×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
04


 シンを倒すのに究極召喚はいらない。中にいるエボン=ジュさえ倒せばシンは消える。
 ただ、エボン=ジュを引きずり出すのに召喚士の力は必要だ。

 エボンの教えに秘められた嘘と真実が、千年かけてもシンを倒せなかった人々の苦労を伝えてくるようで恐ろしい。
 きっと寺院も解決策は知っていて、それでもエボン=ジュを倒せずに絶望したんだと思う。
 聞いた限り、ユウナたちの手が永遠のナギ節に届いたのは本当に紙一重の偶然って感じだった。
 何かを少し間違えてフラグを立て損ねたら未来はまるっきり違ってしまいそう。

 他に分からないこともある。
 たとえばユウナのガードとして旅に加わるという“ティーダ”の存在だ。
 エボン=ジュを倒したあと、スピラ各地の祈り子様が眠りにつくと同時に彼も消えてしまうらしい。
 旅が終わってから必死に調べたけれど彼がどうして消えたのかは分からなかったとワッカは言う。
 答えを与えてくれる人が、もう誰もいなかったから。

 彼は“眠らない都市ザナルカンド”からスピラにやって来た。
 千年前からタイムスリップしてきた可能性もあるけれど、それではティーダが消えた説明がつかない。
 それに彼は召喚士の存在を知らなかったらしい。だとすれば、彼のザナルカンドはエボン=ジュの故郷と別物だ。
 シンという鎧を纏ってエボン=ジュが召喚していたのは、失われた故郷じゃないかと私は思う。
 つまるところティーダ自身も……エボン=ジュの作り出した夢の一部だったんじゃないか、って。

 祈り子様と対話していたのならユウナも同じ推測に辿り着いたはずだ。
 だけど前回はその可能性について話し合ったりしなかった。
 永遠のナギ節を迎えた代わりに仲間の故郷がまるごと消失したなんて……理解したくないもん。

 ティーダはすべてが終われば自分が消えると知っていたらしい。
 なのに、それを誰にも打ち明けることなくスピラのためにエボン=ジュと戦った。
 彼の存在を消してしまうと知ったら、私たちが躊躇すると考えたんだろう。

「ここまでの話に間違いはありますか?」
 私が尋ねたらビサイドの祈り子様は悲しげに首を振った。
 千年前の当事者が言うのだから私の予想は当たってるんだ。あんまり嬉しくない。
 シンの倒し方が間違ってないのはいいけれど、夢のザナルカンドが消えてしまうって予想は否定してほしかった。

 エボン=ジュを倒してザナルカンドを存続することはできないのか。
 そんな私の問いに、祈り子様は目を伏せつつも答えてくれた。
『私たちはもう、夢を見るのに疲れたの……ごめんなさい……』
「……いえ。そうですよね」
 召喚する者がいなければ召喚獣は現出することができない。
 同じように、夢見る者がいなくなったら夢のザナルカンドもその姿を維持することはできない。でも……。

 ワッカは今、チャップの死を回避するので頭がいっぱいだ。だけど成功したら次はユウナの旅が現実として迫ってくる。
 その先にあるのがティーダの消失だってことも今回は分かってる。
 不意に失うのと、失うと分かっていて助けられないのでは、苦痛の深さも違ってくる。
 私はワッカが悲しむのは嫌だ。大事な人を亡くして荒れる姿なんて見たくない。
 打てるだけの手は先に打っておきたい。

「ジェクト様は、ブラスカ様のガードになって旅をしました」
『そして究極召喚の祈り子となり、もうすぐ新たなシンとして甦る……』
「これは祈り子様が設定した夢じゃないですよね?」
『……ええ。彼は……先代のシンに触れ、境界を越えてスピラに現れたの』
「夢の住人だったジェクト様が、エボンの意思とは関わりなくこのスピラで生きていた」
 一時的なものとはいえ前例がある。夢を現実に変える方法だって見つけられるはずだ。

 前回と同じにはしない。未来を変えるために、私も前回と同じ道は歩まない。
『メルはザナルカンドに行くの?』
「はい。そこへ行かなきゃ、何も始まらないと思います」
『そう……』
 ユウナは召喚士になるだろう。でも、ならないかもしれない。
 私は彼女に選択肢を残すため、どちらに転んでもいいようにしておくんだ。
「祈り子様、力を貸してください」
 彼女が静かに頷くと、無数の幻光虫が私めがけて殺到してきた。
 光が胸を貫く。自分の意思じゃない、誰かの心が溢れ出す。

 召喚士の試練で悪くすれば命を落とす人もいるって……納得だ。
 召喚獣を使役するには祈り子様と深く繋がらなければいけない。
 共鳴するほど祈り子様の魂が紡いできた千年もの時間、そこにあった多くの感情が侵食してくる。
 押し潰されて自我が消えそうだ。私は心の中に他人の記憶を抱えることにも慣れてるけれど。

 試練の間を後にすると、暗い大広間で僧官長様が私を待っていた。
「じい様、戻りました!」
「無事で何より。これもエボンの賜物であろう」
「あんま嬉しくなさそうですね」
「……そのようなことは」
 僧官には珍しく、彼は自分の管理する寺院で新しい召喚士が生まれるのを喜ばない。

 ブラスカ様の娘としてじゃなく、ただの幼子としてユウナが好きに暮らせるようお膳立てしたのも僧官長様だった。
 いずれユウナが召喚士になると言い出したら、きっとまた苦い顔をするんだろう。

 旅に出るのはもうちょっと後で。寺院の扉を潜る前に、僧官長様にはそう言ってある。
 だから私が今夜ここに入ったことは誰も知らない。お祝いの宴もなしだ。
 私が召喚士になったのは万が一の保険に過ぎなかった。
 順当にユウナが召喚士になったら私が試練を通過してるとは誰にも言わなくて済む。
 もし打ち明けなきゃいけない事態に陥ったら、ワッカにめちゃくちゃ怒られそうで嫌だなぁ。

「ガードは……どうするんだね?」
「決めてないし、ビサイドの人は選びません。必要になったらルカにでも行って雇います」
「そうか。それが最良なのかもしれんな」
 通常、召喚士のガードは家族や恋人、ごく親しい者が務めることが多い。
 だけど時々ガードを連れずに旅立つ召喚士もいる。お金で見ず知らずの人を雇う召喚士もいる。
 親しい人でなければ嫌だという気持ちも、親しい人だからこそ嫌だという気持ちも……よく分かる。

 それにしても、僧官長様に相談しておいてよかった。
 はじめはこっそり忍び込もうかと思ってたんだ。でも信心深い人の多いビサイドで誰にも見られずには無理があった。
 内緒で召喚士の試練を受けたいと言ったら、参拝する人のいない夜中に僧官長が扉を開けてくれたんだ。
「じい様って、年寄りにしては頭柔らかくて好き!」
「誉め言葉だけはありがたく頂戴しよう」
「あはは」
 眉間に深くシワを寄せる僧官長様に笑いつつ、もう遅いので手短に挨拶して寺院を後にする。

 万事順調だ。……と思ったのに、うちの玄関先にいきなり人影が見えてのけ反った。
「ひえっ!」
「おい、顔見るなり失礼だな」
「わ、ワッカ!?」
 寺院から出てきたところを一番バレたら面倒なやつにばっちり見られた。

「何してたんだよ」
「え? そりゃ、お祈りだよ。必勝祈願」
「こんな夜中に?」
「もうすぐ大会だし、集中したかったから!」
「危ねえから寺院に行くのは人がいる時間にしろ」
「えぇ……過保護すぎ……。村の中なんだし大丈夫だよ」
「うるせー。ダメつったらダメだ」
 なにやら不機嫌なワッカに引きずられるようにしてうちの中に入る。
 そういうワッカこそ、こんな夜中に私んちの前で何してたんだ。

「何か用だった?」
「こっちに泊まろうと思ったらいねえから、探してたんだ」
「え、泊まるの!?」
「ダメなのかよ」
「だってそんな、私たちまだ結婚してないのに同衾とか!」
「ばっ……人聞きの悪いこと言うな! 何もしねえよ」
「しないんだ……」
「ガッカリするとこじゃねえっつーの」

 将来結婚するとは言うけれど、私たちの関係は今までと少しも変わってない。
 正式に婚約したわけでもないし、恋人になったわけでもない。
 ただでさえ堅苦しい性格のワッカが婚約してもない異性の家に泊まるなんて、人には聞かれたくない話があるんだと思う。
 でなければ、単に私が妹のままで“異性”になれてないだけかもしれないけれど。

 こんな夜中と言いつつ部屋に入ってもワッカはすぐに眠ろうとせず、床に座り込んでしまった。
 珍しいついでにお酒まで持ち込んでる。
「お前も飲むか?」
「じゃあ一杯だけもらおっかな」
 少し前まで私はワッカから禁酒を厳命されてた。酔うと暴れるうえに記憶をなくすからだ。
 だけど最近どういう心境の変化なのか一緒に飲もうと誘ってくれるのが嬉しい。

 正直に言うとお酒の味は好きじゃない。前世の影響から「未成年なのに飲酒」ってことに抵抗もある。
 でもやっぱり宴会の多いビサイドでお酒に弱いと苦労するし、慣らしておくに越したことはない。
 ワッカもそう思って私に飲ませるようになったんだろう。
 それに、こういう静かな夜に二人でお酒を飲む時間は好き。大人になった気分だ。

「ふふ……気持ち悪くなってきた……」
「早ぇな、おい。かなり弱いやつ持ってきたんだけどなあ」
「もうちょっと強いの飲まなきゃ鍛えられないかな〜?」
「無茶しても仕方ないだろ。ゆっくり飲め、ゆっくり」
「ん〜〜〜」

 ここ一年くらいで泥酔するまでの時間は延びたと思う。でも代わりに胸の辺りがムカムカするのが早くなってきた。
 暴れだす前にダウンしちゃうってのは、強くなったのか弱くなったのか微妙なとこだ。
 自分の限界は分かってきたけど飲める量はなかなか増えないんだよね。
 ワッカの晩酌に付き合えるようになるまで道は険しそう。

 酔い潰れてうっかり召喚士になったことを口走らないように気をつける。
 たった一杯をちびちび飲んでたら、しばらく黙ってたワッカが本題に入った。
「昔あった寺院とアルベドの小競り合い、知ってっか」
「んー?」
「アルベドが居住地を作ろうとしたのを寺院が邪魔したって話だ」
 ああ、なんか聞いたことあるかも。
「ヒトが住んでる村の近くに機械使って町を作ろうとして、僧兵に追い払われたんだっけ」
 それがどうしたのって聞き返したらワッカは思いのほか深刻な顔をしていた。

「追い払われただけで済んだと思うか?」
「さあ〜。最悪は殺されたかもしれないね」
「……あっさりその結論に行くのかよ」
 だって寺院とアルベドはいつの時代も仲が悪いし、何があっても驚かないって。
「でもそれ何十年前の話? なんでいきなりそんなこと?」
「ちょっと思い出しただけだ」

 なんでもシンを倒す旅の途中でそういう話を耳にして、前回のワッカはずっと気にしてたらしい。
 それで旅が終わってしばらくしてから寺院が本当にアルベド族を殺したのか調べた。
「で、そんな記録は出てこなかった?」
「小競り合いがあったってところまでは確かなんだけどよ」
「じゃあもっと軽い事件だったのかも。ホントならむしろ“アルベドの悪行”を長々と記録しそうだし」
「まあ、そうかもな」
 アルベドが集落を作ろうとして寺院が邪魔した。その程度の話だったのかな。
 もちろん寺院が事実を揉み消した可能性もあるけれど。

 ワッカはちょっと前まで敬虔なエボン教徒だった。
 今は教えに嘘があるのを知って、というか思い出して寺院に不信感を抱いてる。
 お祈りにもあんまり熱心じゃないし、寺院に行く回数も減った。
 昔ならこんな話を聞いて全面的にアルベドが悪いって怒ってただろうにね。
 だけど“前回”を思い出す前に抱いてた寺院への信頼感も消えてないから板挟みになってるらしい。

 もう何杯目か、注いだばかりのお酒を飲み干してワッカは更に続ける。
「お前の前世は、当たり前に機械を使ってたんだよな。だから……その、アルベドに対する風当たりとか……気にしてるんじゃねえかと思ってよ」
「へ?」
 なんだそれ。そりゃ謂われのない偏見は可哀想だと思うけれど、私は特別アルベド贔屓ってこともないよ。

 というかワッカが普通に私の前世について口にするからドキッとしてしまう。
 前回の私が何を言ったのかよく知らない。でもとにかく“私”はワッカにまだその話をしてないのに。
 打ち明けてないことを知られてると落ち着かない。

「えっと、そうだね。機械に抵抗がないのはホントだよ。便利なものは使えばいいと思う。でも……」
 それは前世の感覚だから、スピラに生きる“メル”としてはアルベドと完全に同じ考えってわけじゃない。
「アルベド族は兵器も使うから。そこに賛同はできないし、ビサイドに住むって言われたら私も嫌。追い出したい気持ちも分かる」
「そう、なのか?」
 すごく意外そうな顔をされて私の方こそ意外だった。
 なんでワッカは私がアルベド族を受け入れると思ってるんだろう。

「村のしきたりに従ってくれるならいいんだよ。郷に入っては郷に従え、って言うし」
 機械の兵器さえ使わなければアルベドもヒトも変わらない。
「ただアルベドの場合、譲歩しないでしょ。禁じられた機械を持ってくるなら島には入れない」
「……機械を禁じる理由なんか、本当はなかったんだけどな」
「なんで?」
「いや、なんでって……」
 ベベルの奥には機械がいっぱい。ベベル勤めの僧兵は禁じられた兵器を当然みたいに使ってる。
 それは聞いたけれど、そんなの関係あるだろうか。

「エボン=ジュの話を聞く限り、機械戦争のせいでシンが生まれたってのは事実なんでしょ」
「まあ、そうだな」
「シンが兵器に反応して襲ってくるのも事実でしょ?」
「……うん」
「じゃあ機械の使用を禁じるのも当然だよね」
「でもよ、とうのベベルが教えを破って機械まみれなんだぜ。納得できっかよ」
「ベベルやルカは機械につられてシンが現れても最低限の抵抗手段があるじゃん」
「そりゃ……そうだけどよ」

 僧兵や討伐隊を総動員してシンの進路を変えるなりなんなり、大きな町は兵器を所持するデメリットを回避できる。
 だから私がもしベベルに住んでたら、アルベド族が隣に引っ越してきても構わない。
 でもビサイドはダメだ。ここでアルベドのやり方は受け入れられない。
「小さくて無力な村で、自分からシンを呼び寄せるような真似したらすぐに滅びちゃう」
「……そう思ったやつらが、昔アルベド族を追い出したってか」
「たぶんね」

 教えが正しいかアルベドが正しいか、そういうことじゃない。
 機械を禁じる理由が何でも、寺院の思惑がどうでも。
 兵器をめがけてシンがやって来るという事実がある限り、アルベド族を隣人として認めることはできない。
 彼らだって私たちと一緒になるために機械を捨てるつもりはないんだろう。
 だから決裂して、争いになり、敗れた方が去った。それだけのことだ。

 ワッカは何とも言えない顔でため息を吐きつつまた杯を傾ける。
 全然酔っ払う気配もないのが羨ましい。

「私にアルベド族を好きになってほしいの?」
「なってほしいっつーか、メルは前からアルベドに好意的だったろ」
「そっかな。普通だと思うけど」
「“普通”に接するやつ、あんまいねえからな」
「あー、確かに」
 もともとアルベド族の扱いが悪すぎるから、偏見なく接してるだけでかなり好意的に見えるんだね。
 でもだからってどうしてワッカがそんなことを気にするんだろう。

 ワッカはどう見ても、寺院とアルベドの小競り合いは寺院側に非があったと考えてる。
 何十年分の記憶があってアルベドを受け入れるに至ったんだとは分かるけれど、私から見るといきなり心が入れ替わったようで困惑する。
 ついこの間までは寺院の教え通り、アルベドは反逆者だって言ってたくせに。

「アルベド族となんかあるの?」
「ああ、旅に出てから、リュックってアルベド族がユウナのガードになるんだ」
「へぇ!」
 寺院嫌いのアルベドが召喚士のガードになるなんて意外だ。ユウナのお母さん関係の知り合いかな。
「その人との交流でアルベド嫌いが治った?」
「そんなとこだな」
「じゃあユウナのことも知ってるんだね」
「おう」
「……そっか」

 もちろんアルベド嫌いに戻ってほしいわけじゃない。
 アルベド族を嫌う言葉を聞くとユウナが悲しむうえに機械を使う人間は罪人だと言われたら私も少し辛かったし。
 だからワッカが偏見を捨てて広い視野を持つのはいいことだ。いいことのはずなんだ。
 なのに……どうしてこんなにモヤモヤするんだろう。変だな。

「……よく分かんないけどさ。難しいことは置いといて、今度の大会がんばってね」
「うっ!?」
 お酒を飲み干しかけていたワッカは急に違う話題を振られて噎せた。
 ちょっと……まさか忘れてたんじゃないよね。
「せっかくチャップを引き留めたんだからちゃんとしてよ?」
「わ、分かってるって……」

 チャップは討伐隊に入らなかった。もう大会の選手登録も済んでる。
 前回と同じにはならない。
 ワッカにとって、私にとって、まずはここが大きな分岐点だ。




|

back|menu|index