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05


 モニターからは優勝パレードの様子が流れてくる。
 いつものように、その中心でムカつく笑顔を振り撒いてるのはビクスンたちだ。
 港の広場から中継される大歓声が余計に控え室の空気を暗くしてる気がした。
 いや、負けたっていつもならこんなに暗くなんねえよな。どう考えても、これは俺の責任だ。

「すまん」
 俺がボソッと呟いたのをきっかけに抑えてたチャップの怒りが破裂したらしい。
「全然集中できてなかった」
「分かってる」
「反省点は山ほどあるよな」
「だから分かってるって」
「表面だけ分かってても意味ないんじゃないの?」
「ぐっ……」
「どこがどう悪くて次はどうするつもりなんだよ」
「そ、それは」
「一体なにを“分かってる”んだか」
 そこまで畳み掛けなくたっていいだろーが!

 俺だって反省してる。というか見ての通り自己嫌悪でどうしようもない状態だ。
 オーラカは惨敗だった。俺たちが初戦敗退したって誰も驚きやしねえだろうが、今回は特に酷かった。
 ……全然、試合に集中できなかった。ボールの場所さえまともに把握してなかったんだ。

 プールから見えるわけもないのにジョゼ海岸の方角が気になって、そこに広がってるであろう光景が頭から離れなかった。
 そんなもん全部くだらねえ言い訳だがよ……。
 チャップが死ななかったが確かに作戦は決行された。今この瞬間、あそこで何十人もの死者が出てるんだ。
 素直に喜びを噛み締められない気持ちの悪さが腹の底に渦巻いて……結果、俺がチームの足を引っ張っちまった。

 これで俺が「討伐隊のやつらが気になって集中できなかった」なんて知ったらチャップはもっと怒るだろうな。
 シンと戦うのをやめてこっちに付き合ってくれ、なんて頼んだのは俺だってのによ。

「今までは精一杯やっての負けだった。負けてもやるだけのことはやってたんだ。今日の有り様は何だよ」
「……」
「俺たちが勝つには人一倍頑張らなきゃいけないのに、キャプテンが腑抜けてちゃどうしようもない」
「ま、まあ落ち着けよ、チャップ」
「ワッカさんだけのせいじゃないって」
「そうそう、俺たちもいつも通りダメだったし」
「うん、いつも通りだったよな!」
「お前らなあ……!」

 怒りの矛先が自分たちに向けられそうになったところでジャッシュが慌てて遮った。
「そっ、そういやメルは? あいつどこ行ったんだ?」
 言われてみると姿がねえな。いつもなら試合が終わる頃には控え室で待ってるんだが。

 全員の視線がなんとなくドアに向かい、チャップが白けたように呟いた。
「オーラカに愛想つかしてゴワーズのパレードでも見に行ったんじゃないの」
「んなっ、バカなこと言うな!」
 あり得そうなのがまた嫌だ。
 幸い今回は顔見知りになってねえがメルはブリッツやってるやつに満遍なく好感持ってっからな。
 なんかのきっかけでビクスンたちと話でもしたらすぐ仲良く……。

 でもあいつはオーラカ一筋だ。たとえ俺たちが、というか俺がどんな不甲斐ないとこを見せても……だ、大丈夫、のはずだ。
「……そんな様じゃ、いつかメルにも見捨てられるぞ」
 不安になってるところへチャップの一言がグサッと刺さったのと同時に、ちょうど控え室のドアが開いた。
「私がなんて?」
「……、なんでもねえよ」
 タイミングが良いやら悪いやら、メルの登場でチャップの怒りがおさまったことに安堵の息を吐いた。

 俺がどうして集中を乱してたのかメルは知ってる。だから妙に気まずい。
 微妙な空気を察してチャップが怪訝そうにメルを見つめた。

「……今日の試合、特に兄ちゃんの動きはどうだった?」
「おい、聞くなって」
「ごめーん、見てなかった。ルーに聞いたけどいつも通りボロ負けだったらしいね」
 ド直球すぎるメルの言葉にメンバーが分かりやすくへこんだが、チャップだけは眉をひそめている。
「見てなかったって?」
「ちょっと他に気がかりなことがあってさ」
「……メルが、オーラカの試合を見てなかった?」
 なんべんも言うんじゃねえよ、俺が傷つくだろ。つーか今日の試合は見られてなかった方がよかったろ。
 と思ったが、続くチャップの言葉に思わず青褪めた。

「メルにすら見捨てられるなんていよいよ終わりかな」
「えっ」
「う!?」
「そ、そんな!」
 本気で深刻そうな顔のチャップに他のやつらまで顔面蒼白になる。
 応援だけならビサイドのやつらもしてくれるが、本気でオーラカが勝つ日が来るなんて信じてんのはメルくらいだ。
 こいつに見捨てられるほどになったら確かにまずい。

 絶望的な雰囲気に慌てたのはメルだった。
「試合見てなかったけど心では応援してたよ? てかべつに見捨ててないし! 何この空気?」
「……今日は歯が立たなかったんじゃなくて、俺のミスで自滅したんだよ」
「えっ……あー、把握しました」
 つーか、ユウナはともかくルールーもメルに試合の内容を教えなかったのか。
 ルーにまで気を遣わせるほど酷かったってこったな。

「ま、こういう時もあるよ。シーズン始まったばっかりなんだから気を取り直して頑張ろ!」
「そ、そうだよなぁ?」
「まだ終わったわけじゃないもんな」
「そうそう。トーナメントで負けたって、リーグ戦で見返してやればいいんだから」
「トーナメントで勝てないのにリーグ戦で勝てるわけないだろ」
「こらチャップ、水差すな。勝負は時の運。一回のミスでウジウジしない!」
「お、おう!」
「よっし、明日に向けて基礎練習からやり直しだ!」
「おー!」
 ……キャプテンとして言うべきじゃねえんだけど、単純だよなあ、うちのチーム。

 トレーニングルームに向かうメンバーをため息で見送りつつ、チャップが俺を振り返った。
 が、ひたすらジトッと睨みつけるだけで黙り込んだままだ。
「……何だよ」
「べつに。言わなくても分かってるはずだし、分かってないとしたら驚くよ」
「うるせーな。ちゃんと反省してるっての」
「くどくど説教される気持ち、少しは分かっただろ?」
 このしつこさは誰に似たんだ、まったく。俺か?
 しばらく長引くかと思うと気が滅入るぜ。誰の影響だかチャップは怒ると長いんだよなあ。……それも俺に似たのか。

「メルも、兄ちゃんを甘やかすなよ」
「え? やだ。甘やかすよ」
 あっさり返されて俺もチャップも呆気にとられた。
 自分の弟に向かって今から甘やかす宣言されるとは……この居心地悪さをどうしてくれるんだ。
 毒気を抜かれたのかチャップは困った顔で頭を掻いた。
「あー、まあいいや。俺もトレーニングしてくる」
 一気に怒りが萎んだらしいその背中に慌てて声をかけた。

「チャップ!」
「何?」
「……その、悪かった」
 どんな理由があったって、今回だけは試合に全力を尽くさなきゃいけなかった。
 自分の意思を曲げて俺に付き合ってくれたチャップに、謝る以外できないのがもどかしい。
 苦々しく息を吐いて、それでもチャップの表情は少し和らいだ。
「次はないからな」
「おう」

 チャップが出て行き、控え室のドアが静かに閉まる。
 メルは俺の隣に腰かけてぼんやりモニターを眺めた。
「試合は散々だったけど、チャップが助かってよかったね」
「そうだな」
 よかった。そうだ。その気持ちに嘘偽りはない。でもなあ……。
 たぶんメルもジョゼ海岸の様子が気になって試合を見るどころじゃなかったんだろう。

 チャップが作戦に参加しなかったんで俺に連絡が来ることはない。
 だが報せなんかなくても今日どれだけの人間が死んだのかは、よく知っていた。
 メルが「自分のせいだと思うな」と言ってた本当の意味が今さら分かった。
 チャップを死なせずに済んだ、助けることに成功した……その反動で、今日ジョゼで死んだやつらを見捨てた気分になる。
 正直、試合の反省なんかしてらんねえくらいキツい。

 モニターから俺に視線を移してメルは悲しそうに言った。
「あとはあんまり変えない方がいいと思うんだ」
「何を?」
「起こる予定のこと」
 チャップが生きてたらユウナは旅立たないかもしれない、そうすっとシンを倒すやつがいなくなる。
 変えれば変えるほど俺が知ってる“前回”とはズレていく。
 それでもいいと思ってた。未来に何が起こるか知りようがないのは当然だ。それが普通なんだ。
 だが“予定されてた未来”を知ってると無駄な痛みを抱えちまうって事実を、今日になって思い知った。

 死ぬと分かってたのに救えなかったんなら、今日ジョゼにいたやつらは俺のせいで死んだも同然じゃないのか?
 チャップを助けといて他のやつらは見殺しか? 弟じゃなきゃ助けなくてもいいのかよ。
 ……そんな風に、考えても意味のないことを考える。

 弟一人なら説得して決心を変えられたが、作戦まるごと潰して全員を救うなんて俺には無理だ。
 かといって「無理なことだった、仕方ない」と割り切るのも難しい。辛いもんは辛いんだ。
「お前が心配してることは、俺もなんとなく分かってる」
「うん……」
 メルの言うように、こっから先なんも変えずに流されてくのは、たぶん一番楽なんだよな。
 その道を選べば、考えるのをやめて全部諦めるだけで済む。

「前に……話しただろ、ティーダってやつのこと」
「覚えてるよ」
「あいつなあ、始めは家に帰りたがってたんだ。でも後には覚悟決めて一緒に戦ってくれてよ」
 そんな義理、なかったのにな。
 あいつのザナルカンドを作り出したのは千年前のスピラの人間で、今度はそいつらの都合で消えちまうって、分かってたくせに。
「中途半端に手出しすべきじゃねえって、分かってんだ。でもな……」
 助けたいと思う気持ちはどうしようもなかった。

 チャップが死んで、ユウナのガードになって、俺も自分の死を覚悟した。
 って言えば聞こえはいいが、要するに生きてくことを考えるのが面倒になったんだ。
 だがチャップにどっかしら似てるあいつに会って気持ちに区切りがついた。
 何かに責任押しつけるんじゃなく、弟を喪った事実をすとんと受け入れられるようになった。

 成功しても失敗しても今みたいな苦い気持ちを味わうはめになるんだろう。それでも構わねえ。
「死んじまったやつらにゃ悪いが、俺はやっぱり、チャップが生きててよかったと思う」
「そうだね。それは素直に喜ぶとこだよ」
「助けても助けられなくても後悔すんなら、せめて助けようとしてから後悔してえんだよ」
「……うん」
 大事なやつが異界に行こうとしてたら後先考えずに手を伸ばしちまう。そんなの当たり前だろ。

 しばらく俺を見つめていたメルは、やがて優しく微笑んだ。
「分かった。ティーダが消えなくて済む方法、私も考える」
「頼りにしてんぜ」
「任せたまえ!」
 やたら自信満々なメルに笑ってしまった。まあ、一人でぐだぐだ悩まなくていいってのは本当ありがてえな。

「そうだ、お前も一年後のミヘン・セッションには参加すんなよ」
「私も討伐隊に入るの? なんで?」
「なんでって俺が知るかよ」
「私も死んだの?」
「バカ。死んだら結婚できねえだろーが」
「あ、そっか」

 なにやら間の抜けた会話だが、メルの表情は真剣だった。
「私ってほんとにワッカと結婚するのかな」
「おいおい、それを今さら聞くかぁ?」
「なんか想像できないんだもん。恋人っぽいこと、してないし」
 色気もへったくれもないのは確かだな。でもビサイドの夫婦なんかそんなもんだぜ。
 ガキの頃から兄弟みたいに育ってそのまま結婚するのに、恋人って意識は薄い。

 しかしメルはそれでも納得いかないらしい。
「ワッカってほんとに私のこと好き?」
「は?」
「本当に好きならキスくらいしてもよくない? ていうか、したくならないの?」
「いっ、いきなり何を言い出すんだよ」
 思わずドアの方を確認した。……誰も覗いてねえよな。

 そういや前回のいつだったか、ティーダが「メルは都会的な人間だ」とか言ってたっけな。
 それもルカで働いた経験のせいと思ってたが、やっぱ前世の影響も大きいんだろう。
 ビサイドの結婚観とメルが望んでるものが食い違ってるのは俺も分かってる。
「ん」
 分かっては、いるけどよ。なんで目瞑ってじっと待ってんだ。今ここでしろってのか!?

「あ〜〜〜、オーラカが勝ったら、そん時な」
「ちっ、逃げやがった」
「行儀悪ぃから舌打ちなんかすんじゃねえ。あと『しやがった』とかも言うな」
「……そういうとこだよ」
「何が?」
「はあぁ」
 わざとらしいため息で誤魔化された。そういうとこって、どういうとこだよ。

「ワッカはずるい」
「へっ?」
「好きになってドキドキして気持ちが通じて結婚の約束して、私はそれ体験できないのにワッカだけ知ってるのはずるくない?」
「俺に聞かれてもなぁ……」
「結婚しようって、言ってよ」
「……い、今から結婚するわけじゃねえんだし、」
「その時になったら『今更だろ』って誤魔化されそうだもん。だから今ここで言って」
「信用なさすぎねえか?」

 もう居た堪れないからこの話は終わってくれ……って願いも虚しく、メルは急に眉尻をさげて泣きそうな顔をする。
「そっか。心変わりするかもしれないし、迂闊な約束はできないよね」
「んなこと言ってねえだろ!」
「……」
 だああっ、嘘泣きだって分かってんのに逆らえない自分が情けねえ。

「だから、その……いろいろ面倒なことが終わったら、だな。俺と……結婚、してくれ」
「なんで?」
「なんで!?」
 そこは普通に「はい」で良くないか?
 つーか、なんでって何なんだよ。どう答えりゃ満足するんだ。頭痛くなってきたぜ。

 メルはと言えば俺が正解に辿り着くのを待ちつつ器用にベンチの上で正座している。落ちそうで不安だ。
「前回そうしたから、未来が決まってるから私と結婚するの?」
「そんなんじゃねえよ」
「ワッカ……本当に私と結婚したいと思ってる?」
「当たり前だろーが」
「どうして結婚したいの?」
「なんでどーしてって、子供か!」
「いいからちゃんと答えて」

 ……ひょっとすると、好きだと言え、ってことなのか? ……言ってなかったっけか。
 そういや「前回は俺とメルが結婚してた」って教えただけで改めて好きだとか言ってない気もするぜ。
 確かにそいつはちょっと問題だな。

「前回がどうこうじゃねえ。ただ、俺が……お前のこと好きだから、嫁に来てほしいだけだ」
 その瞬間メルの表情は一変した。やっと納得してくれたらしい。
「私もワッカのこと大好き! だから私と結婚してください」
「お、おう」
 そうするって最初から言ってんじゃねえか。改まって言わせるなよ。こっ恥ずかしいだろーが!

 くそ、なんか知らんがめちゃくちゃ疲れた……。
 しかし無駄話したお陰でちょっと気持ちが楽になったな。
 もしかしたらメルは、俺に他のことを考えさせるために絡んでくるんだろうか。

「前から聞こうと思ってたんだが、お前こそなんで俺の嫁になりたいんだ?」
「そんなのワッカが好きだからに決まってんじゃん」
「あ、そう……ですか」
「照れてる?」
「うるせえ」

 いつからだったか忘れたが、気づけばメルは俺にだけそんなことを言い続けている。
 メルが故郷をなくして以来あれこれ面倒見てたのはチャップも同じだってのによ。
 考えてみりゃ、なんで俺なんだろう。

 さすがに、お前いつから俺のこと好きなんだって自分から聞くのはどうも気が引ける……。
「私がワッカを好きになったのは四歳の時だよ」
「なんで考えてること分かるんだよ」
 こいつもしかして俺の心が読めるんじゃないのか?
 いやそれより、四歳の時? そんな昔からとは思わなかった。会ったばっかりの頃じゃねえか。

 初めて会った時は、まだメルの生まれた島も健在だった。
 親父さんたちに連れられて何度か本島に遊びに来ていたのを覚えてる。
 あの頃メルは物心ついてもいなかったはずだ。
 俺だって「向かいの島に住んでる子供連中の一人」くらいの認識だった。

「悪いけどよ。俺はその頃のことまったく覚えてねえぞ」
「そりゃ年齢的に当然だよ。自分で言うのもあれだけど私はワッカの眼中になかったと思う」
 じゃあどうしてそれが嫁になりたいに繋がるんだ。
 そんなガキの時分に好きだの結婚したいだの考えるか?

「思えばライバルが強すぎたよね。でも障害があるほど燃えるって言うし」
「あ? ライバルって誰だよ」
「うん。あの時、いつか私の方が好きって言わせてやる! って決心したんだ」
「おい、一人で納得すんなよ」
 この二十二年間、色恋沙汰とは縁がなかった。
 唯一の物好きがメルだってのにライバルなんかいるはずねえだろ。

 だがメルは俺の困惑を無視して話を進める。
「きっかけなんてない。でも私は、初めて会った時からワッカが大好きだよ」
「そ……、そうか」
「これからもずっと、何があっても、大好き」
「ああもう分かったって!」
 油断してたところに不意打ちだ。
 そんな笑顔を見せられたら、細かいことはどうでもいいか、なんて思っちまったじゃねえか……。




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