でも違うんだ。
 何が“メルのため”なのかはメル本人にしか決められない。
 ……再三、言われてたのにな。

 気まずい雰囲気の中メルはユウナの手を取って俺たちに背を向ける。
 グアドの使者と一緒に去ろうとしたあいつに、リュックが声をかけた。

「あたしたち、旅さえやめさせられるなら他はどうでもいい、なんて思ってないよ。それは本当だから!」
 だがメルは振り返ることなく言い捨てた。
「信じてもらえるだけの行動をしてないじゃん、アルベドは」
「あ……」
「行くよ、ユウナ」
「う、うん」
 アルベドは、ね。誘拐やめてユウナのガードになったリュックは仲間として認めるが、他のやつらはダメってところか。

 使者に連れられ寺院に向かうメルとユウナを見送って、思わずため息が漏れた。
「あいつ、前はもっとアルベドにも好意的だったんだけどなぁ」
「そうなんだ?」
 口にはしないが「とてもそうは見えない」ってリュックの顔に書いてある。
 なんでこうなっちまったかねえ。アルベドにもいろんなやつがいる、頭ごなしに否定するなって俺を諭してたメルはどこに消えちまったんだ。

 またしても無意識にため息が出る。と思ったら、今度のは俺じゃなくてルーだった。
「メルがアルベド嫌いになったの、あんたが原因でしょ」
「へ? なんで俺だよ」
「ルカでのこと、忘れたの?」
 ってサイクスのことかよ。でもあれはメルも許せるように頑張るって言ったんだぞ。許したとは言ってねえけど。

 どうやってもメルとサイクスの不仲は回避できないのかって俺が頭を抱えてたら、リュックが割り込んできた。
「ルカでなんかあったの?」
「あー……ユウナが攫われて、返してほしけりゃ試合で負けろって、サイクスのやつらに言われてな」
「えっ、なにそれ初耳なんですケド」
「んでもって、ワッカがプールん中でボコボコにされたからメルも怒ってるってわけ」
「ええ!?」
「おいこら、余計なことまで言わんでいいっつーの」
 それじゃまるで本当に俺のせいでメルがアルベド嫌いになったみてえじゃねえか。

「ったく、あいつも根に持つよなあ。自分がやられたわけでもないのによ」
「自分がやられたわけじゃないから、腹立つんじゃないッスか?」
「うーん……」
 メルも言ってたな。あいつが殴られたとしても、相手に事情があれば許せるのかって。
 じゃあ、やっぱり俺が原因なのかよ? 俺が不甲斐ないとこ見せたからアルベド嫌いになっちまったってか?
 でもなぁ、サイクスのことはさておき、それだけでアルベド族全部を嫌いになるやつじゃないはずだ。

 ここで待ってても埒が明かないってんでスノーバイクに乗ってユウナたちを追うことになった。
 当然ながら運転できない俺はリュックの後ろに乗せてもらう。
 飛空艇の中にいる時は何ともなかったんだが、こういう如何にも“機械”って感じの代物は今でもちょっと怖えんだよなぁ……。
 ま、リュックに任せとけば落ちたりはしないだろう。

 走り出してみるとスノーバイクはなかなかのスピードで、顔面に受ける風は強くて冷たい。俺が前に乗って風避けになれたらよかったんだが。
「その、なんか……悪かったな」
「ううん。べつに酷いこと言われたわけじゃないし。ていうか、あんな大袈裟な機械持ってくるアニキも悪いんだよね」
 確かに、誘拐するためのもんじゃねえよな、あの兵器は。完全に殺しに来てる破壊力だった。
 それ言うなら幻光河のリュックだって結構なもんだったけどよ。

「今は頭に血が昇ってるだけで、俺と違ってメルはアルベド嫌いなわけじゃねえんだ。すぐ冷静になってくれると思う」
「ん? ワッカって、アルベド嫌いだったの?」
 そっちに引っかかるのかよ。まあ今の俺だけ見りゃ分からないのも無理ないか。
「ビサイドにいたら他の種族と関わる機会がないからな。寺院に従って、教えには忠実に……それで終わっちまうんだ」
「そっか。……外と関わらないのは、あたしたちも同じだけどね」

 だが今の俺は、リュックだけじゃなくアルベドのことをもう知っている。偏見に凝り固まってた前回とは違うんだ。
 メルも……いや、そうか。あいつは前回の俺と同じなのかもしれない。
 本当ならルカで働いてスタジアムでいろんなやつらと顔を合わせて、広い視野を身につけるはずだった。
 ミヘン・セッションに参加してアルベドや機械と身近に触れ合うはずだった。
 あいつを変えたのは俺だ。アルベドを許そうって気持ちが芽生える土壌を奪ったのは、俺なんだ。

 愕然とする俺に気づかず、前を向いたままリュックは言った。
「知らないことは、ちゃんと知らなきゃダメなんだよ。じゃなきゃ何にも変わらない」
「……そうだな」
 これも前に言われたはずのことだ。無理やり危険から遠ざけてもメルを守れるわけじゃないってのにな。

 ルカに行かせなかったのも、ミヘン・セッションに参加させなかったのも、メルのためじゃなくて俺がそうしてほしかっただけだ。
 そんなつもりがなくても俺は確かにメルを縛ってた。……学習しねえよなあ。でも正直、開き直ってるところもある。
 人生一回分の記憶があったって、俺は俺以上のもんにゃなれねえ。
 あいつが誰かと揉めるのは嫌だ。あいつが危険な目に遭うのも嫌だ。
 過保護と言われようが鬱陶しがられようが構うもんか。結局、それが俺って存在なんだ。




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