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03


 寝苦しさを感じて目を覚ましたらメルが隣に寝転がって俺を見つめていた。
 道理で妙に温かかったわけだ。こいつが寝台にいるなんて、三年くらい時間が飛んじまったかと思ったぜ。
「何やってんだよ」
「添い寝」
 それは見りゃ分かる。嫁入り前の娘が何を考えてそんなことしてんだって意味だ。はしたないぞ。
 まあ俺以外のやつにやるんじゃなきゃいいけどよ。

 外はもう明るい。欠伸を噛み殺しながら起き上がるとメルも寝台から這い出した。
 こんな朝っぱらに遊びに来るなんて珍しいな。なんかあったのか。

「兄ちゃん……おはよう」
「おう」
 チャップの声に何気なく振り返ってギョッとする。やけに深刻な顔をしていた。
「ど、どうした?」
「何でもない、大丈夫……」
 大丈夫そうには見えねえんだが、食卓を目にした瞬間チャップが暗い顔をしてた理由が俺にも分かった。
 すでに所狭しと料理が並べられている。そしてそれはどう見ても、チャップが作ったもんじゃなかった。

 呆然とする俺たちの背後からメルが声をかけてくる。
「朝ごはんを作ってきたよ!」
「そ、そうか」
 得意気なメルに返す笑顔が引き攣った。この溢れんばかりの朝飯、全部メル作なのか……。
「微妙に嫌そうな顔だね」
「嫌ってわけじゃねえよ。嫌ってわけじゃ、ねえんだけどよ……」
「嫌じゃないけど嬉しくはない、だろ?」
「チャップ!」
 余計なこと言うんじゃねえと睨んだが既に遅かった。メルの笑顔がみるみる萎んで内心慌てる。

「そうだね。やっぱり、ちゃんと美味しいもの作れるようになってからにするのが礼儀だよね」
「んなことねえって! 作ってくれんのは嬉しい。すんごく嬉しいぞ!」
「嘘つかなくていいよ。くそ不味いのに嬉しいわけないし」
「くそとか言うんじゃねえ。昔に比べりゃ食えるだけマシになったから大丈夫だ!」
「兄ちゃん、それあんまりフォローになってない」
「うぐっ!?」
 とにかく……だから、その、嬉しくはないが、嫌なわけじゃねえんだよ。

 メルはこのところルールーに料理を教わってるようだ。
 ついでに黒魔法の特訓までしてるのが謎ではあるが、やる気が出てるならいいことだよな。
 前回のメルは結局、生涯料理を好きにならなかった。
 好きでもないことの練習に熱が入るわけもなく、まともな料理はずっとできないままだったんだが。
 今回メルが練習に励み出したのは、やっぱ俺が倒れたせいか?
 必要に駆られて仕方なくってんじゃなくて自分から「作りたい」と思ってやってるのが前回との違いだな。
 せめて不味くないと言えるレベルに達するべく、熱心に特訓してるお陰で少しだけ上達が早い。

 とはいえスタート地点が低すぎたもんだから、ちょっとくらい腕を上げても高が知れてるのは事実だ。
 三人で朝食に手を伸ばし、同じタイミングで飲み込むと同時に無言で固まる。
 俺もチャップもなんつって言いやら思いつかずに黙ってたら、とうのメルが口を開いた。
「死ぬほど不味いってわけじゃないけど敢えて食べたくはない味」
「的確な批評だな……」
 いつも思うが、不味いってのは自分でちゃんと分かってんだ。味見もしてる。教えられた通りに作ってる。
 なのにどうやってこうまで絶妙に不味く料理できるのか謎だ。

「しっかし、味はともかくとしてだ。朝から肉、しかもこの量はキツいぜ……」
「それは私も思った。焼いてる途中で『あれっ、晩ごはんかな?』って」
「材料を切る前に気づいてくれたらもっとよかったんたけどな」
「てへへ」
 今まで思いもしなかったが、もしかしてメルは根本的にめちゃくちゃ雑なだけじゃないのか。

 一日かけても食いきれないかもしれない量の朝飯を前にメルが唸る。
「じゃあオーラカのみんなも呼ぶ?」
「人海戦術か」
「やめろ、大会前に全滅しちまうだろーが」
「そこまで言う!?」
 次の大会も初戦敗退なのは前回の記憶で分かってる。それは避けられないとしても、全員腹壊して休場ってのは御免だ。
「まあ、今日明日で俺がなんとかして食うさ」
「兄ちゃん……死ぬなよ」
「もしもの時はオーラカを頼むぜ、チャップ」
「ああ、分かった!」
「私さすがに怒っていいよね?」

 冗談はさておき、見た目と味は悪くても時間をかければ食えないほどのもんじゃないぞ。
 ちょっとずつではあるが確かに上達してるんだ。もしかしたら俺の感覚が麻痺してるだけかもしれないけどな。
 結局メルとチャップが先に音を上げて、俺だけ最後まで黙々と食っていた。
 これから一生これを食い続けるんだと思ったらなんとなく平気になっちまうんだよなあ。

 飯を食い終えてメルは寺院で聞いたという噂について話し始めた。
「討伐隊が大々的に新兵を募集してるみたいだね」
 そういやこの間、ルッツのやつが僧官長と揉めてたっけか。あいつはもう入隊を決意しちまってるようだ。
 そしてチャップは、表情を硬くして俺の方を振り返った。
「俺もルッツに誘われた」
 作戦が決行されるまで日がある。確か次の……そのまた次の大会当日だったか。
 チャップが入隊したのは決行日ギリギリだった。だから新兵でも務まる、機械の電源を入れるだけの使い捨て部隊に配置されたんだろう。
 ここで俺が何も言わなくたってまだ入隊しないはずだ。だが、黙ってたら“前回”と同じになる。

 妙な緊張感が漂った。メルは口を挟まず、俺たちがどうするかを見守るつもりでいるらしい。
「また『討伐隊には入るな』って言うんだろ?」
「……」
 この話はもう何度か繰り返してる。でも未だ説得には成功してない。
 俺の言い方が悪いのか、チャップが俺の言うことを聞きたくないだけかは知らねえが。
 討伐隊に入ったらお前は死ぬ、俺は未来のことを夢に見てそれを知ってるんだ。……とは言いたくなかった。
 たとえチャップがその寝言みたいな話を信じてくれたとしてもだ。気分のいい内容じゃ、ねえしな。

「入隊してもいい。でもな、もうちっとだけ待ってくれや」
 俺がそう言ったら、チャップだけじゃなくメルまで意外そうに目を見開いた。
 何だよ。俺が譲歩すんのがそんなにおかしいってか。

 もうじき今年もブリッツのシーズンが始まる。俺も含めてチームの調子は可もなく不可もなく、いつも通りだ。
 オーラカが負けるのは決まってるかもしれないが、チャップのことと同じく諦めるつもりはなかった。
 結果なんか気にしないで全力を出しきりたいんだ。でなけりゃ俺は、いつまでもブリッツのことを引きずっちまう。
 それにもし未来を変えて次の大会で勝てたら、こいつはルールーに結婚を申し込むだろう。
 所帯を持ったら、討伐隊に入るなんて考えないかもしれない。

「十年やりきったら、勝っても負けても終わりにしようと思ってんだ」
「兄ちゃん、引退するつもりなのか?」
「覚悟だけでいきなり勝てるとも思わねえけどよ。……できれば勝ってやめてえんだよな」
 これはべつに“前回そうしたから”ってわけじゃない。一年くらい前からずっと考えてたことだ。
「あと二回だけは、俺に付き合ってくれ。頼む」

 チャップはすぐに返事をせずに俯いてじっと黙っていた。
 やがて顔を上げると、ばつが悪そうに俺から目を逸らして呟く。
「俺がいてもいなくても戦力は変わんないと思うけど」
「んなことねえよ。お前がいねえと俺が困る」
 正直、また反発されるだろうと思ってた。だがチャップは狼狽えたように立ち上がって家の外へ向かう。
「……俺、ルーに朝飯お裾分けしてくる!」
「へ? お、おう」
 一時撤退ってところかと思ったが、いつもの口論とは様子が違っていた。

「おい、ルールーに食わせるなら一応白魔法が使えるやつ呼んどけよ」
「ん。分かってるって」
「えっ、ちょっとそれどーゆー意味!?」
 いきなり振られて怒り出したメルに笑ってから、チャップは駆けていった。

 逃げたようにも見えるチャップの背中を見送って、メルが戸惑いがちに俺を振り向いた。
「あのことチャップに言ったの?」
「いや……まだだ」
 だから正直、あいつが本当に入隊を思い止まってくれるかどうか自信はない。
 前回と同じ結末にはしたくない。そう思うが、人の決心を変えるってのは簡単なことじゃねえな。

 思わずため息を吐く俺の傍ら、メルは別の考え事をしていた。
「ねえワッカ、前回のこと、チャップやルールーには言ってもいいけどユウナには黙ってて」
「誰彼構わず言うつもりはねえよ。でもなんでユウナにはダメなんだ?」
 むしろユウナならチャップやルーより真面目に聞いてくれそうだと思いつつ、メルの言葉はちょっとばかり衝撃的だった。

「チャップが生きてたらユウナは召喚士にならないかもしれない」
「へ……」
「なのに自分がシンを倒す予定だって聞かされたら、決心しないで旅に出ちゃうと思う」
 それはユウナの意思ではないからダメだとメルは言った。

 ユウナが従召喚士の修行を始めたのは確かにチャップが死んでからだった。
 それを俺たちに打ち明けたのは、ズーク先生との旅を中断してビサイドに帰り着いた日。
 俺もルーも必死になって止めた。十年、妹みたいに思ってたユウナがシンを倒して死ぬなんて許せなかった。
 だがユウナの決心は変わらず、俺たちは説得を諦めた。

「……チャップが生きてても、シンの復活を知ったらユウナは召喚士になるだろ」
「たぶんね。でも、ならないかもしれない」
 そしてその可能性を残しておくために、ユウナには未来のことを教えるべきではない。
 考えもしなかったが、尤もなことだ。

 本音を言やあ今もユウナを召喚士になんかしたくねえ。
 エボン=ジュを倒せりゃ終わるんだからユウナ以外の誰かがやれればいい、って勝手な気持ちもある。
 チャップを死なせずに済んで……ユウナが召喚士にならなけりゃ俺は喜ぶだろう。
 そしてユウナが前回と同じことを言い出したら、俺は同じように怒るだろう。
 それでもあいつ自身の決めた道なら、やっぱり俺はユウナのガードになるだろう。

「未来が決まってるからそうするんじゃなくて、ユウナにはちゃんとユウナの意思で生きてほしいんだ」
「分かってるって。心配すんな」
「ホントに分かってる?」
「信用ねえな」
「ユウナだけじゃなくて、ワッカもそうだよ」
「俺は自分の好きなようにやってんだろ」
 前回と同じになんねえように動いてるのがその証拠だ。しかしメルの表情は浮かないままだった。

「もしチャップが死んじゃったら、どうする?」
「……それは、俺も考えてる」
「未来を変えて、どうなるかは分からない。良くなるかもしれない、変わらないかもしれない、悪くなる……かもしれない」

 自分の命を擲ってでもスピラを救うことを望む。
 ガードになるってのは、ユウナの決意を踏みにじらずに自分を納得させられる唯一の選択だった。
 ユウナが死を覚悟して選んだ道を、俺も一緒に行こうと決めたんだ。
 もし、どうしてもチャップを止められなかったら、俺は……あいつの選択を受け入れる。
 ユウナが召喚士になることを認めたのと同じように。

「あいつが死んだら俺はしばらく荒れる。それは自分でもどうしようもねえ」
「……うん」
「もしそうなったら、お前にも迷惑かけちまうけどよ」
「私にならどんだけ八つ当たりしてもいいから」
「良かねえだろ。……俺が嫌だ、そんなのは」
 でも、そうなっちまうんだろうな。

 チャップが死んだ後、ルールーと顔つき合わせるたびに一触即発だった。
 俺は俺が止めなかったせいでチャップは死んだと思い詰め、おそらくはルーも同じだった。
 おめえのせいじゃねえ、あんたのせいじゃない、気遣うつもりが口論になって、喧嘩しかしてなかった。
 何かのせいにしなけりゃチャップの死を受け入れられなかった。

 それでもお互いを責めることだけはできず、ますます自分を責めるようになった。
 曲がりなりにも気持ちの整理をつけられたのは、チャップが死んだのは教えを破って機械を使ったから、ってことにして自分を誤魔化したお陰だ。
 あの頃は、そうしなけりゃ……ダメだったんだ。
 メルにもユウナにも、島のみんなに迷惑かけちまった。またあの状態に陥るのは避けてえな。

 ユウナが召喚士にならないかもしれない。
 チャップは討伐隊に入らないかもしれない。
 あるいは何もかも前回の通りになるかもしれねえし、そもそも“前回”なんて俺の妄想にすぎないかもしれない。
 最良の可能性も最悪の可能性も、どっちも起こり得る。
 だが今回チャップを喪ったら俺は、前以上に荒れるだろうな。

「どっちにしろ覚悟はしておく。だから大丈夫だ」
 なんとかして笑ってみたが、メルはまるで俺の代わりみたいに悲愴な顔をしていた。
「もしダメでも……、未来が変わらなくても、悪いように変わっても、自分のせいだとか思わないでね」
「わーってるよ。んな心配するなっての」
 こいつは本当に、甘い言葉も厳しい言葉も、いつも俺のことばっかだ。
 なんでそこまで想ってくれんのか、そういえば一度も聞いてなかった。
 今すぐ聞いてみたい気もするが、つつけば泣きそうなメルにそんなことは言えなかった。




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