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02


 空も晴れ渡る爽やかなビサイドの朝、家を出て最初に見たものは仏頂面で歩いてるチャップの顔だった。
 寺院で朝のお祈りを済ませてきたにしては穏やかじゃない表情だ。
 村の出口に向かう足取りは、普段のチャップらしくもなく荒々しい。

 チャップは私に気づいてないみたいだけど、無視するのもなんなので強いて明るく声をかけてみる。
「おっはよー」
「……よう、メル」
 ゆっくりこっちを振り向いて、ばつが悪そうに頭を掻きつつも一応は返事をしてくれた。
 これは久しぶりにワッカと大喧嘩したかな? 察しはつく。きっとワッカがあの話をしたんだろう。
 チャップの様子を見る限り、話し合いは拗れた上に途中で試合放棄されたようだ。

「機嫌悪そうだけど、ワッカになんか言われた?」
「お見通しかよ」
「君たち兄弟は分かりやすいからね〜」
 ため息を一つ。チャップは正直に「朝っぱらから喧嘩になったんだ」と白状した。
「いきなり『今後三年間、討伐隊には絶対に入るな』なんて言うからカチンときて」
「……あー」
「相変わらず理由も何も言わないしさ」
 その理由を私はワッカから聞いて知ってるから、言葉が詰まってしまう。

 二年後、討伐隊はアルベド族と手を組んでジョゼの海岸線で大きな作戦を展開する。
 機械の武器を使ってシンに挑むという、寺院の教えに真っ向から背く作戦だ。
 ルッツに誘われて討伐隊に加わったチャップは、そこで……死ぬことになる。
 先日ワッカが見た“前回の記憶”ではそうなっていたんだ。

 もちろん、本当にそんなことが起こるのかは誰にも分からない。ワッカ本人だって半信半疑みたいだった。
 もしかしたら強くてニューゲームでも転生でもなくて、本当に単なる夢だった可能性もないわけじゃない。
 だけど“ただの夢だったらいいな”なんて曖昧な願望でチャップを死の危険に追いやるのは嫌だ。
 だからワッカは、チャップの死を回避しようとしている。

 朝から言い合いになったせいでチャップは意固地になってるように見える。
 ワッカのことだからきっと頭ごなしに「俺の言うことを聞いとけば間違いないんだ!」って押さえつけたんだろう。
 ずっと未来の記憶を持っててもチャップの扱い方は分かんないんだなぁ。
「でもほら、試合で勝ってルーに結婚を申し込むんでしょ? だったら討伐隊には入らないよね」
「そんなの入るつもりがあってもなくてもいちいちワッカに指図されたくない」
「あー、うん。そりゃそうだ」
 下手にワッカが「やめろ」って言ったせいで、チャップが討伐隊のことを意識し始めたら困っちゃうね。

 その夢が現実に起こるかどうかなんて本当はどうでもいい。
 ワッカは、もちろん私も、そうなってほしくないだけ。チャップが死ぬって悪夢を現実にしたくないだけなんだ。
 ただその想いを伝えればいいのに、どうして本音で語れないかな。
 私もルールーもユウナも一人っ子だから兄弟間の複雑な気持ちはよく分からない。
 だからどうやってフォローしたらいいのか、いつも悩む。

「兄ちゃん、なんでいきなりあんなこと言い出したんだろう」
「ワッカに聞いてみたら?」
「聞いたよ。『理由なんかどうでもいい、それがお前のためだ』ってさ」
「あちゃー……」
「きっとまた勝手にいろいろ考えて決めつけて突っ走ってるんだろ」
「んー。言葉選びはマズイけど、ワッカがチャップのことを想ってるのだけは間違いなく真実だよね」
「……メルは相変わらずワッカに甘いよなぁ」
 でも今回はそれだけじゃない。私だってチャップが死ぬのは嫌だから、チャップには悪いけれど全面的にワッカの味方だ。

 最初から「討伐隊に入るな」って言いつけるより、入隊してもいいから件の作戦には参加しないようにする方が簡単かも。
 譲歩ゼロで指図されたら誰だって反発したくなる。ワッカとチャップの場合は特に。
「じゃあ俺、浜に行くから。後でな」
「うん。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 私が諭すべきはチャップじゃなくてワッカの方かな。
 ワッカさえ態度を改めればチャップの反抗心も薄れるし、意固地になったりもしないはずだ。

 というわけで私は何やら辛気くさい空気を醸し出してるワッカの家にやって来た。
「おはよー!」
「……」
 返事はなし、っと。
 ズーンって効果音を背負いつつデッカイ図体を小さくしてるワッカの隣にしゃがみ込む。
「へこんでる?」
「……おう」
 怒らずに落ち込んでるだけマシではあるけど、なんでチャップが反抗するのかはやっぱり分かってないんだろうなぁ。

 テーブルには朝食が置かれたまま。チャップ、朝ごはん抜きで漁に出かけたんだ。
「討伐隊に入るな、つったらチャップと喧嘩になった」
「ん。今そこで会って聞いた」
 ワッカも食べる気がなさそうなので、とりあえずこの朝食は私のお腹に片づけておくことにする。
「ほんとワッカって、チャップの神経逆撫でするのうまいよね」
「全ッ然嬉しくねえ特技だな」
 正直ちょっと安心したけど。一回分の人生の記憶なんてものがあったら人格が根底から揺るがされかねない。
 私の頭に前世の記憶が蘇った時みたいに、現実と夢の境界が曖昧になって混乱したりね。
 でもワッカは相変わらず、良くも悪くもワッカだ。急に変わってしまわなくてホッとした。

「ったく、頑固頭め。俺はあいつのためを思って言ってんのによぉ」
「頑固なのはお互い様だと思う」
「あ?」
「チャップのためになるかどうかを決めるのはチャップ自身だよ。そんなこと勝手に言っちゃダメ」
「止めなきゃ死んじまうんだぞ、あいつ」
「でもワッカ、三年後にユウナが召喚士になるのは止められなかったんでしょ?」
「そ、それは……」
「引き留めるにしても、その決心は認めてあげないと」

 死なせたくない。生きててほしい。だから止めたけれど、ユウナの覚悟は変わらなかった。
 そしてワッカとルールーはユウナのガードになることを決めたんだ。
 チャップだって同じなんじゃないかな。
 死ぬかもしれない、戻れないかもしれない、それでもシンを倒せる可能性に賭けて覚悟した。
 討伐隊に入ったら死ぬんだぞ、なんて言ってもチャップは入隊をやめたりしないだろう。
 それがチャップ自身の選んだ道ならどんなに「間違ってる」と言っても聞いてくれるわけがない。

「チャップのためなんて嘘だよ。自分が弟に死んでほしくないだけでしょ」
「それの何が悪いってんだ」
「悪いわけないじゃん。だから、その気持ちをちゃんと伝えればいいのに」
「……お前のためじゃねえ、俺のために討伐隊には入らないでくれってか?」
「どうせ、弟に頭下げてお願いするなんてカッコ悪ぃことできっかよ! とか思ってんじゃないのー?」
「う……」
「ほら図星」
「メルって俺にはやたらと厳しいよなあ」
 あれ? 甘いだの厳しいだの兄弟で真逆のことを言ってるけど、どっちが正しいんだろう。

 ワッカたちの両親は、二人が物心つく前にシンにとられて死んでしまった。
 だからワッカは自分がチャップの親代わりになるつもりで今まで生きてきた。
 俺がしっかりしなきゃ、俺があいつを導いてやらなきゃ、って。

「お前のためだ、未熟なお前には分かんなくても俺には分かる、いいから黙って言うこと聞け! ムカつく大人がよく言う台詞だよね」
「俺はムカつく大人かよ」
「自覚なかったの!?」
「………………」
「うそうそ、冗談だって。そんな落ち込まないでよ。ってか睨まないで……」

 とうのワッカ本人は自分のことなんか少しも考えてないくせに、いっつも周りのためとか、お前のためとか。
 そういうところがムカつくってチャップの気持ちは正直……よく分かる。

 俯いてあれこれ考えてたワッカだけれど、ついにキャパをこえたのか頭を抱え込んでしまった。
「じゃあどう説得しろってんだよ。好きなようにさせて、あいつが死ぬのを黙って見てろってか?」
「んもー。誰もそんなこと言ってないでしょ」
 前回はチャップの気持ちを尊重して旅立ちを見送った。でもその結果、チャップは帰って来なかった。
 記憶が蘇って以来ワッカはそのことばかり考えてる。
 どうやったら助けられるんだろう。どう言えば引き留められるんだろう。
 よく見れば目の下にはうっすらと隈がある。一晩中考え事をして、ろくに寝てないのかもしれない。
 その結果がチャップとの口論だとしたら不憫だ。

「私に教えてくれたのと同じこと、チャップにも打ち明けるのが手っ取り早いんだけどなぁ」
「信じるわけねえだろ。頭おかしくなったのかって言われるだけだぜ」
「でも私にはすぐ言ってくれたじゃんか」
「そりゃ……、メルは信じてくれるだろうと思ったからな」
「ふぅん。頭おかしい仲間だから?」
「そ、そこまで言ってねえ!」
 だけどチャップに疑われるのが不安ってことは、私が「前世を思い出した!」って言い出した時にワッカもそう思ったってことでしょ。
 こいつ頭おかしくなったんじゃないか、って。……まあ、無理もないんだけどちょっと傷つく。

 私はあの頃まだ七歳の子供で、シンに襲われた直後だったから周りも暖かい目で見守ってくれた。
 でも今のワッカが「俺の人生、二回目な気がするんだ」なんて言って信じる人はいないかもしれない。
 チャップに可哀想な人を見るような扱いを受けたら、私でもしばらく立ち直れないだろう。
 親しい相手だからこそ打ち明けるのが怖いっていうのは、確かにそうだよね。

「じゃあやっぱり、素直に我が儘言って甘えるしかないんじゃない? 『俺はお前と一緒にずっとブリッツしたいんだ』って」
「弟死なせたくないってのは我が儘なのか……?」
「そりゃそうだよ! だってチャップの覚悟より自分の気持ちを優先するんだから」
「だってよ、命かかってんだぞ?」
「その命賭けた決意を覆してもらうんだよ?」
「う……」
 何よりまずそれを自覚しないと、下手に出てお願いするなんてことできないんだろうな、ワッカは。

 どうしても「弟に我が儘を言う」ってことを受け入れたくないらしく、ワッカは渋い顔をして悩んでる。
 兄だとか親代わりだとかに拘りすぎなんだよ。家族なんだからもっと気楽になればいいのに。
「ワッカが素直に我が儘を言ったらチャップは聞いてくれるよ」
 むしろ甘えて頼ってほしいって、ずっと前から思ってる。チャップだけじゃなくて私も同じだ。
「そういや、お前もそうだったなぁ」
「へ?」
 唐突に、心でも読んだのかってタイミングで私に話を振られてビックリしてしまった。

「夢ん中じゃ、独り立ちなんて早すぎるっていくら言っても聞かずにルカに行っちまった。でも俺が嫌だから止めろ、つったらすぐ止めただろ」
「えぇー。独り立ちは早いなんて言われたらムキになるよ。信頼されてないってことだもん」
 私がいなくなったら嫌だ、淋しいから行くな、って言われた方が嬉しいに決まってる。
「ワッカだってチャップの我が儘を聞くの嫌じゃないでしょ?」
「お前ら、我が儘なんか滅多に言わねえけどな」
「そっかなあ。チャップはともかく、私は充分ワッカに甘えてると思うけど」
「どこがだよ」
 ていうか、私の話をしてる場合じゃないってば。

 大人だって子供に甘えていい。お兄ちゃんだって弟に甘えていい。
 自分にはそれを受け止めるだけの包容力があるんだって、認めてもらえるのは嬉しいものだから。
 迷いを吹っ切るように大きく息を吐いて、ワッカは立ち上がった。
「……もう一回、あいつと話してくるわ」
「がんばってね」
「おう」
 気合いを入れ直して去っていく背中を見送りつつ、私も無意識にため息を吐いていた。
 これでチャップに譲歩して、もうちょい頭が柔らかくなればいいんだけどね。

 いつまでも面倒見てやらなきゃいけない子供扱い。それが不満でビサイドを出ることを考えるようになった。
 ワッカの手を借りなくても、独り立ちしてちゃんと生活してるところを見せたら大人だと認めてくれるんじゃないか。
 困ったことを相談したり、頼ったり甘えたりできる、対等な相手として見てくれるんじゃないか、って。
 ……ワッカは「もう子供扱いしない」って言ってくれたけど、それはやっぱり“前回”の記憶があるからなのかな。
 私が島を出てルカで働いて、その月日を経ることでワッカとの関係が変わったんだとしたら。
 未来を知って島を出ることをやめたのは正しかったのか、悩んでしまう。

 なんとなく晴れない気分を抱えたままワッカの家を出て、今度はルールーの家に向かう。
 いつもならまだ寝てる時間だけれど、今日は珍しく既に起きて化粧を終えていた。
 寝起きの不機嫌なところに遭遇しなくて一安心だ。
「おはようルールー先生! 私に料理を教えてください」
「……いきなりどうしたの?」
 髪を結うのを手伝いながら、ここ数日ずっと考えていたことを打ち明ける。

 ワッカを気絶させたうえにおかしな記憶が蘇るほどの衝撃料理を作ってしまったのは、さすがにショックだったんだ。
 下手なら下手で料理をしなくても生きていく方法はいくらでもあるけれど。
「せめて人が死なない料理を作れるようになっとこうかなって」
「それは切実ね」
 美味しくなくてもいい。最低限、命の保証は欲しいところだ。

 こういう小さい村では得意分野で役割分担が決まっちゃって、苦手なことは上達しないんだよね。
 私は子供の頃から料理が下手だったんで、代わりに織物や商売を仕込まれた。
 ワッカは物心ついた時からチャップの世話をしてて、家事全般はそれなりにできる。
 そんな兄を見て育ったチャップも村の同世代では料理上手な方だ。
 そして二人に面倒を見てもらうことが多かったルールーや私、ユウナの家事の腕前は……お察しってことになる。
 結局、ワッカたちが作ってくれてそれを一緒に食べてたから料理の練習をする環境になかったんだ。

 そう、ルールーも料理はあんまり上手じゃない。だけど私よりはずっとマシだ。
 ルーの手料理を食べた人が倒れたこともないし。教わるとしたら、ユウナよりはルールーだ。
「だけど私よりワッカに教わった方がいいんじゃないの?」
「ワッカに教わるのはプライドが傷つく!」
「安いプライドよねえ」
 だってワッカにダメージを与えてしまったのが衝撃でなんとかしなくちゃいけないって思い立ったのに、とうのワッカに教わるのはなんか嫌だよ……。
 なんでも“前回”の私は年取っても料理下手なままだったらしい。練習に励むきっかけがないとそんなものだ。
 だから今回は、いい機会だと思う。人生で初めて「料理うまくなりたい!」って感じてるもん。

「じゃあ、まずは黒魔法の修行からね」
「へ?」
 まずは火を使わない手軽な料理から、なんて考えてたら、ルーの口から予想外の言葉が飛び出した。
「あの……料理を教えてくれるんだよね?」
「材料の調達は基礎中の基礎よ」
 魔物ですか。いきなり魔物料理から! 難易度が高すぎないかな。
「それってもしかして、ギンネム様と旅してた時にも」
「ええ。とても役に立ったわ」
「な、なるほど」
 野菜とか果物とか魚とか、食料庫に売るほど余ってるのに……。

 でも確か三年後のユウナの旅には私も同行するんだよね。それなら覚えておいて損はないかもしれない。
 料理だけ覚えるより、戦闘技術も身について一石二鳥だし。
「分かった。私を立派な黒魔法料理人にしてください!」
「いいわ。料理はともかく、黒魔法の方はしっかり教えてあげる」
 あの、できれば料理の方をメインで教えてほしいんだけどな。
 なんかやっぱり今回も上達せずにどこかで脱線しちゃう気がする。
 その時はもう、料理音痴の星のもとに生まれてきたと思って諦めよう……。




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