×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
最果てにうずもれる


 たぶんシーモア老師辺りから全部聞かされてたんだろう、確かにミトラの言った通りになった。
 ユウナは究極召喚を選ばなかった。
 それはガードの犠牲がどうとかじゃなくて、シンを倒す行為が次のシンを生み出す螺旋の一部だって知らされたせいだ。
 今まで俺たちが信じてきたもんは何だったのか。俺たちは何のために我慢を重ねて、何を償ってきたのか。
 必死で縋ってたものが崩れ去り、腹は立ったが、結局は俺たちが……俺が自分の頭で何も考えなかったのがすべての原因なんだろう。
 冗談きついぜ。でも、もう逃げたくねえ。俺はこの真実としっかり向き合う。

 ユウナレスカ様の瞳から理性の光が消え、魔物さながらの魔力で凄まじい魔法が飛んできた。
 さすがのミトラも深刻な顔をしてるかと思ったが。
「千年前はああいう格好がポピュラーだったんだろうか」
「ミトラ! 真面目に戦って!」
 ……顔だけだった。
「いや、だってさ。あれ個人の趣味なのか? それとも召喚士の正装?」
 どう思うと振られて返答に詰まる。
 確かにすげえ格好だけどよ、今そんなこと言ってる場合かよ。

「この時代まで同じ習慣が残ってなくてよかったな。ユウナがあんな破廉恥な格好させられてたらと思うと」
「お前の方がひでえ格好してたけどな」
「……ううっ。もうそのことは言わないで」

 魔法を避けながら素早いティーダが懐に斬り込み、ユウナレスカ様が膝をついたかに見えた。
 だが、すぐにその体が宙に浮き上がる。
「マジかよ……」
 今までギリギリ保ってた死人の体裁もなくして、完全に人間を捨てちまってる。
「ユウナレスカ様が、魔物に……」
「俺、結構ありかも」
「ねえよ!」
「髪? ていうか触手? なんかエロいよな」
「どこがッスか!!」
 具合悪いんじゃねーかって心配してたのに、悪い意味でミトラは絶好調らしい。

 もう剣は届かない。迫り来る触手をティーダとアーロンさんとミトラが往なし、俺たちで本体を攻撃し続ける。
 魔力も体力も尽きそうになったところで、ユウナレスカ様の体が崩れ始めた。
「やったの!?」
「違う、また姿が変わる!」
「んもー。あと何回か変身残しててもおかしくないな」
 縁起でもねえこと言うな。これが最後であってくれよ。

 耳に心地のいい嘘の下から目を背けたくなる真実が出てくるみたいに、化けの皮が剥がれていく。
 ユウナレスカ様の半身に不気味な人面がくっついている。
 触手の一つ一つが蛇に変わって毒を吐き出し、濁った眼球がギョロギョロと俺たちを見回した。
「……んで?」
「いや、どうしよう。わりとイケる」
「本気かよ!」
 ミトラの変態レベルが高すぎてきついぜ。
 死人っては言うけどよ、千年も無理やり留まってたんだ。体の方はもうとっくに魔物になっちまってたのかもしれねえ。
 たとえ真実がどうであれ、今まで救いの主と信じてきた人が目の前で変わり果てていくのは辛いものがあった。

 とにかく、これが本性だと思いたい。もう余力なんて残っちゃいねえんだ。
 ユウナを守るように俺たち全員で立ちはだかり、ミトラが呪文を唱えた。
「ブリザガ! ……あ、俺まだ習得してなかった」
 この期に及んで脱力させんなよ。
「ルールー、触手を凍らせてくれ。ユウナ、隙をついて一気にやるぞ」
「うん!」
 ミトラの指示でルーが黒魔法を放ち、俺たちはフォーメーションを崩さずそのフォローに徹する。
 凍りついて触手が動けなくなったところでミトラとユウナが同時に召喚獣を呼び出し、爆音と共にユウナレスカ様の姿は砕け散った。

 最後に人の姿を取り戻したユウナレスカ様は、怒りでも憎悪でもなく、ただ悲しそうな目をして崩れ落ちた。
「私が消えれば……究極召喚は失われる。あなた方はスピラの希望を消し去ったのです」
「俺たちが他の方法を探すんだよ!」
「愚かな……そのような術など、ありません。万一シンを倒せたところで、永久に生きるエボン=ジュが……新たなシンを創るだけ……」
「エボン=ジュ!?」
「ああ、ゼイオン……許してください。希望の光を失って、スピラは悲しみの螺旋に落ちる……」
 なんでか、こっちが悪い気しかしねえんだよ。本当に俺たちでなんとかできるのか。ユウナレスカ様より正しいことをしてる自信なんてない。

 俺もルーも、そして誰よりユウナが一番不安そうな顔をしていた。
「とんでもないこと、しちゃったのかな」
 後悔先に立たず、ってやつにしちゃいけねえよな。
 これで究極召喚はなくなった。ユウナは死なないんだ。大事なのは、こっから先だ。
「とんでもないのは確かだな。今まで誰にもできなかった偉業だ」
「もっととんでもないこと、しよう!」
 ミトラの言葉に乗っかり、ティーダがいつもの、人を引っ張っていく笑顔を見せる。
「シンを倒す。究極召喚なしで。しかも、復活させないように!」
 むやみやたらと明るいやつだとは思ってたが、こういう時はその明るさに救われるよな。

 エボン=ドームまで飛空艇が迎えに来て、それに乗り込んでザナルカンドを出た。
 ティーダとキマリはユウナを励ましていて、アーロンさんは見当たらない。
 ブリッジに集まってんのは俺とミトラとルーとリュックだ。
 他の方法、か。探すって言うのは簡単だが心当たりは何もねえな。

「ねえ、なんか知ってるんだよね?」
 リュックが見上げ、ミトラが頷く。
 今は言えないの一点張りだったが、そろそろ説明してくれても良さそうなもんだ。
「無理にシンを倒す必要はない。重要なのはエボン=ジュだ」
「エボン=ジュって、何なの?」
「そうだな。彼は……」
 開きかけた口を両手で塞いで、ミトラはいきなり蒼白な顔で俯いた。
「お、おい、どうした?」
「ちょっと……疲れただけだ」
 そんなツラには見えねえってんだよ。

 ブリッジの扉が開いてアーロンさんが入ってくる。立ってるのもやっとみたいなミトラを見て彼は言った。
「休んでおけ。まだやることがあるだろう」
「大丈夫だって」
 アーロンさんに気ぃ遣われるなんてよっぽどじゃねえか。大丈夫なわけ……あるかよ。
 思えばガガゼトからずっと具合が悪そうだったんだ。
 飛空艇が来てくれたんでまた歩いて山を越えなくてホッとしてたが、本当ならこいつはもっと早くに休ませておくべきだったんじゃないのか。

「シンの動きを止める方法だけ探せばなんとかできる。エボン=ジュは……」
「分かった! あたしたちがそれ考えとくから、ミトラはちょっと寝ときなよ」
「でも俺が知ってることを言わないと」
 意地を張るミトラの腕を掴んで抱えあげる。
「ちょ、大丈夫だってば!」
 うるせえな、病人は黙ってろよ。
「悪い。なんか進展あったら呼んでくれ」
「こっちは気にしないで、ちゃんと休ませてね。無理してても言わないんだから」
「わーってるよ」
 大丈夫大丈夫って、いきなり倒れられたら俺たちがどんな思いするか分かってんのかよ。ガガゼト洞窟の時だってそうだ。一年前も……。
 もう勝手な無茶なんかさせねえ。

 抵抗する気力もないのかミトラは大人しく抱えられていた。ブリッジを出て部屋に戻り、ベッドに寝かせると不満そうに口を尖らせる。
「大事な話があるのに……」
「話なんか後でもできんだろ」
「俺もプレッシャーかかってんのかなぁ」
「いいから、今は休め。……頼むから」
 ほとんど懇願に近い気分だった。ミトラはじっと俺の顔を見つめ、やがて素直に目を閉じて眠り始めた。

 こいつが何を聞かされて何を知ってたにせよ、シンのことは俺たち全員の問題だ。
 ティーダが俺たちの物語だと言ってた。その意味がなんとなく分かる。
 方法は、みんなで探せばいい。
 俺たちには仲間がいる。なんも一人で背負うことなんかねえんだ。

 しばらくミトラの寝顔を眺めたままボーッとしてたら、ティーダが部屋に飛び込んできた。
「ワッカ! ベベルに行くぞ! マイカに話聞きに……っとと」
 ミトラが寝てんのを見て慌てて口を噤む。その仕種が妙にガキくさくて笑っちまった。
「今さらベベルに行ってなんかあんのか?」
「うん。エボンの教えは間違ってたけど、その間違いを知ったら本当のことも分かるんじゃないかってさ。マイカならきっとエボン=ジュのことも知ってるだろ」
 そうかもなぁ。寺院はずっと……知ってて、隠してたんだ。
 だがミトラやアーロンさんが黙ってたのとは意味が違う。総老師たちは、ただ俺たちを騙してただけだった。

「どうする? エボン=ジュの正体、聞きに行くだけだから待っててもいいぞ」
 そう言われてミトラの寝顔を見下ろした。起こして連れてくってのは気が引ける。かといって、こいつだけ置き去りにするのも。
 ガガゼト洞窟の祈り子を見て倒れたあと、起き上がったミトラは、俺の顔見て安堵の息を吐いてた。
 目が覚めた時に一人きりって状況は避けたかった。
「……すまん! 俺も行かなきゃいけねえんだろうけどよ」
「いいって。でも戦いの時は、ワッカもミトラも引きずり出すからな」
「おー、厳しいねえ、うちのエースは」
 とにかく今はゆっくり休めと言うティーダの言葉に甘えることにした。

 部屋から立ち去り際、ティーダは眠るミトラを振り返る。
「あのさ、ミトラに……あんま気にすんなって、言っといてよ」
「何をだ?」
「いろいろ!」
 だから、いろいろって何だよ。やっぱりこいつらなんかあったのか?
「俺は大丈夫だ。どうなったとしても、ちゃんと納得してっからさ」
「お前……」
「んじゃ、行ってくるッス!」
 一年前のミトラと同じような顔で笑ってんじゃねえよ。
 勝手に覚悟して決心して一人で背負い込みやがって。大丈夫だとかわざわざ言うのは、大丈夫じゃねえからだろーが。

 飛空艇がベベルに向かい、ユウナたちが船を降りてしばらくするとミトラが目を覚ました。
「皆は?」
 起き上がろうとするのを制してベッドに押し戻す。顔色は良くなったが、もうちっと寝ててもいいだろ。
「ベベル宮だ。マイカ総老師に話聞きに行ってる」
「総老師様かぁ。大した新事実は出てこないと思うけどな」
「そうか?」
 ミトラがシーモア老師から真実を聞かされたなら、総老師だってそれを知ってると思うんだがな。

 ベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見つめたままミトラが語り始めた。
「エボン=ジュはザナルカンドの召喚士だ。千年前に機械戦争で滅びた故郷を永遠に残すために、町をまるごと召喚し続けてる。シンはそれを守る鎧だ」
 なくなった故郷の幻を創るために今まで大勢の人間を殺し続けてきた。
 そう聞かされ、ふざけんなって思う気持ちと、無念を抱いて死んだ人々の想いが切ないのと、綯い交ぜになって混乱する。
「とにかく……そいつを倒せば、シンは蘇らねえんだな」
「うん。シンを躍起になって倒す必要はない。重要なのはエボン=ジュだ」
 無駄なところに気遣ってる余裕なんかねえ。俺たちは、自分が生きていくことだけ考えるしかない。

 いろいろ気になったが、細かい相談はユウナたちが戻ってからにするか。
「知ってたんだな」
「ごめん」
「責めてるわけじゃねえよ」
 ユウナがこの選択をするって信じてたから、自分で選ばせてやりたかったんだろう。それくらいは分かってる。
「他になんも隠してねえな?」
「……まだある」
 あるのかよ。

 少し迷う素振りを見せつつミトラが打ち明けたのは、エボン=ジュの正体よりずっと重要で、動揺を誘う事実だった。
「ティーダの故郷はエボン=ジュが召喚してる夢のザナルカンドだ。だから、エボン=ジュを倒したら彼は消えてしまう」
「な……」
 消えるって、……召喚するやつがいなくなったら、あいつも一緒に、ってことかよ?
 だからティーダはあんなこと言ったのか。どうなっても納得してるから、とか。
「シンが消えて、全部終わったら、俺はティーダを連れ戻しに行く。異界でもどこでも……あいつの行った場所を探し出してスピラに連れて帰ってくる」
 ……ミトラに、あんま気にするな、とか。

 プレッシャー感じてるなんて言ってたのはこれのせいかよ。
 最後に一人で消えちまうつもりのティーダを救えるかどうかで不安がってたんだ。
 ミトラは……別の世界からスピラにやって来た。
 だからたぶん、ティーダの言うザナルカンドにも、異界にだって、行こうと思えば行けるんだろう。
 だが帰って来られる保証はない。
 俺は……そんな危ねえ橋渡るなと言いたいのに、言えなかった。

 不意にミトラが何か呟いたが、声が小さすぎてよく聞こえなかった。
「何だ?」
 やっぱり疲れてんのか、でかい声が出ないらしい。手招きされるままミトラの口許に耳を寄せる。
 と、首の後ろに腕をまわされて抱き着かれた。思わずミトラの上に倒れ込みそうになって慌てて体を支える。

 悪戯っぽい目をしたミトラが楽しそうに俺を見上げていた。
「お、おい」
「二人きりだし、今がチャンスじゃない?」
 いやそれは、そうだけどよ、そんな場合じゃねえだろ? ちょ、挑発すんじゃねえよ。
「お前疲れてんだろ、大人しく寝とけって」
「それより俺が欲しいのはここに帰ってくるための楔なんだ」
 人は人と繋がってるべきだって言ってたのはいつの話だったか。俺が居場所になってやればミトラはどこに行っても帰って来られるのかもしれない。
「この世界に繋ぎ止めてくれよ。ワッカを、俺にちょうだい」

 だがそんなもんは向こうの都合だ。それより重要なのは、俺自身が今、こいつを欲しがってるってことだ。
 想った時に手を伸ばさなけりゃ次があるとは限らない。我慢してる間になくしちまったら意味がない。
 他の事情なんかさておいて自分の欲に素直になるには、確かに今がチャンスなんだろうな。




|

back|menu|index