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「#エロ」のBL小説を読む
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「はぁ〜〜あ」
 朝からでっかいため息だな、と思ったら欠伸だったらしい。
 眠そうに瞼を擦りながらメルはウイノ号の船縁にもたれかかっていた。
「大丈夫かよ。昨夜も寝られなかったのか?」
「んー。遅くまで甲板でドタバタやってる人たちがいたからねー」
「うっ……わ、悪い」
 そりゃ俺たちのことだな……。

 ティーダにシュートを教わろうってんで、つい遅くなっちまったんだ。
 俺も最初は明日に備えて早く寝ろって嗜めてたんだが、ちょっとボール触るだけのつもりがいつの間にか夢中になってた。
「すまん。迷惑かけた」
「冗談だってば、そんな深刻に考えなくていいよ」
 そうは言っても試合の前夜にこんな様じゃいけねえよ。

 寝不足なのは本当なんだろう。メルはうっかりすると居眠りしそうになって必死で頬を叩いている。
「あんま無理すんな。キーリカでも寝てないんだろ」
「んー、大丈夫……」
 僧官様を手伝って港に運ぶ物資の準備をしたり、薬作りなんかもしてたらしい。
 キーリカに警告しなかったことを気にしてるのもあるのかもしれないな。

 ルカが見えてくるまであと一時間くらいか。メルのことだから町に着いたら目が覚めるとは思うが本人は焦っている。
「ふぁ〜〜、試合中に寝ちゃったらどうしよう」
「……」
 むしろオーラカとサイクスの試合では、いっそ寝てたらどうだと言いたい。

 始めはユウナが攫われないように控え室から出るなと言っておこうかとも思った。
 だがメルに再三「あまり変えない方がいい」って言われて考えが変わったんだ。
 ユウナが無事なら俺もボコボコにされなくて済む。だが、ここであいつが攫われておかないと俺たちは油断するだろう。
 どっか別の場所でユウナが連れ去られちまった場合、たぶん俺は自力でアルベドのホームに行けねえ。
 となると……まあ、ユウナが無事なのは分かってんだし、ここは大人しく流れに乗っとくべきだろうな。

 そんなことを考えてたらメルが不審そうに俺を見上げていた。
「ん?」
「オーラカの試合はちゃんと見てろ、って言わないの?」
 どっちかっつーと、うっかり寝ててくれる方がありがたいんだって。
「いや、無理はしねえ方がいい、うん。何なら宿でもとるか?」
「いらない。……なんか怪しいなぁ」
「べ、べつになーんも隠してねえぞ?」
「それ隠してるって自白してるようなもんじゃん」
 だってよ、言ったら怒るだろ……。言わなくても怒るんだけどよ。

 先に言っといて「アルベドのことは許してやれ」とでも念押した方がいいのか?
 それともメルが試合を見ないようにどっかへ誘導するべきか?

「あのな」
「うん」
「なんつったらいいか、その……」
 アルベドがユウナを誘拐する事情は俺が言わなくたってメルも自分で察するだろう。
 でもオーラカにかけてきた脅しはどうフォローすりゃいいのか思いつかねえ。
 サイクス相手じゃなくても試合でボロボロになるのなんかしょっちゅうだし、俺だってそれなりに頑丈だからあんま気にしないでほしいんだが。

「トーナメントで、ちょっとしたいざこざが起きるんだ」
「えっ、なにそれ。またシンが出るの?」
「いやいやいや。そんな大層なことじゃない。ただ、俺が多少、怪我するかもしんねえっつーか」
「は?」
「でも大した怪我じゃないから安心しろ! ……怖え顔するなって」
「もっと詳しく教えてくれないと対処できないよ」
「対処しなくていい。ただ……見逃してくれりゃいんだ」

 俺が怪我するかもと言った瞬間ブリザガでも唱えたのかってくらい気温が下がってビビった。
 今回メルはスタジアムのスタッフに伝手もねえし、レフリーを引きずり下ろすために暴走、なんて心配はしなくていいはずだ。
 ただアルベド族との関係が冷え込むのはできる限り避けたかった。

 メルはかつての俺と違ってアルベドに偏見なんか持っちゃいない。
 にもかかわらず、この件だけは長いこと引きずるはめになる。
 シドのおっさんが亡くなるまで仲悪いままだ。
 とうの俺とオーラカの連中が和解してんのに当時のサイクスメンバーへの恨みは消えなかった。
 普段は誰にでも優しいメルが他人と揉めてんのを見るのは気分が悪い。しかも原因、俺だしよ。

 反論されると言い任す自信はないが、メルが口を開く寸前にユウナが声をかけてきた。
「メル、いい?」
「……うん」
「お邪魔だったかな」
「全然! んなことねえぞ。大歓迎だ」
 ユウナの前じゃこれから起こることの話なんかできねえから正直ホッとした。メルの視線は怖いけどな。

 ユウナは言おうか言うまいか迷いつつ、意を決してメルを見つめる。
「どうしてドナ先輩のガードになったのか、聞きたくて」
「へ? それは昨日も言ったじゃん」
 召喚士が必要とする情報を共有するためってやつか。
 同時に複数の召喚士のガードをするってのは確かに禁止されていない。
 メルの言い分も、突飛だが理解はできる。

 それに、昨日はメルがドナに同行してたお陰で試練も楽に終わった。
 俺も試練の間を突破する方法までは覚えてねえしな。メルの行動が役立ったのは事実だろう。ただ……。
「でも……本当にそれだけ? 私のガードになるの、嫌がってたのに」
 なんか裏がありそうだと疑ってるのはユウナだけじゃない。俺だって正直、メルが何を企んでるのか気になってる。

 しかしメルもそういうことは素直に言ってくれない。
「なにユウナ、もしかしてヤキモチ?」
「えっ?」
「やだなあ、心配しなくたって私の本命はユウナだから」
「そ、そうじゃなくて……!」
 焦ったユウナは「他のやつのガードしたことは気にしてない」と慌てる。
 ああほら話逸らされちまった。俺もよく引っかかるんだよな、このやり方。

「寺院であの人に会った時、失礼なこと言っちゃったから」
「ん? ドナさんと話したんだ」
「うん。私たちが寺院に着いた時、ちょうど試練の間から出てきたところだったの。それで……」
 俺はオハランド様に祈ってて半分くらい聞いてなかったが、先に因縁ふっかけてきたのはドナの方だろ。
「メルに協力してくれたなら、悪いことしたかな、って」
 あれを気にしてたとはユウナも律儀だぜ。

 メルはと言えば、ユウナがドナと喧嘩したのがよっぽど意外だったようで目を丸くして俺の方を見た。
「まじ?」
「おう。なかなか威勢のいいこと言ってたぞ」
「へええ。ユウナが人前で喧嘩するとはね〜」
「そ、そんな大袈裟なものじゃないよ」
 でも啖呵切ってたのはマジだからな。

「そういや昨夜もゴワーズのやつらと言い争ってたしなあ」
「ユウナも気が強くなったね」
「ビサイドの女って感じになったよな」
「島に来てすぐは私たちにも緊張してたのに成長したもんですよ」
「まあ、あの頃から好奇心旺盛で意外と大人しくしてなかったけどよ」
「そっかあ、確かに結構お転婆なとこある」
「もう、二人とも!」

 ちっとからかいすぎたのか、頬を赤くしたユウナが俺を睨んでくる。
「そういうワッカさんだって……」
「あん?」
 俺は少なくとも寺院で喧嘩なんかしねえぞ。温厚だからな。
 と思ったんだが、ユウナは思いがけないところから反撃してきた。

「キーリカ寺院の外でルカ・ゴワーズの人たちに会って、メルと顔合わせたんじゃないかって、すごく焦ってたよ」
「お、おい、それは言わんでいいだろ」
「なんだ、ワッカってばゴワーズがいたから『勝手に一人で行くな』とか怒ってたの?」
「………………そんなんじゃねえ」
「ワッカさんこそ妬いてたんだよ。私は違うけど」
「うぐ……や、妬いてねえっての」

 あそこで顔見るまでビクスンたちが寺院にいたこと忘れてたんだよ。
 せっかくメルがルカで働くのも阻止してあいつらと親しくならねえように苦労してきたってのに。
「お前、ビクスンと話してねえよな?」
 俺がそう聞いたら、メルはいい笑顔で答えた。
「握手してもらった!」
「なにぃ!?」
 やっぱり面識できちまってんじゃねえかよ! くそっ。

「なんであいつと握手なんかする必要があんだよ」
「だって、せっかくブリッツ選手に会えたんだし」
「俺らだって選手だろーが!」
「オーラカのやつらと握手してもありがたみゼロじゃん」
「んだと? 伝説のチーム舐めんなよ。キャプテンと握手させてやるよ、おら!」
「ちょっ痛い痛い痛い! 握手ってレベルじゃない!!」
「あ、ねえ二人とも、ルカが見えてきたよ」
「ユウナってほんとマイペースだよね……!」

 俺たちが遊んでる間にウイノ号は無事ルカに入港した。
 マイカ総老師の演説もシーモア老師のお披露目も、いまひとつ身が入らねえ。
 尊敬の念が全部なくなったわけじゃねえんだが、思惑を知っちまうとやっぱ同じようには見られねえよな。

 受付でティーダの選手登録も済ませて、メルたちは先に控え室に向かった。
 抽選から戻った俺を迎えたのはチャップだ。
「どうだった?」
「一回戦の相手はアルベド・サイクス。その次は決勝だ」
「えっ?」
「だから、オーラカはシード権を獲得したってことだ」
「な、なんでそんな冷静なんだよ!? 大チャンスじゃないか!」
 だって前から知ってたしなあ。そりゃシード権はありがてえけど、結果の分かってる抽選ほどつまんねえもんはないぞ。

「チャップ、試合が終わったらどうするよ」
「どうするって?」
「お前もガードに誘われてたろ」
 ティーダが正式なガードになるんでオーラカはメンバーが足りないままだ。
 もしチャップがそのまま残ってくれるなら俺としてはありがたい。
 だが、こいつもガードになりたいって言うなら俺は反対しない。

 好きな女のそばにいるよりシンを倒してそいつを守る。そう決心した前回、チャップは死んだ。
 今回はチャップが生きてここにいる。それだけで俺は満足だ。
 まあ、去年の代わりにミヘン・セッションに加わるなんて言われたらさすがに止めるけどよ。
 それ以外は好きにすりゃいいと思ってる。

 このトーナメント……自分がベンチでいいっつったのは、俺への義理はもう果たしたってことなのか。
 やっぱブリッツやるよりシンと戦いたいと思ってんのか。
 チャップはしばらく考え込んでたが、やがて囁くように小さな声で言った。
「俺はユウナのガードにはならないよ。ブリッツやりながら、みんなを待ってる」
 ……それはちょっと、意外だな。

「ルーってさ、よくフラッと出かけちゃうだろ」
「ああ……」
 以前ギンネム様のガードになった時もそうだが、それより昔から似たようなことがよくあった。
 ガキの頃から「島での毎日は退屈だ」なんつってしょっちゅうルカまで遊びに行ってたな。
「昔はあいつを引き留めたかったんだ。いつもそばにいたかった。でも……」
 討伐隊に入ることを考え、それをやめた時に気持ちが変わったとチャップは言う。
「どっか行っても、あいつはちゃんと帰ってくる。そう信じてやるのも大事なのかも」

 メルはよく俺に「過保護だ」とか「心配しすぎだ」とか怒る。
 その一方、なんかで俺があいつを頼ると喜ぶ。つまりそういうことなのかもな。
 あいつを一人前だって認めて、好きなようにやらせてやるのが信頼か。
 でもよ、心配すんなってのは難しいぜ。
「旅で何があるか、分かんねえ。いいのか?」
「うん。ルーなら大丈夫だ」
「……そっか」
 こいつは本当に俺の弟なのかって、たまに思う。俺と違ってすげえやつだよ。

 チャップが旅について来ないなら、前から考えてたことを話そうと思う。
「なあ、お前からルッツたちを説得してくんねえか」
「何を?」
「あいつらが参加しようとしてる作戦……去年と同じもんだ。もっと規模がでっかいけどよ」
「ああ、それか。引き留めるのは無理だよ」
「失敗すんの、分かりきってるだろ?」
 去年だってダメだった。作戦の内容は変わってない。またシンに潰されて大勢死んで……それで終わりだ。

 静かな瞳が俺を見つめていた。反抗的なのはあんまり変わらないが、最近はお互いちゃんと話ができてる気がする。
「……たぶん、失敗するんだろうな。でも連中は諦めないよ」
「無駄死にだぞ」
「ユウナと同じなんだ。シンを倒したって、十年もすればまた蘇るのはみんな分かってる。それでも召喚士は旅をする」
 もしかしたら次こそは復活しないかもしれない、そう信じて召喚士は命を懸ける。
 覚悟は同じだって、そういやアーロンさんも言ってたな。

「兄ちゃん、ユウナに『究極召喚なんか使っても無駄死にだ』って言えるのか?」
「言えるわけねえだろ」
「だったらルッツもガッタも止められないよ」

 そうだな。ユウナとルッツたちの覚悟は確かに同じだろうよ。
 でもだからって俺があいつらを止めないのは違う。
 死なずに帰ってくることを信じて待つのと、死ぬって分かってんのに見捨てるのは、違う。
 あんまり変えない方がいいってメルの言い分も理解しちゃいるが、ここは去年と同じ、譲れねえとこだろ。

「でも、無駄なんだよ」
「あのなぁ、兄ちゃん……」
「兵器はシンに通用しねえ、討伐隊とアルベドは全滅、ルッツは体の半分吹き飛ばされて死んじまうんだ」
「ワッカ! さすがに悲観的すぎだって」
「あいつらがそんなことしなくたって、一ヶ月とちょっともあれば俺たちがシンを倒せる」
「けどそれはユウナが、」
「ユウナに究極召喚は使わせねえし、そんでもってシンも二度と復活しない。……その方法を教えてやりゃルッツは討伐隊を抜けんのか?」

 勢いに任せて吐き出したら、チャップは唖然として固まっていた。
「詳しくは言えねえ……けど、そういう方法があんだよ」
 何を言ってんだとかふざけてんなよとか、そういう反応はなかった。
 チャップはただ目を泳がせて控え室がある方に助けを求めるような視線を向ける。
「ちょっとメルに相談したいことができたんだけど」
「シンを倒す方法はメルも知ってる。でもな、ルッツが死ぬことは、あいつには言うな」

 三年前、前回のことを思い出してからずっとチャップを説得していた。
 その傍らでルッツにも討伐隊を抜けるよう言ってたんだ。あいつは今の今まで聞かなかったがな。
 これに関してはメルに相談できなかった。絶対、言いたくなかった。
「メルもミヘン・セッションに参加してるはずだった。ルッツの隣にいたんだ。そんで、あいつが死ぬ瞬間を……その目で見てた」
 次の作戦でルッツが死ぬと知ったらメルは当然それを阻止しようとするだろう。
 あいつが巻き添え食らいでもしたら……俺は……。

「……なんか、見てきたように言うんだな」
「見てきたんだよ」
 タチ悪い冗談やめろと言いかけて、チャップは口を噤んだ。俺がふざけてねえのは分かったらしい。
「知って楽しいもんじゃねえが、聞きたいか?」
「マジな話なら聞く」
「素直に信じるってのは無理だと思うけどな。……とりあえず、サイクスとの試合中はメルを見張っててくれよ」
「へ? い、いや、ルッツがどうこうって話はどうなったんだよ」
 そいつは後回しだ。まず俺の言ってることがマジだって信じさせなきゃ、話が通じねえからな。

「もうじきユウナがアルベド族に攫われる。つっても無事に帰ってくるから心配すんな。それより、俺が殴られてるとこ見てメルが暴走するから止めてくれ」
「ごめん、兄ちゃんが何言ってっか全然分からない」
「分かんねえのは分かってる。聞くだけ聞いとけ。そんで、言った通りのことが起きたら信じられるだろ」
「……これ、ほんとにメルも知ってるのか?」
「先に起こることを俺が知ってる、ってのは話してある。都合悪いのは黙ってるけどな」
「うぅ、頭痛くなってきた……」
「とにかく、試合見て考えろ。お前が信じる気になったら話すからよ」

 遅くなっちまったが、混乱したままのチャップを連れてオーラカの控え室に戻る。
 シード権を獲得したってんでチームのやつらは一気に沸いた。
 しかし基本ルールの確認をしながらじわじわと不安になってきたらしい。
 二回勝てば優勝、とは言うが、俺たちには一回勝つのも厳しいからなあ。
 手の届くところに優勝の可能性が見えちまうと逆にプレッシャーがでかいんだ。

 しばらくすると、暇を持て余してたティーダのもとにユウナが駆け込んできた。
「カフェでアーロンさんを見かけた人がいるんだって! ねえ、会いに行ってみようよ!」
 予定通りにキマリを連れて出て行こうとした二人にチャップが声をかける。
「ユウナ……」
「お前ら、外は人多いから気ぃつけろよ」
「はーい!」
 遮って俺が言うと、ユウナたちは転がるように控え室を出て行った。

 柄にもなくチャップは焦っている。
 俺の話は半信半疑といえ、誘拐されるなんて聞いたらユウナが心配なんだろう。
「な、なあ、いいのか?」
「向こうは大丈夫だって」
 もとよりアルベドがやってんのは召喚士の“保護”だ。強引だが、手荒な真似されることはねえ。

 ユウナより問題なのは俺たちだった。
「腹痛くなってきた……」
「俺は腹減った……」
「ちょっと気持ち悪いっす」
「さっきから膝がうまく曲がんなくて」
「俺なんか手が震えちゃってさぁ」
 あんまり言いたくねえけど、緊張に弱すぎんのがオーラカの欠点だよなあ。
 しかも唯一の欠点ですらないのが痛いところだ。

「みんな緊張しすぎでしょ。気楽にやらなきゃまた負けちゃうよ?」
「また……」
「また負け……」
「メル、余計なこと言うなよ」
「んもー、メンタル弱すぎるわ!!」

 斯く言う俺も密かに緊張してんだよな……。
 抽選やらなんやらは前回の通りだったが、試合だけは実力が物を言う。
 オーラカが勝つと決まってたって俺たちが手を抜きゃ負けちまうんだ。
 ……なんつーかなぁ。サイクスのやつらにボコボコにされたのをメルがあんなに怒るのも、こんな様を見てるからなんだろう。
 大丈夫だって信じて待ってられないのは俺が情けねえから、か。
 あいつには余計な心配させたくないってのに、しっかりしないとな。




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