×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
13


 辛気くさい顔したオーラカのやつらを宥めすかしてスタジアムに帰らせ、後にはチャップだけが残った。
「ゴワーズの優勝パレードは延期だってさ」
「そうか」
 無理もないだろうな。魔物の襲撃であちこち壊れたうえに町全体が混乱してて、それどころじゃねえ。
 チャップはため息を吐きつつ何とも言えない顔で呟いた。
「負け惜しみじゃないけど、有耶無耶になるくらいなら今日がその日じゃなくてよかったのかも」
「あー……まあ、な」
 確かに奇跡の優勝飾ってこれじゃあ、旅立つ俺はともかく他のやつらが気の毒だったよな。
 そんでも優勝を逃した以上ただの負け惜しみにしか聞こえないけどよ。

 悔しくないと言えば嘘になる。一回戦で消耗してなきゃもう少し点取れたたんじゃないか、なんてことも考える。
 しかしまあ、その消耗も見越して体作れなかった俺が悪い。負けは負け、自業自得ってやつだ。
「最後くらいは勝ちたかったけどな」
「じゃあ、最後にしなきゃいいだろ」
「お前までそれ言うのかよ」
「レギュラーじゃなくたって試合には出られる。勝つまでやればいい」
 メルもチームのやつらも、みんなしてまだ引退するなってよ。決心が鈍るからやめてほしいぜ。

「それより、メルはどうした?」
 サイクス戦のハーフタイムは控え室にいたが、一回戦が終わって俺が目覚めた時には行方不明で決勝戦が始まっても戻ってこなかった。
 たぶんユウナと一緒に観客席で見てたんだろうと思いたかったんだが……チャップはしれっと言い放った。
「そういえばサイクスとの試合中にどっか行ったままだな」
「おい、見ててくれって言ったろーが!」
「嫌だよ。どこで何しようとメルの自由だろ」
 自由にさせといたら何するか分かんねえんだよ、あいつは。

「伝手もねえし、今回はあのレフリーを糾弾する手段もないはずだってのに」
「なくはないだろ。メルなら何だって思いつくんじゃない?」
「そう思うなら止めろよ!」
「先に話しとけばよかったのに。中途半端に濁すんじゃなくて、全部さ」
「……そ、それはだなぁ、」
「うまいこと説得する自信がなかったんだろ?」
「ぬぐぐ……」
「だからって問答無用で『何もするな』ってのは横暴だよ」

 大会が終わって、チャップには前回の記憶について話した。去年の作戦のことも全部だ。
 始めは半信半疑だったが、メルが知ってるのもあって一応チャップも信じてくれたらしい。
 が、今度は「どうして最初から話さなかったんだ」と機嫌が悪くなっちまった。
 ……お前はここで死ぬ予定だなんて言えるかよ。もう事が済んだからこそ打ち明けられたんだ。
 それに、俺のために無茶すんなってのもメルには言えない。言ったら逆効果になるのは分かりきってるからだ。

「大袈裟にしたくねえんだ、あんま怒るなとしか言えないだろ。どうすりゃよかったってんだよ」
「メルの行動を縛ろうとするなって」
「んなことしてねえ」
「どうだか。あいつだっていろんなことを考えてるんだ。それは分かってやれ」
「だから、分かってるってのに」
「分かってると思い込まずに考えろ、って言ってんの!」
「……お、おう」

 本当に、メルの行動を縛ってるつもりなんかねえんだがな。ただ俺はあいつに無茶してほしくないだけだ。
 そんでもって、俺を理由に他人と揉めてほしくもない。
 もちろんユウナを攫ったのもそれをダシにオーラカを脅したのも、サイクスが非難されるのは仕方ない。だがいつまでも拘ることでもないだろ。
 本音を言えば俺は、アルベドを偏見の目で見てた頃の自分を思い出しちまうから、あいつとサイクスの仲が拗れるのが嫌なんだ。

 チャップは気持ちを落ち着けるように大きく息を吐いて俺を見た。
「なあ。その“前回”ってのでさ、俺は去年の作戦で死ぬはずだったんだろ?」
「……ああ」
「じゃあ、今ここにいる俺は“前回”と関係ないわけだ。本来いないはずの存在なんだから」
「ん……まあ、そう言えるかもな」
 だがそれはメルも同じだとチャップは言う。メルもチャップも、そして俺も、本当のところ“前回”なんか関係ないんだと。

「何が起きるか知ってるからそれを基準に動いちまうんだろうけど、俺もメルも、兄ちゃんだって、今を生きてるんだよ」
「……」
 そんなこと分かってる、って言ってもまた「分かってない」とか言われんだろ。
 今を生きてるなんて百も承知だ。だからこそ前回の轍を踏まねえように頑張ってんじゃねえかよ。
 何がどう間違ってんのかさっぱり分かんねえ。

「なんか、心配だな。その調子じゃいつかメルと大喧嘩するぞ」
「妙な予言すんなよ……」
 メルと喧嘩なんて想像つかねえ。なんだかんだ言ってあいつは自分から折れてくれるしよ。
 それとも、まさにそれが“メルの行動を縛ってる”ってことなのか?
「前回のことより、メルの気持ちを考えてやれよ」
 俺はいつだってそうしてるつもりだ。

 ユウナたちは出発の準備を終えた頃だろう。俺もそろそろ行かなきゃならない。
「チャップ、ルーとは話したか?」
「うん。待ってるからなって言っといた」
「そっか。……ルッツとは?」
「あいつらが出発する前に挨拶はした」
「……」
 その言い種だと、引き留めてはいないらしいな。
 チャップにその気がないなら仕方ない。あとは俺がなんとかして説得するだけだ。

「んじゃ、まあ……行くか」
「うん……」
「オーラカのことはお前に任せる。頼んだぜ」
 俺がそう言ったら、チャップは珍しく照れ臭そうに笑った。
「そっちこそ、しっかりな」
「ああ」

 港広場の長い階段をのぼったところでユウナたちが待っていた。
 まだティーダは来てないが、メルはこっちに合流していたようだ。俺を見てしれっと手を振るもんだから脱力しちまった。
「ワッカ、遅いよー」
「お前なあ。今までどこ行ってたんだよ」
「ん? 何が?」
「何がじゃなくて……はあぁ」

 前回はここで優勝したんだ、なんて言っといてあっさり負けたのは、めちゃくちゃカッコ悪い。
 でもよ、試合終わって労りの言葉もないどころかメルが不在ってのはちょっとショックだったぜ。
 カッコ悪いとこ見られてもいいから控え室で待っててほしかった。

 素知らぬ顔してるメルに苦笑しつつ、ユウナが俺に向き直る。
「ワッカさん、もういいの?」
「おう。結果はアレだが、気持ちにケリはつけてきた。ここからはユウナのガード一筋だ」
「そっか……。それじゃあ、改めてよろしくお願いします!」
「こちらこそ、何卒よろしくお願い致します、っと」
 前回もそうだったが、改まって言うのは照れる。

 話題はティーダのことに移った。
 今頃どっかでアーロンさんと話してるんだろうが、あいつが合流するとは思ってないユウナが別れの挨拶をしに行くか迷っている。
 ティーダたちが来るのを待つ間、メルがこっそり俺に耳打ちしてきた。

「優勝できなくて残念だったね」
「どうせ勝てるはずだ、って油断しちまった」
「嘘ばっか。そんなこと頭になかったくせに」
「……まあ、な。何も考えてる余裕なかった」

 やっぱ練習不足だったよな。メルがズーク先生と旅してる間、サボり気味だったツケが回ってきたんだ。
 それにチームの地力も足りてない。メンタルもフィジカルも鍛え直さなきゃダメだ。
「気合いで勝てりゃ苦労しねえか」
「でも一回戦は勝てたじゃん。二十三年ぶりの初戦突破だよ!」
「おう……実感ねえけどよ」
 なんせ気絶してたからな。ああ、考えてみりゃ、それも後悔のもとだよなあ。

 ここで優勝したっつう“前回”があるからこそ、もっと鍛えとかなきゃいけなかったんだ。
 サイクス戦を余裕で流して万全の態勢でゴワーズに挑めるようにしとくべきだった。
 ああすればよかった、こうしとけば勝てた、そんな考えが今さら浮かんでくる。
 やっぱ、優勝……したかったな。これで引退なんて腑に落ちない。
 ユウナの旅が終わったら、また我慢できずにスフィアプールに戻っちまいそうだ。

 ケリつけてきたって言ったそばから未練が湧いてくる。
 そんな俺を見上げつつ、メルがぽつりと爆弾発言を落とした。
「そういえば、オーラカが勝ったらキスしてくれるんでしょ?」
「……はあっ!?」
 なんだそりゃ、んなこと言った覚えはな……いや、ある。
 確かに言った。去年の試合で、俺が原因でオーラカがズタボロに負けた時だ。
 なんでだったかキスするのしねーのって話になって「オーラカが勝ったら」と誤魔化したんだった。

「や、でも、あれだ。優勝は逃しちまったしな」
「優勝したら、とは言ってないじゃん」
「じゃあ訂正する。優勝したら、っつーことで」
「もう引退するくせに?」
「う……」
「もし優勝してたら『旅が終わったらな』って言ったんだろーね」
「そ、そんなことはないぞ?」
「それで旅が終わったら『結婚してから』って言うんだ。結婚したら今度は……」
 言いながら目に見えてメルが落ち込むんで俺まで焦った。
 俺は何も、したくなくて先に延ばしてるわけじゃねえぞ!

「べつに嫌ならいいよ。無理にしてほしいわけじゃないから」
「嫌とは言ってねえ。ただその、ケジメっつーかなんつーか」
 今は大事な旅の途中だ。ましてユウナは自分が死ぬ覚悟を決めてる。そいつの横でヘラヘラしてたくないだろ。
 自制するなら徹底的にしとかないと、旅の最中でも俺が浮かれちまうんじゃないかと心配なんだ。

「どうせ近い将来結婚するんだしよ、焦ることないだろ?」
「……分かってるよ」
 おいマジで分かってんのか。なんか誤解して勝手に傷ついてる気がするんだが……。

 チャップの不吉な予言が頭を過る。慌てて弁解しようとしたところでユウナが声をあげた。
 見れば階段を上がってくる人影が二つ。ああ、もう来ちまった。
 いやもちろんあの二人が来てくれんのはありがたいんだが、メルのフォローするタイミングを失ったのが痛い。

「ユウナ。今この時よりお前のガードを務めたい」
「えっ?」
「不都合か」
「いいえ! ね、みんな、いいよね?」
「お、おお、もちろん。アーロンさんが加わってくれるなんて光栄っす。なあ?」
「なんで私に聞くの?」
「う……」
 ダメだ、やっぱすげえ機嫌悪い。

 仏頂面のメルを見てティーダが首を傾げる。
「なんだよワッカ、メルと喧嘩したのか?」
「し、してねえよ!」
「大変ッスね」
 喧嘩……いや、こんなもん喧嘩の範疇じゃねえよな。ちょっと機嫌を損ねただけだ。

 旅の予定を確認し合うのはアーロンさんたちに任せ、不貞腐れてるメルの腕を引いて少し離れる。
「あのな、俺はお前が好きだぞ」
「え……?」
 しばらくポカンとしてたメルだが、なぜか盛大なため息を吐いた。その反応はねえだろ。
「なんかよく分からないけど怒ってるからとりあえず機嫌とっとこ、って感じが見え見え」
「う!?」
 いや、機嫌なおしてほしいのは事実だが……、嘘は言ってないだろ。

 もうなんて弁解すりゃいいのかさっぱりだ。頭を抱える俺を見てメルはようやく少し笑った。
「いいよ。ワッカが言葉足らずなのも何かにつけ言い方悪いのも、悪気がないのも知ってるから」
 とんでもない言われ様だな、おい。否定できねえけどよ。
「私もワッカのこと好きだよ」
「……おう」
 よかった。とりあえず笑顔を見せてくれてホッとしたぜ。

 大体どうしてこんなややこしい話になったんだっけか。
 そういや試合中どこに行ってたのかも聞きそびれてる。
「魔物が襲ってきた時、大丈夫だったのか?」
「ん? うん。何だったんだろうね、あれ。シーモア様がいてくれて助かったよ」
 警備が手薄だったのに魔物を殲滅できたのは確かにシーモア老師のお陰だよな。
 しかし今にして思えばあれはもしかして、魔物を呼んだのも老師なんじゃないのか?

 前にも言ったことではあるが、ユウナたちに聞こえないよう声をひそめつつもういっぺん言っておく。
「シーモア老師には注意しとけよ」
「それ前も聞いたけど、何かあるの?」
「あの方はシンになりたいらしい」
「は?」
「死んだら苦しみも悲しみも消える。だから自分がシンになって、スピラを永遠に救うんだとさ」
 あの方の素性を知ってたせいか、メルは前からシーモア老師に同情的だった。だから心配なんだ。

 だが老師の目論見を聞いてさすがにメルも顔を引き攣らせている。
「なかなかアグレッシブな救済方法っすね。じゃあユウナと結婚するのってまさか……」
「究極召喚の祈り子になるためだ」
「お、おぉ……」
「ってわけで、いろいろ危ない人だからお前はなるべく近寄るな。つっても、今のところ近寄る機会もねえけどよ」
「そ、そーだね! あはは」
 笑うとこじゃねえよ。真面目な話だっての。

「んで、俺たちの試合も見ずにお前はどこで何やってたんだ?」
「えぇ? まだ聞くんだ。しつこいなあ」
「無茶してないなら正直に言えばすぐ終わんだよ」
 もちろん立ち入り禁止区域に侵入してレフリーを告発する証拠探しなんかしてないよな、と睨む。
 メルは何食わぬ顔で答えた。

「アルベドが寄越した脅迫メッセージを証拠品として評議会に提出しただけだよ」
「……あ?」
「私一人で訴えても仕方ないから、アルベド・サイクス以外の全チームに協力してもらったけどね」
「ぜ……全チームって、」
「ルカ・ゴワーズ、キーリカ・ビースト、ロンゾ・ファング、グアド・グローリー。みんなで訴えればさすがに運営側も動くでしょ」

 サイクスと例のレフリーは少なくとも今シーズン出場停止になるはずだとメルは言う。
 しかも不正の事実が公表されれば停止処分が解けたところで観客の不信感は何十年も拭えないだろうと。
 復帰後、あいつらが実力で勝ったとしても常に疑いの目を向けられるんだ。
 どうせまた裏で相手を脅したに違いない……、そんな風に言われながら戦うなんて想像しただけでもゾッとする。

 他のチームのやつらがメルに協力したのは分からなくもないことだ。
 端から見てもシュートを打てるところで打たない俺たちの行動は怪しかっただろう。観客だって不正に感づいてる。
 サイクスが何の処分も受けなけりゃ、普段からそんな裏取引が横行してると思われかねない。
 みんな、自分たちの潔白を示すためにサイクスを糾弾したってわけだ。
 しかしメルが行動しなかったら他のチームはそう熱心に動かなかったんじゃないか。
 ……処分が厳しくなればメルが恨まれるかもしれない。それが怖い。

「俺は確か、後でアルベド族がユウナのガードになるって、ちゃんと言ったよな」
「覚えてるけど。だから何?」
「何ってお前……、サイクスのやつらと拗れたら、リュックがやりにくいだろ?」
「どうして私がそんなことに気を遣わなきゃいけないの?」
 だってお前リュックと仲良かった、というかこれから仲良くなる予定なんだぞ。
 なのにリュックの知り合いだったり友人だったりするサイクスのやつらと険悪になったら、気まずいじゃねえか。

 やっと持ち直してきたはずの機嫌がまた急降下してる。それは分かってたが、ここは引けなかった。
「俺の怪我なんかすぐ治る。今すでにどうってことねえだろ。だから見逃してくれって言ったんじゃねえか」
「やだ」
「駄々捏ねてんじゃねえよ」
 こんなことならユウナの誘拐そのものを阻止するべきだったかもな。今さら後悔しても遅いけどよ。

「お前がアルベドと揉めるのは嫌なんだよ、俺は」
「私は怒っちゃいけないの?」
「そうじゃなくてだな、」
「ワッカが脅されてあんな目に遭わされて、それでもアルベドを許さなきゃいけないわけ?」
「ちょい待て、落ち着けって」
「私がボコボコにされても、そいつになんか事情があったらワッカは簡単に許すの?」
「……」

 そりゃ俺だって、もしメルが誰かに殴られでもしたら、どんな事情があっても絶対に許さねえ。
 こんな華奢で頼りなくて大事なやつなんだぞ。ぶっ殺しても足りないに決まってる。
「でも、俺とお前じゃ違うだろ」
 俺はちょっとラフプレイ食らった程度じゃ何ともねえんだし……一緒にすんなってんだ。

 どこで限界を越えたのか。メルは怒りの形相で俺を睨みつけると、腹の底から叫んだ。
「ユウナ! 私もう先に行ってるから!」
「えっ?」
「おい、ちょっと待てメル」
「頭冷やしたいから放っといて!」
 伸ばした俺の腕を振り払って、メルは一人でミヘン街道に出ていった。

 俺たちが言い争ってたのを知らないユウナはいきなりのことに呆然としている。
 いち早く我に返ったルールーが呆れたように息を吐いた。
「メルといいチャップといい、滅多に怒らないのに。どうしてあんたはしょっちゅう怒らせてるのかしらね」
「俺が聞きてえよ……」
 やり方が間違ってんのかもしれない。でも俺はいつだってあいつらのためを思って言ってんだ。
 それが毎回毎回、裏目に出てよ。俺だって結構、堪えるぜ……。

 かなり先走っていたメルと合流できたのはルカを発って三日後、旅行公司でのことだった。
 黒魔法が使えるのも考えもんだな。自分で戦えるから勝手にどこまでも行っちまう。
 ……いや、だから、これがダメなんだ……。メルが一人で行きたいと思うなら好きにさせてやらなきゃいけねえんだよな。

 笑ってユウナを迎えたメルはもう怒ってないみたいだった。
 俺を見上げてくる表情にも怒りは感じられない。
 ただ、べつに腫れても赤くなってもいないんだが、目を見てたら少し泣いたんじゃないかって気がした。
 罪悪感がそう思わせるだけか。

「……この間は、ごめん」
 謝るつもりでいたのに先を越されてへこむ。
「いや、俺も……悪かった」
 なんでこうなっちまうのか自分でも分からんが、メルを怒らせたかったわけじゃないんだ。
「嫌な気持ちにさせてごめんな」
「ワッカは悪くないよ。私の心が狭いだけ。……アルベド・サイクスのこと、許せるように頑張ってみるね」
 もうそんなのはいいから、いっそのこと「てめーのこういうとこが気に障るんだよ!」ってはっきり言ってほしいくらいだった。

 公司で一晩休むことになり、メルは早々と自分の部屋に籠っちまった。
 怒ってないにしても避けられてるようだ。気を抜くとため息が漏れる。
 ここんとこメルを苛つかせちまうことが多い気がした。
 なんでかって、よく考えりゃ前回メルは討伐隊に入ってたから今の時期は一緒に行動してなかった。
 そのせいなのかもしれない。手本がないから、うまくやれないんだ。

 待合室の長椅子で項垂れてたらティーダが覗き込んでくる。
「大丈夫ッスか?」
「だいじょーぶじゃねっすよ」
「へこんでんなあ」
「俺はダメなやつだぁ……」
 自棄酒ってのは大嫌いだが今はちょっと飲みたい気分だぜ。

 記憶を辿ればメルを泣かせちまったことは何度かある。
 でもメルが俺に本気でキレたって記憶はどこ探しても見当たらない。精々が呆れたり苛立ったりってくらいだ。
 どうして今回はあんなに怒ったのか知りたい。知っておかないと、いつの間にか嫌われちまいそうだ。
 なのに聞くのが怖かった。メルが俺を嫌う可能性について考えたくない。

 ティーダは俺の隣に腰かけ、不意に呟く。
「メルって、いいやつだよな」
「おう。そーだろそーだろ」
「ってなんでワッカが胸張ってんだよ。メルの親かっつーの」
 しゃーねえだろ。あいつが好かれんのは自分のことみたいに嬉しいんだ。
 そんでもって誰かがメルのことを嫌うのは自分が嫌われるよりもキツい。
 敵を作るような真似はしてほしくない。あいつを心配して何がいけねえんだよ。

 どうやらティーダは、放っといたら一人で落ち込んでいきそうな俺を見兼ねて相手してくれてるらしい。
「そのメルが惚れてんだからさ、ワッカもいいやつだろ」
「そうかぁ?」
「ダメなやつなんて言ったらまた怒られるッスよ。メルの惚れた相手貶してんだから」
 あいつが惚れるに足る男であれ、ってか。難しい話だな。

 ほんの三年前までは「妹離れの覚悟しとかねえと」なんて考えてたのにな。
 今じゃメルが俺から離れていくことなんか想像したくもない。
 あいつと一緒に暮らす未来を手に取るように思い出せるってのによ。その記憶を抱えてあいつのいない日々を過ごすのは、キツいなんてもんじゃねえ。
 前回の通りにしようと思えば思うほどズレていく気がするんだ。チャップを助けて……変えるのは簡単だったのに。
 それはもしかしたら、俺とメルが結婚する未来だって簡単に変わっちまうかもしれない、ってことなのかもな。




|

back|menu|index