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 オーラカとサイクスは今のところ同点をキープしている。
 それもサイクスが点を入れるたびにその一点をオーラカが取り返すという形で。
 白熱の攻防を続けているようにも見えるけれど、明らかに不自然だった。
 チャンスがあってもオーラカは動かない。自分たちがリードできる状況をあえて避けているんだ。

 一方でアルベド・サイクス側は強引な攻撃が目立つ。
 ボールを持っている人にも持っていない人にも容赦ないタックルを仕掛けてくる。
 ボールではなく人間を狙ったプレイ……なのにレフリーは彼らから一切ファウルをとらないと決めてるらしい。
 こっちの要であるワッカは集中的に攻撃を受けていた。
 いくらワッカが頑丈だって、このままじゃ最後まで持ち堪えられないだろう。

 ティーダたちと合流してユウナを助けに向かうと言ったルーは未だ戻らない。
 合図が来るまで、オーラカにできるのは必死で耐えることだけだ。
 私とチャップは戦々恐々としながらモニターにかじりついていた。

「ねえチャップ」
「うん」
「プールを破壊してワッカを助けるか、こっちもアルベド族を人質にとるか、どっちがいい?」
「なんだその二択。どっち選んでも兄ちゃんに怒られるぞ」
 ワッカに怒られるのなんて怖くもなんともないよ。むしろ怒ってるのは私の方なんだから。
 私たちに留守番を指示したのはワッカだ。
 本当なら私だってユウナ救出班に加わってよかったはずなのに……大人しくしてろってわけ。

 こんな攻撃的な気分の時は黒魔法を嗜んでいてよかったと思う。
 思ってしまうからこそ黒魔法なんて習得するべきではなかったのかもしれない。
 ルーから「よっぽどの事情がない限り人間に向かって魔法を撃ってはダメ」って言われてるのに。
 今、アルベド族に会ったら何をしてしまうか自分でも予測できない。
 怒りを魔力に替えられるとしたら種族ごと滅ぼせそうな勢いだ。
 だからルーも私を連れて行かないんだって、分かってるけれど。

 チャップは私とまた違う苛立ちを抱えて試合の模様を眺めている。
 今日のベンチ入りは前から決めていたけれど、チャップもオーラカの一員だ。苛立ちは私より大きいはず。
 もしワッカや他のメンバーが限界を感じたらタイムをとって交代することもできる。
 なのにワッカはそうしない。チャップを身代わりになんかできないとでも思ってるんだろう。
 見守ってる私たちの気持ちなんて考えもしないで。

 チャップは不意にモニターから目を逸らして私を見つめた。
「兄ちゃんはどうして俺が討伐隊に入るのを反対したんだ」
 質問というより確認だった。なんで今そんなことを言い出したのって私が聞くよりも早くチャップは続けた。
「去年の作戦が失敗するって、知ってたのか?」

 さっきは気にしてなかったけれど、思い返すとユウナが出ていく時にチャップは引き留めようとしていた。
 それを遮ってワッカが送り出したんだ。不安そうなチャップに「向こうは大丈夫だ」と言って。
 ワッカはユウナが攫われるのも自分が強烈なラフプレイに晒されるのも知っていた。
 ……ユウナを止めようとしたんだから、チャップも知ってたってことだ。

「あの話、ワッカに聞いたの?」
「詳しくは聞いてない。でも試合が終わったら話すって」
 三年前から変だと思ってたとチャップは言う。
 本人にその意思がない段階でなぜ「討伐隊に入るな」なんて言い出したのか、ずっと考えてたらしい。
 そして今日になって理解したんだ。
 ほんと似てない兄弟だよね。チャップは物事の裏を考える。相手の気持ちを想像できるんだ。

 チャップはユウナのガードにならず、ルカに残ってブリッツを続けると言ってた。
「旅について来ないなら話しても支障がないと思ったのかも」
「ってことは、ユウナたちは知らないのか」
「うん。知ってたらいろいろ考えちゃうから」
 ユウナには言わない方がいいと進言したのは私だ。だから隠し事されても文句は言えないんだろうけれど。

「というか、本当にメルは知ってるんだな。信じてるのか?」
「信じてるけど、私だって知らされてないことはあるよ」
 キーリカが襲撃されるのは教えてくれたのに、頼りにしてくれてると思ってたのに。
「こんなこと、教えてもらってない」
 私が心配するといけないから? それともアルベドに喧嘩ふっかけに行くかもって疑った?

 ウイノ号で言ってたのはこれだったんだ。ワッカが怪我をするかもしれない、でも見逃してくれって。
 大事なこと教えないけど許せって意味なのか。それともアルベドの所業を見逃せって意味なのか。
 私が今感じてる怒りはワッカにとって必要のないもの? 展開変わったら都合悪いから余計なことすんなって?

「ねえチャップ」
「何だよ」
「私、行ってくるね」

 チャップはきっと「メルが暴走しないように見張ってろ」と頼まれたんだろう。
 でも交代要員として頼ってもらえないことに腹を立ててるせいか、私を止めなかった。
「好きにしたらいい。でも無茶するなよ。兄ちゃんが怒るのはともかく、悲しませるのは嫌だろ?」
「分かった。なるべく理性的にやる」
「うん。行ってらっしゃい」
 快く送り出された私はひとまず、ルカ・ゴワーズの控え室に向かった。

 試合中だっていうのにゴワーズの控え室前には人だかりができている。
 オーラカとサイクスの試合を見るよりもゴワーズのメンバーがいる部屋の前に立っていたいファンの皆様だ。
 熱狂的なファンがいるのって羨ましい。でもオーラカにそこまでのファンがついたら、それはそれで複雑な気分だ。

 隙あらば控え室に突入しそうな人々をマネージャーらしき人が押さえている。
「ゴワーズの皆さんは試合に備えて集中してます! 握手やサインは、」
「スリプル」
 呪文一回でその場にいた全員が床に崩れ落ち、眠りについた。あまりの威力に自分でもドン引く。
 極限まで感情が昂ると強力な魔法が使えるってルーが言ってたけど今のがそれかな。
 攻撃魔法は使わないようにしておこう。人を殺してしまうかもしれない。

 こじ開けようかとも思ったけれど、まずは普通にノックしてみる。
「こんにちは、ビサイド・オーラカのメルです」
 外が急に静かになって不審に思っていたのか沈黙が続く。でも意外なことにビクスンがドアを開けてくれた。
 廊下の死屍累々にギョッとしている彼に「魔法で寝かせただけだ」と説明する。
 門前払いされるものと思ってたら普通に入れてもらえた。……いいのかな、こんな無防備で。

 ゴワーズの控え室はオーラカと雰囲気が違う。
 試合前でもピリピリしないで、ちょうどいい緊張感を保ちながらリラックスしてる感じ。
 って、偵察に来たわけじゃないんだった。

「何の用だ」
「今やってる試合のことで話があって」
 ユウナたちがカフェに向かった直後、アルベドから届いたスフィアを取り出す。
 この試合に不自然さを感じてはいたのだろう、ビクスンたちは素直にそれを覗き込んだ。
 召喚士を返してほしければ試合に負けろという脅迫メッセージが再生される。

 辿々しい音声が終わるとビクスンたちの哄笑が響いた。
「オーラカ相手に脅迫とはな!」
「弱者同士で潰し合ってりゃ世話ねえぜ」
 おっと、危うくガ系の魔法が出そうになった。
 興味なさそうな女性陣、馬鹿にして笑うのはビクスンとグラーブ。でも試合の様子がおかしい理由は分かってくれたらしい。
「道理で動きが妙だと思った」
「勝たないようにしてたってわけか」
「わざわざ負けようとしなくてもどうせ勝てないのになあ?」
 うるさいな。ブッ飛ばすぞ。

 メンバーの中で真っ当な反応をしてくれたのはアンバスだ。
「本当に召喚士が攫われたのか?」
 うーん。さすがにそろそろルーたちがユウナを見つける頃だと思うんだけど。
「……誘拐は捏造だよ。ユウナはカフェに行ってたから、試合開始の段階ではワッカも事実を確認できなかったんだ」
 誘拐の件が露見したら問題が大きくなりすぎるから隠しておこう。
 アルベドが批判されるだけで済めばいいけれど、ガードの責任まで問われかねないし。

「ユウナのそばにはガードがついてる。合流を確認次第、オーラカも反撃に出るよ」
「なるほど。連絡がつかないのをいいことに誘拐をでっちあげて脅迫したってわけだ」
「狡いやつらだな、さすがアルベドだ」
「しかも脅した相手にあの点差だぜ」
 モニターを眺めればハーフタイムが終わり現時点で3対4だ。同点に戻すべくワッカがシュートを狙っている。
「これでオーラカに負けてみろよ、俺だったら恥ずかしくて引退するって」
「二度とブリッツなんかやれないよな!」
 くそぉ、ムカつく言い種だけど反論できない。

 格下相手に脅迫してきたサイクスを馬鹿にするビクスンたちの傍ら、女性陣はなぜか楽しそうだ。
「でも〜、屈強な男たちがやられてる姿って、そそるわよね」
「弱味握られて従わされる屈辱の表情なんてすっごく刺激的だわ」
「ねー!」
「またうちの女どもは……」
 いや、大事な仲間が理不尽な暴力を振るわれてるのは全然楽しくないから!
「プライベートならともかく、ブリッツの試合でやることじゃないよ」
「まあ、それはそうよね」
「プライベートでもやるなよ……」

 ていうか、べつに愚痴を言いに来たわけじゃないんだ。このまま無関心でいさせるつもりはない。
「で、それを俺たちに知らせてどうしようって? 同情でもしてやろうか?」
「告発に協力してよ。私が言うだけじゃ観客の一人がクレームつけてるだけになっちゃう」
「俺たちには関係ないだろ」
 脅されたのはオーラカでも、これはゴワーズにだって関わりのあることだ。

「本当に関係ないと思うなら、どうして私をここに入れてくれたの?」
「……」
 オーラカのメルだと名乗ったから入れてくれたんだろう。
 たぶんビクスンは「この試合は何なんだ」と思ってたはずなんだ。
 彼らもブリッツが好きな気持ちは同じ。試合を汚されて「関係ない」なんて嘘だよ。

 私の怒りの矛先、その大部分はワッカが暴力に晒されているという事実にある。でもそれだけじゃない。
 今日の試合はワッカにとって、オーラカにとって大事なものだった。
 ううん、たとえ今日でなくても……相手がオーラカでなくても、一人のブリッツファンとしてアルベドがやったことは許せない。
「オーラカのために頼んでるんじゃない。これはブリッツ界隈全体の問題だから、協力して」

 一瞬、全員の視線がモニターに移る。
 ワッカがシュートを試みた。ダットとジャッシュが身を挺して庇う。
 サイクスのやつらが突っ込んできたけれどなんとかシュートできた。
 これでまた同点……。でもジャッシュがかなりキツそうだ。

「おいおい、顔面狙ってないか?」
「ファウル出ないな」
「あのレフリーさ、前にも誤審やらかして謹慎食らったやつだろ」
「もう仕事に見切りつけてるんじゃないのか」
「どうせクビになるならアルベドに金もらってから辞めようって?」
「せっこーい!」
「器の小さい男って嫌だわ」

 ワッカがスフィアプールの外を見つめている姿がモニターに映る。
 合図を送り、ディフェンスも含めてオーラカは全員が前線に突撃し始めた。
「何だ?」
「ユウナと合流したんだよ」
 もう理不尽なプレイに付き合う義理はないってことだ。

 ビクスンたちと違って野次らずに大人しく試合を見ていたラウディアとアンバスが話し合っている。
「キーパーとしては正直、他人事だけどな」
「でもアルベドのやり方は頂けない。誠実な勝者への侮辱だ」
「ああ。あれが罷り通るなら、俺たちの今までは何だったんだ?」
 相手チームを脅してレフリーを買収して、それで勝てるなら強くなる意味がない。強者である価値がない。
「私たちまで不正してると思われたくないわよね」
 バルゲルダの言葉に全員が頷いた。

 試合終了の笛が鳴る直前にもう一点。ビクスンが口の端をあげた。
「勝ったな」
 二十三年ぶりの勝利だっていうのに喜ぶ余力もなくワッカはプールの中で意識を失った。
 ジャッシュたちに抱えられて控え室へと帰っていく。
「ま、精一杯の根性だけは認めてやるぜ」
 相変わらずの上から目線でビクスンが私に向き直る。
「脅迫の件とレフリーの調査要請は訴えてやるよ。ただし俺たちの試合が終わってからだ」
「……ありがとう」
 第三者としてゴワーズが動いてくれれば事も進みやすくなるだろう。

 次はオーラカとゴワーズの決勝戦。いつまでもここにいるわけにはいかない。
「試合前に邪魔してごめんね」
「は! 俺たちが集中の邪魔されたくらいで動揺するわけないだろ」
「どうせ相手はオーラカだし?」
「あれだけやられてるのを見た後だ、ちょっと戦いにくいけどな」
「だからって手加減する気はないぞ」
 臨むところだよ。私たちはお願いて勝たせてもらっても嬉しくないもん。

 ゴワーズのプレイも結構強引だけど、脅しも暴力もないフェアプレイだ。これで負けたらオーラカの実力不足なだけ。
 間違っても“可哀想だから負けてあげる”なんてことだけはしてほしくなかった。
 まあ、こいつらにそんな心配いらないけどね。

 ウォーミングアップを始めたゴワーズに挨拶して控え室を出る。
 他のチームにも同じ話をしに行くためだ。
 彼らは試合を終えてるのもあって邪魔が入ることもなく、スムーズに話ができた。

 キーリカ・ビーストは、私がサイクスからのメッセージを見せたら「必ず相応の処罰を求める」と約束してくれた。
 先日ユウナが異界送りしてくれた縁もあって彼女を脅迫のダシにしたサイクスにかなりキレているようだ。
 ロンゾ・ファングの人たちは、よりによって総老師の名を冠する記念トーナメントで不正が行われたことを憤慨していた。
 寺院の後援を受けてる大会で召喚士を脅迫の材料にしたんだ。批判の声はかなり大きくなるだろう。
 焚き付けるのに手間取ると思ってたグアド・グローリーがすんなり受け入れてくれたのはちょっと謎だ。

 私が各チームを回っている間にゴワーズとの試合が進んでいた。
 ワッカの代わりにティーダが、そして負傷が酷かったジャッシュの代わりにチャップがプールに入っている。
 確か“前回”はオーラカが勝ったって聞いてたけれど、この調子では無理かもしれない。
 そもそもワッカ以外のメンバーは一試合でも呼吸が乱れるのに、さっきの疲労と痛みが癒えてない。
 ティーダが頑張っているものの戦意は喪失気味だ。ハーフタイムを過ぎて1対4。逆転の可能性は低い。

 もし最初にゴワーズと当たってたら、今日のみんなだったら勝てたのかな。
 でなくてもアルベド・サイクスが相手じゃなかったら。
 せめて正々堂々と、全力でぶつかりあうことができてたら。
 最後の試合くらいスッキリやらせてあげたかった。
 ゴワーズに負けても、そりゃあ悔しいけれど、怒りなんか感じなかったのに。

 いつも完全アウェイの中で健闘してることは尊敬してた。
 失望したなんて、勝手に期待してた私が悪いのかもしれないけれど……こんな卑劣なやつらだとは思わなかった。
 一線を越えたのはアルベドの方だ。私も容赦するつもりはない。
 彼らが何をしたのか白日に晒してやる。これからの試合で勝つたびに疑いの目で見られればいいんだ。

 討伐隊が出払ってるからスタジアムの警備は緩い。貴賓席の近くまでは私でも簡単に来ることができた。
 ただ、ここから先は僧兵が守ってるからさすがに通り抜けられないだろう。
 出待ちでもするしかないかと思ってたら、廊下の暗がりに予想外の人影を発見する。
 彼は私に気づくと妙に威圧感のある微笑みを浮かべた。
 相変わらず、すごい髪型。

「お久しぶりですね」
「は、はい、シーモア様。その節はお世話になりました」
 マイカ様の演説中に見覚えのある顔が出てきた時は本当にビックリした。
 半年前、マカラーニャの寺院で私をこっそり試練の間に通してくれた僧官様……あれがシーモア様だったんだ。
 全然グアド族っぽくないから気づかなかった。私はとんでもない相手にとんでもない頼み事をしてたわけだ。
 でも、既にとんでもないことしちゃってるならそれがもう一つ増えても同じだよね。

「一般人の立ち入りは禁止されているのですが。どのような御用件で?」
「マイカ総老師に直訴したいことがあるんです」
「ほう?」
「先ほどの、ビサイド・オーラカとアルベド・サイクスの試合について」

 やっぱりシーモア様って変わり者だ。私が証拠のスフィアを渡すと当たり前のようにその場で確認してくれた。
「なるほど。妙な試合だとは思いましたが、そのような事情でしたか」
「今日のトーナメントはマイカ様の在位五十年記念。この件を寺院でも問題にしていただきたいんです」

 グアド・グローリーの人たちと話してる時に彼と会おうと思いついた。
 私がサイクスやレフリーのことを訴えたって、問題がどこに転がるか予測できなくて危険だ。
 どうせならシーモア様を通じてマイカ様から直接処分を下してもらう方がいい。
「総老師がどういった判断を下されるかは分かりませんが、必ずお伝えしましょう」
「ありがとうございます!」
 これで公平かつ厳重な処分が望めるはずだ。

 不躾なお願いをして申し訳ないと頭を下げ、そのまま帰ろうとしたところをシーモア様に呼び止められた。
「メル殿」
「はい?」
 あれ、私の名前まで覚えてるなんてすごいな。
「アルベドにどのような処分をお望みですか?」
 それにしても彼の笑顔はなんだか怖い。ワッカが注意しておけと言うのも納得だ。
「私は何も望みません。評議会の判断に委ねます」
 日和った返事に満足できなかったようで、シーモア様の笑顔は凄みが増した。
「ここだけの話です」
 全部ぶっちゃけろってことかな。

「レフリーとアルベド・サイクスどちらも今シーズンの出場停止、くらいですかね」
「おや、その程度ですか」
 本音を言えば引退に追い込んでやりたい。この件に関わったやつら全員が破滅すればいい、って。
「でも処分が厳しすぎれば同情する人も出てくるでしょう? オーラカが悪役にされたら嫌だし」
 はっきり言って、生ぬるい方が好都合なんだよ。

「なんだったらレフリー買収と脅迫の事実を公表したあとはお咎めなしでも構いません。その方がキツいんじゃないかな」
「なるほど。観客は自由に想像するものですからね」
「あはは、ちょっと腹黒すぎますね」
「あなたのお気持ちは分かりますよ」
「え……」
 急にシーモア様の雰囲気が変わった。貼りつけたような笑みが消えて無表情になった。溢れ出す感情を押さえつけるみたいに。

 どうしたのかと尋ねようとした瞬間、地面が揺れた。
「うわ!? な、なに?」
「様子を見に行きましょうか」
 貴賓席の方から悲鳴が聞こえてくる。試合の歓声とは明らかに違っていた。
 止められなかったので私もシーモア様について行く。

 マイカ様が僧兵に守られながら避難し、場違いな私の存在を気に留める余裕のある人はいなかった。
 何が起きたのか、観客席にもスフィアプールにも魔物が溢れ返っている。
 遠くて見えにくいけれど、ワッカとティーダはプールから客席に上がって戦ってるようだ。
 そして人波の中にヴァルファーレの姿が見える。
「ユウナ……」
 とりあえず仲間はみんな無事らしくてホッとした。
 ちなみに試合の方は、スコアボードがダウンしてるのでどうなったのかよく分からない。

「なんでスタジアムに魔物が?」
「警備が薄い隙を突かれたのやもしれません」
 アルベドに邪魔され魔物に邪魔され、最悪だ。
 こんな消化不良のまま引退しちゃっていいんだろうか。
 十年やったんだからもう十年やればいいのに、なんて場違いなことを考える。

 シーモア様が錫杖を振りかざした。幻光虫が集まり、巨大な影が実体を成していく。
「召喚獣……?」
 禍々しいそれの眼が怪しく光り、客席に向かって光線が放たれる。
 恐ろしい話だ。逃げ惑う観衆の中で正確に魔物だけをヘッドショットしてる。
 召喚獣の威力そのものはもちろんだけれど、シーモア老師の使役能力が抜群に優れてるってことだろう。

 っていうかシーモア様、召喚士だったんだ。旅してない召喚士が老師就任を認められるなんてすごいな。
「でも、どこの祈り子様ですか、あれ」
 すべての寺院を巡ったズーク様だってあんな召喚獣は呼ばなかった。

 私の質問には答えず、シーモア様は召喚獣を操りながら逆に質問を返してきた。
「ベベルに来られた様子はありませんが、これまでいくつの寺院を回ったのですか?」
「え! うー……。マカラーニャの他はビサイドとキーリカだけです」
 咎められるかと思ったのに、そのことは何も言われなかった。
「ならば、またお話をする機会も御座いましょう。その時にお教えしますよ」
「へ? あ、は、はい」
 いずれベベルに来る気が起きた時に、ってことかな……。
 私がユウナのガードしてるのは知らないはずだし、今のところ会う機会はないもんね。

 ワッカはユウナとシーモア様が結婚すると言っていた。
 しかもユウナの意思じゃなく、シーモア様が強引にそれを迫るんだって。
 話してみた限り彼は話の分かる人のようだし、ビサイドの僧官長みたいに融通もきく。
 悪い人じゃないとは言わないまでも、嫌な人だとは思えない。
 ……でも私はワッカを信じてるから、シーモア様には感謝しつつ警戒も忘れないでおく。

 それと同時に、今回の件について教えてくれなかったワッカにまだ腹を立ててもいる。
 私だって今日シーモア様と話したこと秘密にしてやるんだから。




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