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07


 この二ヶ月ほどは時間の流れがやたらと遅く感じる。
 用もねえのに朝早く目が覚めてだらだら過ごし、起きてても仕方ないから日が暮れたらすぐに寝て。
 ろくに眠った気もしないのに、早く寝たせいでまた朝が来るのがやたらと早い。
 メルがいたら爺さんみたいな生活してんなと呆れられるところだ。

 まだ昼前だってのにチャップと二人、浜に座って呆然と海を眺める。
 仕事でもしてりゃ気が紛れるんだが今の時期はさせてもらえねえんだよなあ。
 文句なんか言えるはずもない。本当ならブリッツの練習するためにもらってる時間だ。
「チャップ、練習しないのか?」
「兄ちゃんこそ」
「俺は……今は気が乗らねえ」
「……同じく」

 普段は「労働しろ!」って喧しい年寄り連中にもなぜか見過ごされてるのが不気味だった。
 たぶん俺たち二人とも気ぃ遣われてんだろう。
 メルとルールーがいない、っつーだけのことで。

「なんか情けないよな。兄弟揃って女に置いていかれて、日がな一日ボーッと浜辺に座ってさあ」
「うーん……」
 まったくもって同感ではあるんだが、返事に困った。

 メルたちがズーク先生と一緒に旅立ってから約二ヶ月ってとこだ。
 前回と多少の誤差があるとしても、そろそろ帰ってくる頃なんだが。
 練習しに浜まで来たのに身が入らないのは海が気になるせいだった。

「でもメルを行かせたのは意外だったよ。ちょっとは妹離れできたのか?」
「できてねえよ。言い負かされただけだ」
 というか妹離れなんか一生しねえぞ。俺はもう開き直ったんだ。少なくともメルに関してはな。

 それでも、今回ばかりは折れた。
 ルールーと違って俺にはズーク先生のガードになる尤もな理由がない。
 旅に出ることをチャップにどう説明するんだと言われたら黙るしかなかった。
 だからってメルが行く必要もないとは言ったんだが、それもルーを一人で行かせられるかって言葉で返されちまったし。

 起こるべきことをあんまり変えない方がいいなんて言ったくせによ。
 でもまあ……俺よりメルのが細かいこと考えるのは得意だからな。
 あいつなりに「そうすべきだ」と思う理由があったんだろう。

 俺が言い負かされてるところでも想像してたのか、チャップが少し笑った。
「兄ちゃんがメルに口で勝てるわけないか」
「おめえこそ、なんでルーと一緒に行かなかったんだよ」
 せっかく生き延びたんだし、チャップはついて行くもんだと思ってた。
 だがこいつは……ギンネム様の時と同じようにルーを見送り、留守番している。

 思い返せばルーがギンネム様のガードになった時も、なんで行かなかったんだろう。
 何やってんだとは思ったが、本人に聞いたことはなかった。

「帰る家がなきゃ旅にならないんだってさ」
「んあ?」
「俺は……」

 水平線を見つめたまま何かを言いかけたチャップは、いきなり立ち上がると続きも言わず桟橋に向かって駆け出した。
「ルールー!」
 唖然として海を見れば確かにリキ号が近づいてきてる。
 ってのは分かるが、その甲板にメルやルールーがいるのかどうか俺には見えなかった。
「よく見つけんなあ」
 スフィアプールでもそれくらい素早く反応してくれりゃありがたいんだが。

 着岸した船から最初にルールーが降りてきて、チャップと何か話している。
 後ろにいたメルは二人を微笑ましそうに見つめていたが、俺と目が合うとこっちに向かって全速力で走ってきた。
 走って……、ってちょ、ちょっと待て、そろそろスピード落とさねえと、
「ただいま!」
「ぐほぁ!?」
 ぶつかると思った時にはもう遅かった。
 なんでそんな低く突っ込んでくるんだよ。今ぜってえ鳩尾狙ってただろ……。

 さすがに吹っ飛ばされはしなかったが、受け止めきれずによろめいちまった。
「ったく、久々の再会だっつーのにもうちょっと感動的にできねえのかよ」
「えへへ」
 笑って誤魔化すなっての。

 チャップとルーは相変わらず桟橋で話し込んでいる。
「あいつらは何やってんだ」
「思う存分いちゃついてるだけでしょ。たかが二ヶ月ちょっと離れてただけなのに、淋しがり屋だよね」
 なるほど。めちゃくちゃ嬉しそうな顔してんのはいいんだが、兄としてはちょっと居心地が悪いぜ。
「ふーん。……で、そういうお前はどうしてずっと俺に抱きついてんだろうなあ」
 メルの腕に力が籠った。べつに離れろって言ったわけじゃねえんだけどな。

 帰ってきたら説教してやろうと思ってたんだ。
 でも、メルが旅に出て二週間もしたらそんなことを考える余裕はなくなった。
 万が一“前回”と違うことになったら。ズーク先生がザナルカンドまで行って……究極召喚に辿り着いたとしたら。
 そうはならないと分かってても心配だった。
 メルがどんな気持ちで待ってたのか、全部じゃねえけど分かってしまったら怒る気もなくなった。

 こいつをルカに行かせなかったんで、この気分を味わうことはなかったはずなのになあ。
 メルがいない暮らしってのは、なんか妙だ。体の一部が欠けてるみたいに不安なんだ。
 どうやらそれはメルの方でも同じだったらしい。
「……ワッカに会えなくて淋しかった」
「そうかよ」
「ナギ平原に行くまでは余裕ないから逆によかったんだ。でもベベルでズーク様と別れてからは、」
 淋しくてどうにかなりそうだった、なんて言われると正直、悪い気はしなかった。

 今のメルを妹分だとは思ってないが、必死にしがみついてくる姿を見るとガキの頃を思い出して胸を衝かれる。
 抱き返した肩は細い。どんだけ成長して大人になっても、守ってやらなきゃって思いは変わらない。
「メル、ちょっと痩せたな」
「え、ほんと?」
 それは喜ぶとこじゃねえだろーが。
「あんま心配かけさせんなよ」
「ごめんなさい」
 分かればいいんだ。……無事に帰ってきてよかった。

 いつまでやってんのか桟橋から動く気のなさそうなチャップたちは放っといて先に村へ帰ることにする。
 村までの道中、メルは旅で起きた出来事を話してくれた。
 細かいところは違うっぽいけど、大体は前回と同じみたいだな。単純に俺の役割をメルが代わりにやったって感じか。
 俺がズーク先生と面識ないってこと、覚えとかねえとなあ。
 どっかで会って“前回”のつもりで話しかけたら変な目で見られちまいそうだ。

 淋しかったとは言いつつ初めての長い旅はメルにとって楽しい経験だったらしい。
「マカラーニャの森とかすっごい綺麗だったよ!」
「あそこは、面倒な魔物が多いのも含めて自然の力ってのを感じるよな」
「そうそう。神秘的でロマンチックで素敵だった。一緒に見たかったなあ」
 ユウナが結婚するってんで暗くなってた時、ベベルで浄罪の路に放り込まれて脱出した時……。
 マカラーニャの森は嫌な思い出が多いんだが、そういやズーク先生についてった時はあの景色にちょっと感動したんだった。

「どうせ近々また行くことになるって」
「ガードとしてじゃなくて、普通に行きたいよ。もっと気楽に景色見たりとか楽しみたい〜」
 大会の時にポルト=キーリカとルカに行く他はビサイドから出ることねえもんなあ。
 前回もオフシーズンには里帰りするだけで他所へ遠出する機会はほとんどなかった。
 でもそういや、気晴らしにどっか遊びに行きたいってのはよく言ってたっけか。

「んじゃ、旅が終わったら二人で行くか」
「えっ?」
「マカラーニャはちっと遠いし危ねえけど、幻光河くらいなら出かける暇もあるだろ」

 隣を歩いてたメルの足が止まったんで俺も立ち止まって振り返る。
 そんな呆然とするようなこと言ったか、俺。
「え、それって、あの、で、デートのお誘い? みたいに聞こえるん、ですけど」
「あ? ……ああ、まあ、そんなようなもんだ」
 花が綻ぶようなってのはこういうのを言うのか、メルが心の底から嬉しそうな笑みを浮かべるのを見てなんとなく焦る。

「あ、あのな。あんま期待すんなよ。単に幻光河まで行って、一晩泊まって帰ってくるだけだぞ?」
「うん! 楽しみにしとく!」
「……おう」
 何の気なしに言っただけだってのに、そこまで喜ぶと思ってなかったから緊張してくるぜ。
 言わねえだけで退屈してたのかもなあ。
 ルカに行くのをやめさせちまったし、もっといろんなとこに連れ出してやるべきなのか……。

 なんてことを話してる間に村が見えてきた。
 ルールーが戻る前に年寄りどものガス抜きしとかねえと、二回もガードに失敗したってまた小言を食らいそうだな。
 三回目の旅に成功したらそんな言葉も消えてなくなるわけだが。

「もうじきだな」
「うん……」
 何がと言わなくてもメルには通じたようだった。

 にしても、地味にショックだったのはユウナが俺には召喚士になるって話をしてくれなかったことだ。
 もしかしたら今回は召喚士にならないつもりかとも思ったが、あの切羽詰まった顔を見る限り決心は済んでる。
 まあ、ユウナとしては最初に打ち明けるならメルがいいってことなんだろうけどよ……ちょっと淋しい。

「ところで、トーナメントまであと二ヶ月っすよ、キャプテン」
「ああ。村に戻ったらお前、ユウナに『従召喚士になる』って言われると思うぜ」
 そっから本格的な修行を始めてトーナメント開催日の前々日、晴れてユウナは召喚士様になっちまうってわけだ。
「まだまだ先のことだと思ってたのになぁ」
 不意打ちで知らされるのもキツかったが、これから何が起こるか予め知ってんのもそれはそれで辛い。

 しかしメルはなんでか不満そうな顔をしていた。
「うん。いやあのさ、ユウナのこともだけど、トーナメントまであと二ヶ月なんだよ?」
「それさっきも聞いたぞ」
「チームの調整はどうなってんのって話だよ、コーチ兼キャプテン。ちゃんと練習してるの?」
「へっ?」
 船が着く時は浜辺でボケッとしてたようだがどういうことかと問いつめられて顔が引き攣る。
 れ、練習? そりゃ……その……なあ?

「引退試合にするつもりなんでしょ。他のこと考えてる場合じゃないよ」
「あー、そうか」
「真剣に考えてんの!?」
「考えてる、考えてるって!」
 俺もチャップも集中できなくてサボりがちだったとか、そのせいで全員やる気が停滞気味だとか。
 んなことバレたらめちゃくちゃに怒られそうだから黙っとこう……。

 つっても前回の通りなら次のトーナメントはギリギリでオーラカが優勝するはずだ。
 だからって手は抜かねえけどな。前回がどうだって地力が足りなきゃ負けちまう。
 こいつらが帰ってチームの士気も上がる。こっからスパートをかければ調整は間に合うだろう。
 ブリッツに関して半端なことするわけにはいかない。去年みたいな無様な真似は、絶対にしねえ。

「次の大会が終わったら、ほんとに引退しちゃうの?」
「そのつもりだ」
「勝ったら引退するのやめない?」
「ガードに専念するんだ。どうせしばらく試合にゃ出らんねえよ」
「じゃあ、シンを倒したら復帰しよう」

 前回もそうだったけど、メルは何かってーと俺にブリッツ続けさせようとするよなあ。
「もしかして、ブリッツやめた俺には価値がないとかそういう……」
「は?」
「いや、なんでもねえ」
 怒らなくたっていいだろーが。……でも違ってホッとしたぜ。

「大体、まだ引退する歳でもないじゃん。やめたいわけじゃないんでしょ?」
 そりゃ俺だって、できるもんならずっと続けたい。ブリッツをしたくなくなる日なんて来ないと思う。
 でも俺がいつまでも居座ってるせいでオーラカが成長しないんじゃ元も子もないからな。
 どっかで区切りつけなきゃいけねえってことだ。

 ティーダが……消えちまったあと、足りない穴を埋めるためにまた臨時で試合に出たりしたもんだ。
 あいつが消えない方法を探すつもりの今回はどうなるか想像できねえけど。
 もしティーダがオーラカに残ってくれたら俺は完全に引退する。
 もちろん淋しい気持ちもある、未練は残ると思うが、それでもいい。
 試合に出なくたってオーラカのコーチは続けるし、他に楽しみもあるからな。

「引退したら結婚生活に専念できるしよ。それとも俺が選手続けて結婚を延期にした方がいいか?」
「え……………………」
「いや、そこまで悩まんでも」
 むしろなんでそうまで迷うんだ。さっさと結婚したがってるんじゃないのか?
 それとも自分の結婚と秤にかけても釣り合うほど俺にブリッツ続けてほしいのか。
 ……あーくそ、また引退撤回しようか悩むじゃねえか。我ながら優柔不断だぜ。

 俺としては、限界見えてる自分が無理に選手を続けるよりも早く子供作って立派な選手に育てたいっつー気持ちもある。
 いやもちろん将来を押しつけるのはダメだ。前回はそれで揉めまくって長いこと喧嘩が終わらなかった。
 あくまでも本人の意思を尊重しつつ、自分でブリッツ選手になる道を選んでもらってだな……。
 ……まあ、とにかく。

「いろいろ考えんのはシンを倒してからだろ。俺がブリッツ続けるかどうかはどっちでもい」
「どっちでもよくない!」
「わ、分かったって。旅が終わったら、ちゃんと考えっからよ」
「む〜〜……」
 あんまり納得してないみたいだが、結局どうするかは旅が終わってから決めるしかないよな。
「でも私、ブリッツしてないワッカも好きだけど、やっぱりワッカにはずっと好きなことしててほしい」
「お前の意見も考慮しとくって」
「だから百歳こえても続けてよ」
「いやそれは無理だろ」
 その歳でスフィアプールに入ったら泳ぎ始める前に死んじまうぞ。

 村に着くとメルは家に向かい、俺は二人が帰ってきたことを伝えようと寺院に……行こうとしたところでメルを呼び止めた。
「ユウナが寺院に入ったらすぐティーダが村に来るはずなんだけどよ」
「うん?」
「あいつの話、聞いてやってくれよ。ザナルカンドから来たとか、普通のやつにゃ話せねえだろ」
 俺が聞いてもいいんだが、なんで信じられるんだって聞かれると困るんだよな。

 ザナルカンドから来たなんてのが“おかしなこと”だとはあいつも分かってたんだ。
 初めて会った時「シンの毒気で混乱してる」つったのはあいつ自身だったしな。
 俺があいつの話を当たり前に受け入れちまうと、荒唐無稽な話を信じる理由も説明しなきゃいけなくなる。
 つまり、俺の知ってる“前回”について、だ。
 よく分かんねえ別の世界に来ていきなり「お前の親父はシンで、そいつを倒すとお前も消える」なんて言われても困るだろう。

「なんか面倒を押しつけるみたいで悪いけどよ。お前なら、あいつの話を信じても不自然じゃないしな」
「面倒だとは思わないけど……。前回の私はティーダの話聞いてあげなかったの?」
「いや、前ん時は、」
 前回の俺はメルの前世ってやつを信じてなかった。だからメルは俺のいないとこでティーダと話をしたんだ。
 自分には前世の記憶がある、だから不思議な出来事も素直に信じられる、って話を。
 それを、なんつーか、うっかり聞いちまってから俺もメルの話を信じるようになったわけだが。

「まあ、その……お前がザナルカンドのこと信じてくれて嬉しかったって、あいつ言ってたんだ。だから今回もそうした方がいいだろ」
 都合の悪いところは説明したくないって下心を感じ取ったのか、メルは不審そうにしている。
「……ふーん」
「な、何だよ」
「なんでもない。話はちゃんと聞くよ」
「おう……頼むわ」
 ちょっと怒ってんな。やっぱ感づいてるのか。
 だってよ、俺がメルの話を信じるに到った経緯が「盗み聞きしたから」って……言いにくいだろ、そりゃ。

 不貞腐れたままメルは自分の家に入っていった。後で機嫌とっとかねえとまずそうだ。
 それにしても……。
 その時がすぐそこまで近づいてるせいか、今まで曖昧だったところまで記憶がハッキリしてきた。
 ビサイドの海に浮かんでたあいつが泳いできて、村に連れ帰って、どんな会話をしたかまで少しずつだが思い出せる。
 チャップを助けたみたいに、あいつが消えちまうことも阻止してやれたらいいんだけどな。




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