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01


 始めは昔の夢を見てるんだと思った。
 目を開けると泣き顔のメルが俺を覗き込んでいる。懐かしい、まだガキだった頃の顔だ。
「ワッカ! よ、よかった目が覚めたぁ!」
「お前……なに泣いてんだ」
 起き上がろうとしたら軽い目眩がした。
 慌てた様子のメルが俺の背中を支えてくれたが、手のひらの感触も温度も夢にしては現実味がありすぎた。

 俺の家、俺のベッド、目の前にいるのは昔に戻ったみたいなメル。どれも見慣れたものばかりだ。
 昔に戻ったわけじゃなくて……、夢から覚めただけ、だよな。
 今日の夢はやけに妙だった。いつもとは違う。あまりにもリアルで、夢の中で俺はそれが現実だと信じていた。
 長い時間を過ごして、俺もメルも年老いて、やがて異界に足を踏み入れようかって年齢になるまでの……。
 まるで人生を最後まで歩みきったような気になる、壮大な夢だった。

 しばらく呆けてたせいか、メルは焦ったように俺を呼んだ。
「ねえもう平気? 気分悪くない? あれだったら吐いちゃった方がいいよ」
「んあ? おう。いや、大丈夫だ」
 こいつがこんなに心配してるってことは、俺は寝てたんじゃなく倒れてたらしい。
 それにしちゃ痛みも吐き気もねえんだがな。
 どうしてこうなったんだっけか。

 さっき見てた夢の光景が頭を離れない。悪夢じゃねえのに、酷く魘された朝と同じだけの疲労感があった。
 実際に体験した過去の出来事みたいに実感を伴って思い出せる、あの夢は何だったんだ?
 不意にメルが言ってた前世の記憶のことを思い出した。
 昔は「今見てるのが夢か現実か区別がつかなくて不安になる」とかよく言ってたよな。俺もそんな感じだ。
 あれが単なる夢だとは、どうしても思えねえ。

「なあメル、」
 お前が前世のことを思い出した時ってどんなだった、と尋ねる前に部屋の入り口から誰かが覗き込んだ。
「あっ、目が覚めたのか?」
 ここからはちょうど影になって顔が見えない。
 そいつは慣れた足取りで部屋に入ってきて、まだ涙ぐんでるメルの隣にしゃがんだ。

「兄ちゃんが半日も寝込むなんてなぁ。今日の飯はよっぽど凄かっ……」
 そう言いかけたところでメルの目尻からポタッと涙が落ちた。
「うわっ、ごめん! メルが悪いって言いたいわけじゃないよ! なあワッカ!?」
「あ、ああ」
 急に話を振られて考えがまとまらないまま頷いた。
 やっと落ち着いたと思ったのに、また混乱してきたぜ。
「兄ちゃんメルの料理食い慣れてんだから腹は丈夫だし、すぐ回復するって言ったろ」
「うぅ〜……」
「だから泣くなってば!」

 そうだ、思い出した。俺はメルの手料理を食ってブッ倒れたんだ。
 自分の腕前に気づいてからずっと封印してたのに、何の気まぐれか急に昼飯を作ってくれたんだよな。
 腹を壊したことは何度もあるけど意識を失ったのは初めてだ。まさに史上最凶の味だったぜ。
 だからこいつ、俺が臥せってるのは自分のせいだと思って泣いてたのか。

「今夜は俺がメルの家に泊まるからさ、お前こっちで寝ていいぞ」
「うん……」
「元気出せよ、な?」
 すっかり憔悴してるメルの頭を軽く撫で、今度は俺の方に向き直る。
「見ての通り、ずっとこんな状態だったんだ。あんまり怒らないでやってよ」
「……おう」
 正直こっちはそれどころじゃねえし、そもそも怒るようなことでもねえけどな。
 もう一度メルの顔を見て微笑むと、あいつは俺が起きたことをルーに知らせてくると言って去っていった。

 ……チャップが生きてる。
 当たり前なのに落ち着かねえ。ついさっきまで見ていた夢の中では、あいつは……シンにやられて死んじまってた。
 大会の当日にそれを知らせに来たルッツの青白い顔をはっきり思い出せる。
 嵐みたいに荒れ狂ってたそれからの日々も、シンを倒すためにガードになったことも。
 他の部分はともかく、弟が死ぬ夢は二度と見たくない。そう思ったところで心臓の辺りがヒヤッとした。
 もしあれが単なる夢じゃなかったら。本当にこれから同じことが起きるとしたら、どうすりゃいいんだ。

 相変わらず心配そうなメルの顔を見て、こいつになら突拍子もない相談をできる気がした。
 七歳の時から頭の中に他人の記憶を抱えて生きてきたメルなら、今のワケ分かんねえ俺の状態も理解してくれるんじゃないか。
 ……でもなあ。俺はこいつの前世をついさっきまで信じてなかったのに、こっちの戯言は信じて相談に乗ってくれってのも、ちっと身勝手な話だぜ。

 俺が迷ってるのを具合が悪いと勘違いしたのか、メルがそっと触れてきた。
「ワッカ、本当に大丈夫? もうちょっと寝てなよ……」
「だーいじょぶだって、心配すんな」
 途端にメルと過ごした何十年の月日が蘇ってきて、妙な気分になった。
 今が“いつ”なのかよく分からなくなりそうだ。目の前にいるメルは、まだ俺にとって単なる妹分のはずだってのに。

「お前って今いくつだっけ?」
 俺がそう尋ねると、メルは愕然とした顔で大袈裟に仰け反った。
「急に何……っま、まさか記憶喪失!?」
 喪失っつーか、どっちかと言えば記憶が増えたような感じだ。
「説明すっからよ、先に答えてくれ」
「十五歳ですけど」
 うーん。聞いてみたはいいが、その頃何があったのかまでいちいち覚えてねえな。
 いや待てよ、そうだ、十五っていえば確かメルがルカで一人暮らしを始めた歳だ。……夢の中ではそうだった。

「なあ、なんで久しぶりに料理なんかしようと思ったんだ」
「それは……なんとなくだよ」
「しばらく会えなくなるから、か?」
「えっ!」
「そういやこの頃よく一人でルカに行ってたもんなあ。安いアパート探してたんじゃねえのか」
「な、なんで、知っ」
「ルカに住んでガキでも雇ってくれる職場を探して金稼いで、いずれスタジアムのフロント係になるってか」

 口をポカンと開けっ放して呆然としていたメルだが、やがて自分の作った料理をじっと見つめ始めた。
「私は何を作り出してしまったんだろう」
「べつにそれ食っておかしくなったわけじゃねえよ。たぶん」
 でもまあ意識を失うほどの衝撃で記憶が混乱しちまったんだとしたら、ある意味メルの料理が原因か。
 こいつが気にするかもしんねえから言わねえけどな。
「先に断っとくが、変なこと言ってんのは自覚してる。……俺、この人生が二回目のような気がすんだよ」

 これからメルが島を出て、その二年後にチャップがいなくなって、ユウナは召喚士になった。
 俺たちはザナルカンドまで旅して、シンを倒して……永遠のナギ節を手に入れたんだ。
 結婚して子供が生まれて年老いて、死ぬまでの何十年間の記憶が頭ん中におさまっている。

 メルは俺の話を聞いて「何バカなこと言ってんだ」とは表情にも出さず、真剣に考え込んでいた。
「二回目って、つまり一度人生が終わった記憶があるってこと?」
「ああ。始めは俺だけ過去に戻ってきちまったのかと思った。でも……昨日のこととか、ちゃんと覚えてるしなあ」
 時間を遡ったってよりは、やっぱ夢を見たんだと思うのが自然だろう。

「あ、もしくは未来予知の能力に目覚めたとか?」
「それはちっと違う気がするぜ」
 予知なんて大層なもんじゃない。なんせ俺の知り得ないことは知らないんだ。
 あの夢で俺が見て感じたのは、自分がやったことと自分の気持ちだけだった。
 つまるところ夢の中で俺は普通に“生きてた”だけなんだ。そしてその鮮明な記憶を持ったまま目が覚めた。

「なんつーか、うまく言えねえけど、ただの夢とか妄想じゃねえと思うんだ」
「うん。信じるよ。私も……それが夢じゃないって根拠なんか説明できないけど、なんとなく分かる」
 こうやって今メルと話してるのが現実だって実感があるのと同じように、俺は確かにあの時間を生きていた。
 願望が見せた夢にしてはキツいことも多かった。
 何もかも理想通りじゃねえ。うまくいかないことがたくさんあった。最たるものがチャップの死だ。
 多少は妙だが所詮ただの夢、なんて無視してるうちにあれが現実になりゃしねえかと怖い。

 結局メルは、俺の言うことを少しも疑わずにすんなり信じたようだった。
「大体、あの察しの悪いワッカが私の上京計画に気づいてる時点でおかしいもんね。未来の記憶があるならバレたのも頷けるよ」
「お前……さりげなく悪口を言ってんじゃねえぞ」
「あはは!」
 メルにそんなもんは妄想だと片づけられず信じてもらえてホッとしたが、同時に気まずくなる。
「悪かったな、お前の前世のこと真面目に取り合ってやらなくてよ」
「へ? い、いいよそんなの。信じられないのが普通だし」
 でもな、きっとメルは前世の記憶なんか持ってなくても俺の話をすぐに信じてくれたと思うんだ。

 何がどうなってんのかさっぱり分からねえってのは、それだけでとんでもなく不安になる。
 なのに俺はメルの記憶を「シンの毒気だ、祈ってりゃ治る」と簡単に片づけていた。
 仮にそれがシンの毒気が見せた妄想だったとしても、俺はメルの見たものを信じるべきだった。

「でも先のことが分かるって、どこまで覚えてるの?」
「一応、物心ついてから死ぬまで満遍なく覚えてるぜ。曖昧なとこもあるけどよ」
 目が覚めてすぐは年取って死ぬ頃のことまではっきり覚えてたんだが、今はちょっとボンヤリしてきた。
 さすがに毎日の細かい生活についてなんかはうまく思い出せなくなってる。

「死ぬ瞬間は覚えてねえな。お前もそうだろ?」
「うん……。それ、えっと……前の人生で私が言ってたの?」
「ああ。確か、記憶が途切れてるからそこで死んだんだろうって見当つけてんだよな」
「前世のこと、結構がっつり話してるんだ」
「まあな。……いろいろあって、俺もお前の話をちゃんと信じるようになったんだよ」
「そっかぁ」

 でかい出来事は印象に残ってる。たとえばシンを倒す旅の記憶なんかは結構ハッキリ思い出せるんだ。
 そういうのが邪魔してるお陰で些細な記憶を蘇らせるのは苦労する。
 散らかってる記憶を整理整頓するのはなかなか大変だった。
 
「あー、あと、お前が誰と結婚するかも覚えてるぞ」
「結婚!? わ、私が?」
 なんで驚いてんだ。……あ、そうか。ここ一年くらい「嫁になりたい」ってもう言わなくなってたもんなあ。
 将来本当に俺と結婚するのかどうか自信がなくなってたってところか。

「教えてやろっか」
「やだ聞きたくない!」
「なんでだよ」
「だってそんなの……よりによってワッカから聞かされたくない〜!」
「俺が相手じゃ不満だってのかよ」
「いつかフラれて諦めて他の人を好きになるとしても今はもうちょっと夢を……見て……え?」

 長年「こいつは妹、そのうち嫁になりたいなんて言わなくなる」と自分に言い聞かせてきた。
 そこへ急にまだ体験してもないはずの結婚生活の記憶が蘇っても……案外、気まずくねえもんだな。
 結局のところ俺がメルをどう思ってるかなんて、こいつが島に住むようになってからずっと変わってないんだ。
 どうせそのうち結婚するんだと思うと、メルが好きだって事実はすんなり腑に落ちた。

 自分を落ち着かせるように大きく息を吐いて、メルが恐る恐る俺を見上げてきた。
「ほんと?」
「おう」
 途端に顔が真っ赤に染まる。火照る頬を押さえつつ、メルはだらしなく笑って「嬉しい」と呟いた。
「……い、言っとくけどあと三年は申し込むつもりねえぞ」
「三年?」
「いろいろ忙しくなるからだ」
 今すぐ結婚してもおかしくない歳ではある。ただ、もし本当に夢と同じことが起こるなら、シンを倒すまでは待たなきゃなんねえ。

 にしてもこいつがルカに行こうとしてたなんて俺は今の今まで気づきもしなかった。
 あの夢を見てなけりゃメルは密かに準備を整えて島を出て行き、夢の通りになってたはずだ。
 ますます単なる夢だとは思えなくなった。

「お前、ルカには行くなよ」
「なんで?」
「俺がいつまでも子供扱いして真剣に相手しねえから、一人前だって認めさせるために島を出たんだよな」
「あう……そこまでバレてるのってすごい恥ずかしい……」
「バレてんだから、もう必要ねえだろ」
「でもワッカが私を子供扱いしてることに変わりはないじゃん」
「もうしねえよ。だからルカに行くのはダメだ」

 未だ納得してない様子のメルにちょっと焦る。
 ここでルカに行かせなけりゃゴワーズのやつらと仲良くなることもないはずなんだ。
 阻止しねえと、引退後のビクスンやアンバスがメルを口実にしょっちゅうビサイドに遊びに来るからな……。

「お前がフロント係なんかやってたせいで、ずっと後まで気が気じゃねえことが多いんだよ」
「スタジアムで働いてたの? やるじゃん私!」
「おい、ちゃんと聞け。そのフロントもどうせ一年で辞めることになるんだって。なら最初からやんなくていいだろ」
「えぇ〜、その理屈はおかしいよ」
「お前が出てくのは俺が嫌なんだ!」
 もうちっとマシな理由で引き留めたかったが、つい本音が出ちまった。
「う、うん。分かった。まだ仕事も住むところも見つかってないし、ワッカが言うならやめる」
「わ……分かりゃいいんだ」
 でもまあ、メルが納得したならいいか。

 あれが夢なのか、俺がこの先に歩んでいく予定の未来なのか、本当のところは分からねえ。
 でもたぶん二年以内に確信が持てるだろう。
 何もしなかったらいいことも悪いことも夢と同じようになるのかもしれない。
 だとしたら、起きてほしくないことは起こらないように変えちまえばいい。
 何が起きるか予め分かってたら、チャップを……死なせなくて済むかもしれないんだ。




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