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がんじがらめではありました


 ベベル宮に行っていたユウナたちは二時間ほどで帰ってきた。
 何やらユウナの表情に陰りが見えるのは気にかかるが……。
「じゃあ、大体のことは聞いたかな?」
 マイカ総老師はエボン=ジュについて言うだけ言って成仏してしまったらしい。
 まあ彼も彼なりに五十年スピラを支えてきたのだから、最後は真実を話して邪魔せず去ってくれたことだけ感謝しておこう。

 改めて、全員と顔を見合わせる。
「まず現状整理から。エボン=ジュはシンの中にいる。シンは究極召喚でなければ倒せない。だが、究極召喚はもうない」
「他の方法、心当たりあんのか?」
「あるよ。シンに口を開けさせて中に入ってしまえばいいんだ」
「おいおい、簡単に言うなよ」
 簡単だと思うぞ。少なくとも、究極召喚を使って強固な鎧であるシンを破壊してしまうよりは。

 始めはエボン=ジュに到達するためにシンを倒さなければいけないと思っていた。
 だが飛空艇を見て、強力な兵器が搭載されていると聞いた時、べつに倒しきる必要はないんだと気づいた。
 エボン=ジュが乗り移ることのできない、なおかつ究極召喚に匹敵するパワーさえあればいいんだ。
「千年の間に寺院もいろいろ試したみたいだな。でも一つ試してないものがある。シンが壊し尽くしたせいで、機械の兵器を使うことはできなかった」
 この船が究極召喚の代わりだ。

「けどさ……機械使ったら危ないんでしょ?」
「ミヘン・セッションでも、機械はシンに通用しなかった」
 確かにシンは機械に反応して暴走にも等しい威力の攻撃を解き放つ。
 ただ漫然と打ちかかっても、エネルギーを充填し終える前にカウンターを食らって終わりだろう。
 皆もミヘン・セッションとやらであの惨状……機械に対するシンの容赦の無さを目撃しているので表情は暗い。
「一年前もそうだった。だから、シンを拘束するために歌を聞かせるんだろ」
「シンが大人しくなれば、機械の威力を充分に発揮できる?」
「その間に風穴開けて中に入るってわけッスね」
 祈りの歌を聞かせてシンの動きを止めるというのは俺が寝てる間に彼らが考えてくれた作戦だった。

「仮に動きが止まらなくて重力波を放たれても、正面対決できるだけの力はある」
 シンが機械に反応するのはそれがシンを打ち砕き得るからだ。一年前の作戦が失敗したのは機動力が足りなかったからだろう。
「まず、あの重力波は全方位攻撃ってわけじゃない。放つまで時間もかかる。シンの真上か真下に逃げれば避けられるだろう。飛空艇の速さなら間に合う」
 歌を聞かせてシンが止まらなかったとしても位置取りさえ間違えずに戦えばなんとかなる。
 そりゃあ絶対に安全とは言えないが、速さで上回っている以上こちらが多少有利、くらいは言える。

「もしも歌が効かなかったら、俺がユウナを連れて直接エボン=ジュのところに乗り込むって手もあるけど」
「あぁ!? ふざけたこと言うんじゃねえよ!」
「……この通りワッカが許してくれないし、ユウナも俺も危ないからやりたくない」
 シンの中がどうなってるかも分からないし、俺とユウナだけでエボン=ジュに勝てるとも思えないし。だからそれは最悪の場合の話だ。
 俺を見てユウナを見て、ティーダが力強く頷いた。
「真正面からシンの口に飛び込んでいく。単純な作戦だよな」
「そ。やるべきことは“精一杯頑張る”だ」
「やるなら目標は“優勝!”だろ?」
 心強いっすねえ。

 しかしまあ、今すぐシンとぶつかり合うってわけにはいかない。まだやっておくことがあるんだ。
「とりあえずユウナの行き先はナギ平原とバージ島だ」
「え?」
「そこに知られざる寺院がある。……召喚獣は全部連れて行かなきゃならない。俺が引き受けてもいいけど」
 エボン=ジュを滅ぼすには召喚獣ごと、祈り子ごと倒さなければいけない。
 何なら俺が各地の寺院を巡って彼らを召喚してもいいんだが、ユウナは気丈に首を振った。
「ううん。私が……やる。それは私の使命だもの」
「……そうか」
 俺はあくまでも臨時雇の召喚士だ。本職のユウナがやってくれる方がありがたい。
 こっちはシンを倒したあとが本番だしな。

 ってわけで、ラスボス前に最後の準備だ。
「皆は二つの寺院に向かってくれ。でもワッカは俺が借りていく」
「へ?」
 キョトンとしているワッカの肩に手を置いて、精神を集中する。
「練習しておきたいんだ」
「な……何を?」
 誰かを連れてテレポートするってことをさ。

 呆気にとられているユウナたちの姿が掻き消され、まばゆい光と共に辺りの景色が一変した。
 ビサイドの日射しが降り注ぐ。俺の隣には呆然と空を見上げるワッカがいた。
「ど、どうなってんだ!?」
 やっぱ……消耗は激しいな。でも成功だ。
「ミトラが、やったのか?」
「そう。ちょっと肩貸して」
「お、おう」
 やったことがあるのは無意識のトリップと緊急回避だけだ。自分以外を連れてのテレポートは初めてで、さすがに緊張した。
 ぶっつけ本番でティーダを連れ帰るのは恐ろしい。ここで成功しておけば少しはリラックスして臨めるだろう。

「はあ、でもよかった! また別の世界に行ったらどうしようかと思った」
 俺がホッと息を吐いたら、問答無用で練習に付き合わされたワッカが呆れたように嘆く。
「お前なあ、どうなるか分かんねえのに無茶苦茶すんなよ」
「巻き込むなとは言わないんだ?」
「俺を巻き込むのはいい。つーか、一人で無茶するくらいなら巻き込め」
 そう言ってくれると思ってた。
 もしどっかへ行ってしまっても、目を開けて隣にワッカがいてくれたら俺は大丈夫だ。

 さすがに今頃はルカから帰ってきているはずだ。チャップの姿を探して島を歩き、まずは浜辺に向かう。
 村に帰ってもいいけど「お前生きてたのか!」ってややこしくなるのは目に見えてるし。それはあとでいいや。
 峠を越えて浜が見えてきたところで、案の定オーラカの連中の声が聞こえてきた。
「コーチとエースが留守だからって怠けるな! 優勝はまぐれだったって言われたいのか!?」
「うへえ、チャップ厳しすぎっす……」
「置いてかれてイライラしてんだろ?」
「ワッカさん早く帰ってきてくれ〜」
「しゃべってないであと五往復! 俺はワッカみたいに甘くないからな!」
「ひ〜〜〜〜っ!!」
 ……邪魔しにくい雰囲気だな、おい。

「あー、俺がいる時はあんなやる気に満ちてねえんだけどなぁ」
「それよりジャッシュたちのやる気のなさの方が問題じゃないのか?」
「……ま、まあ、シーズン終わったらあんなもんだろ」
「コーチが日頃から甘やかすから練習に気合い入れないってのはあると思うなあ」
「うっ! い、いーんだよ、俺たちはのんびり楽しくやれりゃ」
 勝ちを目指すんじゃなきゃ戦う意味がないだろ。チャップの厳しさは真っ当だと思うぞ。
 ……でも、今出ていったら俺もめちゃくちゃ怒られそうで怖い。

 いつまでもトレーニング風景を見守ってても仕方ないので渋々と坂を降りていく。
 浜辺を往復ランニングしていたメンバーが俺たちに気づいた。
「えっ?」
「あ……、え!?」
「はあっ! な、なんで?」
 一様に驚いて立ち止まって転びそうになる姿がギャグ漫画じみていて笑ってしまう。
 背を向けて立っているチャップは未だ気づいていない。
「こらお前たち、止まるな」
「じゃなくて、チャップ後ろ後ろ!!」
「何だよ。サボろうったって俺は誤魔化されな、」
 怒った顔のまま振り向いたチャップの目が俺を捉え、驚愕に見開かれる。

「よ、よう。お久しぶりです」
 何を言っていいかも分からずヘラヘラしながら近寄ったら、徐に手を伸ばしてきたチャップは俺の頬を掴んで思いきり引っ張った。
「あにょ、ひゃっふゅ、いひゃいんれひゅへよ?」
 殴られた方がまだマシかもしんない。
 無表情で手を離して、彼はほんの小さな声で呟いた。
「生きてるのか」
「死んでてもほっぺた痛いとしたら理不尽だよ……」
 引っ張られすぎてヒリヒリする。絶対に指の痕ついてるぞ、これ。

「なんで……連絡、寄越さなかったんだよ!」
「ごめん」
「どれだけ心配したと思って……」
「ごめんなさい」
 連絡したつもりだったんだとか、そもそも死ぬつもりで庇ったわけじゃなかったとか、そんな言い訳がましいこと何も言えなかった。
 一年間の想いが一気に溢れ出てきて、泣きそうになったあとチャップは、少しだけ笑ってくれた。

 俺とワッカを見比べるように眺めてからチャップが眉をひそめる。
「どうして二人で帰ってきたんだ?」
 ……しまった。この状況じゃまるでユウナとルールーが死んだみたいじゃないか。
「まだ旅の途中だよ。シンと戦う前に、俺が生きてることチャップに知らせておこうと思って、一旦帰ってきたんだ」
 慌てて俺もガードに加わったこと、それからユウナを死なせずにシンを倒す方法を見つけたことを話す。
 混乱してる様子のチャップを見てワッカは焦ったように背を向けた。
「あ〜〜、俺、歌のこと頼みに寺院行ってくるわ!」
「こらこら逃げるな」
 俺もだけど、ワッカもちゃんとチャップに向き合わないと駄目だ。俺が死んだと思ってたせいで、この二人がギクシャクしてたっていうからな。

 ワッカが逃げないように腕を捕まえながら、それぞれに頷いたり涙ぐんだりしながらチャップを見守っていたオーラカのメンバーに向き直る。
「みんなに伝えてほしいんだ。『空飛ぶ船が祈りの歌をうたう。その声が聞こえたら、一緒に歌ってほしい』って」
「なんだそりゃ?」
「シンを倒す鍵だ。スピラ中の人が歌ってくれたら、ユウナが究極召喚を使わなくて済む」
「マジか! よっし、みんなに知らせに行くぞ!」
「練習サボれる!」
「やったぜー!」
 あの、重要なのそこじゃないんですけど。ちゃんと伝わったのか。んでチャップがすごい顔してるから後が怖いぞ、あいつら。

 というわけで、残るは兄弟の“積もる話”だ。
「それでは、あとはお若い二人で」
「ちょっ、待て! 二人にすんなよ!」
 心配なので俺もオーラカのやつらに続こうとしたら、後ろから羽交い締めにしてワッカが引き留める。
「なんで弟相手にそんな緊張するかなぁ」
「改まって何話せばいいか分かんねえよ!」
「んー。まあ、あれだ。お互いに言いたかったことあるだろ?」
 俺が生きてるって分かって蟠りもなくなったんだし、それをぶつけ合えばいいんじゃないか。
 そう言ったら、先に口を開いたのはチャップだった。

「……ミトラが死んだって言った時、ワッカは、俺が生きててよかったって笑ったんだ」
 そりゃそうだろ。俺でもそう言うと思うぞ。な、なんでそんなに剣呑な目をしてるのかな?
「俺のせいでミトラが死んだのに、一言だって責めなかった。自分が苦しいのは無視して、俺にばっかり気遣ってさ。兄貴のそういうとこが腹立つんだよ」
 あれ? 俺べつに兄弟喧嘩しろって言ったわけじゃないんだけど。

「お前を責められるわけねえだろ。……弟が帰ってきたこと喜んで悪いってのかよ」
「俺に悪いからって、ミトラのために泣きもしなかったくせに! なんでいつも他のやつ優先なんだよ!」
「お前だって俺に気ぃ遣ってルーとの結婚やめたんだろーが! さっさと乗り越えて幸せになってくれてりゃ俺だって、」
「そしたら兄貴、自分だけユウナのガードになるつもりだったんだろ!?」
「俺は……二人とも帰ってほしかったんだ! それが叶わなかったからって、お前のせいにできるかよ!!」

 待て待て待て、期待してた展開と違う。
 俺はただ「素直に弱いとこ見せて頼れなくてごめんな」ってお互いに認め合ってほしかっただけなんだ。
 こいつらに足りなかったのはそれだけだろ。
「よし、分かった! 俺が全部悪いってことで終わりな!」
「ミトラ……」
「言いたいこと言ってスッキリしたところで仲直りのキスをしよう」
「ばっ、馬鹿なに言ってんだよ!」
「するわけないだろ!?」
 とりあえず怒りを削ぐことには成功した。猫の喧嘩を仲裁してる気分だ。

 怒り疲れたのか俺に呆れたのか、チャップはため息を吐いて少し落ち着いた。
「二人とも、ちゃんと帰って来るんだよな」
「みんなで帰って来る。死ぬような無茶はしないよ」
 俺もワッカも、ユウナもルールーも。死を覚悟の旅なんかじゃない、勝って、生きるために戦ってくるんだ。
 チャップは不意に力を抜いて笑った。一年前みたいに。
「……兄ちゃんもあの時、こんな気持ちだったんだな」
 ワッカの驚きっぷりを見る限り、久しぶりにこんな顔をしたんだろう。

 置いていく辛さも見送るしかない痛みも味わって、押しつけるだけの気遣いじゃなくて、やっとお互いの気持ちに届いたらしい。
「俺、待ってるよ」
 穏やかにそう言われるとワッカも照れ臭そうに頷いた。
「……おう。ルーとユウナのことは任せとけ」
「あいつらは自分で頑張れるだろ。二人よりずっと頼れるからな」
「えー、酷くない?」
「否定できねえのが辛いとこだなぁ」
 もうじき、また好きなだけこうやってふざけて笑い合えるんだ。あともう少しで。

「そんじゃ、飛空艇に戻ろっか」
「行けんのか? あいつら今どこにいるのかも分かんねえだろ」
「それくらいできなきゃ困るんだよ」
 どこにいたっていい。ティーダのいる場所に行く。そしてみんなでビサイドに帰って来るんだ。
 もう一度だけ振り向いて、晴れやかな顔をしているチャップに手を振った。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
 今度こそ未来を変えに行く。俺たちの自由を勝ち取るために。




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