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正体を仕立て


 ガガゼトの頂上にさしかかる辺りで軽い頭痛とめまいを感じていた。
 底知れない不安に苛まれつつ皆のあとをついて歩いた。
 すっかり頭から抜け落ちていたけれど、もしかしたら高山病が発症しかかっていたんじゃないだろうか。
 しかし酷くなる前に頂上を越えて、あとは麓の荒野を目指して下山するだけだから助かった。
 こんなところで倒れたら迷惑なんてもんじゃないよな。

 他の皆は都会っ子であるはずのティーダを含めて全員が平気そうだった。
 スピラには幻光虫がある。空気中と体内の幻光虫が融和して水中や高所でも肉体を馴染ませて活動しやすくサポートしてくれるんだ。
 ただ、外の世界からやって来た俺はその循環にうまく入り込めずにいる。
 三年間をスピラで過ごし呼吸と食事で幻光虫を取り込み続けたお陰か、かなりマシになった方ではある。
 それでも生粋のスピラ人と同じようにはいかないんだな。
 ふと不安が芽生えた。……幻光虫に慣れてない俺でも異界に行けるんだろうか?

 麓に向かう洞窟で一行が立ち止まる。目の前には巨大で不気味なオブジェが聳え立っていた。
「何だこりゃ!?」
「人間が絡み合ってる……」
 縺れ合い絡みつく無数の老若男女の像。ノルウェーの公園にこんな彫刻があったな。
 あれは確か、人間の欲を現したモノリッテンだった。似たようなものかもしれない。
 像からは大量のエネルギーが溢れ出していた。呆然とそれを見上げ、ユウナが呟く。
「これ……祈り子様? 誰か、召喚してる……」
 おそらく夢の町を召喚するための祈り子像だ。かつてのザナルカンドの住民たち、その成れの果て。
 永遠を夢見た人々が織り成す欲望の像だった。

 死を決意し、夢に生きることを選んだ人々の姿。異質な有り様は何も知らずとも見る者の不安を煽る。
 リュックがアーロンに突っかかった。
「ねえ、何か知ってるんでしょ!? 教えてよ!」
「他人の知識など宛にするな。何のための旅だ」
「ユウナの命が懸かってるんだよ!」
「だからこそ、決めるのはユウナだよな」
「ミトラまで……!」
 ここまで来て、人に与えられた答えが何の役に立つ? 自分の目で真実を見出ださなければ本当の望みなんて分からないんだ。

 ひたすらに不気味がり、不安そうな皆とは違って、ティーダはどこか懐かしそうな目で祈り子の像を見上げていた。
「そうだな。これは俺たちの……俺の物語なんだから」
 その手が祈り子に触れる瞬間、ティーダを透かして何かが見えた。
「うわっ!?」
「ティーダ!」
 弾き飛ばされた彼を受け止めたところまでは覚えている。だが、俺の意識はそこで暗転した。

 異世界にトリップしてしまう時の感覚と似ていた。
 目を開き、飛び込んできた景色はスピラで見る風景とかけ離れていて大いに焦る。
 辺りに人の気配はない。周りにいた仲間たちも見当たらない。
 人工的な光が瞬く巨大都市……記憶の一番古いところにある、おそらく俺が生まれた世界に少しだけ似ている。
 でも違った。ふらりと迷い込むように目の前を幻光虫が飛び去っていく。
 ……ここは、まだスピラだ。

 立ち上がると頭痛もめまいも消えていた。波の音に惹かれて海辺へと向かい、そこで聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「やめろよ!」
 ティーダと、向かい合っているのは……ベベルの祈り子だな。
「夢でも何でもいいよ……俺を、消すな……」
 じゃあ、ここはザナルカンドなのか? エボン=ジュが紡ぐ螺旋の中心にある、永遠に眠らない町……。

 ハウスボートかな。ジェクトの家だろう。いい趣味だ。俺もビサイドで船上生活を楽しんでみたい。
 機械を使わなきゃ不可能だから、ワッカや僧官長に猛反対されるだろうけれど。

 いつの間にか町の明かりが消えてザナルカンドの景色は奇妙に歪んでいた。
 タラップから船に乗り、ティーダと祈り子の間に割り込む。
「お前は消えたりしない」
「ミトラ!?」
「俺が消えさせない」
 驚愕に目を見開くティーダから俺に視線を移して、祈り子はもどかしげに首を振った。
『ずっと夢を見てて……なんだか疲れちゃった』
「だろうな。あなたたちは、もう眠っていい。夢は終わりだ。……でも、ティーダは俺が守る」
 だって、せっかく究極召喚を使わせずにユウナを守っても、ティーダがいなかったら淋しいだろ。

「時にティーダ君はスピラに来てから自分を慰めたことはあるのかな?」
 甲板にへたり込んで呆然としていたティーダはそこから更に呆気にとられるという器用なことをしてみせる。
「……は?」
「旅の最中にオナったことはありますか」
「な、何言ってんッスか!?」
 助けを求めるように見つめられ、祈り子はティーダを安心させるべく頷いた。
『僕はこう見えても1000歳を越えてるから下ネタは平気だよ』
「いや気にしてんのそこじゃないから!!」
 まあ、見た目は子供だからそんな話するのもちょっと気が引けるよな。

「でも、これはセクハラじゃない。大事なことなんだ」
 俺があくまでも真剣に言っているのを見てとり、ティーダは顔を赤らめつつもボソボソと呟いた。
「……そりゃ、まあ……戦闘の後とかさ……いろいろ、あるだろ」
「そうか。よかった」
「よ、よかったって……」
 性欲があるのは生きてるって証拠だろう。もしも彼が祈り子の見た夢に過ぎないなら、性交なんて必要としない。何かに欲を覚えることもない。
「召喚獣と似た仕組みだと思ってたけど、やっぱり違うんだな。ティーダは血と肉と精を持って、ちゃんとスピラに存在してるんだ」
 生命として現実の地に立っている。だったら、その命を失わない限り“消える”なんてあり得ない。

 俺の言葉の意味を反芻していたティーダは不意に顔をしかめた。
「あのさ、それ血を流したことあるかどうか、とかで分かったんじゃないの?」
「……あ」
 そう言われればそうかもしれない。べつに自慰をしたことがあるかなんてわざわざ白状させる必要はなかったのでは。
「へ、変なこと言わせんなよな!」
「ごめん、ちょっと脳がエロくなってて」
 ワッカが俺をムラムラさせるから悪いんだ。

「とにかくだな、祈り子が眠りについてもお前は消えない。俺がスピラに連れ戻してやる」
『そうだね。君はもう、ただの夢じゃない。きっと夢を終わらせる夢になって……』
 そしてスピラに帰ってくるんだ。ティーダはそこで生きているんだから。
「なんとかしてみせるよ。絶対に」
『ミトラ……』
 祈り子とティーダが心配そうに俺を見つめている。そして景色が歪み始めた。目覚めようとしているんだ。
 ……大丈夫。祈り子の協力があったとはいえザナルカンドにも来られたんだ。
 エボン=ジュを倒しても……ティーダを守ってみせる。それだけは俺にしかできないことだから。

 次に目を開いて最初に飛び込んできたのは、ガガゼト洞窟の祈り子像と仲間の顔だった。
 ワッカがホッと息を吐き、俺の隣でティーダも起き上がる。
「どうしたの? すごく心配した……」
 泣きそうな顔のユウナに、何でもないとティーダが笑う。
「気ぃ失って、夢見てたんだ。みんなに呼ばれて……目が覚めた」
 強いて元気よく立ち上がり、伸びをする。
「たっぷり寝たし、気力回復っと! んじゃ行くッス!」
 空元気なのが丸分かりだぞ、少年。

 俺も立ち上がろうとしたけれど足元がふらついた。夢から現実に帰って、めまいも戻ってきたようだ。
「大丈夫かよ」
 ワッカに支えられてなんとかまっすぐに立つ。
「ごめんごめん、ぶつかった拍子に緊張切れて寝ちゃったみたい」
 戦いが終わったらいっぱい食べていっぱい運動して、もっと鍛えないといけないな。
 ワッカみたいに水中で眠れるくらい幻光虫と馴染んでブリッツできるようになれば、こんなこともなくなるだろう。

 よれよれの俺を見てティーダが駆け寄ってくる。さすがに、いつもの晴れがましい表情はなりを潜めてしまっていた。
「あのさ、俺……」
 そんな雨に濡れた子犬みたいな顔しないでほしい。
「心配するな。大丈夫だって言っただろ?」
「……ん」
 なんでか、あいつが落ち込んでると弱いんだよな。
 それにチャップを思い出してしまう。まだ俺が生きてるって事実を知らず罪悪感に苛まれているであろう友人のこと。
 こんなところで立ち止まってる場合じゃないんだ。

 歩き出そうとすると、鋭い視線を感じた。
「……」
「何?」
 ワッカが胡散臭そうに俺を睨んでいる。
「お前なんか隠してねえか?」
「あー、うん。いろいろ」
「いろいろ!?」
 シンのこと、エボン=ジュのこと、究極召喚のこととか。嘘はついてないけど隠し事はたくさんしてるな。
「でもザナルカンドに着いたら……もうちょっとしたら説明するから」
 少しだけ待っててほしいと言ったら、ワッカは微妙な顔をした。

「それじゃなくてだな、その……」
 物言いたげにティーダの方を見て、また俺に視線を戻し、口を噤む。
「やっぱ、何でもねえ」
 ん? ティーダのことを気にしてるのか? 俺が一緒に倒れたからかな。
 それとも、今のやり取りが意味ありげに見えたのか。
「もしかしてヤキモチ?」
「んなわけあるかよ! 変な空気だから、なんかあったかと思っただけだ」
 鈍いくせに鋭いなあ。というか、見てれば分かっちゃうか。単にワッカだから、空気読まずに直球で聞いてしまうだけだ。

 ティーダの物語を描くのは彼自身だが、その結末をハッピーエンドにするのは俺の役目だ。
 それは彼のためであり俺のためでもあり、俺の大事な人たちのためでもある。
 誰も犠牲にはしない。ユウナも、ティーダも。
 俺がしっかりしないと。

「ミトラ、本当に大丈夫か?」
「ああ。心配してくれてありがとう」
 肩に縋るとワッカは当たり前みたいに俺の腕をとって支えてくれた。
「……心配すんな、じゃねえのかよ」
「そう言いたいところだけど、ワッカには心配してほしい」
 打たれ弱いくせに頼り甲斐あって、ずるいよな。始めはこの人を助けたいと思ってたはずがいつの間にか俺の方がワッカに助けられてる。
「俺たちも行くぞ」
「おう」
 もう俺には帰ってきたい場所がある。だから、何のためにどこへ行っても、きっと大丈夫だ。




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