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06


 キーリカの酒場でのんびり昼食をとって数十分の休憩後。
 腹ごしらえも済んだし、いよいよ例の苦行もとい修行の石階段へと赴く時だ。

 はりきってアキレス腱を伸ばしていたらズーク様からまさかの一言。
「寺院には寄らないよ」
「えーっ!?」
 なんですってとオーバーリアクションの私にルールーが呆れたような顔を向けてきた。
「なにあんた、あの階段をのぼりたかったの?」
「それは嫌だけど!」
「じゃあ寄らなくてよかったじゃない」
「そうじゃなくて!」
 だってこれ召喚士様の旅ですよね? あれ? なんで寺院に寄らないんだ?

 疑問符まみれの私をよそにズーク様とルールーは港を見つめて呟いた。
「ああ、ウイノ号が来たようだ」
「ほらメル、行くわよ」
「え、えぇ……」
 腑に落ちないままルーに引きずられて乗船。
 何なんだ。ごはんの前にリキ号を降りたばっかなんですけど。
 オハランド様の像を見もせずルカに行くことになるとは思いもしなかったよ。

 ウイノ号の甲板で風に当たりながら呆然と北を見つめる。私の計画が早速狂ってしまった。
「なぜ寺院に寄らないのか」
「祈り子との契約はもう済ませたからね」
「あっ!」
 穏やかに告げられたズーク様の言葉に愕然としてしまった。
 よく考えたら当たり前だ。彼は聖ベベル宮から旅立ちスピラの最果てであるビサイドまで南下してきた。
 祈り子様と対話して召喚獣を得る試練は……もう、終わってるんだ。寺院に用はない。

「それじゃあジョゼ寺院にもマカラーニャ寺院にも、ベベルにも行かないんですか?」
「いや、マカラーニャ寺院は南下のルートから外れていたので、まだ寄っていないんだよ」
「他の寺院は……」
「行きたいなら訪ねても構わないが、おそらく歓迎されないだろう」
「おぉう」
 そりゃあ用済みの寺院をもう一度訪ねる召喚士なんて普通いないもんね。
 準備は整ってるのになんでまた来たんだ、さっさとザナルカンドに行けよって言われるのが関の山だ。

 ……ズーク様について行けば、ついでに寺院を回れると思ってたのになぁ。
 隙を見て忍び込めそうなのはマカラーニャ寺院だけか。
 ザナルカンドまで一直線の旅だなんて計算外だよ。

 がっかりしたところでふと思い出す。
 前回ワッカたちがズーク様のガードになったのは、ジョゼ海岸防衛作戦の直後に彼と出会ったのが縁だった。
 つまりズーク様がジョゼ寺院の祈り子様と対話したのは半年前。
 シン復活の報せを聞いてすぐ召喚士になったってことだよね。
「キーリカ寺院にはいつ行ったんですか?」
「さて。大体二ヶ月前くらいだったかな」
 なんでキーリカからビサイドに来るのに二ヶ月かかったんだ。時間、かけすぎじゃないだろうか。

「寺院三つ回るのに半年かかるって、召喚士の才能ないんじゃないですか」
「ちょっと、メル。やめなさい」
「はは、そうかもしれないな」
 失礼にもほどがあると怒るルールーをよそに、ズーク様は呑気に笑っていた。

 ガードがいなかったから余計に旅が大変だったというのもあるとは思う。
 それにしたってビサイドまで来るのが遅すぎだ。ベベルからジョゼまでは短期間で踏破できたくせに。
 南に来るほど、旅の終わりが近づくほど試練に挑むことを躊躇していたとしか思えない。
 今、彼が何を考えているかは分からない。でもズーク様はナギ平原で旅をやめる決心をする。
 たぶん……ずっと前から迷ってたんだ。次の寺院に、行きたくなかったんだろう。

 ウイノ号がルカに着いたのは夕方だった。シーズンオフだから町は閑散としている。
 船を降りてもテンションの低い私を見てルーが首を傾げた。
「つまらなそうね。いつもはルカに来るとはしゃぐのに」
「だって、ブリッツやってないルカなんて炭酸抜けたコーラみたいなもんだよ」
「よく分からない」
 私はべつにルカに来るからはしゃいでたわけじゃないし。
 ワッカがブリッツしてるところを見られるから嬉しかっただけだ。
 試合もなければワッカもいないルカなんて何の価値もないのです。

 一番安い宿で一泊し、翌朝ルカの町を出る。
 ミヘン街道は長い。てっきりチョコボでカッ飛ばすと思ってたら、ズーク様は「ジョゼまで歩く」とか狂ったことを言い出した。
「チョコボ乗らないんですか?」
「行きしなは乗ってきたんだが、チョコボを狙う大型の魔物が出て……散々な目に遭ってね」
「そ、そうでしたか」
 野宿しながら何日も歩き続けるか、楽な代わりに命の危険があるチョコボをレンタルするか。
 迷うまでもなかった。歩こう。

 寺院に寄らないとしてもユウナと旅をする予行演習にはなる。道程や出没する魔物を把握できるからね。
 前回の記憶があってもワッカはその辺無頓着だから、私がしっかり確認しておかないと。
 歩きながら黒魔法の実践訓練もできる。そして衝撃的な事実が判明。

 ズーク様は白魔法があんまり得意でなく、初歩的な回復魔法の他は主に黒魔法を使うそうだ。
 一人旅をしてたんだから攻撃魔法の習得を優先するのは当然だ。それはべつにいい。いいんだけど。
 黒魔道士が三人のパーティって、バランス悪すぎでしょ……。
 結局、途中にあった店で剣を買って私が前衛(仮)を務めることになった。不安しかない。

 紆余曲折ありつつ二週間近くかけて街道を抜け、分かったことが一つある。
「私は前衛に向いてない」
「ばか。最初から分かってたわよ」
「うぅ……ルーが冷たいよぉ……」
 こんなことならワッカにボールの扱い方を教わるか、キマリに槍を習っておけばよかった。でも根本的に運動音痴だから結局ダメか。
 前回の旅では私、ユウナにくっついて何してたんだろう。ガードとしてまともに戦えたとは思えない。
 戦いについてワッカに聞いておくべきなのかなぁ。なんか、前回の私のことはあんまり聞きたくないんだけど。

 疲労困憊筋肉痛の私を見てズーク様が苦笑する。
「私の召喚獣が盾になる。君たちは黒魔法で援護してくれればいいよ」
「ハイ……今後そうします……」
 そういう使い方もあるんだ、というかむしろそれが召喚獣の正しい利用法らしい。
 ビサイドの祈り子様が儚げな女性だったから前衛に立たせるなんて思いつかなかったよ。
 でもキーリカやベベルの寺院で契約する召喚獣は、ズーク様に見せてもらったけれどなんていうかマッチョガイだった。
 彼らならきっと立派な肉の盾になってくれるだろう。
 不要になった剣は幻光河のぼったくり商人に売りつけておいた。

 っていうかジョゼ寺院の召喚獣が私たち三人を乗せて走れるくらい大きな馬の姿だったんだけどさ。
 あれに乗ってザナルカンドまで行っちゃダメなのかな……。

 夕暮れが夜空に変わる寸前、本日最後の運航となるシパーフに乗って幻光河を渡る。
 籠にもたれかかって、幻光花から光が溢れてくるのをボーッと見てた。
 陸で見る幻光虫ともまた違って雰囲気がありすぎる。……前世で見た灯籠流しみたい。
 すごく綺麗だけど、なんだか悲しくなるような光景だった。

 シパーフのゆったりした動きにつられて眠りそうになっていたら、ルールーが私の隣に移動してきた。
 ズーク様は今のうちに仮眠をとってるようだ。
 前衛を召喚獣に任せるなら彼は魔物が出るたびに召喚し続けなきゃいけないことになる。
 やっぱり剣を売り飛ばしたのは失敗だったかな……。

 召喚士様が休んでるのにガードである私が寝るわけにはいかない。
 瞼を擦ってたら、気を遣ったのかルーが話しかけてくれた。
「ねえメル、どうしてついて来たの?」
「んー。べつに大した理由なんかないけど」
 一番は「召喚士様にくっついて行けば私も楽に召喚獣をゲットできるから」だけどそれは言えないし。

 前回そうしたように、始めはワッカが来る予定だった。ワッカとルールーが旅立ち、私はユウナと留守番。
 でも今回はチャップが生きてる。ズーク様とは面識がないし、ワッカが旅立つ理由はなかった。
 だから私が行くって言ったんだ。もちろん反対されたけれど、言い負かして引き下がらせた。
 シンと戦うために討伐隊に入ろうとしたチャップを引き留めたのに、とうのワッカが召喚士のガードになったら筋が通らないでしょ、って。
 今頃は私への怒りゲージを溜めつつ大会に向けた練習に励んでるだろう。正直、こわい。

「私とルーが旅してワッカとチャップが留守番。ちょうどいいじゃん?」
「何がちょうどいいんだか」
 はぐらかされたのが分かったらしく、ルーは呆れ顔でため息を吐いた。
「ルーこそ、なんでまたガードになろうと思ったの?」
「……」
 へんじがない。ただのきこえないふりのようだ。

 うるさくしてしまったようで、仮眠中のズーク様が目を覚ました。
「前にもガードを?」
「……はい。でも、ナギ平原を越えたところで……旅は終わりました」
「そうだったのか」
 私はこの旅が途中で終わることを知ってる。でもルールーはそれを知らない。ズーク様も知らない。
 二人とも命を擲つ覚悟でザナルカンドを目指してるんだ。

 ルールーはギンネム様との旅が失敗に終わって諦めたものと思ってたから、当たり前のようにズーク様のガードになると言い出した時は驚いた。
 チャップが生きてるのにまた召喚士について行くのなら、つまり仇討ちが理由じゃないってことだ。
 一人で行かせられるわけがない。死亡フラグを乗り越えたチャップも、ワッカも、ルールーも、ユウナも……心配なんだよ。
 未来を変えた反動で代わりに誰かが死んじゃうんじゃないかって、気がして。
 そんなこと誰にも言えない。

 静かすぎる幻光河を越えると今度は喧しいガンドフ雷平原だ。
 鳴り止まない雷と噂には聞いていたけれど、実際に見ると迫力がヤバイ。
「こういうところで死んだらシャレになんないよね……」
「しっかり務めを果たしましょう」
「う、うん」
 全然平気そうな胆据わりすぎのルーに比べて私は完全に腰が引けていた。
 でもズーク様はそんな姿を笑うこともなく。
「頼りにしているよ」
 ……ちょっと、嬉しかった。

 雷平原と言えば大召喚士ガンドフ様の逸話が有名だ。
 召喚士録で読んだ通り、平原のあちこちに石碑が見えた。たまに亡霊のような謎の影が揺らめいてる。
 雷より怖かった。

「あれ……」
 避雷塔を辿りながら不意に気づいた。
「そういえば、この塔を建てたのってガンドフ様だっけ?」
 私の言葉につられてルールーとズーク様も避雷塔を見上げる。
「言われてみると、その話は聞いたことがないな」
「もしガンドフ様なら召喚士録に載っているはずじゃない?」
 避雷塔は旅人の命綱。どうしてこんなありがたいものを設置してくれた人の名前が伝わっていないのか。

 雷鳴に消えそうな声がぽつりと呟く。
「讃えられては不都合な人物だったんだろう」
「……際どいこと言いますね」
 私とルールーの困惑した表情を目にして、ズーク様は笑った。
「妄言だよ。忘れてくれ」
 でもあながち間違ってないんじゃないかなぁ。だって避雷塔を建てたヒトの名前なんて誰でも知ってて然るべきだろうに。
 言えない理由があるとしたら、その偉業を為したのが寺院と敵対してる人だったってことだ。

 もしかしたら石碑の逸話もそれを隠すために後から創作したんだったりしてね。
「まあ、召喚士じゃなくても民を救う道があるってことですよ」
「……そう、だね」
 名前が残されてなくても感謝の気持ちは消えない。その誰かのお陰で私たちは今、安全に平原を歩いてるんだから。

 平原を抜けた先、マカラーニャの森は幻想的で美しい場所だった。
 高濃度の幻光虫を含んだ水で育つせいか、草木は巨大だ。他のどんな場所でも見られない不思議な形をしている。
 それが寺院の祈り子様が放つ冷気で凍りついて……まるで。
「光を閉じ込めた水晶の森、って感じ。ワッカと一緒に来ればよかった」
「君は意外とロマンチックだな」
「ふざけていない時は可愛らしい娘なんです、この子」
「そのようだ」
 え? なんか私バカにされてない?

 ベベルではなく寺院がある雪原の方へと森を抜ける。
 より寒い方に意識して足を向けるのはなかなか大変だった。
 本能が「こっちに行ったら凍死するかも!」って訴えかけて来るんだもん。寒すぎるよマカラーニャ。
 でも今生では初めて見る雪景色。真っ白で……頭の中まできれいさっぱり洗い流されそう。

「ところでキーリカの召喚獣を呼んで一緒に歩いてもらうっていうのはどうでしょうか?」
「すまないが、そんなに長くは維持できないよ。戦闘時用に温存しなくては」
「そうですよね……」
 炎に身を包んだマッチョな召喚獣が隣を歩いてくれたら視覚的にも物理的にも暖かそうなのになぁ。

 それはそうと、雪原に入ったところにお店があったからまた私用に剣を買い直しておいた。
 ズーク様の召喚獣が盾役をやってくれてはいるのだけれど、たまに集中が乱れていきなり消えちゃったりするんだよね。
 ここを越えたらもう次はナギ平原だ。彼の心は今、迷いに迷っている。
 召喚士なのに召喚獣をまともに維持できないくらいに。

「ズーク様、やっぱり向いてないと思うなあ」
「メル」
 不躾な言葉を咎めるルールーの向こうで、ズーク様は私を見ることなくぼんやりと北の空を眺めていた。
 召喚士の才能なんてさ、ない方がいいんだよ。

 マカラーニャ寺院の僧官様は冷静で厳格な雰囲気を醸していた。うちのじい様たちとは一味違う。
 ビサイドやキーリカのような南国の田舎寺院では、真面目ぶって説教してる偉い僧官様たちも一皮剥けばふざけたおっさんでしかないんだ。
 厳粛すぎるマカラーニャの空気はあんまり居心地がいいとは言えなかった。

 到着したのは昼前、ズーク様が祈り子の間から出てきたのは真夜中だった。
 晩ごはんを食べる余裕もないほど疲労した彼は宿所で眠っている。
 私とルールーもそれぞれ部屋を借りて、出発は明日の朝ってことになった。

 夜のマカラーニャはなおさら冷える。布団を被っても、じっとしてたら凍りつきそうだ。
 ビサイド出身者にこの寒気はキツいんです、なので動き回って体を温めようと思って!
 誰かに見つかったらそう言い訳するつもりで試練の間に向かう。

 祈り子様の凛とした歌声が響く他は静まり返っていて、寺院に起きている人の気配はない。
 試練の間へと続く広間も無人だった。
「夜番がいないなんて不用心だなあ」
「おりますよ?」
「ひぇいっ!」
 物陰から声をかけられて階段を踏み外しそうになった。すかさず伸びてきた腕が私を受け止め、転落は免れる。

 見張りのくせになんで隠れてるんだと抗議しようとして顔をあげ、その人と目が合った瞬間、固まった。
「!?」
「おや、貴女は……」
 すごいな。ワッカより変な髪型の人を見たのは初めてだよ。

「はっ! あ、えっと、私は不審者ではなくてですね、召喚士ズーク様のガード、メルと申します」
「ズーク殿は既に試練を終えられたと窺いましたが?」
「そうなんですけど、実は試練の間に忘れ物をしてしまって。取りに行かせていただけないでしょうか」
「……ほう」
 局地的に尖ってる僧官様は、怪しむというより面白がるような顔で私を見下ろしている。

 試練の間で忘れ物をするガード。あり得ないか。苦しすぎますね。
「あの、やっぱ……」
「扉をお開けしましょう」
 やっぱ今のなしでと言う直前、彼は笑顔であっさり扉を開けてくれた。
「いいんですか? 自分で言うのもなんだけど、めっちゃくちゃ怪しくないですか?」
「ええ、とても怪しいですね」
「じゃあ通しちゃダメでしょう……」
「すみません」
 謝られても困る。

 ガードとはいえ召喚士が一緒じゃないのに扉を開けるなんて掟破りと叱責されても仕方ない行為だ。
 もっといろいろ聞かれると思ってた。どう言いくるめて侵入しようかと悩んでたのに。
 賄賂も用意してきたのに。無駄になってラッキー。

 鷹揚な笑みを浮かべる僧官様は表情を変えることなく告げた。
「召喚士を試練の間に通して何が悪いのでしょう?」
「うっ……」
 ば、バレてる。でもどうして分かったんだろう。
 僧衣も着てない、錫杖も持ってない、しかも召喚士のガードをやってる。普通の人は私が召喚士だなんて思わないはずだ。
 つまりこの人は普通じゃないってことか。

「いろいろ事情があって、召喚士だって知られたくないんです」
「そうでしょうね。でなければ真夜中に忍んで来る必要もありますまい」
 どんな事情を抱えていようと召喚士ならば扉を潜る権利はある、そう言って彼は私の背中を押した。
「お互いが黙っていれば誰にもバレませんよ。さあ、お行きなさい」
「は……はい……」
 マカラーニャ寺院にもこういう、融通のきく僧官様がいたなんて意外だなぁ。

 とにかく厚意はありがたく受け取ることにして、変わり者の僧官様にお礼を言って試練の間へと向かう。
 マカラーニャの試練はビサイドと違って複雑怪奇で少し手間取った。
 それでも夜明け前に祈り子様との対話を終えて試練の間を脱出する。
 宿所に戻る時、例の僧官様は余所見をしたまま私を見ないふりしてくれた。
 夜勤担当だったらしく出発の朝にはもう姿がなかった。もっと話してみたかった気もするからちょっと残念。

 寺院を制覇してあとはナギ平原に向かうだけ。マカラーニャの寺院を発ってからズーク様は口数が減っていた。
 足元を覆う雪が薄れ、遠くに緑が見えてくる。
 ルールーの表情も強張った。
 ナギ平原のどこかにギンネム様が眠る場所がある。だから緊張してるんだろうか。

 重苦しい雰囲気だった。
「ズーク様って結婚してないんですか」
 あえて空気を読まない私の質問に、ズーク様は不思議そうな顔をして振り向いた。
 彼がガードを連れずに旅をしてたのがずっと気になってたんだよね。
 途中で亡くしたのか、旅に出る時から一人だったのかは知らないけれど。
「家族は……ベベルにいるよ」
「そうなんですか」
 じゃあズーク様は“親しい人こそガードにしたくない”タイプの召喚士様なんだ。……私と同じ。

 ブラスカ様が召喚士を志したのは奥様をシンに殺されたのがきっかけだった。
 幼いユウナをベベルに残して彼は旅立った。そしてナギ節をもぎとり、永遠に帰ってこなかった。
 ズーク様の家族は今どんな気持ちで帰らない人を待ってるんだろう。

「シンを倒したら……」
 きっと彼の家族はナギ節の到来を泣いて喜ぶだろう。
 大切な者を守るために死んで、ズーク様も誇らしいだろう。
「でも十年もしたら、またシンは復活する」

 ブラスカ様のナギ節が終わったことを知った時にユウナが浮かべた表情。
 あの凍りついたような顔を、私は忘れられない。
 大事な人の命で購った尊い平和が終わる時。

「自分のいない世界で生きていかなきゃいけない人のことも、考えてみてほしいです」

 ズーク様は返事をせずに黙々と歩き続けた。
 もうじきナギ平原に辿り着く。彼の旅はそこで終わる。そして家族の待つ家に帰るんだ。
 それ以上の幸せなんて、どこにもない。




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