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 石段から森を見下ろしてみる。夕焼けに照らされて、まるで世界が燃えてるみたいだ。
 バラバラにされた村の残骸が見えなければ綺麗な景色だったのに。
 港の方に村の人たちが集まってるのが見えた。今頃ユウナは異界送りをしてるのかな。
 居住区画では生き残った男の人たちが建物に応急処置を施してる。ワッカも作業に加わってるはずだ。
 みんなが寺院に来るのは早くても明日の朝。

 気を取り直して再び階段をのぼり始める。
 いつもは静かなキーリカ寺院の石階段だけれど、今は救援物資を村に運ぶ人たちとしょっちゅうすれ違う。
 途中の広場で寺院に向かう人影を見つけた。
 僧衣じゃないから寺院の人ではなさそうだ。村人は港に集まってるはずだし……。
 その二人組、片方は黒い髪の褐色美人で、もう片方は筋骨逞しい男の人。……うーん。

「召喚士様ですか?」
 私が声をかけたら二人してこっちを振り向き、足を止める。女の人が頷いた。
「ええ。ドナよ。こっちはガードのバルテロ」
 バルテロ様は人見知りが激しいのか黙ったまま軽く頭を下げる。
 私も二人に向かってお辞儀をしつつ、困惑していた。

 どうしよう。彼女たちもこれから寺院に行くってことだ。
 不審がるワッカにあれこれ言い訳して一人で先に来たのは、ユウナたちが港にいる間に祈り子様との対話を終えるためだった。
 ドナ様が出てくるのを待ってたらみんなが追いついてくるかもしれない。
 とはいえ後から来た私を先に入れろってわけにもいかないし。

「メルです。あの、よければ一緒に行ってもいいですか?」
「ガードになりたいっていうの? 生憎だけれど間に合ってるわ」
「いえ、私も祈り子の間に用事があるんですけど、急いでるので二人同時に済ませたらどうかなと」
 べつに問題はないはずだけれど初対面の相手に不躾なこと言ってるのは事実だからドキドキする。
 案の定、二人とも「こいつ何を言ってんだ?」って顔で私を見ていた。

「あなた召喚士なの? ガードは?」
「私にガードはいません。ていうか、私が別の召喚士のガードをやってるんで」
「……召喚士が召喚士のガードだなんて。おかしなことをするものね」
「そうかな。複数の召喚士が協力し合えばいろいろやりやすいと思うんですけど」
「だったらあなたのお仲間と一緒に試練を受ければいいじゃない?」
「いやー。私が召喚士になったこと、仲間には知られたくないんです」
「どうして」
 ワッカに怒られるから。って言うのはさすがに情けないなぁ。

 正直、エボン=ジュを倒すのにすべての寺院をまわる必要があるのかどうかは分からない。
 一体でも召喚獣と契約してればそれで事足りる気もする。
 究極召喚を使うつもりがないならそれに耐え得る精神力も特に必要ないってことだし。
 でも、ビサイドとマカラーニャの祈り子様と会ってから明らかに魔法の威力が上がってるんだよね。
 だから……やっぱりできる限り試練はクリアしておきたいんだ。
 ユウナが旅を中断することはないだろうけれど、選択の幅を広げておけばきっと彼女の役に立つ。

「えっと、私の幼馴染みが召喚士になったんですよね。それで私は彼女のガードやってるんです」
「……幼馴染み」
 小さな声で呟いたドナ様の方を、バルテロ様が思わずといった感じで見つめた。
 あっ。私、察しました。
「本当は彼女を召喚士になんてしたくない。だから私も召喚士になったんです」
「極端ね。嫌なら普通に引き留めればよかったでしょうに」
「止められませんよ。何言ったって、もう覚悟決めちゃってるんだから」

 さっきまでは不審者を見るそれだったけれど、私を見る彼らの視線が変化していた。
「バルテロ様は分かりません? なれるもんなら自分が代わりになりたい、って気持ち」
「……」
「表立って反対しなくても、ガードになっても、旅をやめてほしくないわけじゃないですよね」
 ドナ様は少し意外そうに彼を見つめる。
「バルテロ……」
 返事はなかった。でも沈黙も一つの答えだ。

 この二人、幼馴染みなんだろうな。
 そしてキーリカ出身の召喚士様が今日という日に寺院へ向かってるのは……さっきの襲撃がドナ様の背中を押したってことだ。
 彼らは引き返せる最後の線を踏み越えたばかりなんだ。

「私、契約するのだけは早いんで邪魔はしません。もしドナ様が先に終わったらその場に置いてってもらって構わないです」
「……もう召喚獣との契約を終えてるのね」
「はい。まだ二体だけですけど」
「そう」
「だから試練の間を抜けるコツとか、分かってますし」

 結論を出すまでドナ様は大して悩まなかった。果断な人だ。
「いいわ。今日だけ私のガードだってことにして、試練の間に入るのね」
「ありがとうございます、ドナ様!」
「同じ召喚士に“様”はないでしょう?」
「あーでも私、従召の修行もしてないしガードもいないし、正式な召喚士とは言えないんで」
 それに召喚士様とそのガードの皆様には敬意をもって接するように僧官長様から口を酸っぱくして言われてる。
 だからちゃんとした召喚士とガードであるドナ様たちには“様”をつけてるんだ。

 ドナ様は「敬意を払ってくれるのは構わないけれど」と前置きして言った。
「事情がどうあれ、その地位を得た以上あなたには召喚士としての責任が課せられているのよ」
「あ……」
「名乗ることがなくても自分が召喚士であると自覚しなさい」
 確かに、私は正式な召喚士じゃない、なんてただの言い訳だったかもしれない。
「そうですね。ありがとう、ドナ様……じゃなくて、ドナさん!」
 みんなに隠してる限り私が役目を果たす機会はないけれど、心の中ではちゃんと“召喚士”でいなきゃダメだよね。

「それから、バルテロにも様はつけないで」
「あ、はい」
 そっちは単なるヤキモチっぽい。

 斯くして私は一夜限定でドナさんのガードとなり、二人で試練の間へと足を踏み入れた。
 ちなみにバルテロさんはなぜか試練の間について来なかった。

 キーリカ寺院の試練はビサイドよりちょっとややこしい。
「でもマカラーニャより簡単でよかった」
「マカラーニャ寺院に行ったの?」
「はい。前にも召喚士のガードをやったことがあって、その時に」
 ビサイドとマカラーニャだけ訪問済みってかなり変だよね。他の人にはそれ言っただけでも怪しすぎて勘繰られそうだ。

 それにしても、どうしてビサイドとマカラーニャであんなに試練の難易度が変わるんだろう。
「この試練って誰が作ってるんでしょうね」
 二つの試練に違いがあるとしたら……、そういえばビサイドの祈り子様は助けを求めてる感じだった。
 マカラーニャの祈り子様は彼女より少し年上っぽい御姉様で、こっちの精神力とかを見極めてる様子だった。
 そんな気質の違いが試練に反映されてるとか?
「祈り子様の心までの距離なのかな」
 南国に暮らしてる祈り子様は開放的なのかも。「試練? まあいいじゃん、さっさと来なさい!」みたいな。

 私が試練について考え込んでたら、ドナさんは呆れたようにため息を吐いた。
「あなたって相当な変人よね」
「えっ!? そこは『ちょっと変わってるわね』くらいで留めてほしい」
「同じでしょう」
「言葉選びに問題ありです……」

 キーリカの祈り子様はその召喚獣と同様ムキムキのマッチョガイだった。
 そして、ブリッツ選手らしき体型だ。
 思い返せばズーク様に召喚されて戦ってた時も巨大な岩をボールみたいに投げたりしてたっけ。
 生きてる時はブリッツ選手だったのかな。……なんかエボン=ジュの話を知って以来、祈り子様が人間だった頃のことを考えると複雑な気分になる。

 祈り子様と軽く会話してから、ドナさんの集中を乱さないよう静かに扉を潜る。
 試練の間を逆に辿って広間に戻ると、なぜかバルテロさんが目を丸くして驚いていた。
「もう終わったのか?」
「うっす。あ、ドナさんはもう少しかかりそうです」
「……凄いな」
「うん?」
 バルテロさんが声を発したの、何気に初めてだな。
 あ、もしかして対話が一瞬で終わったから私が優秀な召喚士だとか誤解されてる?

 ビサイド寺院に潜り込んだ時にも感じたけれど、祈り子様は召喚士の契約に乗り気じゃない。
 もう疲れてるんだろう。夢を見るのをやめて、静かに眠りたいんだ。
 だからシンを倒して新たなシンを生み出すことになる召喚士を易々とは受け入れてくれない。
 私の場合は第一声が「エボン=ジュ倒しに行きます」だから簡単に心を開いてくれるけれど。
 つまりただ裏口を知ってるというだけで私の感応能力が優れてるとかそんなことはまったくないのだ。

 その辺はさすがに説明できないから、事情を知らない人に「凄くない」と言ってしまうのも謙遜を過ぎて嫌味になりそうなのが困る。
「肝心なのは召喚獣を使いこなせるかどうかだし、契約だけ早くても仕方ないですけどね」
 バルテロさんは納得できない様子だった。

「俺は……自分が召喚士になろうなんて思わなかった。……あんたは、凄いよ」
 もしかしたらバルテロさん、まだ正式なガードじゃないのかもしれない。
 ドナさんが召喚士になるのを引き留めたいけど言えない……ユウナが従召喚士でいた頃の、私たちみたいに。

 でも私がこの道を選んだのは相手がユウナだからこそだ。ユウナとドナさんは違う。だから私とバルテロさんを比べても意味がない。
「私がどうでも関係ない。ドナさんにとって一番優秀で凄いガードはバルテロさんですよ」
「……そうだろうか」
「だって石階段のところで会った時、ガードは間に合ってるって言ってたし」
 誰がどんなに凄かろうと、彼女はバルテロさんしか要らないってことだ。

 私は港に送る物資を準備している僧官様を手伝いながら夜を過ごした。
 気づいた時には窓から朝陽が射し込んでいた。
 ユウナ……眠れたかな。昨日の異界送りできっと泣いちゃっただろうな。
 目を腫らしてやって来たりしたら、祈り子様はますますユウナに力を貸したくなくなると思う。
 ビサイドの祈り子様だって本当は彼女に旅をさせたくなかったんだ。
 ここの祈り子様もドナさんには頑固だ。ドナさんの試練は、やっぱり一晩かかった。
 バルテロさんは決意を固めながら扉の前で待ち続けている。

 備蓄の食料や寝具を箱に詰めつつ、炊き出しだけは手伝えないのがちょっと心苦しい。
 荷物を運び出していたらなんだかオーラのある集団が寺院に入ってきた。
 ん? あ、あれは! ルカ・ゴワーズのビクスン選手とグラーブ選手とアンバス選手ではないですか。
 他のメンバーが見当たらないけどいないのかな。まあいいや。

「ビクスン選手! 握手してください!」
 いきなり駆け寄ってきた私に驚くでもなく彼はスマートに右手を差し出してくれた。手慣れている。
「ゴワーズのファンか?」
「いや、私の本命はオーラカです」
「は? ビサイド・オーラカ?」

 愛想のいい笑顔が一転ビクスンの表情は傲慢な強者のそれになり、後ろにいたグラーブたちと笑い合う。
「こりゃ驚いた。とんだ物好きがいたもんだな」
 いいもんべつに慣れてるもん、こんなリアクション。
「今年のオーラカは一味違いますよ。あと今あなたの手から幸運を吸い取ったので悪しからず」
「おい」
 そしてこの手に溜めた幸運はビサイド・オーラカに! なんて。
「冗談です。オーラカが一番だけど、ゴワーズも二番目に好きです」
「二番目ねえ」
「調子こいてるけど実力が伴ってるからカッコイイんだよね」
「褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ」
「トーナメント、多少は応援するけど頑張らないでください!」
「お前……」

 ガクッと肩を落とすビクスンの後ろではキレ気味のグラーブが私を睨む。でも横からアンバスが彼を制止した。
「やめとけグラーブ、確かに幸運を吸い取られそうな気がする」
「ああ、力抜けるのは間違いないな」
 フフフ。戦意を喪失させるのは得意だよ。そうやってワッカとチャップの兄弟喧嘩を潰してるんだから。

 ゴワーズが私に呆れて立ち去ったところで、様子を見てたらしいバルテロさんが声をかけてくる。
「あのゴワーズ相手によく喧嘩を売れるなあ」
「え、喧嘩売ったわけじゃないんですけど」
 もちろんゴワーズが好きなのは本当だ。二番目なのも本当だけれど。
「そんなにオーラカが好きで、ゴワーズも好きってのは不思議だ」
「そうかな」
「正反対のチームに思えるが」
「強さ的な意味で……?」
 ジト目で睨むとバルテロさんは「違う」と苦笑する。

「ビサイド・オーラカは、本当にブリッツが好きなんだろう。見てて楽しさが伝わってくる」
「まあよっぽど好きじゃなきゃあんなに負けまくってるのに続けられないですよね」
 でもそれはゴワーズも同じだと思う。よっぽど好きじゃなきゃ、あんなに強くなれないよ。
「オーラカのみんなを見てるからこそ、強くなることの大変さは身に染みてるもん。あの人たちは凄いよ。素直に尊敬する」
 ブリッツへの情熱も、勝利への執念も。性格は悪そうだけどね。

 オハランド様の御聖像に近寄っていくゴワーズの面々を窺いつつ、バルテロさんが小さな声で呟いた。
「メルさんの御両親は、いい人だったんだろうな」
「え?」
「誰でも好意的に受け入れるってのは難しいことだ」
 両親の教育がよかったお陰だろう、なんて言われるのは自分が褒められるより嬉しい。

 でも教育面ではワッカの影響も大きいんじゃないかな。
 あの人は何でも曲解せずにありのまま受け止めてくれる。たまにそれが欠点になるけど……。
 私はワッカのそういうところ好きだから。見習おうっていつも思ってる。
「ドナもあんたくらい素直になれたら、もっと友人も増えるんだが」
 あー。……バルテロさん、苦労してるなあ。

「私はそろそろ宿所に戻ります。バルテロさんはリフトのところで待ってた方がいいんじゃないですか?」
「ああ……そうだな。俺も、覚悟を決めるよ。最後までドナについて行く」
「お互い頑張りましょう」
「ありがとう」
 今度こそガードとして扉を潜ったバルテロさんを見送り、オハランド像の前でボーッとしているビクスンを振り返る。
「ってわけで、人目はなくなるので今のうちに必勝祈願をどーぞ!」
「……余計な世話だ。ルカ・ゴワーズに必勝祈願など必要ない!」
 プライド高いといろいろ大変だなあ。

 僧官様を手伝って回復薬を作ってるうちに数時間が経過していた。
 料理は相変わらず下手なのに薬は作れるの、謎だ。味が関係ないからかな?
 広間に出るとちょうどユウナも来ていた。
 残念ながらドナさんたちはもう寺院を発ってしまったようだ。まあ、鉢合わせしなくてよかったかな。

 チャップは港に残って作業を手伝ってるみたいだ。
 寝不足の目を擦りつつみんなのもとに近寄り、なぜかボロボロのティーダに声をかける。
「おはよっす。大丈夫?」
「あー、おはよう。……階段のとこでシンのコケラってのが出てさあ」
「あらら」
 一緒に戦わされたのか。でも戦闘訓練だと思えば、いい経験じゃん。

 それじゃあ早速ユウナの試練へ、ってところで私だけ僧官様に止められた。
「待たれよ。貴女は……」
「ユウナのガードです。よろしくお願いします」
「何? しかし昨夜は召喚士ドナのガードだと」
「えっ!?」
 寺院勤めの人は基本的に空気が読めない。サクッとバラされて全員の視線が私に集中した。
「おいメル、どういうこった」
 ワッカの視線が痛い……。

「でも僧官様、同時に複数の召喚士のガードになっちゃいけないって掟はないです」
「そ、それはそうだが」
「召喚士は旅で得た情報を共有すべきです。だから、私はユウナのガードだけど昨日だけドナさんのガードを兼任しました」
「そのような小狡い真似は、」
「召喚士を助けるための行動がズルいんですか? 掟には抵触してません」
「む、う……」
「ドナさんにも事情は話した上で、臨時だけど正式なガードとして認めていただきました。問題あります?」

 言葉に詰まった僧官様は、やがてユウナに向き直る。
「召喚士ユウナ殿。この者は確かに貴女のガードですか?」
「は、はい! もちろんです」
「では……致し方ない。掟を破っていないのは事実。しかし己の行動に問題がないと思うならば、今後は事前にその旨を申し出なさい」
「はーい、以後気をつけまっす」
 よかった、実質お咎めなしで。
 でも実際のところ私のやり方って何がダメなのかな?
 ガード兼任ってより複数の召喚士がパーティを組んで旅すればもっと楽になると思うんだけど。

 扉を潜ったところでワッカに頭を小突かれた。
「先に寺院へ行っとくって、これが目的だったのかよ」
「うん。試練の間も攻略法も把握したし、楽勝っす」
「しょーもねえ理由で勝手に一人で行くなっての」
「心配しなくてもユウナの迷惑になるようなことはしないよ」
「んな心配してねえ」
「じゃあ何? もう私だって大人なんだから、過保護も程々にしてよね」
「大人だから心配してんだろ」
 えぇ? 三年前の「一人暮らしするな」は分からなくもないけど「一人で寺院に行くな」は謎すぎるよ。

 不貞腐れてしまったワッカに悩んでいると、横でルーが肩を竦める。
「言っても無駄よ。チャップとあんたとユウナに関して、過保護になるのは病気みたいなものだから」
「そうだ。諦めろ」
 なに偉そうにしてるの?
 もー。そりゃ心配されて悪い気はしないけど、度が過ぎるとさすがにめんどくさいよ、ワッカ。




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