08
よく考えたらユウナに「私もガードやるからね」って伝えてなくない?
という重大な事実に気づいたのは、ユウナが寺院に入ったあとのことだった。
私も一緒に行くってのが当たり前に染み着いてたから改めて宣言するのを忘れてたんだ。
これ絶対ユウナは私が留守番するもんだと思ってるよ。
ユウナが出てきたらすぐに言わないと、旅に反対してるままだと勘違いされそうだ。
いや……、反対してるのは事実なんだけどね。
究極召喚がいらないなら尚のことユウナに旅をさせる必要なんてないんだし。
最悪の場合、私が代わりに召喚獣を呼べばエボン=ジュを引きずり出すことはできるし。
ビサイドとマカラーニャの祈り子様にしか会ってない未熟な召喚士だけれど、代役は可能だと思う。
できることならユウナには「自分の命を擲ってもいい」なんて、そんな覚悟……決めてほしくないとは思ってる。
というか前回の私はどうして大人しくユウナのガードやってたんだろう。
私の性格から考えてもユウナに旅をさせてナギ節の到来を待つなんて納得したとは思えなかった。
それについてワッカに聞いてみようと訪ねたら、ワッカの家に知らない人がいた。
「えっ!? だ、誰!」
泥棒……じゃ、ないよね。ビサイドに盗む価値のあるものなんて存在しない。
金髪碧眼の都会的な格好をしたその少年? 青年? 彼は私の顔を見ると居心地悪そうにしながら頭を下げた。
「ども……お邪魔してるッス」
「あ、うん」
招かれざる客ってわけじゃなさそうだ。ワッカが家に呼んだのかな。
っていうかもしかして、この人がティーダ? もっと詳しい外見的特徴を聞いておくべきだった。
言われてみると確かにちょっと顔立ちがチャップに似てるかも。そう思ったのと同時。
ティーダと思われる人物は私を見つめて無邪気に尋ねる。
「ワッカの妹?」
その瞬間、私は膝に矢を受けてしまったかのごとく崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ッスか?」
そっかー、妹かー。……そうだよね……。
声もかけず当たり前の顔して家に入ってきたからワッカの家族だと思ったんだろう。でも。そうだとしても。
「妹に見えちゃうかー」
「ごめん。ひょっとして、妹じゃなくて彼女?」
どうなんだろうね。私が聞きたいくらいっす。奥さんに間違われるのは難しいとしても、妹か……。
正直へこむ。だってこれはワッカが異性扱いしてくれないとかそういう問題じゃなく、単に私が大人の魅力に欠けてるってことだから。
それはともかく、彼をいつまでも困惑させておくわけにはいかない。
「私はメル。そっちはティーダで合ってる?」
「うん」
変な感じだ。ティーダの話はずっと前から聞いてたし、これから一緒に大変な旅をすることも知ってる。
なのに私たちは初対面なんだ。なんか緊張してきた。
「それでワッカはどこ行ったの?」
見れば台所では鍋が火にかけられたまま。ティーダも困ったように首を傾げている。
「飯食わせてくれるって言ってたんだけど」
食事の準備する間そこらで時間潰してこいと言われ、ティーダは討伐隊宿舎や寺院を回ってきた。
そして教えられていたワッカの家に来たら家主は留守、と。
……家に呼んどいて放ったらかしちゃダメでしょ。
ワッカが大雑把な理由はなんとなく分かる。
こっちは先の展開を知ってるから相手もそれを分かってるつもりで動いちゃうんだよね。
ちょうど私がユウナに「ガードになる」って言い忘れたのと同じ。
きっとティーダがこのあとどんな行動をするかだけ覚えてて自分が何してたかは意識の外にあるんだ。
放っといてもティーダが勝手にごはん食べて次の行動に移ってくれると思ってる。
実際は初対面の人んちで家主の許可なく食事なんかしないし、ティーダはワッカが帰ってくるまで何もしないで待ってるだろうに。
鍋を覗くと昼食は作りかけだった。
私が続きを作ってもいいけれど、まだ初心者にはおすすめできない。
「ティーダ、料理できる?」
「え、あー……」
否定も肯定もせずにティーダは鍋を見つめて悩んだ。
「そっか、こんな田舎じゃ君のいたところとは設備が違いすぎるもんね」
「そうなんッスよ。まず電気がないって時点でもう、……ん?」
私だって前世では普通に料理できてたんだ。でもその記憶はビサイドの台所で何の役にも立たない。
せめてIH調理器でもあればと思いつつ「なんで俺のいたところを知ってるんだ」と言いたげなティーダの方に向き直る。
「君、ザナルカンドから来たんでしょ」
「ワッカに聞いたのか?」
「うん」
聞かされたのは今日じゃなくて三年前だけど、嘘は言ってない。
ワッカはティーダのことを知らないふりで通してる。それが賢明だと私も思う。
彼が夢のザナルカンド出身じゃなければ打ち明けてもよかったのだけれど。
……でもティーダって、いつ自分の素性に気づくんだろう?
彼自身がそれを知るまで私たちは黙ってなきゃいけない。
「お前の頭が変になったんだって言われると自信なくなるよね。でも自分を疑っちゃダメだよ」
自分の見たもの信じてあげられるのは自分だけなんだ。私にできるアドバイスなんてそれくらいだった。
「でも俺、すげえ変なこと言ってんだろ。あんたは信じられんのか?」
「信じる」
私が断言すると、ティーダは不思議そうな顔をした。
もし私に前世の記憶がなければ、ワッカが「前回の人生を思い出した」なんて言った時に信じなかったかもしれない。
ティーダが言ってることも「毒気が酷いね、ご愁傷さま」で終わりだったと思う。
自分の頭が変なのかと疑った時期もあるけれど、それが今に繋がるならこの記憶があってよかった。
「私ね、前世の記憶があるんだ。といっても残念ながらザナルカンドじゃなくて、全然関係ない異世界なんだけど」
「へ……?」
「世の中には不思議なことが起きるって、分かってるから。君の言うことも信じるよ」
前世世界が実在してもしなくても、その記憶は私を作り上げている大事な一部分。
だからティーダも、せめて自分だけは自分の見たものを信じてあげないと。
それから私は包み隠さず自分のことを打ち明けて、安心したのかティーダもザナルカンドの話をしてくれた。
ワッカに聞いてもいまひとつ実感がなかったけど、本人の口から聞くとやっぱり現実味がある。
その記憶が毒気で作られた妄想なんかじゃなくて、彼は実際にザナルカンドで生きてたんだって感じられた。
なんとかしてあげたいな。ワッカの望みだからってだけじゃなく、私もティーダに消えてほしくない。
いろいろありすぎて疲れている様子のティーダにちょっと眠って休むよう促して、私はワッカの家を出た。
どこをほっつき歩いてるんだろう。
とりあえず寺院にでも探しに行こうかと思ったら宿舎の方からチャップが歩いてきた。
私を見つけて近づいてくる。
「あいつは?」
「疲れてるっぽいからちょっと寝たらって言っといた」
「そっか」
明日一緒にビサイドを出るとして、今晩どうするかが問題だ。
こうなったらティーダはワッカの家で寝てもらって、ワッカを私んちに泊めるしかない!
なんて目論見はチャップがあっさり阻止してくれた。
「ルッツが討伐隊の宿舎使っていいってさ。今夜はそっちに泊まってもらえばいいかな」
「え〜」
「なんで不満そうなんだよ」
余計なところに気を回さなくてよかったのに……。
ユウナたちが寺院に入ってから暗い顔をしてたけれど、チャップはいつの間にか機嫌が良くなっている。
「兄ちゃんがティーダをチームに入れるって。お前あれを見てなくて残念だったな。すごかったんだぞ、あいつのシュート」
「やたら楽しそうだね?」
「そりゃ……」
照れくさそうに頬を掻きつつの答えは意外なものだった。
「極論、勝ちたきゃ強いチームに入ればいいんだ。でもワッカは“オーラカ”に拘ってたろ」
「まあそうだね」
「その大事なチームに、初対面のやつ入れるなんて言い出すからさ」
しかもあんな、オーラカに見合わないほどレベルの高い選手を。
ある意味ズルい気もするけれど、今までワッカにはそういう勝つためのズルさが足りなかった。
「形振り構ってられないくらい本気ってことだ。ちょっと見直したよ」
「なるほどねぇ」
兄ちゃんが勝ちを狙いにいっただけでそんなに喜ぶなんて、チャップも大概ブラコンだ。
そういうチャップはティーダの参戦でベンチ入りが決まったのにあんまり気にしてないのはどうしてだろう。
「俺に『引退まで付き合え』って言っといて去年あの様だろ。ちゃんとしたとこ見せてもらおうかと思って」
「おー、手厳しい」
でも確かに、今回こそカッコいいところ見せてほしくはある。
「万が一にも初戦を勝ち残ったら出るかもしれないけど。あいつらの体力が持たないからな」
「万が一は酷いなあ。せめて千にひとつくらいじゃない?」
「メルも充分ひでえよ。……ま、今回はベンチであいつらの精一杯を見守ることにする」
「そっか。じゃあ一緒に精一杯応援しようね」
「おう」
前回とは違う。でも違うからこそ前回より頑張れるはずだ。
弟が見守ってるんだから、ワッカもはりきってると思うな。
チャップによるとワッカはついさっき宿舎でルッツと話してたらしく、行ってみたけどもういなかった。
どこにいるのかと憤慨してるところへ肩を叩かれ、驚いて振り向くと探し人がそこに立っていた。
「何やってんだ?」
「な……何って、ワッカを探してたんだよ」
「ん? 俺もお前を探してたんだけどなぁ」
こんな狭い村でよく器用にすれ違えるもんだとお互い少し呆れてしまった。
「昼過ぎに、ユウナが戻らねえって聞いてあいつが寺院に入っちまうんだ。お前も来るだろ」
「ってそれ止めなくていいの?」
「掟破りだから? 祈り子の間まで入るわけじゃねえし、いいんじゃないか」
うーん。とてもワッカの言葉とは思えないな。
「あ、でも私まだユウナに『ガードやる』って言ってないんだ。ついてったら私も掟破りになっちゃう」
「へ?」
ワッカは意外そうな顔をしたけれど、なぜかすぐに納得した。
「そういや前回もそうだったな」
「う?」
「お前は最後までユウナのガードにならなかったんだ」
「ま、待ってよ。私も旅についてったんじゃないの?」
「途中からな。お前は始め討伐隊に入ってた。ミヘン・セッション……次の作戦が終わってから俺が『一緒に来い』って言ったんだ」
な……なんだって? 初耳なんですけど! でも確かに以前「討伐隊に入るなよ」って私も言われたっけ。
そうか。名目上はガードじゃなかったんだ、私。それなら納得かも。
ユウナが召喚士として死ぬことを認めたとは思えないから不思議だったんだ。
だけど私も召喚獣を集めたいし、今回は大人しくガードになった方がよさそうかな。
そんなことを考える私の横でワッカは何やら頭を悩ませていた。
「言おうか迷ったんだけどよ。いっこ相談してもいいか?」
「どーぞ」
変なの。ダメなわけないのに。どんな相談だって、頼られれば嬉しいだけだ。
でも迷いに迷って吐き出されたワッカの言葉は、ちょっと衝撃的だった。
「明日の朝リキ号で島を発つ。んで、海の上でシンが出るんだ」
「そ、それはまた早速だね」
「キーリカが襲われる。町は半壊、死者多数ってとこだな。なあ、今のうちに逃げろって伝えとくべきか?」
「……え、」
去年のジョゼ海岸防衛作戦は、惨劇が起きると分かってても止められなかった。
討伐隊の作戦を中止させる権限なんてなかったもの。
でもキーリカなら不可能ではないかもしれない。僧官長に頼めば寺院経由で村民に警告できる。
死者を出さない、あるいは犠牲を最小限に抑えられるかも……。
「やめた方がいいと思う。ていうか、やめてほしい」
無意識のうちに口から出ていたのは紛れもなく私の本音だった。
「あのさ。いきなり『明日シンが来るから逃げろ』って言われて本当にそうなったら、ワッカはどう思う?」
「事前に知らなきゃ危なかったな、と思う」
「……うん、まあ、そうなんだけど」
そこで終わってそれ以上のことを考えないの、ワッカの美点だけど欠点でもあるよね。
「こいつなんでシンが来るのを知ってたんだ、って思わない?」
「ああ、そりゃ後になったら気になるかもなぁ」
警告したのがワッカだと知られたらどんな厄介なことになるだろう。
シンに関わりがあるのではと疑われるか、未来を知ってるらしいと利用されるか、どっちにしろ御免だ。
ワッカだってバレなかったとしても、そんな警告を寄越したビサイド寺院が不審の目で見られるのはまず避けられない。
「それにシンの狙いは“場所”じゃなくてそこにいる“人”だから、キーリカの人たちが避難してくれても意味ないよ」
「避難した先が襲われるだけってか。……そう、かもな」
もしそんなことになったら、助かった人の絶望はどれほど深いだろう。
逃げれば助かるって希望を見せられたうえで、その道の先から突き落とされたとしたら。
結果的には“シンが襲う場所に誘導した”みたいに見え兼ねないのも恐ろしい。
でも本当は……ワッカにはとても言えないけれど、私が怖いのは別のことなんだ。
本来襲われるはずだったキーリカの人たちがその場にいなかった時、シンがどこへ行くか予測できない。
避難した人々のもとへ行くかもしれない。
ひょっとしたら、代わりにビサイドが襲われるかもしれない。
でなければ……港に人がいないのを知って、リキ号を標的に定めるかもしれない。
もう故郷が滅びるところを見るのは嫌だ。
目の前でワッカたちがシンに襲われるのを見るのは、絶対やだ。
大事な人たちを危険に晒すくらいならキーリカを見捨てた方がマシだ。
……こんな本音を打ち明けたら、最低なやつって思われちゃうだろうな。
私が黙り込んでしまうと、ワッカは苦笑しながら言った。
「お前がそうやって考えすぎて悩むんだから、やっぱ言わねえ方がよかったな」
「でも私に言ってくれなきゃワッカが一人で考えることになるじゃん」
「俺は考えが足りないからいいんだよ」
それ自慢することじゃないと思う。
大体、私は考えすぎて悩んでるわけじゃない。自分の性格が腐ってるから落ち込んでるだけだ。
「とにかく……キーリカには何も言わない方がいいよ」
それが多くの死を招くとしても。
明日死んでしまうかもしれない人たちには悪いけれど、私は自分の身近な人たちの方が大事だ。
分かった、警告はしないとワッカは頷いた。そしてなぜだか私の頭をわしゃわしゃ撫でる。
「俺はな、俺の大事なやつが生きて笑っててくれりゃ、他はどうでもいいんだ」
ちょうど私が考えてたのと同じことを言われて心臓の辺りがヒヤッとした。
前回の私はユウナのガードにならなかった。それは究極召喚以外の方法を探すためだったとワッカは言う。
そしてワッカは、自分でその方法を探そうとは思わなかったらしい。
もっと言うならユウナがシンを倒せなくてもよかったんだ、って。
自暴自棄にも似た気持ちで「シンが居ようと居まいと同じだ」なんて考えていたという。
「シンが復活しない方法を探そう、スピラを変えようって言われてもよ。俺は……変わんなくていいと思ってた」
ワッカとルーの両親も、私の故郷も、そしてチャップさえも死んでしまった世界。
今さら変わってどうなるのか、もう嫌というほど大事な人を亡くしてるのに。
「永遠のナギ節が来て嬉しかったのは本当なんだ」
ユウナやルールー、私が……生きて笑ってて、ずっと一緒に暮らして、幸せだった。
それでも後ろを振り向けば影が射す。
「でも、じゃあ今までに死んでったやつらの命は何だったんだろう、あいつらなんでここにいねえんだって、思っちまった」
「ワッカ……」
「他のやつがどれだけ死のうと、自分の大事なやつの命には替えられねえよ」
きっと私もワッカと同じことを考える。
もしユウナが究極召喚を使ったら。ううん、前回の通りエボン=ジュを倒したとしても。
壊れた島に帰って両親の墓と向かい合い、じわじわと悲しみが湧いてくるだろう。
せっかく平和を手に入れてもお父さんとお母さんはもういない。
一緒に笑うべき人がいないなら永遠の平和に何の価値があるのか。
「まあ、なんだ。……俺って人間は、そんなもんだ。だからお前も気にすんなってのも変な話だけどよ」
ワッカは私が罪悪感に苛まれてるのに気づいたんだ。
去年のことがある。死者が出るのを知っていながら止められなくてワッカは落ち込んでた。
だからキーリカが襲われる時、警告するなと言った私がどんな気持ちになるのかも分かってるんだ。
私が思い詰めないように、自分の本音を打ち明けてくれた。なんだか胸が締めつけられるような気がした。
「……さっきの話……キーリカの人が助かったら、代わりに私たちが乗ってる船が狙われるんじゃないかって、怖かったんだ」
「ああ、そいつは充分あり得る話だな」
「私ほんと最低だと思う」
「自分で最低だと思えるんだから、お前はいいやつだよ」
目の前で死にそうな人を助けても、代わりに私たちが死んじゃったらシンを倒せない。
それじゃ本末転倒だと自分に言い聞かせるようにワッカが言った。
「やるべきこと、見失わねえようにしないとな」
何より重要なのは力をつけてエボン=ジュに辿り着くことだ。目先の正義感に酔ってちゃ仕方ない。
「ありがとよ。やっぱメルに相談してよかったぜ」
「……ううん」
あんまり役に立てたと思えないけれど、ワッカにそう言われるとそれだけで心が救われる。
弟との接し方は分かんないくせに私の扱いはうまいんだから、ほんとに……敵わないよ。
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